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連結子会社の自己創設のれん課税強化を考える

 インターネット検索大手のヤフーが損金処理した完全子会社の「のれん代」について東京国税局が租税回避に当たると指摘するなど課税当局が、連結子会社の「自己創設のれん(営業権)」に対する課税処分を強化する動きが出ている。錦織康高弁護士は、税法の解釈や経済合理性の点でも説明がつかない点があるとし、詳しく問題点を整理したうえで、課税当局に適正な執行を求めている。

 

連結納税制度についての近時の問題点
~「自己創設のれん」についての時価評価課税の是非~

西村あさひ法律事務所
弁護士・NY州弁護士 錦織康高

錦織 康高(にしこり・やすたか)
 1992年、東京大学法学部卒業、1995年に弁護士登録(司法修習47期)。2001年、ハーバード・ロースクール修了(LL.M.)、2002年に米国NY州弁護士登録。現在、西村あさひ法律事務所パートナー。2010年より東京大学大学院法学政治学研究科客員准教授。

 ■問題の所在

 平成14年度税制改正で連結納税制度が導入されてから、はや10年が経過した。連結納税制度については、その導入の当初から、その開始時における時価評価課税の範囲・手法については様々な議論がなされてきたが、特にいわゆる「のれん」ないし「営業権」の取扱いが議論の中心であったことは改めて説明するまでもないであろう。すなわち、連結子法人の有する一定の資産については、これを連結納税開始時に時価評価し、その評価益・評価損を連結納税開始直前の事業年度の益金・損金に算入するものとされるが、その際に、連結子法人が営んでいる事業につき自ら培ってきた(=自己創設した)超過収益力も、全て「のれん」ないし「営業権」としてかかる時価評価及び課税の対象となるのかという点が、論じられてきたのである。

 その後、平成16年には、課税当局が、「のれん(営業権)」について自己創設のものであってもこれを時価評価対象とする立場を採ったことが明らかになり、さらに、平成21年には、日本公認会計士協会が、このような課税当局の立場を是とすることを宣言するに及んで、自己創設のれん(営業権)も時価評価対象とすることが既定路線化している感がある。

 もっとも、この「自己創設のれん(営業権)」は、実務上時価評価が非常に難しく、課税当局の側で時価評価が不当だとして課税処分を行うことは、実際上困難であろうと考えられてきた。しかしながら、近時、課税当局サイドで、こうした「のれん(営業権)」計上の不十分さに着目して課税処分を行おうとする動きも出てきているようであり、この問題はいよいよ現実の問題となってきたところである。

 ■自己創設のれん(営業権)に対する課税の根拠

 連結納税については、その開始時において、連結子法人の保有する資産(但し、時価評価資産に限る)を時価評価し、連結納税開始の直前事業年度における課税所得に算入することとされているが、このような時価評価原則は、連結納税開始以前の事業活動に基づく所得とそれ以後の事業活動に基づく所得との混同を認めず、連結納税制度の活用によって課税額を減少させようという租税回避的な行動を防ぐことを目指すものである。連結納税制度が、(課税当局側に最終的な承認権限があるとはいえ基本的には)納税者側の選択によるものである以上、課税当局側がこのような懸念を持つことは当然であり、このような建付け自体は合理的であろう。

 このように、連結納税開始時に連結子法人の資産について時価評価を行うことは、一般論としてはよいとして、問題は「のれん」ないし営業権の取扱いである。この点、自己創設のれん(営業権)も時価評価対象であるという考え方は、時価評価資産の定義規定をもってその主張の法令上の根拠とする。すなわち、法人税法61条の11は、時価評価資産として固定資産を挙げており、固定資産の定義上、「営業権」もこれに含まれるから(法人税法施行令12条及び13条)、「営業権」はすべて時価評価の対象となるというのが、その論拠である。

