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オリンパス元社長ウッドフォード氏が問題提起 日本の新聞報道

奥山 俊宏

 元オリンパス社長のマイケル・ウッドフォード氏(51)が提起した問題は、1千億円を超える巨額の粉飾決算や日本企業の統治(コーポレートガバナンス)のあり方だけではない。インタビューのたびに、彼は、日本の新聞報道の姿勢に正面から疑問を突きつけた。なぜこのような報道しかできないのか――。彼は繰り返し私に返答を迫った。その指摘がすべて当を得ていたわけではない。しかし、それが多くの重要な問題提起を含んでいたこともまた間違いないと思う。取材記者としてウッドフォード氏と付き合ってきた私の視点で、その内容をここに紹介したい。

  ▽筆者:朝日新聞報道局・奥山俊宏

  ▽この記事は朝日新聞社ジャーナリスト学校が月刊で発行する研究誌「Journalism」2012年3月号に掲載されたものです。

  ▽関連資料:   ウッドフォード元社長の内部告発を受けたフィナンシャル・タイムズ東京支局記者は

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 ■11月上旬

 □なぜFACTAの記事を追わなかったか?

インタビューに答えるウッドフォード氏=2011年11月3日午前11時15分、英ロンドンで

 私が初めてウッドフォード氏に会ったのは2011年11月3日のことだ。ウッドフォード氏はその3週間前の10月14日にオリンパスの社長を解任され、そのときは母国イギリスのロンドンにいた。各国のマスメディアの記者に精力的に会い、巨額の不明朗支出の疑惑を内部告発し、真相を究明すべしと声を上げていた。ロンドンの中心部から歩いて30分ほどの一等地にある、玄関を開けるのもためらわれるような超高級マンションのリビングで、ウッドフォード氏は私のインタビューを受けた。

 私が、1990年代から多くの経済事件を取材してきており、内部告発に関する著書もあると自己紹介すると、ウッドフォード氏は「グーグルであなたの名前を検索した」と言った。そして、ジャーナリストとしての私の姿勢を尋ねてきた。

 「あなたは独立心のあるジャーナリストですね? あなたは強い者に対して慎み深く丁重(deferential)ではなく、従順(obedient)でもないですね?」

 私は「そう思う」と答えた。

 「問題の一つは、日本国外の人から見たときに、日本の報道がとても慎み深く丁重であることです」とウッドフォード氏は続けた。

 「ご存じのように、FACTAは7月20日にこの記事を出しました。主流メディアではだれ一人としてそれを取り上げませんでした」

 オリンパスの不正経理疑惑を初めて記事にして明るみに出したのは、日経新聞OBの阿部重夫氏が発行人を務める月刊誌FACTAの2011年8月号だった。「オリンパス『無謀M&A』巨額損失の怪」との見出しがつけられたその記事は、のちに事件の核心として問題となる2つの事実をほぼ正確に暴露していた。すなわち、国内3社(アルティス、NEWS CHEF、ヒューマラボ)を700億円という破格の高値で買収し、翌年、その大部分を損失に計上した問題、そして、英国の医療機器会社ジャイラスを2100億円余で買収した後、正体不明の相手に約600億円を払った問題である。

 ウッドフォード氏の追及は、この記事の英訳を目にしたときに始まった。同氏によれば、8月2日昼、菊川剛会長(当時)に「FACTAの記事は事実ですか?」と問いただした。ウッドフォード氏によれば、菊川会長は「大部分は事実」と認めた、という。9月23日以降、ウッドフォード氏は担当の森久志副社長(当時)らに次々と質問状を送り、10月には大手会計事務所PwCに調査と分析を依頼。10月12日夜、菊川会長と森副社長に辞任を求めるメールを送った。

 「FACTAの記事を見たとき、私は『ああ、私は何もやることがない』と思いました」。そのくらいにFACTAの初報は、データがしっかり書き込まれていて、オリンパスの中枢にいる内部告発者の協力を得たであろうことを推測させる書きぶりになっていた。情報源を保護するために一部のデータはぼかされていたが、非公表のデータがふんだんに盛り込まれていた。そして、専門知識のない素人でもその2つの巨額の支払いについて不自然で不明朗だと容易に理解できる内容となっていた。

 にもかかわらず、7月から10月17日までの約3カ月間、日本の新聞がFACTAの記事を後追いすることはなかった。そのことをウッドフォード氏は問題視しているのだ。

 □フィナンシャル・タイムズの記事を追いかけたが……

 ウッドフォード氏は続けて言った。

 「フィナンシャル・タイムズでそれが報じられた後も、当初の数日間、日本のメディアはまたしても、とても用心深く慎重そうに見えました」

 FACTAの次に巨額の不明朗支出の問題を取り上げたのは、英国の経済紙フィナンシャル・タイムズ(FT)だった。「解雇されたオリンパス社長が10億ドル超の支払いの理由を追及」という見出しのその記事は10月15日、土曜日の同紙の一面に掲載された。

