2011年10月02日
外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)
業務提携の関係にあった日本の自動車メーカー「スズキ」とドイツの自動車メーカー「フォククスワーゲン」(VW)が、紳士の正しい礼儀を無視して、公の場でお互いを殴り合っている。私は「野次馬」の一人として、争いの法的背景を調べてみた。その結果、スズキの側は契約の法的関係と国際紛争に不慣れであるように私には見受けられる。
問題となっている2009年12月のFramework Agreementそのものは公開されていない。しかし、当事者から公表された文面からだいたいの内容を推測できる。私の推測によれば、スズキは、Framework Agreementを終了するための必要条件を満たさず、一方的に提携契約を解約しようとしている。また、VWのクレームとおり、Fiatからディーゼルエンジンを購入したことによって、スズキは恐らくFramework Agreementの禁止条項に抵触したとみられる。スズキの英文クレームレターを分析すると、スズキが仮に法律事務所を使っているとしても、それは、英語と国際紛争に慣れていない国内事務所であろう、としか考えられない。不都合な契約をくぐり抜けたいという気持ちはもちろんわかるが、乱暴なやりかたに伴うリスクは少なくない。
今回の契約を巡る争いは9月11日、VW側の「浮気」クレームから始まった。Framework AgreementではスズキはディーゼルエンジンをVWから独占的に調達することを約束したのに、Fiatから購入したことは契約違反だ、とVWが主張した。
翌日、つまり、9月12日、スズキは、浮気のクレームを無視して、いきなり離婚を求めた。スズキは「フォルクスワーゲンAGとの業務提携及び相互資本関係を解消することを取締役会で正式に決定しました」と発表した。興味深いことに、業務提携契約の「解約」「契約解除」といったようなフレーズは一切使われていない。Framework Agreementは一方の当事者の意思決定により、いつでも簡単に破れる紙でないはずだ。いつでも破れる契約はそもそも契約ではない。
むしろ有効な契約を正当事由なく否認する行為自体は契約の債務不履行であり、乱暴に契約を破る側は賠償責任を負う。一方的に解約宣言をすることによって、このもめ事がもし将来裁判または仲裁の場で争われることになれば、スズキは「悪者」の役目に見えるリスクは高い。契約を賢く逃げるには、契約相手の「罪」(つまり、相手の債務不履行)をまず指摘して、契約解除を相手の責任とするストーリーを描くことから始まる。スズキが最初からVWの罪に全く触れず、ただ単に「離婚を取締役会で決めました」というカウンターパンチを繰り出すのは極めて異例であるように見える。VWのクレームレターを受けてから一日も経たずに返事したことから、スズキ側は感情的になっていたと推測することもできる。
「離婚」宣言の10日後、スズキはようやくもともとの「浮気」クレームに答えた。スズキはVWからディーゼルエンジンを独占的に購入する契約義務の存在を否定していないことが目につく。むしろ、「VWが浮気に同意した」または「浮気を拒否する権利を時間の経過により事実上破棄した」というような抗弁である。
両社は昨年、数ヶ月間にわたり、フォルクスワーゲンAG製エンジンを用いる条件について協議しましたが、スズキの要件が満たされることはありませんでした。本年1月に、浜松でヴィンターコルン会長と弊社 鈴木修が会談した際、理由も付した上で、フォルクスワーゲンAG製ディーゼルエンジンをスズキが使用しない旨を伝えました。これに対して、ヴィンターコルン会長から同社製ディーゼルエンジンを採用しないのであれば、それを書面でも通知して欲しいとの要請があったので、数日後にその旨を書面で正式に連絡しました。その直後には、この件を担当する両社の技術者同士でも、スズキがフォルクスワーゲンAG製ディーゼルエンジンを使用しないことをお互いに確認しました。
フォルクスワーゲンAGは、今回の通告書において、同社製ディーゼルエンジンとフィアット社製ディーゼルエンジンとを比較するプロセスの実施を、是正措置として求めています。スズキが使用しないということを両社間で確認しあっているエンジンについて、確認後相当長期間を経た9月11日に当該プロセスが欠けていたと指摘し、契約違反であると主張することの不合理性は容易に理解されると考えます。
「スズキがフォルクスワーゲンAG製ディーゼルエンジンを使用しないことをお互いに確認しました」は微妙な言い回しである。この「確認」はFiatからの調達の「同意」と違うし、脈絡からすると、書面で記録されたものでなさそうだ。むしろ、「同社製ディーゼルエンジンを採用しないのであれば、それを書面でも通知して欲しいとの要請があった」ということからすると、VWは最初から契約違反の可能性とその証拠の収集を考えていたように見える。スズキの浮気を拒否する権利をVWは時間の経過によって放棄したというスズキ側の抗弁の成否は最終的に事実関係によって決することだが、契約権利は通常、確定してから数カ月の間執行しなかったことにより自動的に消えてしまうというものではない。
最後の驚きはスズキのレターの英語版だ。スズキのウェブサイトに引用されているそれは完全なジャパニーズ・イングリッシュになっている。それがそのままVWに渡されたのだろう。Framework Agreementの紛争解決条項の具体的な内容はわからないが、VWが、日本の裁判所で紛争を解決することに合意していたとは思えない。おそらく第三国(例えば、スイスやシンガポール)において英語で仲裁することが取り決められているのではないか。日本以外の国での訴訟または仲裁ということになると、訴訟代理人は日本の弁護士ではなく、英語圏の大事務所の弁護士になる。スズキのレターの内容と英語に照らすと、スズキは、この紛争が訴訟・仲裁になった場合の弁護士と相談せずに、VWに喧嘩を売っているということになる。
株主の45%(VWの約20%を含む)が外国人、売上の70%が海外向けであるグローバルな会社としては、それは大変意外なことだ。
▼ギブンズ氏の記事
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Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
東京育ちで、1987年以
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