2012年04月11日
台湾における著作権等侵害救済のための
刑事手続の利用について
西村あさひ法律事務所
台湾弁護士 孫 櫻倩
■ はじめに
台湾においては、日本で流行している音楽、映画、ドラマ、アニメ、ゲームソフト、あるいはキャラクターグッズなど、日本の権利者が著作権および著作者人格権(以下これらを総称して「著作権等」という)を有する著作物を利用した製品に対する関心が近年益々高まる中、それらの海賊版が大量に流通する例も散見され、看過することのできない状況に至っている。そこで、優良な著作物に係る権利を多数抱える日本企業の間では、効率的なコンテンツビジネスの展開を図る上でも、かかる権利侵害状況に対して、より効果的な救済手段と侵害防止策を採りたいという潜在的なニーズが増大しているものと思われる。
この点、これまで日本企業の間で必ずしも充分に周知されてきたとはいえないものの、実務的には極めて有用性が高い、台湾法に特有の刑事手続を利用したエンフォースメント手段が存するので、本稿ではこれを紹介および解説する。
■ 台湾法上の著作権等侵害に係る刑事手続の要点
1.前提 ~ 著作権等侵害行為の台湾における刑事責任に係る実体法上の根拠規定について
台湾著作権法は、まずその第六章(同法84条以下)において著作権等侵害に対する民事上の救済(差止め、損害賠償等)について規定した後、続く第七章(同法91条以下)において、著作権等を侵害した場合の刑事責任について行為類型別に罰則規定を設ける形を採っている。
その際、同法100条によれば、著作権等侵害に係る罪については、原則として親告罪に当たることが定められている。したがって、本稿のテーマとなる「著作権等侵害救済のための刑事手続の利用」のためには、権利者側として告訴をなすことが前提として求められることになる。そこで、以下ではまず、台湾における告訴制度の概要について説明する。
2.告訴制度について
(1) 告訴の主体
上述したとおり、台湾著作権法上、著作権等侵害に係る罪は原則として親告罪とされるが、この点、台湾政府の認可を得ていない外国法人であっても、台湾著作権法102条の規定により、告訴権が認められる。
ここで重要なポイントは、台湾においては、「独占的許諾を受けた者は、その許諾を受けた範囲内において、著作財産権者の立場で権利を行使することができ、また、自己の名義で訴訟上の行為をなすことができる」と定める著作権法37条4項の規定に基づき、独占的ライセンシーにも告訴権が認められると解されている点である。これにより、外国人(自然人および法人の双方を含む)に当たる権利者にとっては、台湾現地の独占的ライセンシーに刑事告訴を要請することによって、より迅速に侵害救済を求めていくことも可能となる。こうした観点も踏まえ、権利者たる日本企業が台湾におけるライセンス管理を検討する際には、自身の台湾現地法人や信頼できる台湾国内の協力会社あてに一旦独占的許諾を行い、これらを通じて台湾国内においてサブライセンスを行う方法を採ることも、有益な手段の一つになるものと考えられる。
(2) 告訴の時期
親告罪の告訴期間は、犯罪の事実を知ったときから6ヶ月以内と定められている(台湾刑事訴訟法237条1項)。これを経過した後の告訴は無効として扱われるので注意を要する。
(3) 告訴状の提出先
告訴状の提出先となる捜査機関としては、現在のところ、検察署(日本の検察庁に相当)、法務部(日本の法務省に相当)調査局、または警察があげられる。
告訴状の提出先として上述した機関のうちいずれが最適であるかは、個別の侵害事件の規模、侵害主体などによって異なってくる。おおまかな判断ポイントとしては、台湾全土にわたる大規模侵害事件の場合は法務部調査局に、地域限定的な事件の場合には警察(特に後述する保護智慧財産権警察大隊)に告訴するのがよいといわれている。
(4) 告訴の取消しなど
台湾においては、告訴は第1審の弁論終結前までは取消しが可能であるとされている(台湾刑事訴訟法238条1項)。この点、日本では告訴を受け一旦検察官による起訴がなされてしまえば、その後に告訴を取消すことはできないとされているのと対照的である。
親告罪において、共犯者の1人につき告訴した場合には、その告訴の効力は、ほかの共犯者にも及ぶ。同様に、共犯者の1人につき告訴を取り消した場合には、その取消しの効力は、全ての共犯者に及ぶことになる(同法239条)。
