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リスク高まるインドの株式譲渡に関する合意の効力

 出資、合弁契約などで広く用いられる「株式譲渡に関する合意」ルール。インドではこれまでも法律や当局との関係で、合意の効力が否定されるリスクがあったが、近時、外資規制の改正により、かかる合意自体を禁止するかのような文言が追加された。これにより、従来からのリスクは高まり、さらには株式譲渡に関する合意をすること自体についても、外資規制違反となるリスクが生じた。吉峯亮子弁護士がインドにおける最新の議論を紹介し、投資リスクについて注意を喚起する。

インド企業への投資に際しての株式譲渡に関する合意の有効性

西村あさひ法律事務所
弁護士 吉 峯 亮 子 

吉峯 亮子(よしみね りょうこ)
 2005年、第一東京弁護士会登録。2009~2010年、慶応義塾大学非常勤講師(民法演習)。2010~2011年、インド・ムンバイのJ. Sagar Associates出向。
 証券化・LBOローンその他のストラクチャードファイナンス、企業危機管理、日本企業のアジア進出ほか、インド案件に関しては、現地進出、ジェネラルコーポレート、金融、危機管理など全般的に取り扱う。

 ■ はじめに

 ある一定のイベントが発生したり、ある一定の期間が経過するなどした場合に、ある株主が有する株式を他の株主が購入できる/売却できるという契約条項や、株主がその保有する株式を譲渡することを制限する条項は、株主間契約や、出資契約、合弁契約など、株主/出資者が当事者となる契約において、広く用いられている。

 このような契約条項は、単にput/call optionを定めるものから、株式を売却する場面においてある当事者に株式の購入について優先交渉権を与えるもの(right of first refusal)、他の当事者が売却当事者に対して自己の保有分も併せて売却することを請求する権利(tag along right)、売却当事者が他の当事者に対してその者の保有分も併せて売却することを強制することができる権利(drag along right)など、様々なバリエーションが存在する(以下これらを総称して「株式譲渡に関する合意」という。)。また、その目的についても、投資のエグジットの確保や支配権の保持など契約により様々である。

 株式譲渡に関する合意は、日本企業がインドに投資する場合の契約にも(国内や他の諸外国の案件と同様に)規定されてきた。もっとも、インドでは、従来から株式譲渡に関する合意の有効性を巡って議論がなされてきた。本稿では、インドにおける株式譲渡に関する合意の有効性を巡る議論の状況につき、最新の情報を含め、解説したい。

 ■ 株式譲渡に関する合意の有効性

 インドにおいては、種々の法律・当局との関係上、株式譲渡に関する合意の有効性が否定されるリスクが存在する。この論点に係る議論は以下に述べるとおり未だ成熟しているとは言い難い。まず、従来からある論点としては、会社法(Companies Act, 1956:以下「インド会社法」という)111A条が規定する、公開会社における株式の自由譲渡性との関係上無効であるという議論が存在する。これに加えて、近時、インド証券取引委員会(Securities and Exchange Board of India:以下「SEBI」という)及びインド準備銀行(Reserve Bank of India:以下「RBI」という)が、それぞれ株式譲渡に関する合意の有効性を否定するような見解を示し、また、2011年9月30日に公表された最新版のFDIポリシー(後述)においても、RBIの見解に沿うかのような条項が追加された。特にSEBI及びRBIの見解については、その適用範囲や、適用された場合の効果が未だ明確とはいえず、今後の実務の動向に注意を払う必要がある。以下それぞれの議論について、紹介したい。

 i 会社法111A条の議論

 インド会社法111A条は、基本的には、インドにおける公開会社(public company)(なお、インドにおける公開会社と非公開会社(private company)の区別は日本法における公開会社(日本の会社法2条5号)と公開会社以外の会社の区別と類似している。インド会社法において非公開会社とは、定款に株式譲渡制限を定めており、株主数が50名以下であることなどを要件とする会社を指し、ガバナンスが簡素化されている)の発行する株式の譲渡に際しての、会社による株主名簿などへの登録に関する規定であるが、その第2項において、以下のとおり株式譲渡の自由性が定められている(なお、引用部分からは明らかではないが、本項は公開会社のみに適用される)。
“(2) Subject to the provisions of this section, the shares or debentures and any interest therein of a company shall be freely transferable:…”

