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  証券取引等監視委員会がAIJ投資顧問を検査する過程で同社が受託運用していた年金資産の大半が消失していたことが明らかとなり、金融庁(関東財務局)は本年2月24日に同社に対して業務停止命令・業務改善命令を発動し、3月23日には登録取り消しを行った。このAIJ事件を受けて、与党民主党が3月1日に「年金積立金運用のあり方及びAIJ問題等検証ワーキングチーム(WT)」を設置するなど、実態検証や対応策の検討などが行われている。AIJ事件の本質は何なのか? 金融庁で金融商品取引法の立法に関与し、現在は西村あさひ法律事務所所属の松尾直彦弁護士が解説した。

 

AIJ投資顧問事件の本質

西村あさひ法律事務所
弁護士・ニューヨーク州弁護士
東京大学大学院法学政治学研究科客員教授
松尾 直彦

拡大松尾 直彦(まつお・なおひこ)
 1986年東京大学法学部卒、同年大蔵省入省、89年ハーバード・ロー・スクール修了(LL. M.)、90年ニューヨーク州弁護士登録、2002年~05年金融庁総務企画局国際課企画官、05年~07年同局市場課投資サービス法令準備室長(金融商品取引法令準備室長)兼政策課法務室長などを経て、09年8月から現職。

「3点セット」の検証・検討

 AIJ事件のような事件が起きた場合、その原因究明、再発防止策および責任のあり方という「3点セット」について検証・対応が行われるのが通常である。適切な検証・検討と再発防止策の策定が行われるためには、AIJ事件の本質は何かを考える必要がある。

 AIJ事件の捉え方としては、(1)詐欺的投資事件としての捉え方、(2)金融規制監督監視の問題としての捉え方、(3)企業年金の問題としての捉え方があると思われる。AIJ事件は、実際にはこれらの捉え方のすべてがあてはまる複合的なものであるが、その本質は何であろうか。

AIJ事件は詐欺的投資事件

 AIJ事件の事実関係は必ずしも明らかではないが、虚偽の高い利回りを標榜して年金資産を受託している点で、詐欺的投資事件であると捉えることができる。

 日本における類似の詐欺的投資事件として、クレスベール証券会社東京支店が販売した私募債であるプリンストン債について顧客資産が保全されていなかった事件があり、金融監督庁(当時)が同支店に対して業務停止命令及び関与取締役の解職命令を発動している(1999年10月28日)。

 アメリカでは、SEC(証券取引委員会)と司法省が2008年12月に、約500億ドルの投資詐欺スキームであるメイドフ(Madoff)事件について、それぞれ民事訴追と刑事訴追を行った。また、最近では、持株会社が昨年10月31日に倒産したMFグローバル社(証券会社兼商品会社)の顧客資産が保全されていない事件が起きた。

 こうした詐欺的投資事件については、いわゆるオレオレ詐欺と同様に、どれほど規制監督監視を強化して摘発を積極的に行っても、残念ながら根絶できないといわざるを得ない。その対策としては、世の中に注意を呼びかけるとともに、個別事件の摘発・処分を厳正に行うという事後チェックを繰り返し徹底することである。

 AIJ事件についても、3月23日に証券取引等監視委員会の強制調査が行われており、いずれ刑事事件として摘発されることになると見込まれる。しかしながら、事後チェックの厳正化のみの対応で足りるとする意見は見当たらないようである。

AIJ事件は金融規制監督監視の問題

 金融庁は、危機管理的対応を要する事案に習熟しているからであろうか、AIJに対する行政処分と同日に自見金融担当大臣が投資一任業者に対する一斉調査を行う方針を表明し、2月29日にその旨を正式に発表するなど、迅速な対応をしている。

 「3点セット」のうち出発点となるのは原因究明であるが、証券取引等監視委員会の検査による事実関係の解明を待つしかないであろう。いずれ金融庁・証券取引等監視委員会が原因を含む事実関係をとりまとめて公表することが望まれる。

 次に、こうした事件が起きると、なぜ事件を早期に発見できなかったのかと金融行政当局を批判して、その責任を問う声が必ずあがる。AIJ事件でも、特に専門誌などから証券取引等監視委員会に情報提供があったにもかかわらず、証券取引等監視委員会が検査を行わなった責任を問われているようである。こうした問題は行政部内の管理者・担当者の「情報感度(センス)」の問題であり、一朝一夕に改善できるものではない。冷静さを欠く批判に終始することなく、健全な意識改革・態勢改革が実現できるよう建設的な対応が望まれる。

 アメリカでは、メイドフ事件を受けて、SEC法執行局長が事件の概要とSECの対応について議会証言を行い(2009年1月27日)、SEC監察総監が「SECがメイドフのポンジー・スキームを発見できなったことに関する調査報告書」(同年8月31日)を提出しており、何が起きたかが公表されていることが参考になる。

金融規制監督監視の過剰な強化は避けるべき

 「3点セット」のうち最も重要なことは将来に向けた再発防止策の策定である。投資運用業者や資産管理を担う信託銀行に対する規制監督の強化が検討されているようである。注意すべきことは、こうした事件が起きると過剰な規制監督監視の強化が行われがちであることである。政府の基本方針である「新成長戦略」「成長ファイナンス推進」や金融庁の基本方針である「金融資本市場及び金融産業の活性化」が忘れられてはならず、こうした基本方針と整合的な対応がとられるべきである。