3.自訴制度について
以上に述べた告訴制度とは別に、台湾の刑事手続上、日本には存しない特有の制度の一つとして自訴の制度(台湾刑事訴訟法319条以下)が存する。すなわち、台湾では一定の場合、検察官によることなく、被害者が被疑者を直接刑事訴追することも認められている。そしてこの自訴の制度は、台湾著作権法102条の規定により、台湾政府の認可を得ていない外国法人であっても、著作権等侵害のケースにおいてこれを利用することが可能である。また、同法37条4項の規定に基づき、独占的ライセンシーもまた、自訴することが認められると解される。
自訴をなす時期的制限に関しては、同一事件について検察官が既に捜査を開始した場合には、その後に被害者が自訴することはできないのが原則とされるが、親告罪については例外的にこの場合の自訴も認められている。この点、著作権等侵害に係る罪は上述したとおり原則として親告罪に当たることから、著作権等侵害事件については、多くの場合において、検察官による捜査への着手の有無に拘らず、起訴がなされる前であれば、被害者たる権利者において自訴の手段を採ることが可能であるということになる。
自訴がなされる場合には、通常の刑事事件において検察官が公判期日に行うことのできる訴訟行為は、検察官に代わって自訴人(一般的には、その代理人である弁護士)が行うことになる。
自訴の手段を採れば、自訴人となる権利者にとって、訴訟の遂行を検察官任せとせずに自らコントロールできる点および捜査段階を省略することで時間の節約を図ることができる点などでメリットが得られる一方、自訴人には検察官のような強制捜査権が与えられるわけではなく、したがって令状に基づく捜索・差押を行うことも認められない。このように、自訴の手段によると、捜査機関による強制力に基づく証拠の収集という、刑事手続上の重要なメリットを生かせないため、侵害を受けたことを主張する権利者が最初から自訴の手段を採ることは、一般的には適切な対応とはいえない。
但し、権利者が当初より有力な侵害の証拠を確保している場合や、捜査機関がなかなか捜査を進展させず起訴に踏み切らないことから、権利者としてこれを待ちきれない場合(たとえば、後述する付帯民事訴訟制度を利用することを前提に、時効中断効を得るために民事訴訟の提起自体は急ぎたい場合など)、または検察官が不起訴処分とするだろうという見通しを権利者が持つ場合などには、自訴の手段を採ることも検討対象になり得るといえる。また、何より、権利者としてかかる手段の存在を常に意識しておくことは、「自訴も辞さない」との構えを侵害者に対して示すことで、いざとなれば刑事手続が後ろに控えていることによる威嚇効果などを期待できることから、侵害者との話し合いを進める上でも非常に重要であると考えられる。
4.台湾における知的財産権侵害の取締り機関および捜査体制などについて
台湾における告訴状の提出先である検察署、法務部調査局および警察は、それぞれ下表1のような体制で知的財産権侵害の取締りに取り組んでおり、告訴・告発を受けた場合には、積極的に捜査を行う体制にある。この点については、日本における捜査機関の反応や体制との実質的な相違も指摘し得ることから、台湾において権利侵害を受けた日本企業は、既成観念にとらわれることなく、まずは台湾の捜査機関への告訴について検討すべきである。
【表1】台湾における各機関別の知的財産権侵害の取締りおよび捜査体制について
機関名 | 知的財産権侵害の取締りおよび捜査体制 | |
---|---|---|
検察署 | 知的財産権侵害事件を専門に取り扱う知的財産班を設置。検察官は、告訴・告発を受けるなどにより犯罪事実と被疑者を認知した場合に捜査を開始する。 | |
法務部調査局 | 重大な知的財産権侵害事件を受理、捜査する。 | |
警政署 (警察) | 各県市警察局、各地方分局 | 警政署制定の知的財産権保護作業実施計画に基づき海賊版などの取締りを実施。他機関の補助的捜査機関としても機能する。 |
刑事警察局捜査隊 | コンピュータおよびインターネット関連の犯罪の取締りを主に担当。これらを用いた知的財産権侵害事件に関する捜査を行う。 | |
保護智慧財産権警察大隊 | 知的財産権侵害の取締りおよび捜査を専門に行う。 |
