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郷原弁護士に聞く:コンプガチャ問題は景表法を適用すべき問題か

ゲーム業界に求められる「法令順守コンプライアンス」からの脱却

村山 治

 未成年者への高額課金につながると批判のあるソーシャルゲームの「コンプリートガチャ」(コンプガチャ)商法について、消費者庁は7月から景品表示法の規制対象にする方針を明らかにした。未成年者の射幸心をあおる商法に問題があるのはいうまでもないが、行政による規制強化で果たして問題は解決するのか。コンプライアンス専門で景品表示法にも詳しい郷原信郎弁護士に聞いた。


郷原 信郎(ごうはら・のぶお)郷原 信郎(ごうはら・のぶお)
 1977年東京大学理学部卒業。1983年検事任官。公正取引委員会事務局審査部付検事、東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事などを経て、2005年桐蔭横浜大学法科大学院教授・コンプライアンス研究センターセンター長。2006年検事退官。2008年 郷原総合法律事務所開設。2009年より名城大学教授、2009年総務省顧問・コンプライアンス室長に就任。

 ■コンプガチャ問題の本質は何か

 ――ソーシャルゲームのコンプガチャ問題が、急に、大きな消費者問題になりました。

 郷原弁護士:消費者庁には、コンプガチャの課金で高額請求を受けた消費者からの苦情が相次ぎ、以前から問題にはなっていたのだと思いますが、消費者庁は特に問題にしようとはしていませんでした。ゲーム会社側が弁護士の見解を確認しても、法律上は問題はないという回答だったのです。ところが最近になって、経済誌「週刊ダイヤモンド」で、この問題が大きく取り上げられたことがきっかけになって社会問題となり、消費者庁で「何かやらないのはおかしい」という雰囲気になってきました。それを受けて、消費者庁が、にわかにコンプガチャ問題に景品表示法を適用する方向で動き出したのです。

 コンプガチャ問題とは
 コンプガチャは、ディー・エヌ・エー(DeNA)やグリーなどソーシャルゲーム会社の大きな収益源になってきたネットゲームの商法。ゲームで使うカードを一定の組み合わせでそろえると、より強力なカードがもらえる仕組みだ。子どもが1回数百円の「ガチャ」と呼ばれる籤を何十回もクリックし、10万円を超す料金請求を受ける利用者が出たことで社会問題化した。松原仁消費者相が5月に規制方針を表明すると、ゲーム会社は急ぎ、廃止を決めた。

 ――報道によると、消費者庁は2月ごろから、消費者問題の会議にゲーム会社を呼んで自主的な対応を促し、大手6社が4月下旬、18歳未満の利用額を月1万円以下にすると申し合わせ、各社が「15歳以下は上限5千円」などの基準を定めたようです。しかし、コンプガチャ自体は問題としていなかった。それを、松原消費者相が5月8日の記者会見で、コンプガチャが景品表示法に違反する疑いを指摘し、さらに、18日の会見で、「違法となることを明確にする」と述べ、7月から運用指針を改定して規制対象にする方針を明らかにした、という流れです。

 郷原弁護士:景品表示法を所管する消費者庁が、コンプガチャが、景表法の禁止する形態の「景品の提供」にあたるという解釈を示したわけですが、その解釈が果たして正しいのか、ということです。

 そもそも景品表示法は、歴史的には、独占禁止法が禁止する「不公正な取引方法」の一つの「不当顧客誘引」に当たる行為に関して、禁止の対象を明確にするための附属法令です。

 「不当顧客誘引」とは、顧客を自分の商品・役務の方に引き込もうとする方法が不当なものである場合のことです。企業の競争行動に関して、例えば事実に反する不当な表示によって、その商品が著しく優良だと誤認させて客を引き付けるやり方などを指します。不当に高額な懸賞=景品を出して、客を誘引することも健全な競争を阻害します。本来、事業者間の競争は、商品・サービスの価格と品質によって行うべきなのに、そういうやり方が行われると競争が歪められてしまうことになります。

 景表法は、そこからきているのです。そういう観点からすると、いったいこの問題は、どう競争に関連するのか、そもそも、対象になる取引は何なのか。そこでどういう誘引の仕方が批判されているのか、がまず問題になる。

 ――1960年代に、おまけのプロ野球選手カードを集めたらバットなどをもらえる菓子が、人気が過熱して社会問題になったことがありました。それで「カード合わせ商法」は景品表示法で禁止された。消費者庁は、コンプガチャも「カード合わせ」の疑いがあるとみているのでしょうか。

