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インドのTOB(株式公開買い付け)規制改正で投資環境変化か

 成長著しく日本からの投資拡大が予想されるインドで、7月末、公開買付け(TOB)ルールの改正が発表された。トリガーの引き上げやインド特有の創業者らへの非競争報酬の廃止などが目玉だが、日本でも問題となるTOBにかかわるインサイダー取引がインド法でどう扱われているかを含め、インドでTOBを行う上での注意すべきポイントを、吉峯亮子弁護士が詳しく解説する。

インドTOB規制の改正について

西村あさひ法律事務所
弁護士 吉 峯 亮 子 

拡大吉峯 亮子(よしみね りょうこ)
 2005年、第一東京弁護士会登録。2009~2010年、慶応義塾大学非常勤講師(民法演習)。2010~2011年、インド・ムンバイのJ. Sagar Associates出向。
 証券化・LBOローンその他のストラクチャードファイナンス、企業危機管理、日本企業のアジア進出ほか、インド案件に関しては、現地進出、ジェネラルコーポレート、金融、危機管理など全般的に取り扱う。

 ■ はじめに

 インドにおける公開買付け(TOB)のルールは、インドにおける証券取引規制の基本法であるインド証券取引委員会法(Securities and Exchange Board of India Act, 1992)に基づきインド証券取引委員会(Securities and Exchange Board of India:以下「SEBI」という)が制定する Securities and Exchange Board of India (Substantial Acquisition of Shares and Takeovers) Regulations, 1997(以下「SEBI公開買付規則」という)に定められている。インドにおけるM&A市場の活発化などに伴い、他の法律と同様、SEBI公開買付規則についてもかねてから大幅な改正の必要性が議論されており、2010年7月19日付けで、有識者によって構成されるTakeover Regulations Advisory Committee(以下「TRAC」という)より改正案が提出されていた(以下、かかる改正案を「TRACレポート」という)。

 2011年7月28日、SEBIはTRACレポートの内容を踏まえ、SEBI公開買付規則を改正することを発表した(2011年8月28日現在未だ改正後の規則の具体的な条項は公表されていない)。本稿では、現行規則に従ったインドにおける公開買付け制度の概要について紹介するとともに、現時点で公表されている新規則での改正点を解説したい(以下、改正前のSEBI公開買付規則を「現行規則」、SEBIの発表に従った改正後のSEBI公開買付規則を「新規則」という)。

 ■ 現行規則の概要

i  公開買付けのトリガー

 現行規則上、公開買付けの手続が必要とされるのは以下の(1)から(4)までの各場合である(現行規則10条から12条)。

(1)単独で又は共同保有者とあわせて、上場企業の15%以上の議決権を取得することになる株式又は議決権(注1)の取得を行う場合


(2)単独で又は共同保有者とあわせて、上場企業の15%以上55%未満の株式又は議決権を保有している者が、更に一事業年度内に5%を超える議決権を取得することになる株式又は議決権の取得を行う場合


(3)単独で又は共同保有者とあわせて、上場企業の55%以上75%未満(場合により90%未満)の株式又は議決権を保有している者が、更に株式又は議決権の取得を行う場合


(4)株式又は議決権の取得の有無にかかわらず、対象会社の支配権を取得(対象会社の取締役会の取締役の過半数を選任する権利を取得すること、対象会社の経営方針を支配する権利を取得することなどをいい、株主間契約などに基づき支配権を取得する場合も含む)する取引を行う場合

 また、上記公開買付けの対象となる「取得」には、新株の引受けによる取得や市場内取得も含まれる。なお、日本の制度と異なる点として、上記(1)から(4)までの取得自体を公開買付けにより行わなければならないわけではなく、(1)から(4)までの取引を行った場合には別途公開買付けの手続を開始しなければならないという内容の規制となっている((1)から(4)までの取得自体は公開買付け外で行うことができる)。

ii  間接取得

 公開買付けのトリガーとなる「取得」という概念には、直接的な取得のみならず、間接的な取得も含まれる。現行規則上、インド法に準拠して設立された会社であるか否か、上場している会社であるか否かを問わず、ある会社の取得を通じてインドの上場会社を取得する場合も「取得」に含まれるとされており、例えば、買収の対象会社がインドの会社でない場合にも、その子会社にインドの会社があり、当該インド子会社が上場している場合には、インドにおいて公開買付けの手続が必要となる場合があるため留意が必要である

iii  予定取得数と最低応募数

 公開買付けにおける株式の予定取得数は、対象会社の株式又は議決権の20%以上としなければならず(現行規則21条1項)、当該予定取得数を超えた応募があった場合には、予定取得数を限度に按分的に買付けを行うことになる(同条6項)。