 10月14日、金曜日の朝、社長を解任された直後のウッドフォード氏は「だれに連絡するのが最良だろうか」と考えたという。FT東京支局のジョナサン・ソーブル記者が頭に浮かんだ。

 オリンパスの社長になって間もないころ、ウッドフォード氏は西新宿の本社でソーブル記者のインタビューを受けたことがあった。その結果、7月5日、「変化しつつある日本の『ガイジン』社長たち」という見出しの記事が大きくFT紙面に掲載された。

 「ソーブル記者は日本について多くの記事を書いており、私はそれらを読んでいました。私はジャーナリストとして彼を尊敬していました。それに加えて、私はFTの独立性を知っていました。FTは広告とかその他のことを心配することはないだろうし、何者に対しても、慎み深く丁重(deferential)ではないだろうということを知っていました」

 9月20日発売のFACTA10月号の続報記事は「反社会的勢力」のかかわりをほのめかしていた。社長を解任するなどという乱暴なことをやってくるということは、やはりこの不明朗支出の背後には反社会的勢力の関与があって、菊川会長や森副社長はそれへの恐怖心に駆られているのではないか。ウッドフォード氏としては、そう疑わざるを得なかった。ウッドフォード氏は、身の安全を考えて「一刻も早く日本を出たい」と思った。10月14日午前、ウッドフォード氏は、渋谷区代々木神園町の自宅マンションそばの代々木公園からソーブル記者のアイフォーンに電話した。

 事前に段取りしていたわけではなく、ソーブル記者が東京にいるかどうかは分からなかった。しかし、電話はつながった。ソーブル記者は代々木公園の近くにある自宅マンションにいた。ウッドフォード氏は言った。「安全な場所で会いたい」

 ソーブル記者の指定した代々木公園そばのカフェで、昼前、2人は会った。ウッドフォード氏はソーブル記者に資料を渡し、「世界にこれを公表することがとても重要だ」と言った。ソーブル記者はショックを受けているように見えた。

 ウッドフォード氏はその日、空路、東京・羽田空港を出発した後、経由地の香港でソーブル記者と連絡を取り合い、補足の質問を受けた。翌15日、土曜日にロンドンの空港に到着した。新聞売り場にFTがあった。

 「それは一面に載っていました。中面にも記事があり、コラムでも取り上げられていました。これが良いジャーナリズムです」

 日本では週明けの月曜日、FTの記事を引用する形で各紙が初めて疑惑を取り上げた。

ウッドフォード氏の疑惑指摘を初めて紹介した朝日新聞の記事=2011年10月18日の第2経済面

 毎日新聞は10月17日の朝刊で、日経新聞が同じ日の夕刊で、FTの記事を紹介する小さな記事を掲載した。朝日新聞は10月18日の朝刊に「社長解任を不安視、オリンパス株急落」という記事を載せ、その本文の中で初めて、「海外メディアなどが、ウッドフォード氏が『2006~08年にオリンパスが行った数社の企業買収を追及したら解任された』と主張していると報道」と伝えた。

 日本の新聞がこのような立ち上がりだったことにウッドフォード氏は「とても心配です」と述べた。「民主主義と資本主義にとって、物事が機能するためには、強い報道機関がなければなりません」

 ウッドフォード氏は畳みかけてきた。

 「アメリカでは、ウォーターゲート事件、あるいは、クリントン大統領のセックススキャンダル、これらは報道機関(による暴露)でした。英国では、フォックス国防相の問題がメディア(による調査報道の結果)でした。(権力者に対しても)容赦はありません。時には人々がメディアを批判することがあります。しかし、彼ら(報道機関)は、物事を健全で自由で正直で透明にしておくには最も重要な機関かもしれません」

 ウォーターゲート事件では、米紙ワシントンポストなどの追及で米政府ホワイトハウスの関与が暴かれ、当時のニクソン大統領が任期途中で辞任した。英国のフォックス国防相は10月、公私混同疑惑を英紙タイムズなどに次々と報じられ、辞任に追い込まれた。それらは、活力ある調査報道の成果の典型だろう。

 □朝日新聞はFTと同じように反応できたか?

