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金融機関役員100人超を逮捕、バブル金融法廷がすべて終結

奥山 俊宏

 バブル崩壊に伴って相次いで破綻した金融機関の経営責任を追及する訴訟がすべて終結した。1995年以降、「国策」として民事・刑事の両面で責任追及は進められ、130人以上が逮捕され、367人が提訴された。民事は2010年暮れまでにすべての訴訟が終結。最後に残った日債銀事件の刑事裁判も2011年9月14日午前零時に無罪判決が確定して終わった。

  ▽筆者:奥山俊宏

  ▽この記事は2011年8月30日の朝日新聞夕刊に掲載された原稿に加筆したものです。

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 1994年12月、東京協和信用組合と安全信用組合の破綻と公的資金投入が公表され、世論の批判が高まったことを受けて1995年に責任追及は始まった。経営者のモラルハザード(倫理崩壊)を防ぐのが目的だった。

 東京地検特捜部が95年、2信組の元理事長を背任容疑で逮捕。以後、コスモ信組、大阪信組、木津信組、阪和銀行などと刑事立件が各地で相次いだ。2003年までの8年間に、少なくとも37の金融機関の現旧の役職員のうち134人が逮捕され、うち107人が役員経験者、うち44人がトップ経験者だった。元トップを逮捕された金融機関は少なくとも36を数える。134人のうち87人が起訴された。日本長期信用銀行、日本債券信用銀行、福徳銀行の事件で無罪判決が確定し、東京協和信用組合の事件は被告人死亡で公訴棄却になったが、それ以外では多くの事件で有罪が確定し、少なくとも15人は実刑となった。

 民事責任の追及は刑事立件に遅れて始まった。預金保険機構の体制が96年に強化され、その監督下で、破綻金融機関の新経営陣や整理回収機構が現場を担った。

 預金保険機構のまとめによると、89の破綻金融機関について、119件の訴訟が起こされ、その請求の総額は1176億円に上る。元経営者と共謀した人や元経営者の財産を相続した遺族も含めると、403者(うち4者は法人)が被告とされた。このうち、取締役や理事、監査役ら元経営者当人で被告とされたのは367人だった。

 2010年12月16日、足利銀行の元専務らにゴルフ場融資の損失の賠償を命じた判決が東京高裁で確定し、責任の所在を明らかにするための民事訴訟はすべて終わった。日本長期信用銀行の違法配当が認められなかった事例など一部の訴訟は請求棄却になったが、大部分は整理回収機構側の勝訴と言える内容だった。整理回収機構によると、2011年夏までに121億円を回収した。このほかに、破綻した住宅金融専門会社7社の元役員ら43人から7億円を回収した。

 整理回収機構の幹部は「非常によくやってきたのではないかと思う」と振り返る。元経営者から賠償金を取り立てることで納税者の負担を少しでも軽くすることが期待されたが、この幹部は「それには応えられた」とみる。また、金融機関の役員の高度の注意義務が多くの裁判例で認められ、それは企業統治やコンプライアンスの仕組みの強化につながった。

 整理回収機構など公的な立場での責任追及のほかに、市民団体の株主オンブズマンなど株主の立場で責任を追及したケースもあった。また、預金を受け入れる狭い意味の金融機関だけでなく、山一証券など証券会社、東邦生命など保険会社でも、破綻後、裁判所の監督下で管財人らが旧経営陣の責任を追及した。

 一連の責任追及には大きな壁があった。時効である。当時、背任罪の時効は5年、民事の損害賠償責任の時効は10年だった。

 この結果、日債銀の刑事責任追及では、巨額の不良債権と破綻の原因を作ったバブル期の経営陣を刑事訴追することが5年の時効の壁に阻まれて最初から不可能だった。一方、民事責任追及については、日債銀でも、整理回収機構がバブル期の頭取らから賠償金を取るのに成功した。刑事責任の追及では、本当の責任者であるバブル期の役員たちが放免され、経営難に陥った後にその再建を託された外部の人たちだけが逮捕・起訴されるというアンバランスな結果となったため、整理回収機構はそうした事情に配慮して、刑事責任の追及を受けた元役員3人は民事訴訟の被告とせず、バブル期の役員たちだけを相手に提訴したとみられている。こうした事情は多くの破綻金融機関で見られた。

 市民株主の立場から経営者の責任を追及してきた株主オンブズマン代表の森岡孝二・関西大学教授(企業社会論)は長銀と日債銀について「3兆円もの不良債権の損失が国民負担になっており、実態としては損失隠しはあった」と指摘した上で、無罪判決について「あまりに大きな事件の広がりと性格からすると、結局、司法で裁くことはできなかったということだ」と述べる。

 森岡教授はまた、「バブル崩壊から20年がたつのに、議会が総括のための有効な作業をしていない」と国会を批判する。森岡教授によると、米国では戦前の世界恐慌の後でも議会や政府機関がさまざまな報告書を作成した。そこには事実関係も含め詳細な調査結果、分析結果が載っており、今でも参考にされているという。司法に任せきりにするのではなく、政治の問題として、バブル崩壊後の事件の数々を問い直し、教訓を抽出するべきだ――。森岡教授はそう提言している。

 バブルの後始末が一段落しようとしている中で、2010年9月、日本振興銀行が破綻した。これを受けて、整理回収機構は2011年8月23日、日本振興銀行の元会長らを相手に損害賠償を求めて提訴した。バブル崩壊や金融危機とは無縁の平時の責任追及の第1号といえる。

 ■金融破綻に伴って逮捕された金融機関の役職員経験者

▽注1:これまでの新聞報道をもとに事例にあたり、集計した。

▽注2:福徳銀行と朝銀京都信組は破綻金融機関ではないが、それぞれの後身にあたるなみはや銀行、朝銀近畿信組が破綻した。

▽注3:長銀、日債銀、福徳銀行の事件では全員の無罪が確定。

▽注4:逮捕者のうち50人近くが不起訴になったとみられる。

石川銀行:元頭取、元頭取、元東京支店長

永代信組:元組合長、元常務理事、元財務部長

大阪第一信金:元理事長、元常務理事、元常務理事

信用組合関西興銀:前会長、元理事長、前理事長、前副理事長、前専務理事

朝銀近畿信組:元理事長、元副理事長、元副理事長、元常務理事、元常務理事

朝銀京都信組:元

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡は okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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