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取締役の内部統制システム構築義務違反の最新動向

取締役の内部統制システム構築義務違反についての検討

弁護士 須井康雄

須井 康雄(すい・やすお)
 関西合同法律事務所(大阪弁護士会)所属 弁護士。
 大阪大学法学部卒業。1993年(平成5年)4月、和歌山県庁。2004年(平成16年)4月、司法修習生(58期)。2005年10月、大阪弁護士会に弁護士登録。

 1 内部統制とは

 株式会社が不祥事を起こすと、刑事上の制裁として罰金、行政上の制裁として課徴金等、民事上の制裁として違約金の支払義務が発生することがあるほか、入札資格の停止等による契約機会の喪失や第三者委員会の調査費等を含む事後対応のための出費による損害が生じうる。また、不祥事の対応を誤れば、強い社会的批判を招き、事業の存続が危ぶまれる例もみられる。このため、取締役及び従業員による違法行為を防止することが強く要請される。

 しかし、大規模な会社になると、業務の分掌化が進み、取締役が1つ1つの業務を監視することは困難である。このため、株式会社の業務が法令・定款に適合することを確保する体制を構築する必要がある。このような体制を内部統制システムという。

 2 内部統制システム構築義務違反が問題となる場面

 取締役が故意に法令・定款に違反した場合、内部統制の問題というよりも、当該取締役について当該法令・定款違反の責任を追及するのが直接的である。この場合、他の取締役については、監視義務違反が問題となるが、問題の取締役による違法行為を防止する体制を構築していなかったとして、内部統制システム構築義務違反を主張することもありうる。

 従業員が法令・定款違反を行い、取締役が関与していないと主張される場合には、従業員による法令・定款違反を防止しなかったとして、内部統制システム構築義務違反が主張されることになる。

 3 内部統制に関する取締役の注意義務

 内部統制システムを構築し、それを機能させることは取締役の善管注意義務の内容となる(会社法348条3項4号等)。正確な財務書類作成のための内部統制システム構築義務については、金融商品取引法24条の4の4第1項で定められている。

 義務違反を検討するに当たっては、(1) 業務の適正を確保するために適切な内部統制システムを構築しているか、(2) 構築した内部統制システムを適切に機能させているか、という観点から検討することになると思われる。

 また、所掌業務によって、求められる注意義務の内容は異なると考えられている。まず、取締役会設置会社では、内部統制システムの大綱を定めるのは取締役会である。そして、その大綱に基づいて、業務執行を行う代表取締役及び業務担当取締役は、自己の担当する業務について、内部統制システムを具体的に決定し、機能させる義務を負う。

 その他の取締役は、代表取締役及び業務担当取締役が内部統制システムを構築、機能させているか監視する義務を負う。そして、構築された内部統制システムに基づき個々の取締役の職務執行に対する監視が行われており、その職務執行が違法であることを疑わせる特段の事情がない限り、当該取締役を信頼しても監視義務違反を問われることはないとされる。

 4 構築すべき内部統制システムの具体的な内容

 取締役には経営判断の原則が認められており、内部統制の構築にあたっても、当該企業の事業内容、規模等に応じて、どのような内部統制をとるかどうかについては、取締役に一定の裁量があるとされる(後記判例(5) (8) )。

 内部統制システム構築義務が尽くされたかどうかは、(1) 取締役に一般的に期待される水準に照らして、当該判断をする前提となった事実の認識(情報収集とその分析、検討)に不注意な誤りがあり、合理性を欠くものであったか否か、(2) その事実認識に基づく判断の推論過程及び内容が明らかに不合理なものであったか否か、という観点から検討される。

 なお、経営判断の原則は、会社運営にあたり取締役の判断を一定の範囲で尊重する趣旨である。よって、取締役がそもそもリスクについて何らの検討もしていない場合には、経営判断の原則を論ずる前提を欠き、内部統制システム構築義務違反の責任は免れないというべきである。

 5 いつの知見を基にして義務違反かどうかを判定すべきか

 具体的に義務違反かどうかを認定する場合、現在の知見ではなく、不正行為があったときの知見に基づくべきであるとされている(後記判例(6) ~(9) )。不正行為の当時に存在していなかった知見に基づいて内部統制システムを構築することを要求するのは不可能を強いることになるからである。

 不正行為時の知見は、その時点までに明らかとなっている内部統制システムについての書籍・論文、他社において採用されていた内部統制システム、他社における不祥事の例と再発防止策、法令や行政指導、監督指針、監査基準、同種事例に関する判例などから導くことになると思われる。

 なお、不正行為時に違法な運用が業界全体で慣行として行われていたような場合でも、そのことゆえに内部統制システムを構築しなくてもよいということにはならないのは当然である。

 また、当該不正行為を踏まえて、当該企業による調査結果及び再発防止策が発表されることがある。この場合、その再発防止策に記されている措置が当該不正行為よりも前に採り得たといえる場合には、不正行為時において構築すべきであった内部統制システムの内容をなすといえる。

