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内部通報・リーニエンシー制度と株主代表訴訟

加藤 昌利

内部通報制度・リーニエンシー制度と株主代表訴訟

弁護士 加藤昌利

 

加藤 昌利(かとう・まさとし) 神戸そよかぜ法律事務所弁護士加藤 昌利(かとう・まさとし)
 神戸そよかぜ法律事務所 弁護士。2003年(平成15年)11月、司法試験合格。2004年3月、大阪大学法学部法学科卒業。2005(平成17年)10月、司法修習修了(第58期)。同月、大阪弁護士会に弁護士登録し、弁護士業務を開始。2010年(平成22年)4月、兵庫県弁護士会に登録替えし、現事務所設立。現在、兵庫県弁護士会消費者保護委員会委員。

 1 はじめに

 株主は、その株主権の行使を通じて、会社の経営を監視することになるが、そもそも企業不祥事は、企業内部で秘密裏に行われているのであり、株主が容易にこれを知ることはできない。

 しかし、このままでは、企業不祥事が闇から闇に葬られることになり、これによって会社や株主に生じた損害も回復されないままになってしまう。それでは、法令遵守の徹底からは、ほど遠い状況である。

 そこで、外部から知り得ないのであれば、内部から「あぶり出す」という発想が必要になってくる。具体的には、「内部通報制度」や「リーニエンシー制度」の活用である。いずれの制度も企業内部から積極的に違法行為に関する情報を出させるという観点で共通している。そして、これらの制度の活用により、違法行為を未然に防ぎ、また、すでに生じた違法行為を速やかに中止させ、損害の拡大防止を図ることが期待されることになる。

 近時、内部通報やリーニエンシーによって、企業不祥事が発覚し、株主代表訴訟の端緒となることもあり、また、株主代表訴訟において、取締役が、これらの制度を活用しなかったことに対する責任追及がされるケースも出てきている。

 今後もそのような事案は増えると思われるので、内部通報やリーニエンシーと株主代表訴訟の関わりについて、簡単に見てみたいと思う。

 2 内部通報制度と株主代表訴訟

 (1)内部通報制度とは

 内部通報制度とは、企業内で、法令違反行為や不正行為などが生じ、または、生じようとしていることを知った者が、これに対応できる窓口に直接通報することができるという仕組みである。窓口については、企業内部に設けられることもあるし、企業外部の法律事務所等が窓口になることもある。

 内部通報によって、企業の不祥事が明らかになることも多くなったことから、その役割の重要性が認識されるようになり、国としても、かかる内部通報の重要性を認め、公益通報者保護法を制定し、同法は平成18年4月から施行されている。

 企業においても、内部通報の重要性は認識されており、たとえば、内閣府の「民間事業者における通報処理制度の実態調査報告書」によれば、従業員数3000人超の民間企業では、60.7%が、公益通報者保護法成立前である平成16年5月以前の段階から、内部通報制度を導入していた。また、独禁法に関するものではあるが、公取委が平成21年3月に公表した「企業におけるコンプライアンス体制の整備状況に関する調査」によれば、アンケートに回答した東証一部上場企業のうち96%の企業が、内部通報窓口を設置しているという。

 今後も、内部通報制度の役割は、ますます重要になっていくであろう。

 (2)内部通報制度の不備による取締役の責任
        ~西松建設の事例~

 上記のように、上場企業においては、既にその多くが、内部通報制度を導入している。

 もっとも、制度だけ構築しても、それが実効性のある制度でなかった、あるいは、せっかくもたらされた内部通報の情報を黙殺してしまった、というのであれば、制度の意味がなくなってしまう。

 たとえば、西松建設の外為法違反・政治資金規正法違反事件が、その典型であろう。当該事件については、同社の内部調査委員会の調査報告書(平成21年5月15日付)において「今まで当社には、不正行為に気づいても報告・相談する制度がなかった。正確に言えば、制度自体は存在していたが、職員への周知が足りなかったこと、また通報窓口は本社総務部のみであり、職員の不信感(通報すれば不利な取扱いを受けるのではないか等)もあったことから、ほとんど利用されることはなく、従って制度が無いのと同様であった。」と指摘されているところである。

