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日本の会社法の先を行く韓国の商法改正

 日本の会社法(旧商法)によく似ている韓国の商法が大幅改正され、来年4月に施行される。2001年以来の日本の会社法制の改正を取り入れており、日本企業の韓国進出を一層加速するとみられる一方で、支配株主によるスクィーズ・アウト制度の導入など日本の会社法制を見直す際に参考になるものがあるという。桜田雄紀弁護士が改正の概要を紹介する。

韓国商法の全面改正

西村あさひ法律事務所
弁護士 桜田 雄紀

桜田 雄紀(さくらだ・ゆうき)
 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。2007年、第一東京弁護士会登録。2011年1月より韓国の金・張法律事務所(Kim & Chang)出向。
 主に韓国取引所を含む海外取引所の上場案件、キャピタルマーケット、銀行・証券会社に係るM&A案件、金融機関の企業法務全般、金融商品取引法、銀行法に関するコンプライアンスなどを担当。

 ■はじめに

 東日本大震災とその後の急激な円高を受けて、わが国企業の間で、生産・製造拠点の韓国への移転を検討する動きが増加する傾向にある。従来から、日本企業が韓国で営業を行うためには韓国商法に基づく株式会社を設立する形態が一般的であり、韓国での事業展開・進出に当たっては、韓国の会社法制を定める韓国商法について十分に理解しておくことは必須と考えられる。

 韓国商法は、今年(2011年)全面改正され、来年4月15日に、その制定以来最も大きな改正の施行を迎えようとしている。今般の韓国商法の改正(以下、改正後の韓国商法を「改正商法」という)は、企業経営の透明性と効率性を高めるための、資金及び会計関連規定の整備、新たな会社形態の導入、発行可能な種類株式の多様化、理事(日本の会社法上の取締役に相当)の権限濫用を防止するための規定の新設、合併の際の対価の柔軟化、いわゆるスクィーズ・アウトを認める規定の新設など、多岐に亘る改正内容を含んでいる。わが国の会社法制は、2006年における会社法制定によって大幅な変革がなされたところであるが、今般の韓国商法の改正も、わが国で会社法制定の際になされたのと同様に、従来の商法で認められなかった新しい概念や制度を多く導入するものであり、韓国における企業法務の実務に重大な変化をもたらすものである。

 本稿では、このような韓国商法の2011年改正の概要を紹介するとともに、韓国企業に投資しようとするわが国企業にとっての留意事項等を検討するものである。

 ■ 新たな企業形態の導入

 改正商法により、米国のLP(リミテッド・パートナーシップ)をモデルにした合資組合と米国のLLC(わが国でいう「合同会社」に相当する)をモデルにした有限責任会社の二つの新しい企業形態が導入される。

 合資組合は、組合の業務執行者として組合の債務に対して無限責任を負う組合員と出資価額を限度にして有限責任を負う組合員とが相互出資して共同事業を経営することを約定する組合契約に基づく企業形態であり、業務執行を行う無限責任組合員と有限責任組合員により構成される点において日本の投資事業有限責任組合契約に関する法律に基づく投資事業有限責任組合に類似するが、合資組合の場合は投資事業有限責任組合と異なって事業の内容に限定がない。また、合資組合は、日本版のLLPである、「有限責任事業組合契約に関する法律」に基づく有限責任事業組合とは、組合契約に基づく自治を広く認める点で類似するが、有限責任事業組合は、[1]有限責任を負う組合員のみで構成される点、[2]営利を目的とする事業を営むことを目的とする事業を営むための組合契約であり、組合の業務に一定の制限が課せられている点、及び[3]有限責任組合員のみにより構成されることから財産分配に制限がある点において、合資組合と異なっている。

 また、有限責任会社は、原則としてその出資金額を限度とする有限責任の社員と、社員又は社員以外の者から選任される業務執行者によって構成される会社の一形態である。有限責任会社においては、会社の設立及び運営並びに機関構成などの面で定款自治が幅広く認められる。有限責任会社制度の導入より、従来から韓国商法上認められていた、合名会社、合資会社、株式会社及び有限会社に加えて5種の会社形態が認められることになる。

 合資組合及び有限責任会社という新たな企業形態は、日本企業にとっても、私募ファンド等の投資ビークル組成のための選択肢(オプション)を提供するものと考えられる。

 ■ 無額面株式の導入

 従来の韓国商法では、株式会社の発行する株式としては額面株式のみが認められていた。これに対して、改正商法により無額面株式が導入され、設立時に額面株式と無額面株式のうちいずれか一方を選択して発行することや、設立後に定款変更により額面株式を無額面株式にしたり、無額面株式を額面株式へ変更することができるようになる。額面株式については、額面額に到達しない価額による新株発行(未達発行)や株式の分割に一定の制約があったが、無額面株式が認められたことにより、これらの制約を受けずに株式を発行することが可能になる。

