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東電「長期裁判、資金不足、事業継続不能の恐れ」で免責主張見送り

「設備水没による受電不能で原発事故に」

奥山 俊宏

 福島第一原子力発電所の事故が収束することなく続くなか、東京電力の株主総会が6月28日に開かれた。延べ9309人の株主が参加し、6時間9分にわたって続いたその模様の詳細を複数回に分けて報告する。その第1回。総会前に株主から寄せられていた質問状に答えるなかで、東電の勝俣恒久会長は、損害の賠償を拒否しない理由の一つとして、「免責を主張すれば、資金不足に陥り、事業が立ちゆかなくなる恐れがある」と述べ、皷紀男副社長は事故の原因について「構内電気設備が水没し、長時間にわたって受電できない状況となることで事故を起こした」などと説明した。

  ▽筆者:奥山俊宏

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 ■まず「心より深くお詫び」

脱原発を訴える人たちを前に、株主総会の会場に入るために行列する東京電力の株主たち=6月28日午前9時34分、東京都港区

 東京タワーのふもと、東京都港区芝公園にホテル「ザ・プリンス パークタワー東京」はある。千代田区内幸町1丁目の本店から2キロほど離れたそのホテルの地下2階で、6月28日午前10時、東京電力の株主総会は始まる。それは、株式会社としての東京電力の最高意思決定機関である。

 「舞踏室」という意味の「ボールルーム」と名付けられているその大部屋に、ステージの右脇から役員たちが現れる。計17人、ひな壇の机の前に一列に並んで座る。その真ん中にある演壇に一人、勝俣恒久会長が立つ。1分間弱、無言のまま会場とにらみ合う。

 本店3階の大部屋では、記者たちのために会場の様子の映像と音声が流されている。その映像は、ステージの上の役員たちを正面のはるか遠くから眺め、会場にいる多くの株主たちの背中をとらえた同じアングルでずっと固定されている。画素数が粗く、役員たちの表情を読み取ることはできない。

 映画館で映画が始まる際に鳴るようなブザーが短く響くのを合図にして、役員たちの全員が立ち上がり、深く一礼する。そして勝俣会長が口を開く。

 おはようございます。会長の勝俣でございます。ただいまから第87回定時株主総会を開催いたします。

 議事に先立ちまして、本年3月の東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故、さらには、供給力不足に伴う計画停電により株主の皆さま、立地地域の皆さまをはじめ広く社会の皆さまに多大なご迷惑とご心配をおかけしておりますこと役員一同心より深くお詫び申しあげます。

 

 勝俣会長が頭を下げる。横に居並ぶ役員たちも一斉に上体を前に倒して礼する。小柄な勝俣会長の姿は演台に隠れて見えなくなる。

 現在、当社は、国や自治体など多方面の方々のご支援とご協力を仰ぎながら、事故の収束に総力を挙げて取り組むとともに、当社の使命である安定供給を果たすため、供給力の確保に全力を尽くしております。また、事故による被害を受けられた方々への補償につきましても、原子力損害賠償制度に基づき、国のご支援を頂きながら、公正かつ迅速に対応してまいります。当社といたしましては、直面しているきわめて厳しい経営状況を踏まえ、グループの総力を挙げて、経営の抜本的な合理化に取り組み、一日も早くこの危機を克服できるよう努めてまいる所存であります。株主の皆様におかれましては引き続き、ご指導ご鞭撻を賜りますよう、お願い申しあげます。

 

 一瞬の間が空いた後、役員の全員が深く一礼する。それに遅れて、会場から拍手が起こる。会長から見て右手の側の役員らが着席する。すると、左手の側の役員らも座る。それを待っていたかのように勝俣会長が再び口を開く。

 それでは議事に入らせて頂きます。定款の定めるところにより、私が議長を務めさせていただきます。はじめに本日ご出席の株主数、議決権の数につきまして、事務局からご報告申し上げます。

 

 事務局によると、この株主総会で議決権を行使する権利を持つ株主の総数は74万6927名、その議決権の数は1592万9569個。このうち「本日出席の株主数」は「議決権行使書及びインターネット等を利用した議決権行使、並びに代理人によるご出席を含め、18万6638名、その議決権の数は960万9491個」。欠席株主が株主数ベースでは4分の3に上るが、議決権ベースでは4割にとどまっており、議案を適法に議決する要件(議決権で3分の1以上の出席)は満たされている。

