メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

ライセンス保護を強化した改正特許法の問題点

 ライセンスの保護を強化した2011年改正特許法が6月に公布された。オープン・イノベーションの時代にあって、発明者保護や知的財産をめぐる紛争の迅速解決を目的とするものだ。ライセンスをめぐる紛争は、個別のケースごとに判断されることが多く、今回の改正でも法的関係が明確でない部分が残った。岩瀬ひとみ弁護士が改正法のポイントを解説し、契約の中で紛争防止の手当をしておく重要性を指摘する。

特許法改正によるライセンスの保護の強化

西村あさひ法律事務所
弁護士・NY州弁護士
岩瀬ひとみ

岩瀬 ひとみ(いわせ・ひとみ)拡大岩瀬 ひとみ(いわせ・ひとみ)
 弁護士、米国NY州弁護士。早稲田大学法学部卒業、スタンフォード大学ロースクール修了(LL.M.)。知財関連取引(ライセンス契約、共同開発契約、開発受委託関連取引等)、知財争訟、知財ファイナンス、ベンチャー支援業務及び一般企業法務などを扱う。

 ■ はじめに

 2011年5月31日、特許法等の一部を改正する法律が成立し、6月8日に公布された。この改正法は公布日より1年以内に施行される予定である。法改正の趣旨は、社外技術を活用して研究開発や製品化を行うオープン・イノベーションが進展する中で、ライセンス契約の保護強化や共同研究などにおける発明者保護を図り、また、イノベーションの裾野を広げる観点からユーザーの利便性を向上させ、知的財産を巡る紛争を迅速・効率的に解決するために審判制度を見直すことと説明されている。

 人口減少や少子高齢化の進行により、我が国の労働人口は減少の一途をたどっており、他方、アジア諸国の生産能力・技術力は急速に向上している。加えて、技術の高度化・複雑化が進んでいる昨今において、我が国の企業がより高い付加価値のある商品・サービスを提供し競争力を確保するには、研究開発から製品化までを全て自社内のリソースのみに頼っていては間に合わなくなっている。より高度な技術をより速く導入するために、社外の技術や知識を活用して研究開発や製品化を行っていくことは、国内外を問わず頻繁に行われている。たとえば、米国の大手通信機器メーカーでは、製品の約9割を外部パートナーの関与の下で開発してコストダウンを図ったり、同じく米国の消費財メーカーは、社外リソースを活かして商品開発を行う戦略により研究開発の生産性を大幅に増加させている、といった話を聞くように、オープン・イノベーションという考え方は更に広まっている。

 オープン・イノベーションにおいては、社外にある技術を活用するために、社外から技術のライセンスを受けることがしばしば行われるが、たとえば、ライセンサーが倒産した場合にライセンスないしそれに基づくライセンシーの地位が十分に保護されなければ、企業はライセンスを受けることにより社外の技術を活用することに躊躇を覚えるであろう。そのような状況に鑑み、2011年改正特許法は、ライセンスの保護を強化した。以下、特許ライセンスを中心に、改正法によるライセンスの保護の強化について概説する。

 ■ 特許ライセンス契約

 特許ライセンス契約とは、簡単にいえば、ある特許発明(技術)について権利を有する者(典型的には特許権者。ライセンサー)が、他者(ライセンシー)に対して、その特許発明を実施する権利を与える契約である。

 我が国の特許法においては、特許のライセンスには、専用実施権(特許法77条)と通常実施権(特許法78条)の二種類が定められている。専用実施権とは、設定行為(ライセンス契約)で定めた範囲内において対象たる特許発明を独占的に実施することができる権利であり、通常実施権とは、設定行為(ライセンス契約)で定めた範囲内において特許発明の実施をすることができる権利と定められている。この定められ方からすると、特許権や特許ライセンスになじみのない方は、専用実施権=独占的、通常実施権=非独占的と思われるかもしれないが、必ずしもそうではない。通常実施権も契約により独占的なもの(独占的に実施することができる権利=独占的通常実施権)として許諾することも可能である。

