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役員報酬:どう決めるか、どう開示するか、最近の潮流と企業統治

柴田 寛子

 オリンパスや大王製紙など著名企業でガバナンス不全による不祥事が続発。ガバナンス強化の観点から企業の役員報酬に対する世間の視線が厳しくなっている。国会で審議中の役員退職金優遇税制廃止法案の行方や、業績連動型報酬方式の広がり、報酬の開示強化など最近の役員報酬制度をめぐる問題点について柴田寛子弁護士が詳しく解説する。

 

役員報酬に関する近時の潮流

弁護士・ニューヨーク州弁護士
柴田 寛子

柴田 寛子(しばた・ひろこ)
 2001年弁護士登録。1998年東京大学法学部卒業、2007年カリフォルニア大学バークレー校ロースクールLL.M修了。2008年ニューヨーク州弁護士登録。2007年-2008年米国Orrick, Herrington & Sutcliffe法律事務所、2008年-2009年外務省国際法局経済条約課出向を経て、現在、西村あさひ法律事務所パートナー。

 今次の通常国会では、昨年度来の懸案事項であった役員退職金優遇税制廃止法案が成立する見込みが高くなっている。また、有価証券報告書における役員報酬の個別開示開始から3年が経過し、上場企業各社は、株主や投資家からの監視に耐える役員報酬制度への移行を目指して、業績連動型報酬の導入など、様々な役員報酬制度の見直しを実施している。そこで、本稿では、株主総会の準備としても役立つ、役員報酬制度に関する近時の傾向と対策について、ポイントを押さえて解説したい。

 ■役員退職金制度 - 近時の動向

(1)平成24年度税制改正の影響

 役員への退職金は、従来から、会社の業績との関連性が薄く、「過去の功労」への報奨に過ぎないとの批判があり、既に東証一部上場企業の約6割が役員退職慰労金制度を廃止している。

 近時、再び役員退職慰労金制度の廃止を促す要因となっているのが、平成24年度税制大綱(平成23年12月10日閣議決定)に盛り込まれた、勤続5年以下の役員の退職金優遇税制廃止である。この退職金優遇税制の一部廃止は、平成23年度税制大綱にも盛り込まれていたが、昨年度は国会への法案提出は見送られた。本年1月27日、関連法案が今次の通常国会に提出され、審議の行方は依然不透明であるものの、自民党は同法案に賛成の方向と一部で報じられており、退職金優遇税制の一部廃止は実現する見込みが高くなっている。今次の通常国会で関連法案が可決された場合、平成25年分(暦年ベース)の所得税から、勤続年数5年以内の役員に対しては、退職所得金額に対する2分の1課税の優遇措置は廃止されることとなる。

(2)退職給付代わりの「1円ストック・オプション」とは

 従来の役員退職金制度が廃止された後は、役員の経済的待遇を実質的に維持しつつ、その報酬と会社の株価との連動性を高めるため、これに代えて株式報酬型ストック・オプション(いわゆる1円ストック・オプション)が導入されることが多い。通常のストック・オプションでは、権利行使価格は割当日に近い株価をベースにして決定され、付与者は、権利行使時の株価を、権利行使価格よりも上回るようにする動機付けをされることになるが、1円ストック・オプションは、権利行使価格を1円とすることにより、権利行使時に被付与者が得ることのできる利益を権利行使時の株式の時価から1円を差し引いたものとすることが意図されている。つまり、被付与者にとってみると、経済的には、概ね株式を報酬として付与されているのと同じになる(被付与者が権利行使によって得ることのできる利益は、その時点での株価-1円となるため)。その意味で、この1円ストック・オプションは一種の株式報酬であるといえる。

 さらに、1円ストック・オプションでは、権利行使条件として、被付与者はその退職後における限定された期間内でのみ行使できるとの制限が課されることが通例であり、それによって役員退職慰労金又は退職金の代替としての性格を付されている。このように、退職後の限定された期間内でのみ行使できるとの権利行使条件が付されるのが通例であるのは、税務上の理由、とりわけ、被付与者に退職所得優遇税制の恩典を享受させようとすることによる部分が大きい。即ち、退職給付代わりのストック・オプションの行使利益が、税務上「退職所得」と取り扱われるためには、「当該発行法人の役員又は使用人〔中略〕の退職に基因して当該株式を取得する権利が与えられたと認められるとき」(所得税基本通達23~35共-6)との要件が満たされる必要があり、具体的には、(1) 退職するまで権利行使が認められないこと、(2) 退職後極めて短期間に一括して権利行使することが義務付けられていること、との各要件が必要であるとされている。この点、株式会社伊藤園による国税局事前照会の対象となった退職給付代りのストック・オプションに関し、「『退任した日の翌日から10日間』との一括行使条件は、上記要件を満たす」と回答されていることから(2004年11月2日付国税局の文書回答。国税庁HPにて閲覧可能)、実務においても、これと同等の短期の権利行使条件(期間)を設ける例が通例となっている。

