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オリンパス事件:銀行の関わり、新聞の役割

ミラー 和空

オリンパス事件
銀行の関わり、新聞の役割

 

 ミラー和空

ミラー 和空(みらー・わくう)
 1954年生、在日33年の米国人。
 アメリカン音楽大学(シカゴ市)で修士号を取得後、1978年、来日。翻訳会社や財務広報会社の勤務を経て1990年、編集デザイン事務所「ラピスワークス」を設立。
 企業広報用資料の企画・制作のほか、現代詩やノンフィクションの書籍の翻訳・デザインを請け負って現在に至る。書籍の最新作「Taction」は日本翻訳家協会の翻訳特別賞を受賞。
 2009年に出家得度。

 2011年10月14日、筆者の親友であるマイケル・ウッドフォード氏がオリンパス株式会社の社長を解職されて以来、私は東京で、日本でのメディア対応や通訳などの手伝いをしている。不当解雇に関する情報公開に努めているうちに、いくつかの疑問点が浮上してきた。とりわけ(1)「オリンパス事件」における主力取引銀行の関わり方と(2)マスメディアの取り扱い方が気になる。この機会に、これらの疑問点に焦点を当ててみたいと思う。

 間接金融、直接金融

 日本の企業は、海外での資金調達が活発になった1980年代以来、内外の投資家の期待に応えるべく財務情報開示を着実に充実させてきた。親会社の業績のみを開示する単体決算が、グループをひとまとめにする連結決算に置き換わり、事業別・地域別のセグメント情報の開示が義務づけられ、今や国際会計基準が日本でも定着している。各国の財務情報開示が共通な基準に収斂しつつある。

 このように、日本の経営者も株主などの投資家に目を向けるようになったものの、その一方で、依然として主力取引銀行をはじめとする債権者を最優先として手厚く待遇している。その理由は、戦後の復興政策のもとで醸成された銀行重視の慣習にある。戦後の長い間、日本の企業は、運転資金用の短期借入だけでなく、設備投資用の長期資金の調達についても、政府系の金融機関を含む銀行や生命保険会社などからの借入(「間接金融」)への依存度が高かった。株式や社債の発行による資金調達(「直接金融」)は金額・件数ともに少なく、1970年代まで国内の発行市場は未熟の段階にとどまっていた。

 約30年前から日本でも発行市場における資金調達が活発になってきているものの、今なお日本経済における「金融部門」から「実業部門」への資金の流れの大半は間接金融として銀行などを通っている。これとは対照的に英・米では実業界の資金調達の大半は直接金融として行われる。

 貸し手の銀行が主、投資家の株主が従

 日本流の銀行重視の慣習は、日本通の外国勢にもわかりにくいようだ。ある海外機関投資家のファンドマネジャーから聞いた逸話が思い浮かぶ。当該機関投資家は多くの日本の企業に出資している安定型の株主。本人も日本の市場に精通している切れ者だ。

 そのファンドマネジャーは、同ファンドの投資先のひとつである日本の精密機器メーカーが経営危機に陥ったとき、投資先の主力取引銀行の担当常務に会い、救済策について打診してみた。ファンドは精密機器メーカーの出資者として上位の出資率を占め、一方、主力取引銀行は当該メーカーの大株主でもある。利害関係を共有する株主同士として前向きに建設的な話し合いができるだろうと素直に予想していた。ところが、銀行の常務との面会は凄まじい展開となった。そのファンドマネジャーは首を傾げながら次のように筆者にこぼした。

 「怒鳴られっぱなしでした。『あんたら、大株主だから偉いと思っているけれど、それは大きな勘違い。日本では、債権者の利害は株主のそれより上だ。これを覚えておいたほうがいい』というふうに、激しく、一方的に。一時間くらい続いて、ほんとうに辛かった。」

 暴くメディア、暴かれるメディア

 『朝日新聞』2月21日の朝刊には、オリンパスの主力取引銀行である三井住友銀行から会長が送り込まれる旨の記事が載った。「問題が起きた財務面の監視体制を整え、銀行との関係を強めたい考え」と結論付けている。