 西松建設の政治資金問題は、同社の従業員を広く巻き込んでダミーの政治団体を通じて政治献金を行うというものであったが、このような不十分な内部通報制度の構築しかできていなかったことにより、従業員からの内部通報がされることはなかったのである。西松建設のケースでは、多くの従業員が違法献金のスキームに関与させられていることから、内部通報制度が健全に機能していれば、早期に違法行為が発覚し、その損害も最小限に食い止めることができたはずである。実効性のある内部通報制度を構築せず、違法行為が長年行われる土壌を作った取締役の責任は重く、上記政治資金規正法違反事件に関する株主代表訴訟でも、その点につき、善管注意義務違反として、責任追及がされている。

 株主代表訴訟においては、取締役から、ある違法行為について、認識せず、また、認識することもできなかったという主張がされることが多いが、実効性のある内部通報制度を構築すれば、違法行為の認識可能性は十分あったといえる。

 内部通報の重要性については、今や社会常識となっており、コンプライアンス体制構築義務の一環として、内部通報制度の充実をはかるべき義務が認められるべきである。今後の株主代表訴訟では、内部通報制度が適正に機能していたかについての検証作業も大きな課題となるだろうし、この検証作業を通じて、内部通報制度が一層充実することを期待したい。

 (3)社長による内部通報
      ~オリンパスの不祥事から~

 内部通報について、我々が思い描くのは、従業員が企業不祥事を告発するというパターンであるが、昨年発覚したオリンパスの巨額の損失隠し問題については、同社社長ウッドフォード氏による取締役会での告発、これを受けての同氏の解任騒動が端緒になっており、興味深いケースである。いわば「社長による内部通報」である。

 具体的な経緯を簡略に述べると、当時オリンパスの社長であったウッドフォード氏は、月刊誌記事を端緒として、同社が買収した3つの会社の取得額等について疑念を抱き、損失隠しに関与したとされた菊川・森両氏に問いただすも、十分な回答が得られなかった。そこで、ウッドフォード氏が、独自に調査を行った結果、「現段階では不適切な行為が行われた可能性を排除することはできない」「さらに、不適切な会計処理や財務アドバイス、取締役の忠実義務違反を含む、他の潜在的な違法行為がある」との調査報告を受けたので、全役員に対し、当該調査報告内容を添付し、菊川・森両氏の退任を求める手紙を送付した。しかし、平成23年10月14日の取締役会では、この調査や退任要求を無視したばかりか、ウッドフォード氏を代表取締役・執行役員から解任するとの決議がされたのである。

 このような場合、取締役としては、どのような対応をすべきだったのだろうか。本件のように、一定の合理的根拠をもって、違法行為の存在を指摘された場合、取締役としては、善管注意義務の一環として、当該違法行為の有無について、調査を行い、違法行為があれば直ちにこれを止めさせ、損害を最小限に食い止めるべき義務がある。

 にもかかわらず、取締役らがとった行動は、違法行為の調査ではなく、違法行為の告発をしたウッドフォード氏の解任というものであった。かかる行為は「臭いものに蓋」という発想で、違法行為を隠蔽したと非難されても仕方のない行為であり、解任行為について、善管注意義務違反を問われるべきである。

 公益通報者保護法の趣旨からしても、今回の解任行為は、強く非難されるべきである。

 公益通報者保護法は、取締役を対象としていないが、これは、取締役は、労働者と比べて事業者に対し重い忠実義務・善管注意義務を負い(商法第254 条の3、民法第644 条)、自ら発見した通報対象事実を是正する立場にあるからである。にもかかわらず、解任によって違法行為の告発を隠蔽することは、そのような重い役割を自ら放棄することであり、企業の自殺行為であるといえよう。

 かかる観点から、現在、株主代表訴訟が提起されており、ウッドフォード氏の解任行為を善管注意義務違反として、信用失墜による損害や第三者委員会設置に伴う損害の賠償が請求されている。

 なお、本件の場合、解任騒動が社会の耳目を集め、結果として、損失隠し問題が明るみに出たが、仮に、ある違法行為を告発しようとした取締役を解任し、その後も違法行為が継続したというのであれば、解任に関与した取締役は、自ら違法行為に直接関与していなかったとしても、隠蔽という「共犯行為」に荷担して、違法行為を達成させ、継続させたのであるから、信用失墜による損害は当然として、違法行為それ自体による損害をも、違法行為の実行役と連帯して賠償すべきである。