 ■ 専用実施権と通常実施権

 上述のとおり、専用実施権は、設定の範囲内で特許発明を独占的に実施することができることが法定されている権利である。ある者(ライセンサー)が、ある特許権について、他者(ライセンシー/専用実施権者)に専用実施権を設定した場合、ライセンサーは、その範囲内で重畳的に他の第三者にライセンスを許諾できなくなるが、それのみならず、ライセンサー自身もその特許発明を実施できなくなる(なお、ライセンシー(専用実施権者)の許諾を受ければ実施はできる)。さらに、この専用実施権の設定を受けたライセンシーは、専用実施権の範囲内では、あたかも特許権者であるかのように、自らの名において専用実施権を侵害する者に対して差止請求や損害賠償請求をすることができる。専用実施権は、歴史的な経緯からみても、いわば特許権の部分的な移転に近いものといえるが、そのような強い権利であることもあって、特許庁で登録がされなければ効力が発生しないとされている。

 一方、通常実施権は、設定の範囲内で特許発明を実施することができる権利であり、専用実施権と異なり、当然に独占的なものであるとは定められておらず、また、侵害者に対する差止請求や損害賠償請求も基本的にはできないと解されている。そして、上述のとおり、通常実施権は、合意により独占的なものとして定めることができるものの、その独占性は当事者間の合意に過ぎず、仮に、ライセンサーがライセンシー以外の第三者に重畳的にライセンスを許諾したとしても、当該第三者へのライセンスが無効ということにはならず、ライセンシーとしては、原則的には、ライセンサーに対して契約違反の責任を問うほかない。また、通常実施権については、特許庁での登録が効力発生要件とはされておらず、当事者間の合意(契約)のみによって効力が発生する。通常実施権についても、登録制度は用意されているが、登録はあくまで対抗要件に過ぎない。すなわち、通常実施権を登録しなければ、対象たる特許権をその後に取得した者に対して、その効力を対抗することができず、また、通常実施権を譲渡した場合も、登録をしなければその譲渡を第三者に対抗することができないというものである。

 ■ 特許ライセンスの登録制度

 上述のとおり、特許ライセンスのうち、専用実施権については効力発生要件としての登録の制度が存在し、通常実施権については対抗要件として登録制度が用意されているが、いずれも多くは利用されてきていないのが実態である。昨年(2010年)一年間の登録数は、専用実施権については188件(専用実施権については登録が効力発生要件であるから、専用実施権の登録数=専用実施権の数である)、通常実施権は499件に過ぎない(過去10年間をみても、概ね、専用実施権については200件前後、通常実施権については年によって異なるが200件ないし500件前後である)。このことから、特許の専用実施権については、そもそも利用頻度が低く、通常実施権については、実務において頻繁に利用されているにもかかわらず、そのほとんどが登録されていないことがわかる。通常実施権の登録が実務において行われていない理由は、(1)登録は煩雑でありコストもかかること、(2)登録事項は基本的に特許原簿に記載され公開されることになるが、ライセンス契約についてその内容や存在を公開したくない場合が少なくないこと、(3)登録にはライセンサーの協力が必要であるが、その協力が得られないこと、などである。

 たとえば、破産法においては、ライセンサーが破産した場合、破産管財人がライセンス契約を解除できることとされているが、ライセンシー保護のために、ライセンスについて対抗要件が具備されているときは破産管財人の解除権は制限される。ところが、上述のとおり、現実には対抗要件である登録が具備されていないことがほとんどであるから、多くのライセンス契約はライセンサーの破産などの場合に解除されるリスクを含んでいるということになる。

 ■通常実施権の当然対抗制度の導入と登録制度の廃止

 冒頭で述べたとおり、オープン・イノベーションが進展し、特に、重要な技術について、財務基盤などが必ずしも安定していない中小のベンチャー企業などからライセンスを受けるというような機会が増えてくると、ライセンサーが倒産したときに管財人によりライセンス契約を解除されてその技術が使えなくなったり、あるいは、ライセンス対象たる特許権の譲渡を受けた第三者から差止請求や損害賠償請求を受けることになると非常に困ることになる。企業の事業活動を安定的・継続的に行っていくにはライセンスの保護が重要になってくる。

 にもかかわらず、通常実施権の登録制度が利用されていない状況に鑑み、通常実施権の登録の使い勝手をよくするために、2007年と2008年に相次いで通常実施権の登録制度について改正が行われ、包括的なライセンスについての登録制度が創設され、また、登録により開示される事項が制限されるなどされてきたが、それでも、通常実施権の登録制度の利用は依然として増えなかった。そこで、産業界からの強い要望もあり、2011年特許法改正により、ライセンスを適切に保護するために、通常実施権について登録なくして第三者に対抗できるという制度(当然対抗制度)が導入され、それに伴い、通常実施権の登録制度は廃止されることとなった。

