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特捜検事「虚偽」報告書問題、最高検の処理に説得力なし

村山 治

 最高検の結論は何とも収まりが悪かった。小沢一郎・民主党元代表の元秘書・石川知裕衆院議員の取り調べについて、東京地検特捜部の検事が、事実に反する捜査報告書を作成し、それが検察審査会に提出されていた問題である。上司の特捜部長を含め犯罪はなかったとして懲戒処分でけりをつけた。この検察の処理は適切だったのか――。

  ▽筆者:朝日新聞編集委員・村山治

  ▽この記事は2012年7月11日の朝日新聞「記者有論」欄に掲載された原稿に加筆したものです。

  ▽関連資料: 「捜査報告書の作成・提出事案に係る関係者の人事上の処分について」と題する検察の発表文

  ▽関連資料: 検事総長コメントの全文

  ▽関連資料:「国会議員の資金管理団体に係る政治資金規正法違反事件の捜査活動に関する捜査及び調査等について」と題する最高検の報告書(2012年6月27日付)

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事件の概要と処分

 問題の捜査報告書は、小沢議員の資金管理団体「陸山会」の土地取引事件をめぐり、小沢議員を「起訴相当」とした検察審査会の1度目の議決を受けた再捜査の結果として2010年5月17日付で作成された。

 石川議員は逮捕されて身柄を拘束されていたその3カ月前、田代政弘検事の取り調べに対して「小沢議員に政治資金収支報告書の内容を報告し了承を得た」などと認める供述をしていた。その後、石川議員は保釈されたが、5月17日にはみずから出頭し、田代政弘検事の取り調べを再び受け、その後、田代検事はその際の様子を報告書にまとめた。報告書には、石川議員が身柄拘束中に小沢議員への報告・了承を認めた経緯を具体的に振り返ったかのような一問一答のやりとりが詳しく記載されていたが、実際にはそのような一問一答はなかった。

 報告書は、小沢氏の起訴を決めた検察審査会の2度目の審査に資料として提出され、起訴議決書には報告書を引用したと見られる記載があった。このため、小沢議員の弁護団は「検察は、検察審査会を情報操作し、小沢議員の起訴へと誘導した」と主張。市民団体が田代検事や当時の佐久間達哉特捜部長ら計7人の検事を虚偽有印公文書作成・同行使や偽計業務妨害などの容疑で刑事告発した。

 検察当局は6月27日、捜査の末に、田代検事を「嫌疑不十分」、佐久間元部長ら6人を「嫌疑なし」を理由としてそれぞれ不起訴処分とし、また、調査の結果として、田代検事については「断片的な発言だったにもかかわらず、軽率にも、具体的な発言があったかのような不正確な内容を記載した」として国家公務員法に基づき減給6カ月(20%)の懲戒処分とし、佐久間元部長ら上司4人についても、監督不行き届きで戒告や厳重注意処分とした。田代検事は辞職した。

検察が説明する田代検事の捜査報告書作成の経緯

 田代検事が、事実に反する捜査報告書を作成したことははっきりしていて、議論の余地はなかった。田代検事にその捜査報告書の作成を命じ、他の5通の捜査報告書とともに検察審査会に提出したのは佐久間元部長だった。田代検事は自らが作成した報告書が検察審査会に提出されることを知らなかったという。

 捜査・調査の最大のポイントは、佐久間元部長ら上司が田代検事に事実に反する捜査報告書の作成を指示していたのかどうかだった。

 検察当局の捜査・調査報告や関係者の話によると、田代検事が事実に反する捜査報告書を作成した経緯は、以下のようなものだった。

 田代検事は10年2月4日の小沢氏の不起訴処分で、小沢議員に対する捜査は終わったと考えていた。5月17日に石川議員の取り調べを指示されたとき、別の事件の捜査を担当していた。同議員の取り調べのための準備はせず、当日の取り調べでは、やりとりのメモもとらなかった。

 石川議員が勾留中の供述を維持した、との報告を田代検事から受けた木村匡良検事は、小沢議員が否認を続け、大久保隆規、池田光智両元秘書が再捜査に非協力な中で、それ自体、田代検事が勾留中に作成した石川議員の供述調書の任意性、信用性を強めるものだと考えた。

 木村検事は、田代検事に「わかりやすくまとめて報告書を作成して」と指示。田代検事は、捜査報告書の具体的な目的を告げられなかったため、単なる上司への報告と考え、5月17日夕から記憶を頼りに報告書の作成を始めた。

 翌18日、石川議員が勾留中の供述を維持したとの報告を木村検事から受けた佐久間元部長は「石川議員ら3人の元秘書の公判の立証上も有益だ」などと考え、木村検事に対し、「勾留中に石川議員が小沢議員への報告などを認める供述をした経緯を振り返るやりとりがあるなら、これについても報告書に入れてほしい」と指示。木村検事は田代検事に伝達した。

 この指示を受けた田代検事は、少しずつ報告書を作成するには問答形式がやりやすく、木村検事に「具体的にわかりやすく」と求められていたことから、問答形式で報告書をまとめ、実際にはやりとりがないのに一問一答で具体的な会話を報告書に記載したという。

 田代検事を聴取した検察当局は「大筋で取り調べと報告書の記載内容が一致するやりとりがあったと思い違いをしていた可能性を否定できない」とし、その理由を以下のように説明した。