 上記第2項の文言との関係上、公開会社を対象会社とするJV契約や株主間契約における株式譲渡に関する合意は、株式譲渡の自由性を制限するものであるとしてインド法上無効とされるとの議論が従前から存在する。この点については、高等裁判所の判決において判断がされたことが過去数回あるが、その判断は分かれており、株式譲渡に関する合意の有効性を肯定する裁判例も否定する裁判例も存在する。いかなる場合に有効性が肯定され、いかなる場合に否定されるなどの基準も確立しておらず、高裁の判断も相互に対立しているように思われるため、最高裁判所での判断が待たれている。

 なお、インド会社法については、現在改正作業が進められており、Companies Bill, 2009による改正が提案されている。この改正案においては、上記111A条第2項に対応する条項案(Clause 53)は、主として会社による株主名簿などへの登録に関する規定となっており、株式の自由譲渡性には触れられていない。改正の過程において、敢えて該当部分を削除したものと解すれば、改正案においては、株式譲渡に関する合意の有効性を肯定する考え方が採用されたと考えることもできる。もっとも、改正案は継続的に審議の対象となっているものの、いつ頃成立し、施行されるのかについての見通しは不透明な状況にあり、また、上記の株式譲渡の自由性の論点に明確に言及しているものではない。

 上記のとおり、インド会社法上の議論は、公開会社のみを対象とするものであるため、非公開会社については、従来から、株式譲渡に関する合意は可能であり、有効であると考えられていた。また、解釈上、株式譲渡に関する合意が無効とされる可能性はあるにせよ、重大な効果(刑事罰や行政処分など)があるものではないと考えられていたため、当事者において契約が遵守されれば、無効のリスクは顕在化しないことから(雑駁に言えば、無効であるとしても、これを争わず当事者が従う場合も考えられるため、規定しておいた方がないよりも良いと考えられることから)、契約において、株式譲渡に関する合意を行うことは一般に行われていた。

 ところが、近時、SEBIとRBIがそれぞれ株式譲渡に関する合意について否定的な見解を示した。なお、筆者の知る限りこれらの機関はホームページなどに見解を公表しておらず、以下はいずれも報道されている内容に従って記載している。

 ii SEBI(インド証券取引委員会)の見解

 まず、SEBIは、Vedanda Resources Plc(“Vendanda”)によるCairn India Ltd.(“Cairn”)に対する公開買付けにおいて、その届出書の中で開示された、VedandaとCairnの株主(親会社グループ)との間の株式譲渡契約におけるput/call optionの定め及びVedandaのright of first refusalにつき、証券契約法(Securities Contract (Regulation) Act, 1956)との関係上有効ではないとした(なお、インドにおいては、公開買付けの手続内で、SEBIが提出書類の審査を行うというプロセスがある)。その理由は、put/call optionの定めやright of first refusalは、証券契約法に定めるスポット・デリバリー契約の定義に該当せず(詳述は避けるが、契約当日又は翌日に決済されるものしか該当しない)、デリバティブに該当するものの、証券契約法上デリバティブは上場デリバティブしか認められていないため、株式譲渡契約における合意は違法であるとするものである。即ち、株式譲渡契約に基づく株式譲渡に関する合意は証券契約法で規定されるデリバティブに該当し、かつ当事者間の合意によるものであり、上場していないため、違法であり許されないとする指摘がSEBIよりあったとのことである。

 なお、この事例については、最終的に、VedandaとCairnの株主の間で、当該株式譲渡に関する合意は無効であり、合意に係る権利を行使しないという確認・合意がなされることで決着された。

 ii RBI(インド準備銀行)の見解

 上記SEBIの見解に続くものとして、最近、以下のようなRBIの見解が取り沙汰されている。

 報道によれば、RBIは、近時、外国投資家が、株式譲渡に関する合意のうちput optionを行使しようとした事例において、当該外国投資家の投資は、(i)エクイティの出資ではなく、ローンではないかとの主張、及び(ii)SEBIに登録した機関投資家のみが上場デリバティブの取引を行い得るのであり、他の外国投資家は、デリバティブ取引はできないはずであるとの見解を示しているということである。

