2011年11月02日
迫り来る米・英の外国公務員贈賄防止罪のリスクと日本企業の対応
西村あさひ法律事務所
弁護士 森本 大介
■ はじめに
2011年9月16日、ブリヂストンは、かねてから米国連邦司法省(DOJ)の捜査を受けていた(1)マリンホースの販売に関する国際価格カルテルと(2)工業用品の販売に関する主として中南米における海外エージェントを通じた中南米の外国公務員に対する不適切な支払に関し、2011年9月12日付けで米国連邦司法省と有罪答弁合意書を締結したことを公表した。有罪答弁の内容として、ブリヂストンは米国独占禁止法違反の謀議及び米国海外腐敗行為防止法(FCPA)違反の謀議につき有罪を認め、2,800万米ドル(当時のレートで日本円で約22億円)を支払うことを合意している。FCPA違反に関しては、2011年4月6日付けで日本の大手エンジニアリング会社である日揮が、ナイジェリアLNGプラントプロジェクトに関し、同様に米国連邦司法省との間で起訴猶予契約(Deferred Prosecution Agreement)を締結し、罰金2億1,880万米ドル(当時のレートで約182億円)を支払う旨合意しており、今年に入ってからの日本企業のFCPA違反での摘発は2例目ということになる。
■ FCPAの日本企業に与えるインパクト
FCPAは、外国公務員に対する贈賄を規制する米国の法律であるが、世界的に見た場合、自国以外の公務員(外国公務員)に対する贈賄を禁止すること自体はそれほど珍しい規制というわけではなく、日本においても不正競争防止法18条が日本国外の公務員に対する贈賄行為を禁止している。もっとも、FCPAの場合、日本企業であっても、米国に上場していたり、あるいは贈賄行為の一部でも米国で行われた場合には、FCPA違反が問われ得るという点で、適用対象が広い上、万が一違反行為が発覚した場合の罰金の額において、日本の不正競争防止法とは比較にならない程のインパクトがある。
日本の不正競争防止法とFCPAのインパクトの差は、過去の摘発事例を見れば一目瞭然であろう。過去に外国公務員に対する贈賄に関し、日本の不正競争防止法違反で起訴された事例は、2007年に罰金刑が言い渡された九電工事件及び2009年に第一審判決が言い渡されたPCI事件の2例のみである。九電工事件は、同社のフィリピン子会社に出向していた社員(子会社の副社長、技術者)が、2004年4月、来日した同国の国家捜査局幹部に、自動指紋照合システムの早期契約を促すなどの目的で、日本国内で約80万円のゴルフクラブセットなどを供与したという事件であるが、これに対し、福岡地検は社員2名を略式起訴し、同日付で福岡簡裁が罰金50万円及び罰金20万円をそれぞれ言い渡した。この際には法人としての九電工は起訴されてはいない。
また、PCI事件は、PCI社が2001年と2003年にホーチミン市を横断する幹線道路建設工事のコンサルタント業務を計約31億円で受注した際に、受注の謝礼などの趣旨で、同市幹部に対し、2003年12月に60万ドル(約6400万円)、2006年8月に22万ドル(約2600万円)を提供したという事件であるが、これに対し、2009年1月29日、東京地裁は、PCI社には、罰金7000万円(求刑罰金1億円)、また、元取締役に懲役2年、執行猶予3年(求刑懲役2年6月)、元常務に懲役1年8月、執行猶予3年(求刑懲役2年)、元ハノイ事務所長に懲役1年6月、執行猶予3年(求刑懲役2年)の判決を、それぞれ言い渡した。なお、元社長については別途詐欺罪にも問われ、2009年3月24日、東京地裁で懲役2年6月、執行猶予3年(求刑懲役3年6月)の判決が言い渡されている。
他方で、FCAP違反の摘発事例に関し、米国連邦司法省がホームページ上で適宜公表をしている件数は下記の表のとおりであり、その絶対数において、日本の不正競争防止法違反による起訴事例を圧倒しており、また、2000年代の後半に入り、摘発件数が飛躍的に増大していることがうかがえる。
表1 米国当局(DOJ)による過去10年の公表件数
2001年 | 6件 |
2002年 | 4件 |
2003年 | 5件 |
2004年 | 5件 |
2005年 | 6件 |
2006年 | 7件 |
2007年 | 19件 |
2008年 | 23件 |
2009年 | 34件 |
2010年 | 34件 |
FCPAそのものは1977年に制定された法律であり、その後1988年及び1998年に一部改正がなされ、1998年の改正で外国法人や外国人にも適用されることになったものの、特段目新しい法律というわけではない。摘発件数の増大は、むしろ摘発を強化するという運用面における強化によるところが大きいといえよう。下記は、過去において、FCPA違反により企業が支払った罰金の上位10を示したものである。
表2 過去の罰金額上位10社
1 | Siemens(独) (2008) | 8億ドル |
2 | KBR/Halliburton(米) (2009) | 5億7900万ドル |
3 | BAE Systems(英) (2010) | 4億ドル |
4 | ENI/Snamprogetti(伊/蘭) (2010) | 3億6500万ドル |
5 | Technip(仏) (2010) | 3億3800万ドル |
6 | 日揮株式会社(日) (2011) | 2億1880万ドル |
7 | Daimler(独) (2010) | 1億8500万ドル |
8 | Alcatel-Lucent(仏) (2010) | 1億3740万ドル |
9 | Panalpina(スイス) (2010) | 8190万ドル |