 例えば、筆者が担当した2006年金融商品取引法制の整備により、投資一任業者の開業規制が認可制から登録制に改正されたことが問題であり、認可制に戻すべきとの議論があるようである。しかしながら、金融商品取引業者の開業規制を原則として登録制に統一した趣旨は、開業手続の重複を避け、新規開業の促進を通じて活性化を図ることにある。この趣旨を否定することは、新規開業を抑制し、既存権者を擁護する方向につながるが、このような方向性で果たしてよいのかについて熟慮される必要がある。そもそもAIJ投資顧問は認可制のもとで開業していることや、金融庁や財務局の開業審査は認可制のもとでも登録制のもとでも実質的に大差ないとみられることに留意されるべきである。

 また、憂慮すべき事態として、いわゆる独立系投資顧問への監督監視が強まり、年金基金のなかには独立系投資顧問への委託を止めようといった動きが出てきているようであることである。日本の経済社会では、従来から「寄らば大樹」の大組織志向とその裏腹の中小企業や起業の冷遇が長らく根付いており、将来のためにも何とかこうした「空気」を変えて経済社会を「活性化」しようと、幾多の改革が行われてきた。独立系投資顧問を十把ひとからげに「冷遇」することは、過去への退行と言わざるをえない。

 アメリカでは、メイドフ事件を受けて2010年ドッド=フランク法により規制強化が行われたのは、私募ファンド助言業者のSEC登録義務づけ程度であり、他はSECの内部監督統制報告・認証制度の導入やSECの組織改革実施といった程度にとどまる。

AIJ事件の本質は企業年金問題

 筆者は、AIJ事件の本質は企業年金問題であると考えている。民主党が迅速にWT(ワーキングチーム)を立ち上げたのも、同様の問題意識を有しているからであると推察される。特に「社会保障と税の一体改革」を実現するための税制抜本改革法案が3月30日に閣議決定された政治情勢のなかで、国民の年金に対する不安を放置することはできないであろう。同時に、年金問題だけに選挙を意識した政治的思惑が入りやすいとの懸念がある。

 企業年金制度には、[1]厚生年金基金、[2]確定給付企業年金(基金型・規約型)、[3]確定拠出年金(企業型・個人型)、[4]中小企業退職金共済制度の4つの類型がある。

 AIJ投資顧問に年金資産運用を委託していたのは、[1]の厚生年金基金と[2]の確定給付企業年金(基金型)である。前者は、老齢厚生年金の代行部分+上乗せ部分(プラスアルファ)から構成されており、公的年金のいわゆる2階建て部分が含まれているので、AIJ事件はより深刻な影響を与えている。

 AIJ事件を契機として、年金基金の資産運用責任者の専門性不足や社会保険庁OBの厚生年金基金天下り問題が指摘されている。これに関連して、厚生労働省年金局長通知により定められている年金基金の資産運用関係者の役割・責任に関するガイドラインの改正が検討課題となっている。しかしながら、そもそも現行法のもとでも、年金基金は年金積立金の運用機関であり、理事長や運用担当理事は、年金基金に対して受託者責任(善管注意義務・忠実義務)を負っている者として、本来は運用に関する専門性を有していなければならないとのガバナンスの仕組みが構築されている。官庁による行政指導的なガイドラインに依存するのではなく、株主代表訴訟制度のように、年金基金の加入者が理事長や運用担当理事の受託者責任を追及しやすくするような制度を整備し、年金基金のガバナンスの自浄機能を適切に発揮させる方が望ましいと思われる。

 しかしながら、企業年金の最大の問題は、予定利率5.5%という「フィクション」に基づき保険料・掛金および年金額が決まっていることである。最近の経済金融情勢のもとで実際にそのような運用を持続できるはずもなく、多くの年金基金で積立不足が生じているわけである。AIJ投資顧問に年金資産の運用を委託した企業年金には、少しでも高い利回りを求める必要に迫られているというインセンティブ(動機づけ)があったのである。年金基金の「自己責任」として、加入者の保険料・掛金の引上げや年金給付の削減が避けられないであろう。

 民主党が「AIJ問題等検証」よりも「年金積立金運用のあり方」を主眼としてWTを迅速に設置したことは、歓迎される。これまで先送りされてきた年金基金の積立不足問題の現実を直視して、「対症療法」ではなく「根本治療」を行うことが「政治主導」に期待されている。

おわりに

 筆者は、国家公務員を退職した後は、1階

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筆者

松尾 直彦

松尾 直彦(まつお・なおひこ) 

 1986年3月東京大学法学部卒業、同年4月大蔵省入省、1989年6月米国ハーバード大学ロースクール修了(LL.M.)、1990年5月米国ニューヨーク州弁護士登録、1996年3月司法修習修了。
 大蔵省(銀行局、大臣官房、国際局等)を経て、2001年金融庁総務企画局政策課課長補佐、2002年7月同局国際課企画官、2005年8月同局市場課投資サービス法(仮称)法令準備室長(2006年7月金融商品取引法令準備室長)兼政策課法務室長、  2007年8月東京大学公共政策大学院客員教授、2008年4月東京大学大学院法学政治学研究科客員教授を経て、2009年8月より現職。
 主な著書等に、『アメリカ金融制度の新潮流』(金融財政事情研究会、1996年)、『一問一答 金融商品取引法』(編著)(商事法務、2006年)、『実務論点 金融商品取引法』(共編著)(金融財政事情研究会、2008年)、『金融商品取引法』(商事法務、2011年)ほか、論稿多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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