 このうち、まず、(i)エクイティ出資ではなく、ローンではないかという点であるが、インドにおいては、外国からのローンについてはECB規制(External Commercial Borrowing規制)という厳しい規制が存在し、ローンの期間、金利、資金使途などの全般に亘って規制がなされている。従って、RBIの本意がどこにあるのか、単に当該optionを無効としたいのか、ローンとしての規制を及ぼす趣旨であるのかは明らかではないが、エクイティとして出資したものにつき、実際のところローンであると判断された場合、これらの規制を守らなければならなくなり、そもそもの出資の目的が果たせないことがあり得る。

 次に、(ii)このようなoptionはSEBIに登録した機関投資家のみが行いうるデリバティブ取引に該当するのではないかという点については、インド外国投資管理法(Foreign Exchange Management Act, 1999)において、インド企業の株式を裏付資産とするデリバティブ契約は、SEBIに登録済みの外国投資家しかできないこととなっており、株式譲渡に関する合意がこの登録が必要なデリバティブ契約に該当するのではないかという趣旨である。この考え方は、SEBIの見解と同様に、株式譲渡に関する合意がデリバティブに該当するとの見解を前提としていると考えられるが、前述のとおり、証券契約法との関係では、登録済みの外国投資家であっても上場デリバティブしか取引できないため、そもそもデリバティブであれば証券契約法との関係でも問題があることになると思われる。

 この論点に関連して、インドの外資規制であるFDIポリシー(Consolidated FDI Policy:年2回4月と10月にインド商工省産業政策促進局(Department of Industrial Policy and Promotion, Ministry of Commerce and Industry)より改訂版が公表されるが、現在の最新版は2011年10月1日施行のものである)において、最近以下のような記述が追加された(Section 3.3.2.1)。
“Only equity shares, fully, compulsorily and mandatorily convertible debentures and fully, compulsorily and mandatorily convertible preference shares, with no in-built options of any type, would qualify as eligible instruments for FDI. Equity instruments issued/transferred to non-residents having in-built options or supported by options sold by third parties would lose their equity character and such instruments would have to comply with the extant ECB guidelines“

 これは、in-built option(なお、FDIポリシー上定義はない)が付された株式については、FDI(外国直接投資)としては認められず、ECB規制に従わなければならないとする(なお、前述のとおり、ECB規制はその期間、利息、利用目的などにつき厳しい要件が定められているため、通常の合弁の場合に想定される普通株式による出資をECB規制に従って行うのは事実上不可能ではないかと思われる)ものであり、前記のRBIの見解に沿ったものであると指摘されている。

 このFDIポリシーにおける規定と上記RBIのスタンスを併せ読むと、投資家がエグジットする際に他の株主が当該株式を買い取るとする合意はput optionに相当し、かかる合意が上記の“in-built option”に該当してしまうように思われる。また、RBIの関係で取り沙汰されているのは専らput optionであるが、上記の条項ではputとcallの区別をしていないところ、素直に条項を読むと、callの合意についても禁止されているように思われる。更には、上記会社法の議論と異なり、公開会社・非公開会社の区別はされていないため、このFDIポリシーの文言を文字どおり解した場合には、インド企業への投資に関して、実務上重大な問題が生じることになる。

 この点、従来は、上記会社法の議論に基づき、公開会社においては、株式譲渡に関する合意が無効とされるリスクを認識しつつも、契約でput option又はcall optionその他株式譲渡に関する合意を行うことは広く一般に行われていたところである。しかしながら、上記FDIポリシーの記載からは、このような合意を行うこと自体、外資規制違反であり、その効果は単なる契約条項の無効にとどまらないとされるリスクも存在するようにも思われる。万が一、外資規制違反であると判断された場合には、その場合の効果がどうなるのかという点を含め、今後の解釈が待たれるところである。

 ■ 付随的な論点

 インドの外資規制上、インド居住者とインド非居住者との間におけるインド企業の株式譲渡の価格は、以下の指標を基準として、インド居住者に不利益にならないようにしなければならない(即ち、インド居住者からの譲渡の場合は下記の価格を下回ってはならず、インド居住者への譲渡の場合は下記の価格を上回ってはならない)ものとされている。従って、株式譲渡に関する合意における価格決定のメカニズムも、かかる規制に従って設計されなければならない。

 (1) 対象株式が上場株式である場合
 SEBIのガイドラインによる特に有利な発行価格(市場価格がベースとなる)

 (2) 対象株式が非上場株式である場合
 SEBIに登録されたCategory-I Merchant BankerまたはChartered AccountantがDCF法に従って算出した公平な価格

 ■ おわりに

 株主間契約や出資契約に

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