2012年01月18日
西村あさひ法律事務所
弁護士 齋藤 崇
「証券化・流動化」は、一定のキャッシュフローを引き当てとした資金調達手法の一つとして、今日では日本に定着したといってよい状況にある。特に、資産の流動化に関する法律(資産流動化法)に基づき設立される特定目的会社(TMK)を用いた不動産流動化スキームは、実務上も広く利用されており、今後もTMKを活用した不動産の流動化、不動産の開発などの促進により、リーマン・ショック以降低迷を続ける我が国の不動産市場を活性化することが望まれている。
しかし、TMKを用いた不動産流動化スキームについては、手続的な煩雑さや規制遵守の負担の重さが利用にあたっての実務的な障害となっているとの指摘もあった。2011年11月24日に施行された改正資産流動化法は、こうした指摘を踏まえて、改正前の資産流動化法(旧法)上の規制について一定の見直しを行っており、実務上も注目に値する。そこで、本稿では、今般の資産流動化法の改正が不動産流動化実務に与える影響について考えてみたい。
今般の資産流動化法の改正は、2000年の大改正以来の大きな改正であるため、その内容も多岐にわたっているが、概要は以下のとおりである。
(1) 資産流動化計画に係る規制の見直し(資産流動化計画の変更手続・変更届出義務の緩和など)
(2) 資産の取得に係る規制の見直し(「従たる特定資産」の信託設定義務などの免除、特定資産の価格調査に係る規制の見直し、特定資産の譲渡人などによる重要事項の告知義務の廃止、特定資産の追加取得に係る手続の整備など)
(3) 資金の借入れに係る規制の見直し(特定目的借入れの資金使途制限の廃止、「特定目的借入れ」の「特定借入れ」への名称変更、特定借入れ以外の借入れの要件の整備・緩和など)
(4) 資産流動化の応用スキームの促進(特定目的信託における他の種類の受益権の発行に係る要件の廃止、社債的受益権の発行要件の見直しなど)
このうち、本稿では、実務への影響が大きいと思われる(1)及び(2)について取り上げる。
資産流動化法上、資産流動化計画を変更するためには、原則として社員総会の決議が必要とされているが、社員総会決議によっても変更できない記載事項が存在することから、旧法下での実務では、利害関係人(特定社員、優先出資社員、特定目的借入れに係る貸付人、特定社債権者など)「全員」の承諾を取得して資産流動化計画の変更を行うことが多かった。しかし、かかる方法による資産流動化計画の変更については、手続が煩雑であり、資産流動化計画の変更に余計な時間・コストが必要となるほか、利害関係人の一部が資産流動化計画の変更に反対した場合には、たとえ当該利害関係人に利害のない事項であっても資産流動化計画の変更を行うことができなくなり、スキームに支障が出るなどの問題が生じていた。
今般の改正では、資産流動化計画の「改定」手続が創設された。かかる改正により、改定手続の対象となる記載事項(基本的には旧法下で未確定事項の確定手続による変更が認められていた事項と同じであるが、その主な事項については、後掲の【表1】を参照)については、予め資産流動化計画に任意の要件・手続(例えば、取締役の決定や一部の利害関係人の承諾など)を定めておき、かかる要件・手続を履践することで、資産流動化計画の記載事項を変更できるようになり、柔軟かつ簡便な資産流動化計画の変更が可能となることが期待される。
もっとも、資産流動化計画の記載事項の中には、改定手続の対象とならない事項もあるため注意が必要である(改定手続の対象とならない主な事項については、後掲の【表1】を参照)。特に、「特定資産の管理及び処分に関する事項」については、改定手続の対象とされていないため、実務上よくみられるAMキックアウト(TMKが特定社債又は特定借入れについての期限の利益を喪失した場合などに、特定社債権者又は特定借入れに係る貸付人主導でアセットマネジャーを交代させること)の場面での資産流動化計画の変更については、改定手続を経た資産流動化計画の変更は行うことができず、従前とおり、利害関係人「全員」の承諾を取得することが必要となる。
【表1】改定手続の対象となる主な事項・改定手続の対象とならない主な事項
改定手続の対象となる事項 | 改定手続の対象とならない事項 | |
---|---|---|
優先出資に関する事項 | 発行時期、発行口数、払込金額 | 発行予定の有無、総口数の最高限度、優先出資の内容(利益配当・残余財産の分配など) |
特定社債に関する事項 | 発行時期、払込金額、元本償還・利息支払の方法及び期限、期限前償還の内容 | 発行予定の有無、発行総額(発行予定残高の上限)、特定社債の内容 |
特定借入れに関する事項 | 借入金額、借入先、借入条件、担保設定に関する事項 | 特定借入れの予定の有無、限度額(借入予定残高の上限) |
特定資産に関する事項 | 特定資産の取得時期、取得価格 | 特定資産の内容、特定資産の権利の移転に関する事項、特定資産の管理・処分に関する事項 |