株主総会の会場に入る東京電力の株主たち=6月28日午前9時17分、東京都港区

 午前10時の時点で会場にいる株主は3917人。過去最多の前年の3342人を超えるが、「18万6638名」に比べれば、はるかに少なく、ほとんどの株主は現に総会に出席するのではなく、書面やインターネットで事前に議決権を行使したということのようだ。会場の外にはなお、入りきれない株主が列を作っている。

 勝俣会長の右隣に座っていた清水正孝社長が立ち上がり、事業報告や決算に関する原稿を読み上げる。

 平成22年度のわが国経済は、輸出や生産活動に持ち直しの動きがみられたものの、失業率が高水準にあるなど依然として厳しい状況で推移いたしました。

 東京電力グループにおきましては、平成19年の新潟県中越沖地震以降の厳しい経営環境を克服するため、被災した柏崎刈羽原子力発電所の復旧に取り組むとともに、業務運営全般におけるコストダウンに努めてまいりました。また、将来の成長・発展に向けて、新たな中期経営方針「東京電力グループ中長期成長宣言2020ビジョン」を策定するとともに、公募増資による資金調達を実施するなど、その実現に向けた取り組みをすすめておりました。

 こうしたなか、本年3月11日、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、当社におきましても、福島第一及び福島第二原子力発電所をはじめ、火力発電所や流通設備等が大きな被害を受けました。なかでも、福島第一原子力発電所では、史上稀に見る巨大な地震や津波の影響により電源が失われたことなどから原子炉を冷却することができなくなり、原子炉建屋の爆発や放射性物質の外部への放出という重大な事故が発生いたしました。この結果、発電所周辺地域の方々に避難していただかざるを得なくなるとともに、農畜産物・水産物に出荷制限が課されるなど、極めて深刻な事態を引き起こすこととなりました。

 また、この地震や津波により当社の発電所等が大きな被害を受け、供給力が需要を大幅に下回る見込みとなったことから、不測の大規模停電を回避するためのやむを得ない緊急措置として、多くのお客さまに計画停電をお願いさせていただきました。

 地震発生以降、当社は、国や自治体をはじめ多くのみなさまのご支援・ご協力を仰ぎながら、福島第一原子力発電所の原子炉への注水や電源の復旧など、事故の拡大防止と事態収束に向けた取り組みを全力ですすめております。また、当社の使命である安定供給を果たすため、供給力の確保に最大限取り組んでおります。

 当年度の連結収支につきましては、3176億円の経常利益を確保したものの、福島第一原子力発電所の事故の収束に要する費用や同発電所1号機から4号機の廃止に関する費用をはじめとする特別損失を1兆776億円計上したことに加え、繰延税金資産の取崩しに伴い法人税等調整額が増加したことなどから1兆2473億円の当期純損失となりました。

 当年度の期末における配当につきましては、以上のような業績に加え、今後も極めて厳しい経営環境が続くと見込まれることから無配とさせていただきました。株主のみなさまには深くお詫び申し上げますとともに、なにとぞご理解を賜りますようお願い申し上げます。

 続きまして、東京電力グループの「対処すべき課題」についてご報告申し上げます。

 福島第一原子力発電所の事故が収束していないことに加え、今後,原子炉等の安定化や事故の被害者の方々への補償に多額の資金が必要となるなど、東京電力グループは、かつて経験したことのない重大な危機に直面しております。当社といたしましては、グループの総力を挙げて次の4つの施策を実行することによりこの危機を克服し、株主のみなさまのご期待に応えるよう努めてまいる所存であります。

 まず、原子力事故の一日も早い収束に向けた取り組みについてご説明申し上げます。当社は、原子炉及び使用済燃料プールの安定的冷却状態を確立し、放射性物質の放出を抑制することをめざして「福島第一原子力発電所事故の収束に向けた道筋」を策定いたしました。このなかで、当社は「ステップ1」として、放射線量が着実に減少傾向となっていること、「ステップ2」として、放射性物質の放出が管理され,放射線量が大幅に抑えられていることという二つの目標を設定しており、ステップ1については7月中旬を、スすップ2についてはステップ1終了後3か月から6か月程度を目標達成の目安としております。さらに、各ステップにおける取り組みを、原子炉及び使用済燃料プールの「冷却」、放射性物質の放出の「抑制」、「モニタリング・除染」、「余震対策等」、作業員の生活・職場の「環境改善」という五つの分野に分類したうえで、それぞれの目標を設定し、諸対策を同時並行ですすめているところであります。当社といたしましては、これらの取り組みに持てる力のすべてを注ぎ込み、事故で避難されている方々の一日も早いご帰宅を実現するとともに、国民のみなさまに安心して生活していただけるよう全力を尽くしてまいる所存であります。