 ■ 発行可能な株式の種類の多様化

 従来の韓国商法では、定められた一定の株式の発行のみが許容されていたが、市場環境に対応して効率的な資金調達を可能にするため、改正商法により、多様な種類の株式を発行することが可能となった。例えば、従来の商法では、会社は、優先株についてのみ無議決権株式とすることができたが、改正商法により、かかる制限は撤廃され、定款で定めることにより、無議決権株式及び(議決権が制限される)議決権制限株式を、発行済株式総数の25%を上限として発行することができるようになった。また、従来の商法上、優先株式に対してのみ付与することが認められていた償還権及び転換権は、全ての類型の種類株式に対して付与することが認められるようになった。更には、会社側の決定により株式を利益消却することを認める償還株式、及び定款に定められた事由が発生した場合に会社が株主の保有する株式を他の種類株式に切り替えることができる転換条項付株式の発行も認められることになった。

 このような多様な種類株式の解禁により、より容易な資金調達が可能になるとともに、韓国企業に投資しようとする日本企業にとっても、様々な形態による投資・資本参加が可能になるものと期待される。

 ■ 自己株式の取得に関する規制緩和

 従来の韓国商法では、資本充実の観点から自己株式の取得は厳格に規制されていたが、改正商法により、配当可能利益の限度内であれば、[1]取引所で気配がある株式の場合には取引所を通じて取得する方法、又は[2]償還株式の場合以外では各株主が有する株式数に応じて均等な条件で取得することとして大統領令で定める方法のいずれかの方法により、自由に取得できるようになった。また、取得した自己株式については、定款上禁止する規定がない限り、理事会の決議により自由に処分することができるようになった。

 ■ 株式及び社債についての電子登録制度の導入

 従来の韓国商法では株式及び社債について券面の発行が常に必要とされていた。これに対して、改正商法は、世界的な有価証券の無券面化の流れを受けて、株式及び社債の券面を発行しないことを認め、電子登録機関の電子登録簿に登録することにより、株式及び社債の権利者は券面を所持しなくても権利の譲渡・質入れ及び権利行使を行うことを可能とした。

 ■ スクィーズ・アウト制度(支配株主によるバイアウト権制度)及び少数株主によるセルアウト権制度の創設

 改正商法により、従来の韓国商法では認められていなかった少数株主の現金による強制的な締出し制度(いわゆるスクィーズ・アウト制度)が新たに導入される。具体的には、会社の発行済株式総数の95%以上を自己の計算で保有している株主(支配株主)は、会社の経営上の目的を果たすために必要な場合には、株主総会において取得価額の算定根拠や適正性に関する公認された鑑定人の評価等に関する説明を行い、株主総会において承認を取得すること等を条件として、会社の少数株主に対してその保有する株式の売渡を請求することができるようになった。このようなスクィーズ・アウト制度の導入により、95%以上を保有する支配株主は、少数株主をキャッシュ・アウトして会社を完全子会社化することが可能となり、上場企業の非公開化取引等が容易になる。

 また、これに対応して、少数株主も、支配株主に対して、自己の保有する株式について、いつでもその買取りを請求できることとなった(少数株主のセルアウト権制度の創設)。

 ■ 合併の対価に関する柔軟化(「三角合併」の解禁)

 従来の韓国商法では、合併により消滅する会社の株主に対して交付される合併の対価を現金のみとすることができるか(即ち、現金交付合併が認められるか)については否定説が多数説であったが、改正商法では、消滅会社の株主に対して交付する対価を、存続会社の新株でなく、現金その他の財産とすることが可能となった(但し、株式交換・株式移転及び会社分割等の他の組織再編についてはこのような改正はなされていない)。

 また、改正商法により、合併の対価として消滅会社の株主に存続会社の親会社株式を交付する、いわゆる「三角合併」も認められるようになった。この改正により、わが国企業が、その発行株式を対価として(即ち、現金を用いず)韓国企業を買収することも可能となったため、今後、わが国企業による国境を越えた韓国企業の買収が活発化することが予想される。

 ■ 電話会議による理事会決議の許容

 従来の韓国商法では、ビデオ会議を通じて理事会(日本の会社法上の取締役会に相当)決議を行うことは許容されていたが、電話会議による決議は許容されていなかった。これに対して、改正商法は、電話会議による理事会決議を認めることとしている。これにより、理事の全部又は一部が直接物理的に会議に出席していなくても、それらの理事が電話会議システムを通じて会議に参加していれば、全ての理事が理事会に出席したものとみなされ、有効に理事会決議を行うことができるようになった。