旧法下においては、軽微な事項の変更を含めて、資産流動化計画の記載事項に変更があった場合には、原則として変更があった日から2週間以内に内閣総理大臣(実務上は、管轄財務局)への変更届出が必要とされていた。しかし、開発型の不動産流動化など、資産流動化計画を複数回にわたって変更することが必要となる案件においては、変更届出の手間やコストが障害となり、TMKを用いた流動化スキームの妨げとなっているとの指摘がなされていた。
今般の改正では、資産流動化計画の軽微な変更の場合には変更届出義務が免除されることとなった。この点、「軽微な変更」とは、前述の改定手続の対象となる事項と同一の事項についての変更とされているため、かなり広汎な事項についての変更について変更届出義務が免除されることとなり、開発型の不動産流動化などにおける手続的な負担の軽減に資することが期待される。
もっとも、軽微な変更については、変更届出義務が免除されるだけであり、資産流動化計画の変更手続自体が不要となるものではない。そのため、改定手続の対象となる事項について、改定手続又は未確定事項の確定手続によらずして変更しようとする場合には、原則として資産流動化計画の変更手続(利害関係人「全員」の承諾の取得など)が必要となることになる。また、軽微な変更については、変更の度に変更届出を行う必要はないものの、各事業年度に係る事業報告書を提出する際の添付書類として、(軽微な変更を含めた全ての変更が反映された)事業年度末日時点の資産流動化計画が追加されていることから、少なくとも各事業年度につき1回は、変更内容を反映した資産流動化計画を管轄財務局に提出する必要があることには注意が必要である。
TMKを用いた不動産流動化の対象資産としては、オフィスビルやマンションなどのレジデンスが代表的であるが、実務上は、ホテルや家具付きアパートメントを流動化の対象資産とするニーズも存在している。これらの物件は、不動産に加えて、これに付随する様々な資産(家具や各種のアメニティグッズなど)が存在することで、期待されたキャッシュフローを生み出すことができるという特徴を有している。そのため、TMKを用いてこれらに物件を流動化する場合には、不動産とこれに付随する資産(付随資産)を一括してTMKに取得させることが望ましい。ところが、旧法下においては、原則として、すべての特定資産(資産の流動化に係る業務として、TMK又は受託信託会社などが取得した資産)について信託設定義務などの規制が課せられていた。そのため、不動産と付随資産を一括してTMKに取得させた場合、すべての付随資産について信託設定義務などの規制を遵守する必要があることになるが、このような取扱いは極めて煩雑であり、また現実的ではない。そこで、実務上は、不動産のみをTMKで取得させつつ、付随資産は別エンティティで保有させるなどの工夫が凝らされていたが、このような工夫を実施することによりスキーム全体のコストを増加させるなど、TMKを用いた不動産流動化スキームの利用を阻害しているとの指摘がなされていた。
今般の改正においては、かかる指摘を受けて、「不動産その他の特定資産に付随して用いられる特定資産であって、価値及び使用の方法に照らし投資者の投資判断に及ぼす影響が軽微なものとして内閣府令で定めるもの」を「従たる特定資産」と定義し、従たる特定資産については信託設定義務などの規制が及ばないとされた。これにより、ホテルや家具付きアパートメントなど、キャッシュフローを生み出すために付随資産を必要とする物件を、TMKを用いて流動化することが容易になることが期待される。もっとも、「従たる特定資産」の外延については必ずしも明らかではない部分もあり、実際にホテルや家具付きアパートメントなどを流動化する場合には、TMKが取得する付随資産が「従たる特定資産」に該当するかについて慎重な検討が必要となろう。
資産流動化法上、TMKは、資産対応証券の募集を行うにあたり、第三者である専門家(弁護士、公認会計士、不動産鑑定士など)による特定資産の価格調査結果を、投資家に対して通知する義務を負担している。旧法下では、特定資産が不動産である場合には、かかる特定資産の価格調査結果の通知に加えて、不動産鑑定士による鑑定評価を踏まえた第三者による価格調査の結果の通知が必要とされていた。その結果、特定資産が不動産である場合には、不動産鑑定士による鑑定評価と第三者による価格調査が二重の義務となっていたため、無用な手続・コスト負担が生じているとの指摘がなされていた。
今般の改正においては、かかる二重の義務を廃止し、不動産鑑定士による鑑定評価(不動産鑑定評価)に一本化されており、旧法下における無用な手続・コスト負担を回避できるようになっている。かかる不動産鑑定評価の対象となる特定資産の範囲は、資産流動化法上「土地若しくは建物又はこれらに関する権利若しくは資産であって政令で定めるもの」とされ、これを受けた資産流動化法施行令は、(i)「土地又は建物の賃借権、地上権その他土地又は建物を使用し、又は収益することができる権利(所有権を除く。)」及び(ii)「信託の受益権であって土地若しくは建物又は前号に掲げる権利のみを信託するもの(受益権の数が一であるものに限る。)」と規定している。このうち上記(ii)については、条文の文言を形式的に解釈すると、信託財産に金銭や不動産に付随する動産などが含まれている場合には、要件を充足しないのではないかとの懸念があり得る。