 しかしながら、かかる解釈は、課税年度ごとに課税所得を計算するという法人税法の基本構造と矛盾する点で、非常に大きな問題をはらんでいる。これでは、連結納税制度の利用は事実上禁止されているに等しい。また、上記は文理に忠実な解釈のように見えるかもしれないが、法律家の眼から見た場合、相当に「技巧的」なものであることも否定できない。

 ■解釈上の難点

 そこで、まず、「自己創設のれん(営業権)」が連結納税開始に際して時価評価の対象となるという考え方の、文理解釈上の問題点を明らかにしよう。

 この点、連結子法人に関する自己創設のれん(営業権)の時価評価(及び課税)を肯定する立場の考え方が、自らの根拠としているのは、前記のとおり時価評価資産という言葉の定義に「営業権」が含まれているという点にあるが、この営業権という概念は、租税法令上定義されていない。このように租税法令上別段の定義がなされていない用語が、民法や商法などで用いられている私法上の概念である場合には、それら一般法上の概念と同一の意義を有するものであるというのが通説判例であるが、この「営業権」に関しては、従来から商法・会社法において特段定義はなされていない。このため、「営業権」の意義については、結局のところ、法人税法22条4項に則って、企業会計上の意義に従って理解すべきというのが論理的帰結であり、実際に、下級審判例にはその旨判示するものもある。

 したがって、企業会計上どのように「営業権」が取り扱われるかという点が重要な意味を持つことになる。この点、企業会計上は「営業権」について定義規定のようなものが置かれている訳ではないが、一般的には、企業の超過収益力の原因ないしそれをささえる事実関係であると解されている。ただし、このような意義における「営業権」が会計上資産として認識されるのは、有償取得がなされた場合に限られており、自己創設のものは、資産としての計上を認められていない。結局のところ、「営業権」が会計上意味をもつのは、これを有償取得した場合に限られている訳である。そうであるとすれば、法人税法上の営業権についても、有償取得したものだけがこれに当たり、自己創設したものは含まれないと解することが合理的ではないかと考えられる。

 そもそも、連結納税の開始という、純粋に課税上の事象が原因となって、しかも単に資産の時価評価に関する規定の効果によって、これまで資産として認識されていなかったものがいきなり資産として認識されるべきであるというのは、いわば無から突如として有が生じるようなものであり、極めて技巧的な解釈である。これは、仮に法人税61条の11が、時価評価資産という限定を付すことなく単に「資産」について時価評価を求めるものとなっていた場合を考えてみると明らかである。果たしてこの場合、「資産」という範疇にそれまで資産として認識される余地のなかった自己創設のれん(営業権)を含むものと解釈することがあり得るであろうか。理論的には、明らかに資産という概念は時価評価資産を含むものであるから、仮に自己創設のれん(営業権)が時価評価資産に含まれるのであれば、上記のような規定内容だったとしても、自己創設のれん(営業権)の時価評価が必要になるというのが結論に至るはずである。しかし、この結論は常識的な法文解釈に反するものといえよう。

 この点、敢えて連結子法人の有する資産の一部についてだけ時価評価を求めながら、別途、法人全体の企業価値の反映である「のれん(営業権)」を時価評価対象とするというのは、如何にも均衡を欠いている。この点を指して、京都大学の岡村忠生教授は、「法人全体を時価評価するものではない」以上、「のれんが新たに計上される」などといった解釈は成り立たないと指摘されているところである。

 ■本質的な問題

 さらに、時価評価肯定論の経済的な意味を考えた場合、かかる考えが到底容認し難いことが一層明白になる。

 既に述べたように、「営業権」の本質は超過収益力にあるが、これは、将来の収益を根拠とするものであるから、その時価の算出は、将来の期待収益額を現在価値に割り引くことによって行われるのが基本である。しかし、これはいわゆる時価主義課税とは全く別物である。