 また、今回の地震と津波の経験を踏まえ、緊急時の電源確保や防潮堤の設置などの安全確保対策を早急に実施するとともに、非常災害に対するリスク管理体制等について検証を行ってまいります。

 次に「原子力事故により多大なご迷惑をおかけしている方々への対応」につきましてご説明申し上げます。

 このたびの事故により多大なご迷惑をおかけしている方々に対するお詫びや事故の収束に向けた取り組みについてのご説明等を丁寧に実施するとともに、避難場所における支援活動などに引き続き誠心誠意取り組んでまいります。

 また、事故により被害を受けられた方々への補償につきましては、国が設立する機構が当社に対して資金援助する一方で、当社は機構に対し毎年の事業収益等を踏まえた負担金を支払うことなどを定めた支援の枠組みが本年5月に策定され、今後法制化されることとなっております。当社といたしましては、この枠組みのもと、事故の被害者の方々に対し公正かつ迅速な補償を実施してまいる所存であります。

 次に、安定供給に向けた取り組み、安定供給の確保に向けた取り組みについてご説明申し上げます。

 今回の地震や津波により当社の発電所等は大きな被害を受けており、今後も厳しい需給状況が続くことが想定されます。当社といたしましては、被災した火力発電所の復旧やガスタービン発電設備等の新規電源の設置、他の電力会社からの電力購入など供給力確保に全力で取り組むとともに、節電や需給調整契約ご加入のお願いなど需要面の対策を着実に実施し、安定供給を確保してまいります。

 最後に、経営の抜本的な合理化に向けた取り組みについてご説明申し上げます。

 東京電力グループが直面している極めて厳しい経営状況を踏まえ、これまでの事業運営を抜本的に見直し、投資・費用削減と資金確保に向けた取り組みを実行してまいります。具体的には、電気事業の遂行に必要不可欠な業務を厳選したうえで、投資・費用削減を徹底するとともに保有する資産の売却や事業の整理、組織・グループ体制のスリム化を早急に検討・実施してまいります。

 

 清水社長の報告が終わると、午前10時21分、今度は監査役会を代表して、築舘(ちくだて)勝利監査役が口を開く。

 事業報告、連結計算書類、計算書類はいずれも適法かつ正確でございます。なお、東北地方太平洋沖地震による福島第一原子力発電所の事故、さらには、供給力不足に伴う計画停電により、多くの方々に多大なご迷惑とご心配をおかけいたしております。この影響に伴う経営各面への課題への対応につきまして、引き続き厳格な監査を進めてまいります。

 

 10時23分、築舘監査役の報告が終わる。会場から拍手が起こる。

 ■議長不信任の動議を否決

 勝俣会長が続けてマイクに向かう。

 「質疑に移らせていただきますが、事前に合計190問のご質問をいただいておりますので、質疑応答に先立ちまして、それぞれご説明をさせていただきます」

 勝俣会長が「とりまとめて簡潔にご説明させていただきます」と言っている間、会場から男性の怒鳴り声が絶え間なく聞こえる。勝俣会長は、「お静かにお願いします」と言った後、続ける。「極めて細部にわたるものや専門技術的な契約内容にかかわるものにつきまして回答を差し控えさせていただく場合がございますので、あらかじめご了承願いたい」

 会場の怒鳴り声が収まらない。勝俣会長が「先ほど申し上げましたように、ご発言につきましては……」と言いかける。「じゃ、はい、それではどうぞ、動議をお願いします」と勝俣会長が会場の声に応える。

 女性のものと思われる、怒ったような甲高い声がスピーカーごしに聞こえてくる。

 「議事進行についての動議、それに関連して議事運営に関して2つ動議を出させていただきます。いま議長が挙手を無視して進めようとなさいましたけども、ここでいったん切って、今の会社報告に対しての質疑を受けて頂きたいというのが進行に関する動議です」

 拍手がわき起こる。その甲高い声がそれに続く。

 「ありがとうございます。もう一点は議長の信任について諮っていただきたいということです」

 株主総会の議長として勝俣会長が適任かどうかを問おうという動議が株主の一人から出されたのだ。会場に「動議に賛成」という声が響く。「えぇ、ご静粛にお願いします」と勝俣会長が言う。動議を提案した甲高い声の主による理由の説明がそれに続く。