(注)本表にあげた機関のほか、税関(財政部関税総局および各関税局)も、いわゆる水際取締りの担当機関として、各種知的財産権の侵害の取締りおよび告発に積極的に取り組んでいる。
上掲の各機関のうち、保護智慧財産権警察大隊は特に知的財産権侵害の取締りを専門として設けられた組織であり、200名超から成る専門部隊を、台湾全土をカヴァーする各エリア別に展開・配置し、権利者からの告訴および他機関などからの告発も受け、24時間体制で海賊版や模倣品の取締りおよび知的財産権侵害に係る犯罪の捜査・摘発を行っている。権利者にとっては心強い存在であるといえるが、この点、欧米系企業を中心に、この保護智慧財産権警察大隊への積極的な告訴状の提出を通じて、自らが有する知的財産権への侵害の排除および防止に役立てる戦略を採っている例も見受けられる一方、日本企業は総じてこれをあまり活用できていないとの指摘も聞かれるところである。
実際、2007年1月~2010年12月の間に保護智慧財産権警察大隊が摘発した著作権または商標権侵害事件の年度別合計件数を、権利者の地域(日本、米国、欧州または台湾)別にまとめた下表2によれば、日本の権利者に係る摘発件数は、欧州および米国の権利者に係る摘発件数と比べると、相対的に低い実績にとどまっていることがわかる。
この点、日本の商品に係る海賊版や模倣品の出回る数が少なく、その権利者について知的財産権保護のニーズが低いといった事情は、台湾では特に認められない。むしろ日本の権利者についての知的財産権保護のニーズは台湾では非常に高いというのが実情であり、このような状況にも鑑みると、やはり日本の権利者については、自らの有する著作権や商標権の保護手段として、台湾における告訴制度や充実した捜査機関の体制を十分に活用しきれていないのではないかということが推察される。但し、直近の2010年度の統計データ(なお、2011年度のデータについては2012年3月末現在において未だ全容は公表されていない)に限って見ると、日本の権利者に係る摘発件数が急激に増加し、権利者の地域別の格差が縮小した点、注目される。
【表2】保護智慧財産権警察大隊が摘発した著作権または商標権侵害事件に係る権利者の地域別合計件数の推移表(2007年度~2010年度)
単位:件(括弧内は著作権侵害・商標権侵害の内訳)
日本 | 米国 | 欧州 | 台湾 | |
---|---|---|---|---|
2007年 | 247 (156・91) | 503 (342・161) | 901 (0・901) | 628 (590・38) |
2008年 | 236 (95・141) | 1059 (844・215) | 454 (20・434) | 382 (329・53) |
2009年 | 108 (22・86) | 883 (688・195) | 694 (1・693) | 325 (259・66) |
2010年 | 421 (60・361) | 540 (365・175) | 582 (1・581) | 405 (291・114) |
(資料) 本表は、保護智慧財産権警察大隊がウェブサイト上で公表している統計データ(「保二總隊保護智慧財産權警察大隊査處侵害他國智慧財産權案件統計表」)に基づき、筆者が作成したものである。
■ 台湾における付帯民事訴訟制度の利用について
以上に述べた台湾法上の刑事手続の要点を踏まえた上で、次に、本稿のメインテーマである、台湾における著作権等侵害救済のための刑事手続の利用方法について紹介する。
実は、台湾では、刑事事件としての起訴後、当該刑事訴訟に付帯する形で、事件の被害者が民事訴訟を提起することが認められている。これを、付帯民事訴訟制度(台湾刑事訴訟法487条以下)という。日本では馴染みのない制度であると思われるが、著作権等の権利者にとっては侵害救済を求める上で極めて有用な手段となり得るため、以下これについて解説する。なお、付帯民事訴訟制度については、著作権等侵害事件のほか商標権侵害事件についても利用することが可能であり、汎用性が高いので、かかる観点からも是非併せて参照されたい。
1.根拠規定と付帯民事訴訟の提起時期
付帯民事訴訟の根拠規定とされる台湾刑事訴訟法487条によれば、犯罪行為により損害を受けた者は、刑事訴訟における第二審弁論終結前であれば、当該刑事訴訟手続に関連する形で付帯民事訴訟を提起し、民事上の損害賠償責任を負う者に対して、損害の回復を請求することができる。