 FACTAの記事についても、FTの記事についても、それが出た直後に、私は目を通していた。こんなことが一流企業社内で本当にまかり通るものなのだろうかと驚きながら読んだ覚えがある。数百億円にも上る巨額の損失が個別には開示されることなく、決算書に紛れ込まされ、それまでだれにも問題視されなかったことにも驚いた。取材をするかどうか少し迷った。が、「自分のやる仕事ではない」と思った。私はオリンパスなど産業界を担当する記者ではない。そのほかにやらなければならない仕事があった。

 「FACTAの記事には気づいていましたが、当時は忙しく、時間がなかった」と私が言い訳すると、ウッドフォード氏は「あなた個人の問題ではない」と言った。「どの新聞も、経済専門紙でさえ、この問題を報道しませんでした」

 ウッドフォード氏は、社長を解任された10月14日、FTのソーブル記者にだけ連絡をとり、日本の新聞記者には連絡しなかった。その理由を尋ねられると、ウッドフォード氏は次のように答えた。

 「あなたは日本の新聞がFTと同じように行動したと思いますか? そんなことはないでしょう。率直に申し上げて、この間に起こったことは私の心配を裏付けています」

 ウッドフォード氏は私に問いかけてきた。

 W氏「あなたは私のコメントを不公正だと思いますか?」

 奥山「不公正だとは思いませんが、ステレオタイプだと思います」

 W氏「もし私があなたに電話して『話したいことがある』と言ったら、あなたは編集局内で(記事化の)承認を得なければならないでしょう。彼ら(編集局幹部)は記事化を押さえるかもしれない。判断に時間をかけるかもしれない。神経質になるかもしれない。きっと遅れがあるでしょう。もし私が金曜日のランチタイムにあなたに会っていたら、土曜日の朝刊の一面に記事を掲載できますか? 私はそうは思わない」

 奥山「私はできると思う」

 W氏「本当に?」

 奥山「なぜならば、あなたはオリンパスの最高経営責任者であり、そのあなたが会社のスキャンダルについて内部告発したのですから」

 W氏「言葉の問題も一部にあったかもしれません。しかし、どの報道機関が調査報道チームを持っているか、あなたはご存じでしょう。ニューヨーク・タイムズとウォールストリート・ジャーナルです。だれが日本の首相にインタビューして、この難しい疑問をぶつけましたか? FTです」

 当時、オリンパスの不正経理について、ウッドフォード氏の知らない事実を独自の調査で暴く記事を掲載したのは、ニューヨーク・タイムズとウォールストリート・ジャーナルの2紙だった。日本の新聞は、海外での報道とウッドフォード氏の内部告発を追いかけるのに汲々としている実情があった。日本政府の野田首相にインタビューしてオリンパスの疑惑について質問し、「事実をはっきりさせ、適切に対処してほしい」との回答を引き出したのは、野田首相にもっとも近い場所にいる日本の記者ではなく、FTの記者たちだった。

 ウッドフォード氏は「誤解しないでほしいのですが、私は日本を愛しています」と付け加えた。「西洋よりも優れた点が日本にはたくさんあります。しかし、今回の問題は、その日本に間違った分野があることを示しています」。ウッドフォード氏の話によれば、その「間違った分野」の一つが新聞ジャーナリズムだということになる。

 11月3日、インタビューは約3時間にわたった。のちに送られてきたウッドフォード氏のメールによれば、私たちは「遠慮のない率直でオープンなやりとり」を交わすことができた。

 ■11月下旬

 □なぜ組織犯罪とのつながりを記事にしないのか?

 11月23日夕、ウッドフォード氏が成田空港に降り立った。社長を解任されて以降では初めての来日だった。

報道カメラマンらに囲まれながら成田空港から出てきたウッドフォード氏=2011年11月23日午後4時52分

 オリンパスはその2週間余前の11月8日に長年の損失隠しをついに認め、遅ればせながら日本国内でも、それは一大スキャンダルになっていた。成田空港から西新宿の投宿先に向かう道中、「もしあなたが報道機関に内部告発しなかったら、こうはならなかった?」と尋ねると、ウッドフォード氏は「そうです」と答え、次のように続けた。

 「最初の数週間、日本でメディアがどのように反応したかを我々は見ました。同じようなことが日本国外で起こった場合の反応とはかなり異なっていました。『日本のメディアは自己検閲している』という人がいます。私もそれに真実があると思います。やはり世界の目がなければこうはならなかった、と確信しました。国外に比べて日本国内では調査報道が不活発です。独自のニュースを生み出すよりは、ニュースを追いかけるほうが簡単なのでしょう」