 すなわち、資産に対する時価主義課税は、既発生ではあるものの未実現である利益に対して、実現まで待つことによる課税繰延べ効果を否定しようというものであり、課税年度ごとに課税所得を計算するという法人税法の基本構造に反してはいない。しかしながら、「自己創設のれん(営業権)」への時価評価課税は、未実現どころか未発生の収益の見込みに対して課税を行おうとするものであり、もはや期間損益に基づく課税とは言い難いレベルのものである。前述したとおり、連結納税開始時における時価評価課税の強制は、課税裁定取引の防止という観点から肯定されるものであるが、「自己創設のれん(営業権)」の時価評価課税については、これを行わなくても別段課税裁定取引を誘発するとは考え難く、この観点からも正当化されるものではない。もともと、連結納税グループへの加入に際して時価評価課税が義務付けられたのは、単体で事業活動を行って得た所得に対しては単体法人を納税単位として課税を行い、グループで事業活動を行って得た所得に対してはグループを納税単位として課税を行うという考え方に基づくものとされている。そうであるとすれば、将来の利益をその本質とする「自己創設のれん(営業権)」を、連結納税開始時点において時価評価し、これを単体の最終年度の所得として課税を行うというのは、説明が付かないように思われる。

 なお、こうした議論に対しては、時価評価分が連結子法人の最終課税年度における益金になるといっても、同額が営業権として5年で償却されることになるから、いわば5年間で回収可能なのであって、深刻な問題ではない(したがって、単なる立法政策上の問題である)との反論があるかも知れない。しかしながら、納税者は5年間の償却期間中における「貨幣の時間的価値」については確定的に失うことになる上、5年間に本当に償却に見合うだけの利益をあげられるかという点も確実ではない(そもそも課税庁のいうところの「営業権」=超過収益力は、無限の将来全体にわたって観察されるものだから、5年間ではこれに対応する利益は一部しか発生しないというのが通常であるはずである)。

 また、「自己創設のれん(営業権)」を時価評価に基づき課税する場合、事業の期待利益の割引現在価値がその評価の基本となることは既に述べたとおりだが、納税者側としては、当初の想定を実際の利益水準が下回った場合、(他に利益を上げている事業がない限り)確定的に回収の機会を失うことになるのに対し、逆に実際の利益水準が当初の想定を上回った場合でも、超過部分に対する課税は依然として行われる。これは事実上、納税者のリスクにおいて国が保険を付しているようなものではないだろうか。

 また、こうした「自己創設のれん(営業権)」に関しては、その時価評価が非常に困難である点も、これまでもつとに指摘されている。もともと連結納税は、純粋に課税上の制度であり、会計上の連結とは直接関係を有しないから、連結納税制度以外の目的で「自己創設のれん(営業権)」を時価評価する必要性は皆無である。仮に時価評価が必要であるとすれば、その手続は相当に煩瑣である(評価手法は、対象となる連結子法人を買収する場合と同様になろうが、通常の買収においてこの評価に第三者を参加させその正当性を高める手続が非常に高価につくことは今や常識であろう)。しかも、「自己創設のれん(営業権)」の評価は、その性質上「○○円」といった形で一定の値が客観的に算出できるものではなく、評価結果は「○○円~△△円」といったレンジで計算されることになると考えられる。これは、課税当局が、納税者の行った時価評価を不当なものとして争うのは常に事後的であるという点と相俟って、非常に深刻な問題を惹起する。

 すなわち、連結納税開始の申告においては、課税当局側で「自己創設のれん(営業権)」の時価評価の妥当性を検証する時間も手段もないであろうから、実際に課税当局が「自己創設のれん(営業権)」の時価評価を問題視するのは、事後的な税務調査のタイミング以外には考えられない。この場合、評価にレンジがあることを利用すれば納税者の申告時の評価が低すぎるとして課税処分を行う余地が広く残されることになる。課税当局としては、「合理的な範囲に含まれていればそういった課税処分は行うはずはない」ということかも知れないが、当然ながらそうした点に制度的な担保はない。従って、かかる根拠のない期待に基づいて「連結納税開始」という経営判断を行うことは困難である。

