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サムライ債のデフォルトへの対応

江畠 秀樹

 外国政府などが日本で発行する円建ての債券、サムライ債が社債発行市場で人気だ。反面、その国の財政事情が悪化したり政府機関の事業縮小などがあると、一気に信用リスクが高まる恐れがある。万一、デフォルトになった場合の債権回収は、外国の主権がからむため簡単ではない。江畠秀樹弁護士がサムライ債にかかわる法律問題を掘り下げる。

 

サムライ債のデフォルトへの対応

西村あさひ法律事務所
弁護士・NY州弁護士 江畠 秀樹

江畠 秀樹(えばた・ひでき)
 弁護士。1991年中央大学法学部法律学科卒業。1993年弁護士登録。1999年ニューヨーク大学(LL.M)修了。1999年から2000年までロンドンのリンクレーターズ法律事務所に勤務。2004年から2006年まで中央大学法科大学院で講師(企業金融)を務める。

 ■ はじめに

 昨年11月ノルウェー政府がノルウェー輸出金融公社の中核事業である輸出金融を廃止する事業縮小計画を発表した。同公社は日本国内で公募する円建ての債券である、いわゆるサムライ債を約600億円発行しており、事業縮小によって重要な収入源を失うことになることから、複数の格付機関が同公社の格付を大幅に引き下げ、同債券の債権者に動揺が走った。

 また、深刻さを増している欧州のソブリン債務危機の関係では、日本で約1,100億円にのぼるサムライ債を発行しているギリシャ(ギリシャ国有鉄道を含む)の財政破綻により、対外債務の最大7割にのぼる債務削減案が提示された。ギリシャ政府が今年3月にサムライ債はこの債務削減案の対象外であることを公表したため、日本国内での問題は一旦沈静化したが、その後再選挙にまで至った総選挙において財政緊縮反対を掲げる急進左派連合が第一党にはなれなかったものの、一定の議席数を確保したことから、EUが求める財政緊縮策の実現には紆余曲折が予想される。その行方次第では、ギリシャのサムライ債の取扱いについては未だ不確定な要素が残っているとも言える。

 2012年におけるサムライ債の発行額は、既に1兆円を超える高い水準となっていると報道されるなど、大震災による原発問題の影響で電力債の発行が激減している日本の社債市場において、サムライ債の存在感は高まっている。最近では格付対比でのスプレッドの大きさから投資家の関心が高くなっているが、そのことの裏返しとして、サムライ債には一定の信用リスクが伴うとともに、サムライ債特有の法的な問題も存在することに留意する必要がある。過去にはアルゼンチン債が実際にデフォルトに陥ったことは、まだ記憶に残るところである。本稿では、サムライ債が、万が一、デフォルトになってしまった場合の債権回収に関係する法律上の問題点について見ていくこととしたい。

 ■ サムライ債の関係規定について

 1.サムライ債とは?

 サムライ債とは、教科書的に言えば、「外国政府、外国政府機関または外国会社が日本で発行する円建ての債券」である。ある国の通貨が国際的通貨になったことにより、その通貨に対して需要のある外国の発行者が、当該通貨国で資金調達を行う市場が誕生する。別の言い方をすれば、当該通貨でのより有利な運用を求める多くの投資家がそのような市場を作るとも言える。このような現象は円以外の通貨でも見られ、最近では、まだ完全には国際化されているとは言えないものの、中国の人民元でも、このような調達/運用ニーズが生じてきており、仮にサムライ債と同様の方法で人民元建ての債券が発行された場合には、中国を表すニックネームを使って「パンダ債」という名称で呼ばれることになる。

 サムライ債は、既に1970年代から発行されており、その年ごとに変動はあるものの、概ね毎年多額の発行額を記録して今日に至っている。その発行条件を定める「債券の要項」も、長年にわたる数多くの発行事例を積み重ねることにより、標準的な条項が固まってきており、サムライ債マーケットとしての市場慣行が存在している。以下では、デフォルトに関係するサムライ債の一般的な条項について簡単に説明していく。

 2.関係規定について

 (1)債務不履行事由

 借入金の債務者は、通常の場合は、返済期限である満期が到来するまでは借金を返す必要はない。しかし、債務者に一定の信用不安事由(=債務不履行事由)が発生した場合は、借入金の元本は、その満期に拘らず、直ちに返済しなければならなくなる。債券という法形式を利用した借入金の一種であるサムライ債においても、同様に債務不履行事由が規定されている。サムライ債の代表的な債務不履行事由の例は、以下のとおりである。

 利息が利払日に支払われない場合

 債券の要項の規定に違反し治癒されない場合

 事業の実質的に全てを譲渡・終了する場合

 支払停止、破産申立など倒産のリスクが生じる場合

 発行者の他の債券に債務不履行事由が生じた場合(クロス・デフォルト条項)