 はじめに、ごあいさつがございましたけれども、これは、主語がありませんで、まったく責任がはっきりしないごあいさつでした。私たちは株主です。皆さま方取締役に私たちの資金を預けてその運用をお願いしているのだと思います。その結果が今回の大変な惨禍、事態でした。これは今までのお話にあったような賠償ですとか、お詫びですとか、そんなもので済みません。人生の途中で断たれてるんです、何人もの人が。福島をはじめとして日本、世界中がもう事故以前の元には戻らないんですよ。それに対する責任を一体どういうふうにお考えになっているのか。もう本当に、私はきょうのこのやり方も含めて信じられません。

 

 会場から「そうだ」という声が上がり、拍手がわき起こる。動議提案理由を説明するその声は語尾が震え、感極まっているように聞こえる。「今の時点で質疑・意見をとっていただきたいということです」という説明に、また拍手がわき上がる。

 もう一点、議長の件は、勝俣さん、3月11日にすぐに責任をとってお辞めになるべきでした。私はそう思います。過去の責任者も含めて、取締役会として、どのような責任を感じておられるのか、勝俣さん、本当に責任をお感じになるのであるならば、いま、その席で議長を務められないはずです。ですので、代案はないんですけど、いまここで議長の信任をとっていただきたい。以上です。

 

 「勝俣さん」というところだけ、呼びかけるように声のトーンが優しくなる。これを受けて、勝俣会長が「ただいま二つの動議が出ました」と会場に向かって言う。「一つは議長不信任の動議ということでございます。私といたしましては、このまま議長を続けさせて頂きたいと考えておりますが、ただいまの動議についてお諮りいたします」

 午前10時29分、採決に入る。

 まず、「この動議に賛成の方は挙手願います」と勝俣会長は呼びかける。すると、会場から多くの手が挙がる。

 4秒後、「反対の方は挙手願います」と勝俣会長が言う。ここでも会場から多くの手が挙がる。

 その多少をただちに見分けることはできないが、3秒後、勝俣会長が「反対多数と認めます」と宣言する。「よって、ただいまの動議は否決されました」

 続けて勝俣会長は「もう一つの動議、議事の運営は、議長の権限に関する事項でございますので、議長にお任せいただきたいと思います」と言う。「それでは事前の質問状への一括説明をさせていただきます。この説明には約30分程度かかる見込みでございます」

 ■免責主張すると資金不足に

 10時31分、株主から事前に経営側に寄せられていた質問状への回答が始まる。まず回答するのは勝俣会長だ。

 今回の事故に対する経営責任等について私からご報告申し上げます。

 当社はこれまで法令等に定める基準に従い原子力発電所の安全確保に最善の努力を図ってまいりましたが、今回のような事態を引き起こしてしまったことについてたいへん申し訳なく思っているところでございます。私どもといたしましては、このたびの事故により原子力発電の安全性への信頼を損ない、株主の皆さま、立地地域の皆さまをはじめ、広く社会の皆さまにご迷惑とご不安をおかけしたことに対する経営責任を明確にするとともに、一方で、現下の最大の課題であります事態の収束に向けて着実に取り組んでいくためには継続的に対応していくことも必要であると考え、後ほど、ご審議いただく17名の取締役候補者を選任したものあります。

 次に、原子力事故に関する補償についてでありますが、今回の事故は史上まれにみる巨大な地震や津波に起因するものであり、原子力損害の賠償に関する法律第3条第1項ただし書きによる「異常に巨大な天災地変」に当たり、当社は免責されるとの解釈も十分可能であると考えております。

 

 ここで、染み出てくるように拍手が静かに広がる。原子力損害賠償法3条1項は「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる」と、原発事故を起こした電力会社の無過失責任を定めているが、同じ条項の中で「ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない」とも定めている。「異常に巨大な天災地変」による事故の場合は、自然災害による損害と同様に、だれも賠償責任を負わない、ということを明らかにした規定である。

