コンプライアンス室の守秘義務違反を認定、「形だけ」の内部通報制度に警鐘
2011年09月02日
▽筆者:奥山俊宏
▽この記事は2011年9月1日の朝日新聞朝刊に掲載された原稿に加筆したものです。
▽関連資料: オリンパスの内部通報をめぐる2011年8月31日の二審・東京高裁判決の概要
▽関連資料:オリンパスの内部通報をめぐる2011年8月31日の二審・東京高裁判決の全文(PDFファイル)
▽関連資料: オリンパスの内部通報をめぐる2010年1月15日の一審・東京地裁判決の要旨
▽関連資料: オリンパスの内部通報をめぐる2010年1月15日の一審・東京地裁判決の全文(裁判所ウェブサイトへのリンク)
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8月31日午前11時半、東京高裁民事第809号法廷。
鈴木健太裁判長は、小さく低い声でささやくように判決主文を読み上げ始める。声音は低いが、その言葉は明瞭だ。聞き取りにくいところはない。傍聴席は満席となっているが、被告・会社側の席にはだれもいない。
「品質保証部システム品質グループにおいて勤務する義務がないことを確認する」。鈴木裁判長が主文第1項の(1)をそう読み上げると、浜田さんは軽くうなずく。浜田さんの左横に座る光前幸一弁護士は左手の平をグーの形にして、そのひじを机の上にたてる。裁判長が「220万円の金員を支払え」と会社に命じると、浜田さんは再びうなずく。右横の中村雅人弁護士はじっと裁判長を見つめている。
傍聴席の最前列には、現職警官だった2005年に愛媛県警の裏金問題を記者会見で内部告発した仙波敏郎さん(62歳)、トナミ運輸の社員だった1974年に運送業界のヤミカルテルを読売新聞や公正取引委員会に内部告発した串岡弘昭さん(64歳)が座っている。その後ろには、日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会の消費生活研究所長などを務め、著書『内部告発の時代』(花伝社)を2002年に出した宮本一子さんの姿がある。串岡さんは判決主文を聞きながら何度も大きくうなずいている。
言い渡しが数分で終わり、裁判長が退廷すると、浜田さんは中村弁護士と握手する。宮城朗弁護士と抱き合って、その背中を叩いて喜びを表す。仙波さんが「浜田さん、おめでとう」と、法廷内に響く声で言う。
判決によれば、浜田さんはもともとIMS事業部でチームリーダーの役職に就いていた。のちに訴訟の被告となる上司の事業部長は当時、浜田さんについて「卓越した推進力と、困難な利害対立の場面もその障害を取り除き、正しい方向に導く交渉能力を有する」と高く評価する一方、「あまりにも率直」「強引になってしまうことがある」とも見ていた。
判決によると、2006年暮れ、浜田さんが客先として担当する重要な取引先企業の社員がオリンパス側に入社し、浜田さんの同僚となった。その翌年である2007年2月、その取引先企業を浜田さんが訪問したところ、その取引先企業の役員は、自社を辞めてオリンパス側に入社した元社員の名前を挙げて、「うちの従業員と連絡を取らせないように」と求めた。浜田さんはその話を上司に伝えた。ところが、4月上旬、浜田さんは職場で、その取引先企業から別の社員がオリンパスに入社してくることになっているという話を耳にした。浜田さんは4月12日、事業部長に対して、「2人目の転職希望者の採用はとりやめるべき」と進言した。しかし、事業部長は5月15日、取引先企業を訪れて、同社の役員と面談し、2人目の転職について了解を得ようとした。その取引先企業役員は不快感を示した。
6月11日、浜田さんは会社の「コンプライアンスヘルプライン」に電話し、コンプライアンス室長と会って、経緯を説明し、「顧客である取引先からの信頼失墜を招くことを防ぎたいと考えている」と相談した。同月27日、コンプライアンス室長は、通報者が浜田さんであることを告げた上で、事業部長から事情聴取した。7月3日、コンプライアンス室長は浜田さん、事業部長、人事部長に同送で電子メールを送った。そこには「取引先担当者を採用することは、取引先との良好な関係を維持・継続するうえで十分な注意が必要である」「重要取引先から続けて2人を採用することについては、たとえ本人の意思による転職であっても、先方に対する配慮を欠いたといわざるを得ない」「人事部では、基本的には道義的な問題があり、“採用は控える”というのが原則だと考えている」などと書かれていた。
その年の7月ごろ、事業部長は浜田さんの配置転換について検討を始めた。そして10月1日、浜田さんをIMS企画営業部の部長付に異動させた。さらに、2010年1月に品質保証部の部長付に浜田さんは配置転換され、同年10月1日からは同部のシステム品質グループに配属されている。