 もっとも、上場企業の役員の場合、退職後も1年間は金商法上のインサイダー取引規制の適用を受けることや、多くの上場企業では、役員の退任が第1四半期の末に近い6月下旬の定時株主総会の終了を以て行われるために、インサイダー取引規制との関係でストック・オプションの権利行使が可能な期間が事実上限定されることに鑑みると、上記の「退任した日の翌日から10日以内」との行使期間の制限は厳格に過ぎる部分があり、上記のとおり、勤続年数5年以内の役員についての、退職所得金額に対する2分の1課税の優遇措置の廃止が実現した暁には、退職所得優遇税制の適用を受けるために用いられている上記のような行使期間の制限は、緩和されていくことになるのではないかと予想される。

 ■有価証券報告書における役員報酬に関する開示強化の影響

1 株主・投資家の関心

 有価証券報告書における役員報酬に関する開示強化(役職毎の報酬総額や連結役員報酬1億円以上を付与されている役員についての報酬個別開示の義務化など)は、平成21年3月31日施行の企業内容等の開示に関する内閣府令改正により導入され、本年で施行から丸3年が経過することになる。義務化当初はその記載実務に若干混乱もあり、また、一部の上場企業役員の高額報酬に関心が集まりがちであったが、現在では、何をどの程度記載すべきか、という基本的な記載事項に関しての実務は一部を除いて概ね固まりつつあり、むしろ、会社の業績に見合った役員報酬が付与されているかという実質的な点が、株主及び投資家の主な関心事となっている。これは、役員報酬に関する開示強化により、金額だけをみれば、我が国の役員報酬の金額水準は欧米に比して著しく低いにも関わらず、役員報酬全体に占める固定報酬、つまり、会社の業績如何に拘わらず必ず支給される定額報酬の割合が極めて高いという役員報酬制度の特色が明らかになったことを背景としていると考えられる。

2 「業績連動型報酬」の広がり

 このように、役員報酬に関する株主及び投資家の近時の関心は、単純な金額の多寡ではなく、業績連動報酬の比重、及び報酬算定プロセスの適正性の確保にあり、かかる関心に応えて、業績連動型報酬を導入する企業が増えている。

 もっとも、一口で「業績連動型報酬」といっても、連動対象となる「業績」の具体的な内容及び連動の具体的方法については、各社で様々なバラエティーがある。有価証券報告書において開示されている業績連動型報酬から代表的な例を挙げると、ベアリングなどの大手メーカーであるTHK株式会社では、取締役の報酬総額月額1億円という範囲内において、(1)役職・役割に応じて安定的に支給する確定金額報酬、(2)支給対象事業年度の連結当期純利益の額に3%を乗じた額と当該事業年度を含む直近4事業年度の連結当期純利益の額の平均額に3%を乗じた額とを加算した額を上限とする業績連動型報酬を付与するという内容の報酬制度を導入しており、当期及び直近4事業年度の連結当期純利益を、連動対象となる「業績」として用いている。同様に、単年度ではなく中期の業績に連動するが、現金報酬ではなく、(通常型)ストック・オプションに業績連動性を持たせた業績連動型報酬制度として、株式会社荏原製作所の例がある。同社では、ストック・オプションの行使条件として、(1)付与年度を含む3年間の中期経営計画の最終年度において、連結投下資本利益率(ROIC)が8%に達した場合には、割当てを受けた新株予約権の全てを行使できるが、(2)8%に達しない場合には、目標達成度合いに応じて、50%から100%の範囲で行使可能な新株予約権の数が変動する、という仕組みを盛り込むことで、中期事業計画の達成度を、連動対象となる「業績」として用いている。