 買付者は、公開買付けの条件として最低応募数(いわゆる公開買付けの「下限」ないし「フロアー」)を設定することができ(同21条A)、当該最低応募数に満たない応募しかなかったときは、エスクロー口座(公開買付資金を入金するための口座を指す)に公開買付けに基づく取得の対価の50%が入金されている場合に限り、公開買付けを撤回することができる(同22条8項1号)。

iv  買付価格

 買付価格は、次のうち最も高い価格としなければならないのが原則である(現行規則20条4項5項)。

(1)(公開買付けのトリガーとなる)株式譲渡契約において交渉により合意した価格


(2)公開買付開始公告日の前日から起算して過去26週間の間に、買付者又は共同保有者が対象株式の取得の対価として支払った価格


(3)公開買付開始公告日の前日から起算して、(i)過去26週間の株価の終値の各週の最高値および最安値の平均、および(ii)過去2週間の株価の終値の各日の最高値および最安値の平均のうちいずれか高い方の価格(注2)

 また、買付者は、非競争報酬(Non-compete fee)として、プロモーター(インド法上の概念であり、創業者株主のイメージである)らに対して、特別に買付価格に最大25%の上乗せを行うことが認められている(同条8項)。

 ■ 新規則での改正点

 新規則によるSEBI公開買付規則の主な改正点は、以下のとおりである。

i 公開買付けの当初のトリガーを15%以上の取得から25%以上の取得に引き上げた。

ii 非競争報酬(Non-compete fee)を廃止した。

iii 予定取得数の下限を発行済み議決権の20%から26%に引き上げた。

iv 対象会社の取締役会による意見表明が強制化された。

v 任意的公開買付けの制度が導入された。

i  トリガーの引上げについて

 現行規則は、上場株式の発行済み議決権の15%以上を取得する場合を公開買付けのトリガーとしていたが、新規則ではかかる比率が25%以上にまで引き上げられることとなった。これにより、発行済み議決権の25%未満の取得であれば、基本的に公開買付けを行うことなく、対象会社の株式を取得することができるようになる。

 なお、インドにおいては株主総会の特別決議事項(定款変更など)を否決するために必要な議決権の割合が25%「超」であるため、25%という数値は会社に対する支配権を評価する上での一つの目安となる数値である。

ii  非競争報酬(Non-compete fee)の廃止について

 上記のとおり、現行規則は、プロモーターらに対して、非競争報酬として25%までのプレミアムを支払うことを許容していたが、かかるプレミアムの廃止が決定されたため、今後はすべての株主に対して、同額の支払いが強制される。

iii  予定取得数の引上げについて

 現行規則においては、予定取得数の下限(公開買付けを実施する場合の予定取得数の最小値)は20%であるところ、これが26%まで引き上げられた(これにより、発行済み議決権の25%以上を取得しようとする場合には、最低でも発行済み議決権の26%以上を公開買付けにより取得しなければならないこととなった)。この点、TRACは、「予定取得数は100%とする(つまり、全ての公開買付けについて全部買付義務を強制化する)」ことを提言していたが、SEBIは26%までに留めたようである。TRACの提言が受け入れられなかった背景には、インドにおいては買収ファイナンスの調達が難しく、100%としてしまうと資金負担が重くなりすぎることがあるともいわれている。

 なお、前述のとおり、インドにおいては株主総会の特別決議事項を否決するために必要な議決権の割合は25%「超」であり、普通決議事項(取締役の選解任など)を可決するために必要な議決権の割合は50%「超」である。この点、新規則においては、プロモーターらから25%以上の議決権の取得を行う場合には、上記のとおり26%以上を予定取得数とする公開買付けを行わなければならないため、プロモーターらからの取得と公開買付けによる取得を合計すると、51%以上の議決権を取得する一連の取引となる。すなわち、公開買付けにおいて予定取得数を上回る応募があることを前提とすれば、公開買付けによる取得は常に普通決議事項を可決できる議決権数の取得となる。

