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オリンパス:日本型資本主義の価値観と文化を前提にすると……

Stephen Givens

オリンパス、日本型資本主義の価値観と文化を前提にすると……

外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)

Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。京都大学法学部大学院留学後、ハーバード・ロースクール修了。
 日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。

 「悲しい。しかし、やはり銀行の協力がないと、委任状争奪戦で勝利したとしても建設的な結果にならない」。この言葉を残してオリンパス元社長のマイケル・ウッドフォード氏が母国イギリスに戻り、社長の座を取り戻す夢を断念した。

 2011年の暮れ、オリンパスの株の約30%を握る外国機関投資家が日本側の「安定株主」であるメガバンクや生命保険会社を説得するキャンペーンを行った。キーポイントは3点。この外国株主にとって、この主張の正当性はごく当然だった。

  現役の役員が全員疑惑に「汚染」されているため、全員を一括して解任し、社外取締役のみの「清潔」なボードを設けること。長年にわたって株主に芝居をうってきた経営陣は、経営を続ける資格を失い、自分自身の運命を決める資格を決定的に失った「罪人」である。罪人は安穏な寺院から追い出し、鞭を打って懺悔させるものだ。


  ウッドフォード氏を社長に復帰させること。元社長は不当に解任された犠牲者というだけでなく、オリンパスを暗黒時代から「正しい」コーポレートガバナンスの新啓蒙時代に導く最も相応しい人物だ。


  将来に向けオリンパス社の売却、他社との合併等、あらゆる選択肢を客観的に検討すること。「正しい」コーポレートガバナンスの最終目的は株主の利益の最大化である以上、会社の分割、外国企業への売却を含む全ての可能性を冷静に考えることは当然だ。

 不思議なことに日本側の安定株主はこうしたキャンペーンに説得されず、外国株主にとって極めて常識的な提案を冷たく没にした(なお、3点目の主張についてはウッドフォード氏本人は否定的で、ウッドフォード氏はむしろ「オリンパスの独立性を保ちたい」と強調していた)。安定株主と外国株主の経済上の立場と利害関係は多少違うが、相違の原因は単純な金の計算によることではなかったはずだ。背後にそれぞれの基本的な価値観と文化の差異があるようだ。この比較は興味深い。

 まず、オリンパスの経営陣は全員追い出すべき「罪人」であるかの問題について、日本の代表的な財界人と外国株主の態度は違っていたようだ。日本側の考え方では、オリンパス経営陣の誰もが会社のお金を個人用にだまし取ったわけではないという要素が大きい。会社に恥をかかせる不祥事を隠そうとすることは罪ではない。ある時期同じことをしてしまった企業は山ほどある。勿論誰かに責任をとってもらわないといけないが、全員を島流しにするほどのことではない。しかも、会社の事情を全く分からない社外取締役のみで経営することは無茶なのだ。

 ウッドフォード氏自身は外国株主と外国報道機関に聖人のように高く評価されたが、日本人の目からみると事件への氏の対応の仕方は素人臭く、品格に欠け、日本人らしくなかった。不祥事を発見した際に、静かに関係当局、銀行、法律事務所等に相談・根回しするのではなく、他の経営陣の辞任を要求し、ファイナンシャル・タイムズの特派員に全てをしゃべってから母国に脱走した。日本の不文律とエチケットを知らない奴は日本企業の社長には不適格だ。

 最後に、安定株主にとって、「あらゆる可能性」がオリンパスの外国企業への売却、90年の歴史を持つ会社の切り売りを含む以上、いくら株主の利益になっても、嫌だったのだ。一種のナショナリズムが働いていただろうし、安定株主のビジネス関係を保つためにも避けたかった。代替案として安定株主は友好的な(国内)スポンサー案を進めた。これで一石三鳥:(1)スポンサーの力で経営問題を解決でき、(2)スポンサーによる増資で資本構造が強化され、安定株主のローン回収リスクが減り、(3)スポンサーの増資により、外国株主の持ち分が減り、会社が外国株主に左右されるリスクも軽減できる。

 この日本的な考え方は日本以外では全く通用しない、いわば異端である。安定株主もそれをわかっていて、外国株主の案を没にした理由をはっきりとは言っていない。しかしこの日本型資本主義の価値観と文化を前提にすると、安定株主の立場に共感しやすいのである。

 

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 Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。1976年から77年にかけて京都大学法学部大学院に留学した後、1982年にハーバード大学ロースクール修了。現在、青山学院大学法学部専任教授、慶応義塾大学法学科大学院講師。日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。国際間M&Aから、コーポレート・ガバナンス問題、民間・公的融資、戦略的提携、合弁事業などに経験を持つ。