しかし、資産流動化法の所管官庁である金融庁は、パブリックコメントに対する回答の中で、信託財産に金銭が含まれている場合でも、敷金・保証金、未払租税や前受賃料などの名目で精算や債務の承継が行われることにより、特定資産である信託受益権の取得代金の支払が、実質的に信託不動産の価値に相当する対価の支払いと同視できるような場合には、上記(ii)に該当するとし、また、信託財産に動産や無形固定資産などが含まれている場合でも、価値が軽微である場合など、信託受益権の価値と鑑定対象となる不動産の価値が実質的に同視できるような場合には、上記(ii)に該当する、との解釈を示している。そのため、かかる解釈に従う限り、信託財産に不動産以外の資産が含まれているがために上記(ii)の要件を充足できないという事態は、あまり想定されないといって差し支えないであろう。
旧法下では、TMKの調査能力を補完し、投資家の保護を図る観点から、特定資産の譲渡人、特定資産の管理処分受託者、特定資産が信託受益権である場合の信託受託者らに、TMKが発行する資産対応証券に関する有価証券届出書などに記載すべき重要な事項(重要事項)についての告知義務が課されていた。そのため、実務上は、TMKで信託受益権を取得する場合において、信託契約に信託受託者の告知義務が規定されていないときには、TMKによる取得前までに告知義務を追加するためだけの信託契約の変更を行うなどの措置が講じられていた。しかし、これらの者(特に、特定資産の譲渡人)を通じたTMKの調査能力の補完については実効性に疑問が呈されていたほか、TMKを用いた不動産流動化においては、アセットマネジャーなどの専門家がスキームに関与することが実務上定着していることから、これらの者に告知義務を課す必要性に乏しいのではないかとの指摘がなされていた。
そこで、今般の改正においては、特定資産を取得する際の売買契約など、特定資産の管理処分業務委託契約及び信託契約において、譲渡人、特定資産の管理処分業務の受託者及び信託受託者の重要事項の告知義務の記載が不要とされた。
旧法下においては、TMKが特定資産を追加取得できるか否かについては、明文で禁止する規定がない一方で、これを明示的に許容する規定も存在していなかった。もっとも、TMKは「資産流動化型」の証券化を行うためのビークルであり、資産の追加取得や入れ替えを行う「資産運用型」の証券化は投資法人を利用して行うとの整理から、原則としてTMKによる特定資産の追加取得は禁止されるが、当初取得した特定資産と「密接関連性」を有する資産に限り、特定資産の追加取得を許容するというのが、監督当局の運用とされていた。しかし、資産流動化法上は特定資産の追加取得に関する手続が定められていなかったため、運用上許容される特定資産の追加取得があり得るとしても、具体的な手続が不明確であった。
今般の改正においては、TMKによる特定資産の追加取得を明示的に許容する条文が設けられたわけではないが、特定資産の追加取得に関する手続規定が整備されたことにより、TMKによる特定資産の追加取得が事実上追認されることとなるとともに、手続的な不透明性が払拭されることとなった。但し、法令上は追加取得できる特定資産に制限は設けられていないものの、パブリックコメントに対する回答において、金融庁が、一定の資産については従来とおりの制限を課す運用を行うとの見解を示していることには注意が必要である(特定資産の追加取得に関する制限については、後掲の【表2】を参照)。
【表2】特定資産の追加取得に関する制限
追加取得する資産の種類 | 宅地建物取引業法の適用がある宅地又は建物 | 左記以外の資産 |
---|---|---|
追加取得に関する制限 | 原則:追加取得は禁止 例外:既存の特定資産と「密接関連性」(*)を有するもののみ追加取得可能 (*):密接関連性の有無は、以下の要素を総合的に勘案して判断 ・既存の特定資産との地理的な近接性 ・追加取得しようとする宅地・建物の機能・役割 ・追加取得に係る経緯など |
特段の制限なし |
なお、以上の議論は、業務開始届出時における資産流動化計画に特定資産として記載又は記録されていなかった資産について、業務開始届出後に、利害関係人の承諾を取得して資産流動化計画を変更して新たに特定資産として追加した上で取得する場面を想定したものである。そのため、以下のような資産を業務開始届出後に取得することは、そもそも特定資産の「追加取得」には該当せず、「密接関連性」の要件は不要となると考えられる。
(1) 業務開始届出時における資産流動化計画に取得予定として特定資産の項目に記載されている資産
(2) 「その他資産流動化計画記載事項」の「資産流動化計画の概要」欄において、将来特定資産として取得する予定の宅地・建物について資産流動化法施行規則別表の記載事項(不動産については、(1)不動産の種類、(2)土地にあっては所在、地番及び地積、(3)建物にあっては、所在、家屋番号、種類及び構造(開発により取得する場合は、所在並びに予定される種類及び構造)、(4)その他当該不動産を特定するに足りる事項)と同等程度に特定されている資産
今般の資産流動化法の改
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