 しかしながら、「異常に巨大な天災地変」に該当するかどうかについて、専門家の間でも意見が分かれていることに加え、当社が免責を主張すれば、多くの被害者の方々と長期にわたる裁判で争うことになります。その間、国による支援がなければ、被害者の方々が救済されないばかりか、当社としても、資金不足に陥り、事業が立ちゆかなくなる恐れがあります。また、仮に当社が原賠法上の免責にあたるとしても、このような事故を引き起こした当事者であるということを真摯に受け止め、当社としてはできる限り被害者の救済を図っていく必要があると考えております。そのため、当社といたしましては、国と一体となって、国の支援を頂きながら、補償を実施していくことが、被害者の早期救済、ならびに、当社の事業継続のために必要と考え、国に対して原賠法16条に基づく援助をお願いした次第であります。

 なお、国の支援の枠組みに関する法案につきましては、現在、国会に提出されているところであり、被害者の方々への公正かつ迅速な補償が実施できるよう早期の成立をお願いしております。当社といたしましては、今後、この枠組みの下で、民間企業として電気事業の立て直しを図ってまいる所存であります。私からは以上であります。

 

 東京電力がもし仮に、「異常に巨大な天災地変」の規定を自社に有利に解釈して、これを盾に「当社に法的な賠償責任はない」と主張した場合は、東電は世間からも市場からも政府からも見放されてしまうだろう。そういう現実的判断を前提に株式会社としての実利を追い求めた結果が「国と一体となって」という選択だったのだろう。

 原子力損害賠償法16条では、原子力損害を引き起こした電力会社が損害を賠償するにあたって、政府が「賠償するために必要な援助を行うものとする」と定めている。この「援助」を東電が政府に申し出て、これに基づいて、政府が法案を作成して国会に提出したという経緯を勝俣会長は説明している。

 ■電気設備水没で受電できない状況に

 午前10時34分、勝俣会長に代わって皷(つづみ)紀男副社長が事前質問への回答を引き継ぐ。

 今後の原子力のあり方等につきましては、事故の調査結果や国のエネルギー政策全体の議論、さらには地域の皆さまのご意見も踏まえて、検討してまいりたいと思います。

 再生可能エネルギーの推進についてですが、当社といたしましては、電源としての出力の安定性や経済性などにも留意しつつ取り組んでまいる所存でございます。

 福島第一原子力発電所の作業員の健康管理や被曝管理、生活環境の改善についてですが、当社といたしましても、重要な課題であると認識しており、同発電所に医師を常駐させるとともに、適切な防護装備の配備、宿泊休憩施設の整備などに取り組んでおります。今後も熱中症対策を進めるなど更なる改善に努めてまいります。

 今回の東北地方太平洋沖地震はマグニチュード9.0という史上まれに見る巨大な地震でありましたが、福島第一原子力発電所における地震の影響につきましては、原子炉建屋において観測された地震動が、基準地震動に対する応答加速度を上回ったものは一部にとどまっていること、地震発生以降、津波襲来までの間の原子炉の挙動に異常は見られなかったこと等から、原子炉施設内部に大きな影響を与えるものではなかったと考えております。

 一方、津波につきましては、平成14年に土木学会が定めた津波評価の基準に基づき、過去の発生データを踏まえて、浸水高約5.7メートルの津波を想定し、対策を実施してきましたが、今回の地震により引き起こされた津波は、エネルギーの面で史上まれに見る大きな津波であり、福島第一原子力発電所においては、ほぼ全域で浸水高14メートルから15メートルに達し、その結果、今回の事故に至ったものあります。

 いずれにしましても、結果として、このような事態に至ったことを真摯に受け止め、事故の原因を含め、詳細に調査・分析してまいる所存であります。

 全交流電源喪失についてですが、当社は、原子力安全委員会が定めた安全設計審査指針に基づき一定時間の全交流電源喪失に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、原子炉の冷却を確保できる設計を行い、また、設計上の想定を超えた事象が発生した場合におけるアクシデントマネジメント対策を講じてまいりました。しかしながら、史上まれに見る津波の襲来により、すべての電源を長時間失うとともに、構内電気設備が水没し、長時間にわたって受電できない状況となることで、結果として、今回のような事態を引き起こしてしまったことについては大変申し訳なく思っております。

 

 皷副社長が触れた「原子力安全委員会が定めた安全設計審査指針」(http://www.nsc.go.jp/shinsashishin/pdf/1/si002.pdf)には次のように書かれている。

 非常用所内電源系は、多重性又は多様性及び独立性を有する設計であること

 原子炉施設は、短時間の全交流動力電源喪失に対して、原子炉を安全に停止し、かつ、停止後の冷却を確保できる設計であること

 長期間にわたる全交流動力電源喪失は、送電線の復旧又は非常用交流電源設備の修復が期待できるので考慮する必要はない。

 