 発行者が外国政府である場合は、民間企業と異なり「倒産」という事態は発生しないため、多くの場合は、利息の不払いがデフォルトの引き金となる。

 なお、冒頭のノルウェー輸出金融公社については、上記のうち、「事業の実質的に全てを譲渡・終了する場合」に該当するか否かが問題となっているようであるが、同公社は、貸付業務は終了するものの、貸付金の管理・回収事業など一定の事業は継続することなどを理由として、債務不履行事由は生じていないと反論している。

 (2)準拠法

 クロスボーダーの要素を伴うサムライ債については、一般的な国際的契約と同様、その法律関係を検討する際には、どの法域の法律を適用することになるかを、予め債券の条項として規定することになる。サムライ債では、投資家である債権者保護を第一に考え、発行及び募集の地である日本の法令が準拠法として規定されている。したがって、債務不履行事由に該当するか否かについても、日本法の観点から規定を解釈することになる。

 この関係で、外国の民間企業が発行するサムライ債については、会社法の社債に関する規定の適用の有無が問題となるが、会社法では、社債の定義は、「この法律の規定により会社が行う割当により発生する当該会社を債務者とする金銭債権であって、第676条各号に掲げる事項についての定めに従い償還されるものをいう。」(会社法第2条23号)とされている。サムライ債の準拠法は日本法であるが、外国の会社が発行する社債の発行手続(例えば、発行を決定する機関など)については、その性質上、本国法に従うものと考えられているため、会社法の社債の定義のうち、「この法律の規定により会社が行う割当により発生する当該会社を債務者とする金銭債権」には該当しないと考えられている。そのため、サムライ債には会社法の社債関連規定は適用されず、必要に応じて民法の適用が検討されることになる。

 一方、外国政府や外国政府機関は、そもそも「会社」ではないため、当然に会社法の適用はなく、その結果、民法の適用の問題となる。

 (3)裁判管轄

 仮に、サムライ債の満期が到来したにも拘らず、発行者が元本の返済を行わない場合、債権者は債権回収のために、裁判を提起する必要がある。国際契約の性質を持つサムライ債を巡る紛争について、債権者はどこの国の裁判所で裁判を提起することができるか(=裁判管轄)については、予め債券の要項で規定されている。サムライ債の場合は、債権者の居住地である日本の裁判所のうち、東京地方裁判所を合意管轄裁判所とするのが通例である。ただし、それ以外の国の裁判所にも管轄が認められる場合(例えば、被告である発行者の居住地の裁判所など)には、その国の裁判管轄も認められる旨の規定となっている。このような裁判管轄の定めは、どこか一つの裁判管轄に限定されないという意味で、非専属的裁判管轄と呼ばれている。

 (4)送達受領代理人

 サムライ債に限らず、ユーロ債など国際的な性格を有する債券の要項には、通常、送達受領代理人の規定がある。これは、例えば、発行者が利払日に利息の返済を行わないため債務不履行事由に該当するに至ったことを理由として、債権者が発行者を被告として訴訟を提起する場合に、訴えの提起のための訴状やその他の裁判上の書類を送達するために、発行者の日本国内の代理人としてこれらを受領する者を、予め選任しておくものである。このような送達が認められれば、送達手続が日本国内で完了することができ、非常に便利であるから、サムライ債の債券の要項においても、例外なくかかる規定が置かれている。

 しかしながら、準拠法である日本の民事訴訟法にも送達受取人の届出の規定(民事訴訟法104条)はあるが、届出先は「受訴裁判所」であり、既に訴訟が係属している裁判所へ届け出ることが必要な規定になっている。そのため、訴状の送達前の時点では送達受取人を届け出ることができないと解釈せざるを得ず、したがって、サムライ債の債券の要項に規定されている送達受領代理人の規定は、「訴状」の送達に関しては、民事訴訟法上の有効性につき疑問が持たれている。

 ■ サムライ債の債権者による元利金の返還請求訴訟を巡る問題点

 1.訴状の送達について

 前記のII.(4)で記載したとおり、サムライ債の債券の要項で規定される送達受領代理人に対する訴状の送達についての有効性は疑問とされているため、債権者が、東京地方裁判所に元利金の返還請求訴訟を提起するために、この送達受領代理人に訴状を送達しても、民事訴訟法上有効な送達とはみなされない。従って、訴訟が有効に裁判所に係属しないことになる。それでは、発行者を被告として日本で訴訟を係属させるためには、どのような方法をとる必要があるであろうか。特に発行者が外国政府や外国政府機関である場合は、主権の問題が絡むため、簡単な話ではない。すなわち、日本の裁判所に訴訟係属させるための送達行為は、裁判所による訴訟行為であるから、日本の司法権の行使に該当する。発行者が外国政府であった場合、訴状の送達という日本の司法権の行使を、当該外国内で行うことは、当該外国の主権の侵害となるおそれがある。したがって、そのような場合は、例えば、被送達者(=被告)である外国政府と日本政府とが締結している二国間条約や多国間条約(送達条約)に従った送達行為が必要となる。送達条約では、以下のような送達方法が定められている。