 郷原弁護士:携帯ゲームの途中で「ガチャ」を購入するというのは、ゲーム会社と消費者の間の契約です。1回300円でガチャを引けるという契約。それをDeNAもやっているし、Greeもやっている。ガチャ付きのゲームといってもよい。そのガチャの一定の組み合わせが揃った時に、「強いカード」がもらえます、それが景品だというのが、消費者庁が今回示した考え方です。確かに、ガチャという商品の取引を競争に関する「強いカード」という景品の出し方の問題ととらえれば、一応形式上は景表法的な問題とはいえるでしょう。

 しかし、純粋に競争法的視点でみると、これをいきなり景表法違反とすることには違和感があります。一般的に考えれば、事業者間の競争関係は携帯ゲーム全体のサービスの提供をめぐって行われているもので、ガチャというのは既に特定の事業者の携帯ゲームを使用している顧客が有料で受ける付随的なサービスに過ぎません。強いカードを得ようとしてガチャの購入が増えるのは、特定の事業者の携帯ゲーム利用者との取引の量の問題であり、顧客の誘因とはちょっと違うのではないか。

 ただ、消費者庁ができた時に、景表法の目的規定が変更され、「公正な競争を確保しもっと一般消費者の利益を確保する」という独占禁止法と同様の「競争」中心の目的規定だったのが「一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害する恐れのある行為の制限及び禁止について定めることにより、一般消費者の利益を保護すること」に変わり、消費者利益そのものの保護が前面に打ち出されている。そういう意味では、競争法的には違和感があっても、一応、景表法のカテゴリーの問題にはなり得るかもしれません。

 ■「強いカード」は景品なのか

 ――一応、景表法の問題になるとして、違反と認定する上でどういう問題がありますか。

 郷原弁護士:消費者庁の「景品類等の指定の告示」の中の景品等による「経済上の利益」に関する規定に、「経済的対価を支払って取得すると認められないもの(例 表彰状,表彰盾,表彰バッジ,トロフィー等のように相手方の名誉を表するもの)は,「経済上の利益」に含まれない。」とされています。「強いカード」というのは、ゲームを行う顧客が、ゲームを行う上で有利になるということで主観的に価値を感じているだけですから、本来的は経済取引の対象になるものではありません。この告示でも「景品」から除外されているトロフィーなどと同様に景品には当たらないのではないかという疑いがあります。

 ――そういう「強いカード」にはマーケットができるようですね。

 郷原弁護士:希少価値のあるトロフィーであれば、オークションに出せば売れるかもしれない。だからといって、トロフィーの提供が「経済上の利益」としての景品の提供に当たるということにはなりません。

 ただ、トロフィーと違うのは、この「強いカード」が、ゲーム愛好者の顧客の間でかなり一般的な価値を持っているために、それを取引する非公式なマーケットができて、そこで「市場価格」らしきもの形成されていることです。それは、現実世界ではないバーチャルなゲーム空間の中で成立している一つのマーケットと言えるのかもしれません。

 ■消費者庁の対応をどう評価するか

 ――消費者庁は、5月18日に、景表法の運用基準を改正して、7月からコンプガチャを規制の対象にするという方針を公表しました。こういう消費者庁の対応をどう評価しますか。

 郷原弁護士:消費者庁が公表した新たな告示では、「携帯電話ネットワークやインターネット上で提供されるゲームの中で、ゲームのプレーヤーに対してゲーム中で用いるアイテム等を、偶然性を利用して提供するアイテム等の種類が決まる方法によって有料で提供する場合であって、特定の数種類のアイテム等を全部揃えたプレーヤーに対して、例えばゲーム上で敵と戦うキャラクターや、プレーヤーの分身となるキャラクター(いわゆる「アバター」と呼ばれるもの)が仮想空間上で住む部屋を飾るためのアイテムなど、ゲーム上で使用することができる別のアイテム等を提供するとき」が景表法が禁止する「景品類の提供」に当たるとしています。

 「別のアイテム等の提供」が景品の提供に当たる理由について、『「コンプガチャ」で提供されるアイテム等は、その獲得に相当の費用をかけるといった消費者の実態からみて、提供を受ける者の側から見て、金銭を支払ってでも手に入れるだけの意味があるものとなっていると認められるので、「通常、経済的対価を支払って取得すると認められるもの」として、「経済上の利益」に当たります』と説明していますが、「消費者の実態」だけでこのような「強いカード」が「経済上の利益」に当たると考えて良いのか、前に述べたように、景表法の解釈として疑問の余地はあります。