10 | Johnson & Johnson(米) (2011) | 7000万ドル |
上記の表をみると、(1)FCPA違反における高額の罰金が2008年以降に集中して科されていること、(2)米国連邦司法省による、外国企業に対するFCPAの積極的な適用傾向が非常に顕著であり、上記の表に記載のとおり、2位のKBR/Halliburton及び第10位のJohnson & Johnsonを除き、いずれも米国以外の企業に対する適用事例となっていること、そして(3)日揮が支払った罰金額は、過去におけるFCPA違反の罰金額の中でも第6位と非常に高額であったことがうかがえる。
また、FCPAは個人に対しても非常に厳罰をもって臨んでいる点で、日本の不正競争防止法と一線を画していると言えよう。公表事例の中で日本人に対して初めてFCPAが適用された事案である、ブリヂストンの元従業員に対する事案では、米国独占禁止法違反及びFCPA違反を併せ、24か月の拘禁刑及び8万ドルの罰金刑が科されているが、これは、わが国のPCI事件において、3人の被告のいずれについても執行猶予が付されたこととは対照的である。
■ 2010年英国贈賄防止法(UK Bribery Act 2010)の日本企業に与えるインパクト
上記のとおり、FCPAは日本企業にとっても非常に脅威であるものの、FCPAについては、既に数年前から様々なところでそのリスクが指摘されており(拙稿「米国における海外腐敗行為防止法(FCPA)の概要と日本企業におけるリスク対応」月刊監査役No.554(2009年4月号)など参照)、これに呼応するように日本企業の間でもFCPA対策を本格化する動きが出てきていたところである。従って、現時点においては、FCPA対策を導入済みという企業も多いのではないかと思われ、本稿ではその要件などの詳細についての説明は割愛する。むしろ、本稿において焦点を当てたいのは、本年7月1日に施行された2010年英国贈賄防止法(UK Bribery Act 2010)である(以下単に「英国贈賄防止法」という。)。英国贈賄防止法も、FCPAや不正競争防止法と同様、贈賄の防止を主たる目的とする法律であり、(a)贈収賄罪(1条、2条)、(b)外国公務員贈賄罪(6条)、及び(c)企業の責任(贈賄防止懈怠罪)(7条)という3つの柱によって構成される。(a)の贈収賄罪に関していうと、贈収賄の相手方が必ずしも公務員に限られておらず、民間人であっても含まれる点に特徴があるが、(a)及び(b)は、いずれも英国で行為が行われた場合あるいは英国と深い関係がある場合(英国国民、居住者、英国法で設立された会社など)にのみ適用されることから日本企業も十分な注意を払えば適用を免れることができよう(もっとも、英国現法についての管理には万全を期す必要がある。)。他方で、日本企業にとってもっとも脅威なのが、(c)の企業の責任であろう。企業の責任規定は、(1)関係企業(relevant commercial organization)の関係者(associated person)が、(2)当該企業のために、ビジネスあるいはビジネスにおける便宜を獲得/維持する目的で、(3)贈賄した場合に、適用される。そして、関係企業とは、(ア)英国法に基づき設立され、英国又はその他の場所においてビジネスを行う企業等あるいは(イ)英国において全部又は一部のビジネスを行う企業等を指すとされており、その関係者とは、関係企業のためにサービスを行う者(職員、エージェント、子会社が該当し得る。)で、諸事情によって認定されることになる。関係企業である限り、英国内外問わず適用されると解されていることから、日本企業であっても英国でビジネスを行っている限り、企業の責任に服することになる。極論すれば、英国でビジネスを行っている企業であれば、そのエージェントや子会社が当該企業の全く知らないところで行った贈賄行為についても本体が責任を負い得ることになるのである。この場合、唯一の抗弁は、当該企業が、その関係者が贈賄行為を行うことを防止するための適切な手続を定めていることである。なお、罰則は、(a)の贈収賄罪及び(b)の外国公務員贈賄罪については、個人は10年以下の懲役、若しくは罰金、又はその併科(正式起訴の場合)であり、その他は罰金(上限なし)(正式起訴の場合)とされており、(c)の企業の責任については罰金(上限なし)とされているため、どれほど高額な罰金が科されるのかは施行間もない現時点においては全く予見することができない。
従って、英国で少しでもビジネスを行っている日本企業については、自らの行為に加えて、その子会社やエージェントの行為についても英国贈賄防止法の適用を受け得るという前提で行動する必要がある。
■ まとめ
以上のとおり、非米国企業に対する、米国連邦司法省によるFCPAの積極的な適用姿勢や英国における英国贈賄防止法の施行により、米国及び英国で活動する日本企業がこれらの法令に基づき処罰される可能性が飛躍的に高まっている。ある日突然、海外の捜査当局から捜査を受けたりすることがないよう、日本企業としては、まずは、そもそも自社(あるいはその子会社など)にFCPAや英国贈賄防止法が適用されるのかという点を確認した上、当該企業毎に適切なコンプライアンス・プログラムや贈賄防止規程などを制定する必要がある。
なお、自社(あるいはその子会社など)にFCPAや英国贈賄防止法が適用されるのかという点を確認するためには、当該企業のグループ会社を含む資本関係図を参照しつつ、グループ会社の利
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