 上記のとおり、「自己創設のれん(営業権)」について、連結納税開始時に連結子法人の単体レベルで益金に参入して課税をすることは理論的に説明がつかない。にもかかわらず、納税者側に時価評価に関して実務的に多大な負担をかけた上、回避不能な課税処分の危険まで背負わせるというのでは、制度として不合理であるとの誹りを免れないであろう。

 ■非適格株式交換/株式移転における自己創設のれん(営業権)の取扱い

 さて、以上により、連結納税開始時における「自己創設のれん(営業権)」の時価評価(及び課税)という考え方の問題性は明らかになったかと思う。

 そこで、最後に、関連する問題として、非適格株式交換及び株式移転の場合の完全子法人となる法人の資産の時価評価について若干検討する。というのは、非適格株式交換などにおける時価評価の根拠規定である法人税法62条の9が、連結納税に関する法人税法61条の11の規定のコピーとなっているからである。この法人税法62条の9は、平成18年度税制改正における組織再編税制の見直しの際に設けられた規定であり、それまで合併や会社分割の場合とは相当に差異のあった株式交換などに対する税制について、合併などについての税制とパラレルなものとするためになされた改正の一環として設けられた。ただ、株式交換などにおいては、合併の場合と異なって納税者自体(すなわち完全子法人)について何ら資産負債の移転が行われないこともあり、合併などの場合のように、その対価を基礎として時価課税をするのではなく、連結納税の開始の場合と同様、個々の資産の時価を積み上げて課税するというアプローチが採られている。

 その上で、株式交換などについては、完全子会社レベルでは何らの取引もなされていないにもかかわらずその資産について時価評価課税を行うこととされている。これは、個々の法人ごとに課税関係を捉える法人税制からすれば異例ではあるが、株式交換などについては、企業買収のための取引として合併などの類似の目的で行われる場合が少なくないと考えられるところから、合併並びの課税制度が採用されたものである。そして、合併などにおいては、「自己創設のれん(営業権)」についても、いわゆる差額のれん(合併などの対価額-時価純資産額)としての課税が行われていることから、仮にこれに対応する制度が株式交換などについて採られなければ、合併などと株式交換などとの間で課税上の取扱いがバランスを失することになる。

 しかしながら、この点が、連結納税開始時における「自己創設のれん(営業権)」に対する時価評価(及び課税)を正当化するものではないことは、その立法の順序からも明らかである。上記のように、株式交換などにおいては、完全子法人レベルでは資産負債の移転はないものの、株式交換などの「対価」の額を認定することは合併などに比べ特に困難という訳ではなく、立法技術としては合併型の規定を採用することもできたはずである。にもかかわらず、法人税法62条の9が法人税法61条の11と同じ仕組みを採用したということは、むしろ「自己創設のれん(営業権)」に対する課税は断念したと解釈するのが論理的である。かかる結論は、合併などとの間で課税関係の整合性を欠くという意味で、一見不合理に見えるかも知れないが、そもそも法人税62条の9が合併などとは異なる建付けを採用した時点で、課税上の取扱いを完全にパラレルにすることは放棄されたものと解するのが自然である。株式交換などの企業再編行為を課税の発生原因とすること自体、本来必然的なものではないから、この結論は決して不当なものではない。むしろ、法人税法62条の9は、株式交換などをできるだけ阻害しないために、連結納税開始の場合と同じ制度を採用したと解するのが合理的であろう。

 ■終わりに

 以上述べてきたように、連結納税開始時に、「自己創設のれん(営業権)」の時価評価及びそれに基づく課税を行う場合の問題は深刻である。実務的には、課税当局がこの問題に対して慎重な対応を採ることが望まれようが、時価評価に基づく課税を強行するのであれば、明確な立法による解決か、司法の場における決着と

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