 そしてウッドフォード氏は「日本のメディアは組織犯罪の関与についてなぜ記事に取り上げないのですか?」と質問してきた。

 ニューヨーク・タイムズはその6日前の11月17日、「日本当局の捜査に近い人物から入手したメモ」を根拠に「オリンパスの支出のうち3760億円の行方が不明朗で、その半分以上は、山口組を含む組織犯罪に流れたと捜査員は見ている」と東京発で報じていた。しかし、日本の新聞の多くはその報道を無視した。

 私は「それを裏付ける証拠があれば、もちろん私たちは記事にします」と答えた。「しかし、これまでのところ私たちはそれを確認できていません。この事件に組織犯罪が関与しているという証拠を得られていません」

 ニューヨーク・タイムズの記事の内容はあまりに荒唐無稽で、その記事のもとになったというメモについて、私は、捜査当局によって作成されたものであるはずがないと考えていた。「ニューヨーク・タイムズ記者にそのメモを渡した人が本当に警視庁の人間なのか私は疑問に思っています」と私はウッドフォード氏に言った。

 □時事通信の記事に「最悪のジャーナリズム」

 成田でも東京でも、日本や海外のマスメディアの記者やカメラマンらが、来日したウッドフォード氏に群がるように殺到し、そこには、ウッドフォード氏がかつて心配したような慎み深さや丁重さはまったくなかった。ウッドフォード氏はそうしたメディアスクラム状態を喜んでいるようだった。投宿先の超高級ホテルのスタッフが記者たちの取材を制止しようとするのを見て、ウッドフォード氏はわざわざ「私は取材を歓迎している」と、そのスタッフに注意した。

 ウッドフォード氏が東京地検、証券取引等監視委員会、警視庁と霞が関の官庁回りをした11月24日、時事通信が夕方に「損失隠し黙認にCEO職要求か=交換条件で旧経営陣に-ウッドフォード氏」という見出しの記事を配信した。

 「オリンパスの巨額損失隠し問題をめぐり、元社長のウッドフォード氏が一連の買収に伴う投資助言会社への多額の報酬などを見過ごす交換条件として、最高経営責任者(CEO)職を要求していた可能性のあることが分かった。複数の関係者が24日明らかにした」

 それを読んだ瞬間、私は「典型的なネガティブキャンペーンだ」と思った。

シンポジウムで同席した元オリンパス社長のウッドフォード氏(左端)と雑誌「FACTA」の阿部重夫編集長、フィナンシャル・タイムズのジョナサン・ソーブル記者(右端)=2011年11月24日午後8時3分、東京都内で

 時事通信の記事は、ウッドフォード氏がCEOに昇格する前から同氏が外部監査人のE&Yに資料を送っていた事実や、昇格直後に外部の会計事務所PwCに調査を依頼した事実など複数の客観的事実と矛盾しており、また、記事の本文中に見出しを裏付ける具体的事実の指摘が見あたらなかった。

 過去、組織の不正を内部告発した当事者の多くが経験してきたのが、あることないことを取り上げての人格攻撃である。それがこの事件でも繰り返されているのだと思った。それにしても、しかし、日本のマスメディアがそれに手を貸すとは私には信じられなかった。

 その配信の3時間ほど後、英国の経済誌エコノミストが主催したシンポジウムで、ウッドフォード氏は「最悪のタイプのジャーナリズムだ」と時事通信を非難し、取材のために会場にいた時事通信の記者にコメントするよう要求した。その記者は回答を拒否したが、その夜、時事通信は、ウッドフォード氏の弁護士の抗議を受けて、記事を取り消して別の表現の原稿に差し替えた。さらに、「ウッドフォード氏本人に確認していない点に関しては取材上の手落ちがあった」と認め、12月2日、「直接取材欠いたこと陳謝=時事通信、オリンパス元社長に」という見出しの記事を配信した。

 ■12月中旬

 □「居座り」になぜ怒らないのか?

 12月16日、西新宿のホテルの、グランドピアノがインテリアに置かれたスイートルームで久しぶりに会ったウッドフォード氏はまたしても、日本の報道ぶりにいらだっていた。私たちのインタビューに答える前に、「私から質問をしていいですか?」と問いかけてきた。

記者会見する高山修一オリンパス社長=2011年12月15日午後零時12分、東京都内で

 「昨日、高山社長が『社長を辞めないかもしれない』と言ったことに私はたいへんショックを受けました。彼ら自身が設けた第三者委員会が『イエスマンたちは会社を去らねばならない』と明確に言っているのに、高山社長らはその職にとどまろうとしているように聞こえます」