(1) 指定当局送達:日本の最高裁、外務省、在外領事官を経て、相手国指定当局(外務大臣、司法大臣等)によって送達

(2) 領事送達:日本の在外領事官によって送達(相手国は受領を拒否できる)

(3) 中央当局送達:日本の最高裁から相手国の中央当局に送達を要請

(4) 外交上の経路による送達:日本の外務省、在外大使館、相手国の外務省を通じた送達

 (2)の方法は比較的簡易ではあるが、相手国が受領を拒絶するおそれがある場合は利用できない。したがって、それ以外の外国当局を通じてのやり取りが必要となるため、非常に時間がかかり、送達だけのために半年以上を要することも珍しくない。当事務所が関与しているアルゼンチン債に関する訴訟については、アルゼンチン政府に対して上記(4)の方法による送達が行われたが、送達手続そのものに時間がかかるほか、実例が少ないこともあって裁判所の運用も慎重にならざるを得ず、訴訟提起から第一回期日までに実に1年近い期間を要した。

 2.主権免除について

 外国政府や外国政府機関が発行したサムライ債の不払いを理由として返還請求訴訟を提起する場合、考慮しなくてはならない別の問題点として、主権免除の議論がある。即ち、上記で「送達」という行為は主権の行使という性格を有すると述べたが、そもそも外国政府等を被告とする訴訟が東京地方裁判所で提起されるということは、外国政府等を我が国の裁判権(司法権)に服せしめることになるため、主権相互の衝突が生じることになるという問題である。この場合、国際儀礼上、かかる場合には裁判権を行使しようとする国家は、他国の主権を尊重して裁判権の行使を自制すべきである、即ち、国際慣行に従って、外国政府等は我が国の裁判権の対象外とすべきであるという考え方があり、これを「主権免除」の考え方という。

 この点、日本でも、昭和3年12月28日の大審院判例の時代から最近まで、外国政府等に対しては、我が国の裁判権は及ばないという「絶対免除主義」が採用されていると言われていた。しかしながら、世界的な潮流として、外国政府や外国政府機関は近時においては商業的な行為を多く行ってきている現状があり、純粋な主権の行使とは性質の異なる商業行為についてまで、外国政府等が行っているということのみを理由として裁判権に服せしめることができないという取扱いは適切とは言えないのではないかという考え方が強まってきている。このような観点から、商業行為については主権免除の範囲を制限すべきであるという「制限免除主義」の考え方も、以前から有力に主張されてきた。

 かかる状況の下、平成18年のパキスタン貸金請求事件の最高裁判決(最二小判平18・7・21)により、「制限免除主義」が公式に採用され、上記の大審院判例が変更された。さらに、平成21年には、「外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律」が成立し、同法第5条により、外国政府等が書面による契約により特定の事項又は事件について裁判権に服することに同意した場合には、我が国の裁判権からの免除は認められないと規定されている。また、同法第8条では、外国政府等が行う商業的取引について、主権免除が認められないと定めている。

 債券の要項において、債券に関する訴訟について、上述したとおり、東京地方裁判所を合意管轄とする旨規定されているのが通例であり、また、サムライ債の発行は商業的行為とみなされると考えられるため、今後は、これらの規定により、サムライ債の発行者である外国政府等による主権免除の主張は認められないことになろう。

 ■ 債権者集会-集団行動条項

 最近、ソブリン債に関連して、「集団行動条項」(Collective Actions Clauses: CACs)という言葉がよく聞かれる。これは、新興国などが発行する債券について、多数決により債務の返済条件を迅速に変更することを可能とするといった債券発行契約中の条項を指すものとされている。近時のように、国際金融・通貨危機の発生に伴うソブリン債務のデフォルトが稀ではなくなってきている状況の中、このような問題の解決に資する方法であることから、このような条項が注目されるようになってきている。

 サムライ債においては、通常、例えば、債権者集会の規定において、3分の2又は過半数によって債権者の利害に関する事項を決議することができるとされており、全員一致ではなく、多数決によって債務の返済条件を変更することが可能となっている。その意味では、集団行動条項の考え方が一定程度反映されていると言うことができる。

 ■ 結語

 以上、外国政府

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