 3 リーニエンシー制度と株主代表訴訟

 (1)リーニエンシーとは

 リーニエンシーとは、カルテル等の競争法違反行為について,自ら当局に申し出た違反行為者に対し,一定の条件の下に競争法上の不利益措置(刑事処分や行政上の制裁金)を免除・軽減する制度である。

 リーニエンシーは、もともと、欧米諸国において導入されていた制度であるが、その効果が高いことから、独禁法改正により我が国においても「課徴金減免制度」として、導入されるに至った(施行は平成18年1月)。

 カルテルあるいは入札談合については、秘密裏に行われ、物証も乏しいことが多く、解明が困難であるし、また、仮に社内でカルテル等の行為が発見されても、当局に自ら申告するインセンティブが従来は乏しかったため、導入の必要性は高かったといえる。

 (2)リーニエンシー制度を利用しなかった責任

 上記のように、独禁法改正により、課徴金減免制度(リーニエンシー制度)を利用すれば、課徴金の減免を受けられることになったのであるから、企業としてはこれを積極的に利用すべきである。そして、仮に、これを利用できずに、課徴金減免の機会を失い、多額の課徴金を支払わされることになれば、取締役は、その責任を負うべきである。

 そのような観点から、取締役に対する責任追及を行っているのが、現在行われている、住友電気工業の光ファイバーケーブルカルテルに対する株主代表訴訟事件である(※光ファイバーカルテル事件は、NTT東日本やNTTドコモが発注する光ファイバーケーブル製品等の販売に関してカルテルを結んでいたというものであり、住友電気工業は、公正取引委員会から、平成22年5月21日に、約67億円の課徴金納付を命じられた。)。

 カルテルに対する株主代表訴訟は、過去にもあったが、本件では、リーニエンシー制度の利用を出来なかった点を追及しているのが特徴である。

 具体的には、第1に、平成18年1月以降、独占禁止法改正による課徴金減免制度(リーニエンシー)が施行されたのであるから、カルテルが行われていたとしても、この減免ルールに従って公取委に違反事実を申告すれば課徴金の減免を受けることができた。内部監査や公取委の立入検査でカルテルが発覚した場合、リーニエンシーにより課徴金を減免される企業には限りがあるから、事実関係の確認やリーニエンシー申請に関する社内の意思決定の遅れが、自社の損失につながらないよう、他事業者の申告に先駆けて違反事実を申告して課徴金を免れるコンプライアンスシステムを構築する義務があったにもかかわらず、これを怠り、有効なリーニエンシーに関するコンプライアンスシステムを構築しなかった過失があるという点である。

 第2に、平成21年以降、電線業界では4件ものカルテル事件が発生しており、子会社が立入検査を受けるなど、光ケーブル分野でのカルテルの存在や、立入検査の可能性を容易に認識し得た。また、実際に本件カルテルにおいては,他事業者はリーニエンシーにより課徴金を免れており、本件取締役らは立入調査前には他事業者に先駆けて違反事実を申告するべきであったし、また立入調査がなされた平成21年6月2日以降でも公取委にその時点で何社が減免申請しているか確認し、まだ3社に満たない場合であれば、直ちに公取委への報告を行えば30%の減額をすることができたにもかかわらず(独占禁止法7条の2第12項)、この減免申請を怠り,減免の機会を失した過失があるという点である。

 会社法上、大会社及び委員会設置会社については、取締役や従業員の不正行為を防止すべく、内部統制システムの構築が義務づけられているが、この内部統制システムについては、当該会社の規模・特性等に応じてその水準が決められる(大阪地判平成12年9月20日参照)。カルテルが生じやすい業界においては、カルテルが生じないようにするのは当然として、課徴金減免制度が導入された現在では、万一、カルテル行為が発見された場合には、直ちに課徴金減免制度を利用できる体制を構築しておくことも、内部統制システムの内容というべきである。

 今後も、同種の株主代表訴訟は増加すると考えられ、上記のような内部統制システムの構築は必須となろう。

 4 まとめ

 内部通報制度やリーニエンシーについては、「密告」などというネガティブなイメージを持つ人もいるかもしれないが、これらの制度がきっかけになって、長年隠蔽されていた違法行為が明らかにされ、違法行為の継続によるさらなる損害発生を防止することもできる。それは、本来、企業にとって大きなメリットのは

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