 しかし、7月から運用基準を改正して摘発の対象にしたのは、ゲーム業界への配慮がうかがえます。もし、消費者庁が、現行の告示のままでもコンプガチャが景表法に違反するという判断を示した場合、違法な売上は返金しろという話になって、ゲーム会社は、膨大な額の返金を請求される可能性があったと思います。運用基準を改定して7月から規制するということは、運用基準改定前については違法認定をしないということだと思います。つい最近まで、消費者庁は、コンプガチャ問題に対して、景表法上の問題だという考え方は示していませんでした。それを突然、過去に遡って違法という判断を示すことは、行政の対応として問題があると考えたのだと思います。

 ただ、そもそも、この問題を景表法の問題としてとらえることが適切なのか、私は疑問です。

 ■景表法で違法とすることが社会的な問題解決なのか

 郷原弁護士:問題は、こういうソーシャルゲームの世界で起きているコンプガチャをめぐる問題に対して、景表法という既存の法律を、かなり無理な法解釈によって当てはめて違法という判断を行うこと、それによってコンプガチャ問題と「法令遵守」の問題として扱うことが、社会的な観点からみて、本当に、この問題に対する、適切な解決方法なのかということです。

 コンプガチャによるカード提供は射幸性が強いということが問題にされていますが、問題はそれだけではありません。「強いカード」欲しさにコンプガチャを、くじ引きみたいに次から次から買うことによって、収入に見合わない金を使ってしまうというのは、パチンコやスロットと同じような社会的弊害を生じさせていると言えます。一方で、自分では支払い能力のない子どもが、親が知らないところでゲームに何十万円もつぎ込んで、親の方がその請求を受けるというのは社会的に考えて許容できない問題です。

 携帯電話を通じたソーシャルゲームというのは、膨大な数の利用者が参加するゲーム空間という、一つのバーチャルな社会を生み出したと言えます。それが、現実社会での人との付き合いが希薄になっている若者達の間に新たな人との付き合い、関わりの手段を与えた。しかし、その社会は、現実社会とは全く違う空間で、それだけに、その世界特有の新たな社会問題を生じさせる危険性をはらんでいます。

 必要なことは、そういうネットを通じたバーチャルな世界で生じる問題全体について、そのメリットを生かしつつ、その弊害を除去する方法を我々の社会全体で考えていくことです。

 コンプガチャをめぐる「射幸性」という問題は、ソーシャルゲーム問題全体の中のごく一部にしかすぎません。それに、景表法などという既存の法律の古ぼけた規定を取り出して、無理やり適用して規制することで済むような問題ではないのです。

 ■「ライブドア、パロマ事件と共通する構図」

 ――ゲーム業界の経営者は若くてエネルギーに溢れていますが、少し社会常識に欠ける、と言われても仕方がないところがあります。

 郷原弁護士:ライブドア事件と共通の構図があります。ライブドア事件では、それまで国民的ヒーローのように持ち上げられていたホリエモンこと堀江貴文氏とベンチャーの雄だったライブドアという会社が、検察の突然の強制捜査で「法令遵守」に反したという烙印を押されたことで一転して社会から厳しいバッシングを受けました。今回、ソーシャルゲーム事業で急成長した携帯ゲーム事業を行う企業が、コンプガチャ問題で消費者庁の「違法判断」を受けて世の中の評価が大きく変わったとすると、社会現象として似た面があります。

 ライブドアの経営手法の最大の問題は、法令にさえ違反していなければ何をやっても良いという考え方だった。携帯ゲーム事業を営む企業が、法令に違反さえしなければよいという考え方でやってきたとすると、ライブドアとかなり似た状況だと言えます。

 しかも、ライブドアの摘発が、日本のベンチャー市場に甚大な影響を与えたことに間違いありません。今度も、不況の最中の日本にあって、ゲーム業界は、唯一の高収益高成長業種です。それが一転して社会から叩かれる。社会現象としても経済現象としても似た構図と見ることができます。