 上記と関連して、資金繰りの観点からは、プロモーターらとの間で25%以上の議決権の取得に係る契約を締結する場合には、(その後の公開買付けによる取得分も併せて)51%の議決権の取得に必要とされる資金を用意することが必要となる点に注意が必要である。

iv  対象会社の取締役会による意見表明について

 現行規則において、対象会社の取締役会は、もし希望する場合には、公開買付けに関して、意見表明を行うことができるとされており(現行規則23条4項)、意見表明をするかどうかは取締役会の任意であった。これに対して、新規則では、意見表明をすることが対象会社取締役会の義務となった。

v  任意的公開買付けの導入について

 現行規則においても、強制的公開買付けと同様の枠組みで任意的公開買付けを行うことは可能であるものの、任意的公開買付けという制度は規則上明文化されていない。TRACは、任意的公開買付けについてもその要件を定め、制度化を図るべく、25%以上の議決権を有する株主について、最低10%以上の株式を追加取得する際に任意的公開買付けを利用できるとする制度を提案していた。SEBIはその要件につきTRACレポートのとおりであるのか、それとも変更を加えるのかにつき明言していないものの、一定の条件の下で任意的公開買付けの制度を導入するとしている。

 ■ 改正が見送られた点

 TRACによる提言にもかかわらず、SEBIは以下の点についてその改正を見送った。

i  非上場化手続の導入

 TRACは、公開買付けの結果、買付者の株式保有比率が90%を超える場合に、SEBI公開買付規則に従った(公開買付けの手続と連続した)非上場化の手続(いわゆるバイアウト手続)を新たに導入することを提言していたが、SEBIはその改正を認めていない。従って、公開買付けの結果非上場化する場合においても、通常の非上場化の手続に従うべきこととなる。

ii  支配権の定義の変更

 上記のとおり、現行規則において支配権とは、取締役の過半数を選任するなどの「権利(right)」を指すものとして定義されている。TRACはこの点につき、支配権の有無は、法律上の権利の有無から判断されるというよりは、事実上の支配が及んでいるかどうかという観点から判断されるべきものであり、権利に加えて能力(ability)も含むよう定義に加筆すべきであるとしていたが、SEBIはそのような改正を認めなかった。

 ■ 付随的な論点

i  外資規制

 外資規制との関係上、インド非居住者がインド居住者から公開買付けにより上場株式を取得する場合には、インド準備銀行の事前承認を取得することが必要となる。また、インド非居住者がインド居住者から株式を取得するにあたっては、外資規制上も取得価格の下限が定められているため、公開買付けにおける買付価格に加えて当該外資規制上の取得価格の下限も確認する必要がある。

ii  インサイダー取引規制

 日本国内における公開買付けの事例においては、公開買付け前のデューデリジェンスにより発見された未公開の重要事実の取扱いが金融商品取引法の定めるインサイダー取引規制との関係において問題となり、論点とされている。同様の問題は、対象会社がインドの会社である場合にも問題となり得るものの、インドではかかる論点を巡る議論はまだ成熟しているとは言い難い。

 インドにおけるインサイダー取引は、SEBIの定めるSecurities and Exchange Board of India (Prohibition of Insider Trading) Regulations, 1992(以下「SEBIインサイダー規則」という)により規制されており、インドにおいても、未公開の重要事実を知りつつ上場株式の取引をすることに関する規制が存在する。もっとも、SEBIインサイダー規則では、株式の取得がSEBI公開買付規則に従っている場合が、インサイダー取引規制の適用除外とされており(同規則3B条)、この適用除外が利用できる場合には、インサイダー取引規制の適用を回避することが可能と考えられる。ただし、当該適用除外については、その射程範囲が明確ではないとの指摘がなされている。例えば、公開買付けによる取得にしか適用がないのか、公開買付けのトリガーとなる株式の取得にも適用があるのか、公開買付け手続を行ってさえいればSEBI公開買付規則違反があったとしても上記適用除外は利用できるのかなどは、明確ではないとされている。なお、SEBI公開買付規則上、買付者が有する情報で、投資家がインフォームド・デシジョン(情報提供が十分なされた上での意思決定)をするために不可欠な情報を開示することが要求されており(SEBI公開買付規制16条(xix))、未公表の重要事実が存在するような場合には、当該未公表の重要事実をSEBI公開買付規則に従って開示する必要があるようにも思われる。

 上記のとおり、この論点に関するインド法上の議論は未だ尽くされているとはいい難い状況にあるため、実際に未公開の重要事実が発見された場合には、現地弁護士などの専門家のアドバイスを受け、慎重に対応する必要があると考えられる。

 ■ おわりに

 今般のSEBI公開買付規則の改正については、未だ新

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