 6 立証責任

 どのような内部統制システムを構築すべきであったかの主張立証責任は、内部統制システム構築義務違反を主張する者にあるとされる(後記判例(6) (7) )。

 ただ、実際に不正行為時にどのような内部統制システムが採られていたのか原告側で詳細に分からないことが多い。

 そこで、原告側がある程度、概括的に義務違反の事実を主張した上で、被告役員が不正行為時にどのような内部統制システムが採られていたかを明らかにし、それを踏まえ、原告側が内部統制システム構築義務違反の事実をより具体的に主張立証することはありうると考える。

 7 最高裁判例

 ア 日本システム技術事件(最高裁平成21年7月9日判決・判例時報2055号147頁)は、事業部長兼営業部長が部下数名と共謀し、注文書、検収書を偽造し、チェック部門に送付し架空の売上を計上させた事案である。売上は架空であったため、売掛金は長期にわたり未収となっていた。長期にわたり未収となっていることにつき、事業部長は社内で合理的な説明をしてごまかしていた。監査法人は、取引先に対し、毎年、売掛金残高確認書を送付して回答を求めていたが、事業部長は、取引先に送付ミスであるなどと告げ確認書を回収し、つじつまが合うよう虚偽の残高を記入し、取引先の偽造印を押して、監査法人等に返送していた。

 原審は、(1) 営業部とチェック部門が同一事業部に直属しているなど、事業部長が意図すれば容易に不正を行えるリスクが内在していたのに、組織体制や事務手続を改変するなどの対策を講じなかった、(2) 財務部は長期間売掛金が未収となっているのに取引先に直接、売掛債権の存在や遅延理由を確認しなかったため、不正の発覚が遅れ、リスク管理体制を機能させていなかったとして代表取締役の責任を認めた。

 最高裁は、(1) 事業部門と財務部門の分離、(2) 別部署による注文書、検収書のチェック、検収確認、(3) 監査法人が売掛金残高確認書を取引先に直接郵送し確認するという体制をとっていたことから、「通常想定される架空売上の計上等の不正行為を防止しうる程度の管理体制は整えていた」とし、さらに、過去に同様の不正行為が存在したなど「本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情も見当たらない」とした。

 また、内部統制を機能させていたかという点については、(4) 売掛金回収遅延の説明が合理的であった、(5) 販売会社との間で過去に紛争が生じたこともなかった、(6) 監査法人も適正意見表明をしていたことから「財務部におけるリスク管理体制が機能していなかったということはできない」とした。

 イ 日本システム技術事件は、最高裁が初めて内部統制システム構築義務について触れた判例とされる。

 まず、最高裁は、内部統制システムを構築することと、実際に機能させることを分けて考えているように思われる。

 そして、この判例は、一般的な基準を示したものではないが、内部統制の構築に関しては、(1) 原則として、通常想定される不正行為を防止しうる程度の管理体制を構築していれば、取締役は注意義務を尽くしたことになり、(2) 例外として、過去に同様の不正があったなど、当該不正行為の発生を予見すべきといえる特別な事情があれば、当該不正行為の発生を防止しうる程度の体制を構築しなければならないとの基準が読み取れる。

 また、現にあった内部統制を機能させていたかという点については、そもそも不審な兆候がなかったり(販売会社との紛争がなかったこと)、あるいは、不審な兆候(長期の売掛金の未収)があっても、担当者が合理的な説明をすれば、不正を発見できなくても内部統制を機能させていなかったことにはならないとするものである。なお、判決では、監査法人の適正意見があったことも一つの事情として挙げられている。しかし、監査法人に監査を依頼したからといって、取締役が社内の不正防止に無関心であってよいはずはなく、内部統制システム構築義務を否定する事情として指摘されたのであれば、疑問が残る。

 ウ 今後、内部統制システム構築義務違反が争われるケースでは、次の点が問題になると思われる。

 まず、どのような内部統制を構築する義務があったかという点に関しては、不正行為当時において、(1) 当該不正行為は通常想定されるものかどうか、(2) 通常想定される場合、そのような不正行為を防止しうる程度の体制をとっていたか、(3) 通常想定することが困難な不正行為の場合でも、当該不正行為を予見すべき特別な事情があったかどうか、(4) 特別な事情があった場合、当該不正行為を防止しうる体制をとっていたかどうかが問題になる。

 また、現にあった内部統制を機能させていたかどうかという点に関しては、(5) 不審な兆候があったか、(6) 不審な兆候に対する調査、評価は適切であったかが問題になると思われる。

 エ 日本システム技術事件最高裁判決では、取締役の内部統制システム構築義務違反が否定された。取引先から直接送られて来たかのような売掛金残高確認書が、実は不正行為に関与した社員により回収・偽造され返送されていたものであるという事態は確かに容易に想定しがたい。しかし、納品確認が架空の発注書を作成した営業社員を通じて行われていた点は、当時の知見からしても、架空の売上計上を防止するシステムとしては不十分ではなかったかと思われる。

 監査技術は日々進化している。現在、同じような事案があれば、この最高裁判例とは異なる判断がなされる可能性も十分あると思われる。

 ▽関連資

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