 ――ゲーム業界にとっては、クライシス・マネジメントの問題でもあるわけですね。

 郷原弁護士:今回のコンプガチャの問題は、ある意味では、ライブドア事件的であると同時に、パロマ事件的でもあります。

 ――パロマですか。

 郷原弁護士:パロマと共通するのは、それまで法的責任はないということで何の問題もないと考えていたのが、社会から突然批判を受けるようになったという構図です。パロマ事件では、長年にわたって同一機種のガス湯沸かし器による一酸化炭素中毒で多くの死者が出ていたことがマスコミで問題にされ、経産省から製品回収命令を受け、世の中から大きな非難を受けたわけですが、パロマの側では、その一酸化炭素中毒事故は修理業者の不正改造によるものと判断していましたし、法的責任の追及の動きはあっても、製品に欠陥があったわけではないので、司法の場でも責任は否定されていました。マスコミの追及が始まっても、パロマは自信を持って「当社の責任ではない」と言い切ったのですが、それがかえって世の中の反発を受け、大きな批判・非難につながりました。パロマだけが悪者にされたことで、それまで事故の多発に対して対策をとらなかった経産省の責任は、ほとんど問題にされませんでした。

 携帯ゲーム会社も、これまでコンプガチャが違法だとは思ってきませんでした。法令遵守上は問題ないと考えて、事業を拡大していきました。それが社会から突然批判を受けるようになった。その段階で、企業側が「法的には問題はない」と言って開き直っていたら、パロマと同じ状況に追い込まれていたと思います。

 ちょっとした世の中の動き、マスコミの動きでガラッと状況が変わり、監督官庁の姿勢がガラッと変わった。まさにクライシス・マネジメントが必要な局面です。

 ■ネット社会と企業コンプライアンス

 ――今回のコンプガチャ問題を見ていると、ソーシャルゲーム業界の人たちは、技術的に突き抜けて凄いお金を儲けた、それでワッと盛り上がって、これでいいんだろうと思っていたところがあったのではないでしょうか。急に、叩かれ始め、自分たちはどこに足場を置き、どう行動していいのか、よくわかっていない感じがします。

 郷原弁護士:おそらく、彼らは、消費者庁が景表法という法律で「違法判定」をするかしないかばかりを気にしている。そればかりを恐れている。違法と言われない範囲で、これまでのようなゲーム事業を行っていこうと考えている。しかし、重要なことはそういうことじゃないんです。ソーシャルゲームの事業を今後も行っていくのであれば、それが一体社会にどういうメリットを提供しているのか、どういう付加価値をもたらしているのか、ということを考えて、そういうものが少しでも活きるようなゲームを提供する。その一方で、そういうゲームが世の中に弊害をもたらす面があるのであれば、その弊害を最小化するための方策を考えていく。その両方で、ゲーム事業が社会全体にトータルで貢献できる仕組みを作っていくことです。

 そういう方向でビジネスモデルを作り出していくことが、「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンスのポリシーを確立するということです。そのポリシーを明確にして、世の中に対してはっきり示すべきです。

 ――一方、規制する行政の方も、日々、進化するネット社会についていけず、規制が実態とずれていることはありませんか。

 郷原弁護士:行政の規制のベースになっている法律が、そもそも、このネット社会というものを全然想定していないんです。バーチャルな世界で、多くの人が関わり、触れ合い、そこに様々な関係が作られていく、ゲームをめぐる優劣の評価ができていく、そしてそれに関してお金が動く。そういう形で、膨大な数の利用者が参加するような世界は、既存の法律が全く想定していない世界です。ましてや景表法など、もともと、昭和30年代の発想で作られた法律です。そういう古ぼけた法律を、こういう新たな世界に適用しようとすること自体がもともと無理なのです。

 ――携帯ゲームのガチャはコンプガチャだけではなくて、同じ絵柄を並べさせるビンゴ型のガチャや、ガチャを繰り返すと希少カードの出る確率が上がるタイプもあるようです。

 郷原弁護士:コンプガチャだけに景表法の網をかけたとしても、射幸性の高いガチャっていうのは他にも考えられます。事業者側のコンプライアンスに対する姿勢が基本的に変わらない限り、景表法の規定をいくら改正しても、いたちごっこです。

 ――ソーシャルゲーム業界は、おそらく、これから日本が世界に互して戦う商品づくりをできる可能性を秘めたところではないかと考えています。健全に育てていかないといけないと思います。

 郷原弁護士:消費者庁にとって必要なことは、この業界を叩き潰すことではなく、ソーシャルゲーム事業を健全化していくことが消費者の利益になるという考え方で、ゲーム事業者が「社会の要請に応える」という意味のコンプライアンス対応をしっかり行っていくよう支援することだと思います。

 

 郷原 信郎(ごうはら のぶお)
 郷原総合コンプライアンス法律事

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