 ■ 理事についての責任軽減規定の新設

 韓国商法上、理事が故意又は過失により法令又は定款に違反する行為を行ったり、任務を怠った場合には、その理事は会社に対して連帯して損害を賠償する責任があるものとされているが、かかる理事の責任については、従来は、株主全員の同意によってしか免除することはできないものとされていた。これに対して、改正商法は、有能な経営者を獲得することを可能にし、経営の萎縮を防ぐために、故意又は重大な過失により損害を発生させた場合及び競業禁止義務に違反した場合など一定の場合を除いて、定款で定めることで、理事による行為がなされた日以前の1年間の報酬額(賞与及びとストック・オプションの行使による利益なども含む)の6倍(社外理事の場合は3倍)を超過する金額については、その責任を兔除することができる制度を創設した。

 ■ 理事による会社の事業機会の収奪禁止制度の創設

 従来の韓国商法では、理事がその職務遂行上知り得た会社の情報を利用して個人的な利益を得る行為については明確に規制されていなかったが、改正商法により、このような行為を行うには理事会の承認が必要とされることになった。即ち、改正商法により、理事は、職務を遂行する過程で知り得た情報、会社の情報を利用した事業機会、又は会社が遂行し若しくは遂行する事業と密接な関係がある事業機会を、自己又は第三者の利益のために利用してはならないものとされ、これを行う場合には、理事会で理事の3分の2以上の賛成による承認を得なければならないこととされた。

 ■ 理事による自己取引の承認対象の拡大

 従来の韓国商法においても、理事が自己又は第三者の利益のために会社と取引を行うためには、理事会の承認を得なければならないものとされていたが、経営の透明性を図るため、改正商法は、この規制を厳格化した。即ち、改正商法では、理事の親族、又は理事が単独若しくは共同で発行済株式総数の50%以上を保有する会社などが、理事の利益を図るために会社と取引を行うためには、重要な事実を明らかにした上で、理事会の3分の2以上の多数による承認を得なければならないものとされ、かつ、たとえ承認が得られた場合でも、かかる取引の内容及び手続は公正でなければならないものとされた。

 ■ 執行役員制度の導入

 改正商法により、従来の韓国商法には根拠規定がなかった執行役員が法制化された。即ち、会社は、理事会の監督の下で、業務執行を専門に担当する執行役員を置くことができるようになった(具体的には、理事会が、執行役員の選解任及びその業務執行の監督をものとされ、更に、執行役員に対して業務執行を決定する権限を委任する権限を持つものとされている)。なお、執行役員を置いた会社は、代表理事を置くことができないものとされている。

 ■ 遵法支援人制度の創設

 改正商法により、新たに遵法支援人制度が創設された。即ち、一定の要件を満たす上場会社は、法令を遵守した適正な会社経営を確保するために、遵法統制に関する基準及び手続を設けなければならないとされ、更に、かかる基準の遵守に関する業務を担当する遵法支援人を、弁護士など一定の資格を有する者の中から1名以上任命しなければならないものとされた。

 ■ 商法上の会計関連規定と企業会計基準の不一致の解消

 従来の韓国商法では、企業会計基準とは異なる商法独自の会計に関する規定が定められていたが、改正商法により、従来の商法で会社の会計に関する規定が削除されるとともに、会社の会計は、原則として、一般に公正で妥当な会計慣行による旨の規定が新設された。これにより、商法に基づく会社の会計と企業会計基準との間で生じていた不一致が解消されることとなった。

 ■ 法定準備金制度の改善

 従来の韓国商法では、法定準備金の処分は厳格に制限されていたが、改正商法により、会社は、積み立てられた資本準備金及び利益準備金の総額が資本金の1.5倍を超過する場合には、株主総会決議によって、目的の制限なく、当該超過した金額の範囲内でそれら準備金を減額することができるようになった。これにより、資本組入れと減資手続という煩瑣な手続を経ることなく、準備金を株主に対して分配することが可能となった。

 ■ 配当制度の改善

 従来の韓国商法においては、配当額の決定は常に株主総会で行うこととされていたが、改正商法の下では、定款で定めることにより、配当額の決定に関する権限を理事会に付与することができるようになった。また、併せて、現物配当が認められることとなり、会社が、子会社株式を現物配当することで、その子会社を資本関係を有しない会社として切り離すこと(いわゆるスピン・オフ)が可能となった。

 ■ 社債制度の改善

 従来の韓国商法においては、社債の総額は会社の純資産額の4倍を超えることができないものとされ、また、社債の金額についても一定金額以上でなければならないとされているなど、社債の総額及びその発行金額は制限されていた。これに対して、改正商法の下では、かかる制限は廃止されることとなった。

 また、利益配当に参加することができる社債(利益配当参加社債)、株式その他の有価証券と交換することができる社債、及び有価証券など一定の資産や指標などの変動と連動して償還又は支給金額が決まる社債を発行することができる旨が商法上明確化された。

 ■ 終わりに

 改正商法では、上記の他に

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