3 業績連動型報酬に関する若干の留意点

 業績連動型報酬は、株主及び投資家の関心に応えるものではあるが、税務上、業績連動報酬の損金算入の要件(法人税法第34条1項3号、法人税法施行令69条6項~10項)が厳しいことが、その導入を阻害する一因となっているとの指摘がある。

 業績連動型報酬について損金算入が認められるためには、例えば、(1)業績連動報酬の決定に際しての指標が、当該事業年度の利益に関する指標(有価証券報告書に記載されるものに限る)を基礎とした客観的なものとする必要があり、株価や(評価にかかる)貢献度などの要素を含んではならない。また、(2)すべての業務執行社員に対して支給することが求められる他、(3)個々の業務執行役員に支給する利益連動給与の算定方法を開示しなければならないとされている。もっとも、上記(3)の開示に際しては、役員の個人名は不要であり、付与対象となる業務執行役員の役職毎に、業績連動報酬の算定の基礎となる利益に関する指標、限度としている確定額、算定方法の内容を開示すれば足りるとされており、有価証券報告書における役員報酬開示義務により満たすことが可能な要件となっている。

 ■役員報酬決定プロセスの見直し

 役員報酬制度に関する近時の傾向として、最後に、報酬委員会を自主的に設置する上場企業の増加について言及しておきたい。自主的に設置される「報酬委員会」とは、(委員会等設置会社ではない)監査役設置会社において任意に設置された、代表取締役又は取締役会の諮問機関としての委員会であり、社外取締役がいる場合には社外取締役が委員に就任するほか、人事担当役員や社外有識者を委員とする例もある。監査役会設置会社で任意の諮問機関として報酬委員会又はこれに類する機関を設置している例は、帝人、JT、松屋、富士通、東京海上ホールディングス、NKSJホールディングス、アステラス製薬、古河電気工業などかなりの数に上っている。

 昨年(2011年)12月14日に公表された会社法見直しに関する中間試案においては、社外取締役の選任義務化が案として盛り込まれるなど、企業統治における客観性の強化が図られる中、今後、役員報酬制度を見直す場合には、役員報酬の金額や算定方法の検討のみならず、報酬決定プロセスの透明性・適正性の確保についても検討することが望ましいと考えられる。委員会設置会社以外の会社にとっては、この報酬決定プロセスを透明化・適正化する手段として、任意で報酬委員会を設置すること及び報酬委員会による役員報酬の決定プロセスの関与の在り方を開示することは、一つの有力な選択肢であると考えられる。実務上も、報酬委員会を自主的に設置している上場企業は、有価証券報告書にその旨を記載するのみならず、委員の資格(社外役員、社外有識者の参加の有無)、社内での位置付け(代表取締役又は取締役会の諮問機関)、当該事業年度中の開催回数についても開示を行い、報酬決定プロセスの透明性・適正性確保に配慮している。

 ■今後の展望

 我が国における役員報酬制度は、会社業績との連動性の強化及び報酬決定プロセスの適正性重視の観点からの見直しの動きが緒についたばかりである。この点、諸外国でも、リーマン・ショック後の金融危機を背景として、役員報酬制度について様々な改革が行われている。例えば、一昨年(2010年)7月に施行され、話題となった米国ドッド=フランク・ウォールストリート改革法(ドッド=フランク法)は、全ての米国上場企業にSay on Pay(株主総会における役員報酬についての勧告的決議)の実施を義務付け、報酬決定プロセスにおいて、株主の意思をより直接的に反映する契機を設けることで、役員報酬の金額や内容面での適正性を担保する仕組みを強化している。なお、同様の制度は、ドッド=フランク法の制定以前から、既に英国、オーストラリア、スウェーデン、ノルウェー及びオランダなどでも導入されていた。また、ドッド=フランク法では、(未だ要件の細部を定めたSEC規則は制定されていないものの)、過年度決算訂正などがあった場合に生じる業績連動報酬などの過大支払い分の返還方針(clawback policy)の整備を義務付けるなど、業績連動型報酬を、「真の」会社業績と連動した適正な報酬とするための規制も導入している。

 諸外国での役員報酬規制は、金融危機の過程で金融機関を中心に高額な役員報酬が問題となったことから、過大な役員報酬の規制に力点が置かれたものであるが、我が国においても、企業統治の機能不全を原因とする近時の不祥事などを契機として、企業統治改革の一環として、今後、役員報酬についての会社業績との連動性の強

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