 ところが、前日の20日発売の経済誌『FACTA』(電子版)にも、主力取引銀行との関連でオリンパスのトップ人事を探った記事が載った。その記事のなか、次のくだりがあった。

 「(三井住友銀行は)東京地検特捜部と警視庁捜査2課の合同捜査が続いている最中に、痛くないハラ(?)を探られたくないので、銀行OBをCEOに送り込んで蓋をしたいのではないか、と関係者は見る。」

 もちろん、一連の不正を暴いて「オリンパス事件」の発端となったのは『FACTA』の2011年8月号。

 じつは、筆者も『FACTA』の2012年2月20日の報道に酷似する内容の話をその2週間前にあるテレビ局の記者から聞いたばかりであった。つまり、少なくとも2つの報道機関は三井住友銀行の過去の気になる動きを把握していた。また、具体的な情報を握っていなくても、誰が考えても、オリンパスが国内外で企業買収を行ったり、大金を送金したりしていたなら、主力取引銀行である三井住友銀行がその趣旨をまったく把握していなかったとはきわめて想像しがたい。

 自社の不正を告発したウッドフォード元社長が復職する場合、さかのぼって主力取引銀行の不正への関与の有無を調査するに違いなかろう。解職後のウッドフォード氏との面会を一貫して固辞し続けた三井住友銀行にとって、彼の復職は歓迎すべきものではなかろう。つまり、三井住友銀行にとって、オリンパスに会長を送り込む目的は、「財務面の監視体制」の整備だけでは必ずしもなかろう。(皮肉めいてみれば、何を監視するための体制なのかが問題だとの見方もできるが。)

 ・・・にもかかわらず、「オリンパス関係者」はすんなりと「問題が起きた財務面の監視体制を整え、銀行との関係を強めたい考え」だと結論付け、『朝日新聞』は、その「考え」の持ち主を明記することなく、その「考え」を無批判に報じている。昨年、8月号の『FACTA』で暴露された内容から目を逸らし続けた結果、大恥をかいたばかりの日本のマスメディアは、はたして何を学習したのだろうか。やはり、疑問に思う。

 ▽注:和空氏の原稿の内容に関連して、記者は三井住友銀行やオリンパスの関係者に取材した。

 三井住友銀行に対して記者が「一連の損失隠しで問題となったジャイラス買収(2008年2月)、国内3社の買収(2008年3月)、AXAMからの優先株買い取り(2010年3月)のそれぞれについて、オリンパスの支払いのために、三井住友銀行から融資したかどうか」を質問したところ、同行の広報部は「個別の取引に関する事項であり、回答は差し控える」と答えた。

 オリンパスの広報・IR室は「基本的には、手元の現預金、特定の目的にひもづいたわけではないが、複数の金融機関からの借入などで対応している」と回答した。三井住友銀行からの融資がそれに含まれているかどうかについてはオリンパスの広報・IR室は「個別の取引になるので回答を控えたい」とした。

 関係者によると、英国の医療機器会社「ジャイラス」の買収については三井住友銀行などからオリンパスに融資された事実があるという。しかし、アルティスなど国内3社の買収や、ジャイラス優先株の助言会社側からの買い取りのために、三井住友銀行からオリンパスに融資された事実はないという。

 記者はさらに「次のような見方があるが、それについてコメントを」と三井住友銀行広報部に求めた。

「主力銀行である三井住友銀行が、支払いの経緯や趣旨についてまったく把握していなかったはずがない。ウッドフォード氏がもし社長に復職したら当然、一連の支払いへの三井住友銀行の関与の有無を調査するだろう。だから、三井住友銀行としては、ウッドフォード氏の社長復帰を忌避し、みずからの元専務をオリンパス会長に送り込むのではないか」

 これに対して、三井住友銀行の広報部は次のように回答した。

 「優良大企業と銀行の関係の変化や、上場企業の情報管理の厳格化の流れから、メインバンクといえども情報は限られてきており、大変残念ではあるが、今回の一連の粉飾は見抜けなかった。また、木本元専務が新会長候補となったが、これはオリンパスの指名委員会から要請があったもので、当行が主導した事実はない。新経営陣候補は、指名委員会にて検討を重ね、経営改革委員会の厳正な審議・承認を得て、決定されたものと聞いている」