敗訴した一審では、浜田さん側は、コンプライアンス室への通報の内容について、営業秘密の漏洩などが不正競走防止法違反にあたる可能性、つまり、法令違反にあたる可能性があり、したがって、公益通報者保護法の保護対象に入るという主張に力点を置いた。しかし、認められなかった。東京高裁の二審判決もこの点については一審と同様の判断だった。しかし、一方で、今回の二審判決は浜田さんの通報内容について、「取引先からの信用失墜などのビジネス関係の悪化に関するものだった」と認定した上で、「その危惧は相当の根拠を持つものであったというべき」と指摘した。
判決によると、オリンパスの社内ルールである「行動規範」には次のように書かれている。
企業活動を展開する上で、企業活動を行なう国や地域の法令や文化、慣習を理解することに努めます。したがって、法令はもとより、倫理に反した活動や、これにより利益を得るような行為はしません。
浜田さんが問題視した内容について、判決は「少なくともこの『行動規範』に反する、または反する可能性があると感じる行為に該当する」と判断した。判決は「営業チームリーダーとして、取引先企業の従業員のオリンパスへの転職の情報を得た場合、その事情を調査し、取引上の影響が危惧される場合に、上司にその旨を具申するのは当然」とも指摘した。
オリンパスの「コンプライアンスヘルプライン運用規定」では通報内容として「法令違反」だけでなく、「行動規範に反する、または反する可能性があると感じる行為」「業務において生じた法令違反等や企業倫理上の疑問や相談」を挙げている。判決は、これらに浜田さんの通報は該当すると判断した。
また、「コンプライアンスヘルプライン運用規定」には次のように書かれている。
コンプライアンス室の担当者は、通報者本人の承諾を得た場合を除き、通報者の氏名等、個人の特定されうる情報を他に開示してはならない。
国内オリンパスグループは、通報者に対して、ヘルプラインを利用したという事実により不利益な処遇を行ってはならない。
これらを前提にして、判決は「コンプライアンス室長らは、浜田さんの秘密を守りつつ、この内部通報を適正に処理しなければならなかった」と指摘した。
ところが、現実には、コンプライアンス室長は、浜田さんが通報者であることを上司の事業部長に伝え、その事業部長は浜田さんを左遷した。その後、職場では、浜田さんに対する嫌がらせが続いた。判決はこれらを痛烈に批判している。
浜田さんが通報者である事実を浜田さんの上司に漏らしたコンプライアンス室の対応について、判決は「運用規定の守秘義務に違反した」と判断した(判決書44ページ)。2007年10月の最初の異動については、「取引先企業の従業員転職に関する内部通報を含む一連の浜田さんの言動がその立場上やむを得ずされた正当なものであったにもかかわらず、これを問題視し、業務上の必要性とは無関係に、主として個人的な感情に基づき、いわば制裁的に配転命令をしたものと推認できる」「内部通報をしたことをその動機の一つとしている点において、この配転命令は、通報による不利益取扱を禁止したコンプライアンスヘルプライン運用規定にも反する」「人事権の濫用であるというべき」「少なくとも過失責任を免れない」と上司の事業部長を批判した(同46~47ページ、51ページ)。
その後の異動についても、判決は「浜田さんの経歴にそぐわないものであること等をしんしゃくすると、いずれも本来の業務上の必要性や浜田さんの適性とは無関係に、最初の配転命令の延長としてされたものと推認できる」とし(同47ページ)、やはり「人事権の濫用」と判断した(同51ページ)。また、浜田さんに対して「不当に低い人事評価」をしたり、「オマエ」と呼んだり、提訴の翌日に社外との接触を禁止したりした一連の会社側の対応について、判決は「不法行為にあたる」と判断(同53、54、61、62、63ページ)。基礎知識のない配転先で新人同様の勉強をせざるをえない浜田さんに「浜田君教育計画」と題する書面を渡したことについても、判決は「50歳となった浜田さんへの侮辱的な嫌がらせであり、不法というべき」と批判した(同62~63ページ)。
判決後の記者会見で浜田さんは「これまでサラリーマンとして組織に属しながら組織と一人で闘ってきました」と切り出し、次のように続けた。
その中でいろいろな屈辱、苦痛がありました。会社のこと社会のことを思って正しく行動したつもりなのに正直者が馬鹿を見る、そんなことがあってもいいのか、そんな事実から逃げるわけにはいきませんでした。それでもやめずにいたのは、これだけはどうしても納得できない、だから闘いをやめるわけにはいきませんでした。今日、裁判所より、配転命令の無効、不法行為による損害賠償を認める判決をいただき、とりあえず一区切りがついたという思いです。オリンパスには、この判決に従って私の適正な処遇を考えて頂きたいと思います。そして平和な普通のサラリーマン生活に一日も早く戻してほしいと思います。
内閣府消
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