 なお、この当然対抗制度は、改正法施行後に新たに許諾される通常実施権のみならず、施行前から存在する通常実施権についても適用される。また、特許ライセンスに限らず、意匠権と実用新案権についてのライセンスについても同様の制度が導入される(なお、商標権については、従来どおりの通常使用権についての登録制度が残されている点、留意が必要である)。

 ■新制度の概要と実務上の留意点

 当然対抗制度の下では、まず、通常実施権の許諾を受けたライセンシーは、その後に対象たる特許権の譲渡などを受けた者(新特許権者ら)に対して、登録なくしてそのライセンス(通常実施権)を対抗することができる。したがって、他からライセンスを受けて実施していた特許について、その特許権の譲渡を受けた第三者が現れた場合、ライセンシーとしては、ライセンスを受けていたことを立証できれば、当然にその第三者に対して自らのライセンスを対抗することができる。特許権の譲渡を受けた者からすると、譲渡時に存在していたライセンスについて、登録なくして対抗されるということになる。従前のように特許原簿を確認して対抗され得るライセンスの存在の有無を確認するという手段がないため、特許権の譲渡など等を受ける場合には、ライセンスが存在しないか否かについて、慎重に調査を行うとともに、譲渡契約に表明保証条項を定める等の対応が、これまで以上に重要になってくる。

 上記の、通常実施権が登録なくしてその後の新特許権者らに対抗できるという点に関しては、通常実施権を許諾したライセンス契約におけるライセンサー・ライセンシー間の契約関係がどうなるか(契約上の地位が新特許権者らに承継されるのか否か)が問題となる。考え方としては、(1)ライセンス契約におけるライセンサーの地位が当然に新特許権者らに承継されるという考え方、(2)承継されないという考え方、(3)ライセンス契約に典型的な一定の契約内容だけが承継されるという考え方があるが、改正法は、個々の事案に応じて判断されることが望ましいという理由で、この点について特に定めを置いていない。したがって、たとえば、通常実施権が独占的に許諾されていた場合における、独占性(他の第三者には同様の通常実施権を許諾しないというライセンサーの義務)について、新特許権者らに承継されるか否かが明らかでない。

 また、対象となる特許権を特定せずに実施を許諾する包括ライセンスの場合に対象特許権の一部が譲渡されたときや、相互に実施許諾をするクロスライセンスの対象特許権が譲渡されたときに、新特許権者にどういった条件が承継されるのかも非常に難しい問題である。この問題は、従前からあった問題ではあるが、従前は登録があまり行われておらず対抗できる通常実施権が少なかったのに対して、改正法施行後はすべての通常実施権が対抗要件を具備することになるため、これまで以上に実務上問題となり得る。実務的には、そのような場合に備えた規定をライセンス契約に定めて対処をしておく他ないであろう。

 また、新制度の下では、通常実施権は登録なく当然に対抗要件を具備するのであるから、ライセンサーが破産などに陥った場合における管財人の解除権も制限されることになる。ライセンシーとしては、ライセンサーの倒産時にライセンス契約が解除され得るというリスクがなくなったわけである。なお、通常実施権は、口頭で許諾されたものであっても当然に対抗要件を具備するが、実務的には書面を作成してきちんと立証できるようにしておくべきことはいうまでもない。不測の事態が生じたときに、過去に口頭で締結したライセンス契約についてバックデートにより書面を作成するといったこともなされるかもしれないが、無用な争いを避けるためには、ライセンスを受けるときは、当初から書面により契約を締結しておくことが賢明である。

 さらに、通常実施権の登録制度が廃止された新制度の下においては、通常実施権の移転などがあった場合の対抗要件も、登録ではなく、民法の指名債権譲渡の場合と同様、債務者であるライセンサーに対する確定日付ある通知又はライセンサーからの確定日付ある承諾により具備されることになる(なお、施行前に登録済みで既に対抗要件を具備しているものについては、施行後もその効力が維持される)。実務上は、ライセンシーがライセンス契約上の権利義務を譲渡することは、契約上制限されていることが多いと思われるが、ライセンサーの同意を得て譲渡をする場合などに、確定日付ある形で承諾を得るなどしておくことによって、対第三者の対抗要件を具備することができるという点は、一応留意しておくべきであろう。

 ■終わりに

 ライセンス契約は、国内だけでなく複数国をカバーする形で締結されることが多いが、米国をはじめとする諸外国では、ライセンシーの保護のために登録を要求する国は例外的である。今回の改正は、国際

・・・ログインして読む
(残り:約667文字/本文:約6463文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。