 私は「はい」とあいづちを打った。たしかにウッドフォード氏の言う通りだったからだ。

 その10日前の12月6日、オリンパスの第三者委員会が調査報告書を公表し、損失隠しの経緯をつまびらかにした。「再発防止策」としてその報告書は「旧経営陣の一新」を掲げ、「不正経理に多少なりとも加担した役員」だけでなく、高山修一・現オリンパス社長ら「15分程度の会議で問題案件を処理した当時の取締役」も含め、「しかるべき時期に交代すべきである」と提言した。

 翌7日、高山社長は記者会見を開き、「現任の役員は報告書の提言にもとづきしかるべき時期に交代します」と述べ、次の臨時株主総会での退任について「かなり可能性は高い」と答えた。多くの記者は、次の株主総会で高山社長ら全役員は退任するだろうと思い込んだ。朝日新聞は「オリンパスが7日、現役役員の総退陣を打ち出し、信頼回復に向けて動き出した」と報じた。

 しかし、実際には高山社長には続投の意欲があったらしい。12月15日の記者会見で、高山社長は「総退陣とは言っていない」と述べ、株主総会を経て自分自身が社長を続投する可能性も否定しなかった。朝日新聞は16日の朝刊でこれについて「社長、総退陣を否定」と報じていた。

 ウッドフォード氏は続けた。

 「私はショックを受けました。が、それよりももっとショックなのは、メディアに怒りが見られないことです。高山社長は、取締役会でミッキーマウスのような会社の買収を決め、7億ドルもの手数料の支出を認め、私から6通の手紙を受け取り、PwCの調査報告書も受け取り、それなのに、菊川が辞任した後になってもまだ、みんなに『支払いは適正』と言いました。その結果、第三者委員会に『役立たずのイエスマンだ』と言われました。これがどこか別の国だったら、見出しは『居座り図る!』でしょう」

 私はそれに反論した。

 奥山「昨日の記者会見では私の同僚記者が厳しい追及調の質問をしました。そして、その結果を今朝の朝刊で書いています」

 W氏「あなたがたがそれを書いたのは知っています。ここでは、それは素晴らしい記事でした」

 奥山「もう一つ言いたいのは、私たちの仕事は怒ることではない、ということです。私たちは報じなければなりません。怒るべきなのはほかの人、たとえば投資家でしょう」

 W氏「読者ですね」

 奥山「読者です。私たちは客観的であるべきです。ですから私たちは何に対しても怒るべきではないのです」

 W氏「その点は理解します。そのような報道の中立性は……。あなたがたの新聞はほかの大部分よりも確かにましです。でも、これがもしロンドンなら、新聞はおそらく『恥ずべき社長が居座り図る』と言っていたでしょう。ロンドンでは言葉遣いはきわめて感情的です。困ったことに、それは文化の違いです。私はそれを見落としていました」

 この当時、ウッドフォード氏は、株主総会で多数の賛同を得て「プロキシファイト(委任状争奪戦)」で勝利することで、オリンパスの社長に復帰しようと活動していた。来日している間も、ジャーナリストだけでなく、国内外の投資家や有識者、経済人らに会っているようだった。しかし、三井住友銀行頭取との面会を拒まれるなど思い通りにいかないこともあった。「このような環境で私は本当に仕事をしたいのだろうか」と、このころから悩み始めている様子だった。その悩みの理由の一つが、あくまでもウッドフォード氏の立場から見た話ではあるが、日本の新聞の報道姿勢だったのだ。

 ■1月上旬

 □なぜ菊川前社長への利益提供を記事にしないのか?

ウッドフォード氏

 1月5日、ウッドフォード氏は三たび来日した。夜、西新宿のホテルで私たち朝日新聞の単独インタビューに応じ、プロキシファイトのための活動から撤退すると表明した。その際にも、ウッドフォード氏は私たちの報道ぶりについて厳しく追及してきた。

 ウッドフォード氏が問題にしたのは、会長兼社長を辞任し、取締役も辞任して、会社との縁が切れたはずの菊川氏に対して、オリンパスが、東京都港区白金の高級マンションを社費で借り上げて無償提供していたという疑惑だった。明らかにオリンパス社内から出たと思われる詳細な借り上げ契約の内容が12月31日、月刊誌FACTAの阿部発行人のブログで暴露されていた。にもかかわらず、1月5日時点では日本の新聞はそれを記事にしていなかった。

 ウッドフォード氏は私たちに「なぜその記事が日経やあなたがたの新聞に載らないのですか?」と問いかけてきた。

 W氏「イギリスならば、一面に載るでしょう。受け入れられるべきではないことがこの社会では受け入れられているように見えます。この話が主流メディアに取り上げられていないということを聞いて、私は、自分の撤退の決断が正しいと感じました」

 奥山「私たちも、その情報の正しさを確認できれば、記事にする

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