但し、刑事訴訟における第一審弁論終結後、控訴がなされるまでの間については、付帯民事訴訟の提起は不可とされている。この点、民事上の損害賠償請求権の消滅時効の中断を目的として付帯民事訴訟の提起を検討する場合等においては、特に注意が必要である。
2.付帯民事訴訟制度を利用した場合の刑事手続と民事手続の連動性
付帯民事訴訟においては、刑事訴訟手続中で証拠調べがなされた訴訟資料を証拠として直接引用することが認められており、またその判決については、刑事訴訟判決において認定された事実を根拠とし、且つ、刑事訴訟判決と同時になされなければならないこととされている(台湾刑事訴訟法499条、500条および501条)。
このように、付帯民事訴訟制度の利用に際しては、刑事手続と民事手続との間で、(1)証拠資料の共通性、(2)事実認定の合一性、および(3)訴訟進行の同時性を確保することができる。
3.付帯民事訴訟制度を利用するメリット
付帯民事訴訟制度を利用するメリットとしては、主に以下の3点があげられる。
(1) 訴訟費用の免除
台湾では、通常の民事訴訟の場合には、訴額の0.8%~1%に相当する金額の訴訟費用を、事前に担保に供するかまたは事後に納付する必要があるが、付帯民事訴訟の場合には、これが不要となる。
(2) 刑事手続上の証拠資料の利用
上述したとおり、付帯民事訴訟においては、刑事訴訟手続との間での証拠資料の共通が認められている。このことは、事件の被害者たる権利者にとっては、民事訴訟手続中で、強制力を伴う捜査機関により収集された証拠の利用が可能となることを意味し、特に証拠の収集が難しいとされる知的財産権侵害事件、とりわけ著作権等侵害事件においては、大いに役立つものと考えられる。
たとえば、ファイル交換ソフトを利用した音楽・映画・ゲームソフト等の違法複製および送信行為など、昨今では、もたらされる被害の実態が甚大であるにもかかわらず、民間では侵害行為に係る証拠収集が非常に困難な著作権等侵害事件が増える傾向にある中、捜査機関による強制捜査により入手され得る刑事手続上の証拠資料を、付帯民事訴訟の手続中においてもそのまま利用できることは、著作権等の権利者にとっては、今後益々注目されるメリットであるといえよう。
(3) 時効中断効
権利侵害行為に基づく民事上の損害賠償請求権は、台湾民法197条により、請求権者が損害および賠償義務者を知ったときから2年間または侵害行為時から10年間これを行使せずに経過すると、時効により消滅する。
この点、刑事訴訟が提起されただけでは、民事上の損害賠償請求権の消滅時効を中断する効果は伴わないが、付帯民事訴訟の提起によって、当該請求権の消滅時効を中断する効果が生じる。
4.付帯民事訴訟制度を利用する上での留意点
一般的には権利者にとってメリットが大きいと捉えられている付帯民事訴訟であるが、上述した刑事訴訟手続との連動性が、かえって権利者が民事訴訟手続を進める上での制約ともなり得る点には留意が必要である。たとえば、権利者が早期に民事上の確定判決を得たい場合であっても、付帯民事訴訟である以上、刑事訴訟の進行を待たざるを得ないという場面も生じ得る。即ち、刑事手続が長引く場合には、民事手続も長引くことになるという点については注意を要する。また、判決においても、刑事と民事との事実認定レベルでの合一確定の要請が、当然のことながら常に権利者にとって有利な結論をもたらすわけではない。
さらに、捜査や再議(不起訴処分に対する告訴人による不服申立てに係る裁判を指す)などの過程で時間が長引き、刑事訴訟の提起が遅れる場合には、刑事訴訟が提起されなければ付帯民事訴訟も提起できないことから、民事上の損害賠償請求権の時効消滅の可能性についても注意しなければならない。
■ 結語
以上縷々述べてきたが、本稿におけるポイントを、最後にもう一度整理すると以下のとおりとなる。
台湾では、告訴を受けた捜査機関が比較的迅速かつ積極的に捜査に動く体制にあることを背景として、著作権等侵害の救済実務上、刑事手続に付帯する形での付帯民事訴訟の制度が多用されている。権利者が侵害行為を発見した場合には、(1)まずは保護智慧財産権警察大隊などの専門捜査機関に告訴を行い、捜査を促す
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