 この指針は「長期間にわたる全交流動力電源喪失」について「考慮する必要はない」と言い切ってあえて想定せず、また、「多重性又は多様性」という言い回しを使うことで「多重性があれば多様性はなくていい」という解釈を容認していた。それらが裏目に出たのが福島第一原発の事故だった。

 福島第一原発1~4号機では3月11日午後、地震によって外部の東京電力や東北電力の電気を受け取れなくなり、さらに津波によって、8台ある非常用ディーゼル発電機のうち、タービン建屋の地下にあった6台が水没した。共用プール建屋1階にある2台の空冷式の非常用ディーゼル発電機は水没しなかったが、それに付設された非常用高圧配電盤(Metal-Clad Switch Gear)が地下にあって水没してしまい、結局、生き残ったとみられる2台の空冷式ディーゼル発電機も役に立たなかった。この結果、交流電源がすべて喪失した。「ステーションブラックアウト」である。これだけならば、電源車など仮設の電源を用意することで半日ほどで電源を復旧できたかもしれなかったが、現実はもっと厳しかった。1、2、4号機のコントロール建屋地下1階にあったバッテリーの直流電源盤が浸水のため使用不能となり、完全に電気が失われ、水位や圧力の計測器の数値も弁の開閉の表示も見えなくなった。1~4号機に付属する23台の高圧配電盤がすべて水没するか水をかぶるかしたため、いずれも使用不能となった。皷副社長の説明にある「構内電気設備が水没し、長時間にわたって受電できない状況となること」というのは、こうした状況を指すとみられる。所内の低電圧回路に使われる動力電源盤(Power Center)のうち、2号機タービン建屋1階にある一部が浸水しながらもかろうじて使用可能だったため、これに電源車からケーブルをつないだが、その作業が終わったのは3月12日午後3時半ごろ。その直後、1号機建屋が爆発し、せっかくつないだケーブルが損傷した。

 この結果、1~4号機では、政府の原子力安全委員会が「考慮する必要はない」と言い切っていた「長期間にわたる全交流動力電源喪失」が現実となった。それだけでなく、1、2、4号機ではバッテリーの直流電源さえ使えなくなった。非常用所内電源に、それなりの「多重性」はあったが、「多様性」への配慮は足りなかった。

 こうした意味で、政府による規制は不十分であり、皷副社長の説明はそうした政府の責任を指摘したものであるようにも聞こえるが、もしそうだとすれば、それはまるで、安全確保に直接的な責任を負う当事者が「ちゃんと規制してくれなかったから対策を怠ってしまったのだ」と開き直っていることになってしまう。

 次に炉心状態に関するご質問にお答えします。

 1号機の非常用復水器につきましては、運転員が所定の手順に従い起動および停止を繰り返しておりました。なお、非常用復水器の起動・停止に伴い原子炉の圧力が正常に変動していることから、この間における原子炉圧力容器からの冷却材の流出はなかったものと考えております。1号機の炉心の損傷が比較的早く進展した理由につきましては、1号機の非常用復水器が2号機および3号機の原子炉隔離時冷却系などに比べ早く停止したものと考えられること、また、津波による影響で電源が喪失したこと、及び、消防車を用いた注水を検討し、準備を開始したものの、余震の発生、がれきによる通行支障、照明や通信手段がないなどの作業環境の悪さによって注水までに相当な時間を要したこと等によるものと考えております。

 

 1号機の非常用復水器(Isolation Condenser)は他の号機にはない設備で、炉内に通じるパイプの弁が開いてさえいれば、電気や動力がなくても、タンクの水で原子炉内の高温の水蒸気を冷やして水に戻し炉内に戻すことができる「パッシブ」な冷却装置である。これまでに東電が発表した資料によれば、3月11日午後に地震が起こった直後、運転員はこのパイプの弁を手順に従って開けたり閉めたりしていた。津波の襲来を受けた直後、交流電源だけでなく、バッテリーの水没で直流電源も失われたため、1号機の中央制御室では、照明や表示が徐々に消えていき、非常用復水器の弁の開閉の表示を確認できなくなった。ところが、その後、一時的に直流電源が復活したためか、弁の開閉の表示ランプが点灯し、「閉」であることが分かった。このため、午後6時18分、弁を開く操作をした。その後、非常用復水器がどのようにいつまで機能したのかははっきりしないが、翌12日未

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