 「5月17日の取り調べで、勾留中の取り調べを振り返る石川氏から『うーん、なんかヤクザの事件、ま、検事も言ってたけどね。あのー、石川さん、ヤクザの事件と同じなんだよって』との発言を聞き、田代検事としては、石川氏が勾留中の取り調べを振り返り、『ヤクザの手下が親分を守るためにウソをつくのと同じようなことをしたら、選挙民を裏切ることになる』と田代検事から説得を受けたことに言及したものと理解したことにより、5月17日にも一定程度のやりとりをしたと思い違いをした」

 「石川氏が、小沢議員に政治資金収支報告書に虚偽の記載をすると報告したことを認めながら、弁護士の指導を受けて供述調書作成を逡巡していたのと同様、5月17日の取り調べでも、小沢氏への報告などを認めつつ、その内容の供述調書の作成を逡巡していた」

佐久間元部長が捜査報告書を検察審査会に提出した経緯

 一方、佐久間元部長は、石川議員や小沢議員の聴取の結果、2月4日の不起訴処分を覆す新たな証拠は得られなかったとして、小沢議員を再び不起訴にすることを決め、不起訴裁定書案を作成。その理由欄に、起訴に向けて積極、消極の両方の証拠の説明を詳細に記載した。

 その案を見た上級庁の東京高検は「不起訴の結論を決めた以上、積極証拠を細かく書く必要はない」と指摘。佐久間元部長は、簡単な不起訴裁定書を作成する代わりに、削除した部分を(1)東京第五検察審査会の「小沢氏に共謀共同正犯が成立するとの認定が可能だ」との考え方を検討した「検察審査会議決の考え方についての検討結果」(10年4月30日)、(2)小沢氏が主張する可能性のある弁解について検討した「想定弁解の検討結果について」(同年5月16日)、(3)「4億円の出所に関する捜査の状況について」(5月19日)、(4)「小沢供述の不合理・不自然性について」(同)、(5)再捜査の結果を踏まえ、小沢氏の共犯性に関する主な証拠を検討した「再捜査の結果を踏まえた証拠の評価等について」(同)――の5通の捜査報告書にまとめ、田代検事作成の捜査報告書と合わせて検察審査会に提出した。

 (5)の総括的な報告書は、石川議員が小沢議員への報告・了承を認めた経緯に関する田代検事作成の報告書の不実の記載をそっくり引用していた。再捜査の主任検事、斎藤隆博副部長が佐久間達哉特捜部長宛てに作成したことになっていたが、実際には、佐久間氏自身が起案し、斎藤氏の署名を求めたものだった。佐久間元部長は、この報告書の中で、検察側が小沢氏について主に「クロ」の心証をとった部分の文章にアンダーラインを引いていた。

 他の報告書は、木村匡良検事が斎藤副部長宛てに作成したものだった。(3)の報告書では「不自然な入金」「不合理な説明」という表現が使われ、アンダーラインが引かれていた。(4)でも「小沢が合理的な説明ができず、不自然な弁解に終始した」と表現していた。

 佐久間元部長がこれらの捜査報告書を作成して検察審査会に提出したことを東京地検、東京高検の幹部らはまったく知らなかった。

 佐久間元部長や木村検事は、検察当局に対し、「田代検事が5月17日の取り調べのやりとりにない話を報告書に書いていたことはまったく知らなかった。田代報告書を検察審査会に提出することは田代検事には言っていない」と口をそろえた。田代検事もこれを認めた。

 不起訴裁定書から落とした小沢氏起訴に向けた積極材料を捜査報告書にまとめ、「クロ」の心証部分にアンダーラインを引いたことについて「検察審査員にわかりやすく説明するため」と説明した。

 ただ、(2)の「想定弁解」は、特捜部が再捜査で小沢議員を5月15日に取り調べて供述調書を作成した後に作成されていた。検察審査会自身が小沢議員を取り調べることもある、と想定して作成されたものとみられるが、不起訴を組織決定した検察がここまで検察審査会にサービスする必要があるのか、と検察幹部らは首をかしげた。

検察当局の判断、佐久間元部長は「シロ」、田代検事は「灰色」

 内容に事実の捏造さえなければ、捜査報告書を検察審査会に提出したこと自体に問題はない。検察審査会制度は、そもそも、国民から選ばれた検察審査員が、検察捜査に対して正しい判断をするため、捜査で得た積極、消極の証拠をすべて提出させ、不起訴にした理由を丁寧に説明することを求めている。

 佐久間氏らが、東京高検の「不起訴の結論を粛々と説明するだけでいい」との「期待」に反して、詳細な捜査報告書を検察審査会に提出しても別におかしくはない、むしろ、国民の意向を尊重し、最大限のサービスを行った、ともいえる面があった。

 検察当局は、佐久間氏らが検察審査会に提出した資料を検討した結果、「佐久間元部長らは、田代報告書に虚偽の記載があることを知らず、それゆえ、誤導しようとの意図もなかった。捜査報告書は、検察審査員の理解を助けるために積極、消極の証拠を丁寧に説明するためのものだった」と結論づけた。

 一方、田代検事が事実に反する報告書を作成した点については、「断片的なやりとりしかないのに、詳細なやりとりだったように表現したのは、不正確で誤解を生む行為だった」としながら、「記載内容が石川議員の供述の趣旨に実質的に反していない。記載内容と大筋で一致するやりとりが実際にあったと思い違いをした可能性を否定できない」として起訴を見送った。

 要は、「整理のしすぎ。不適切な行為ではあったが、犯罪に問うほどの悪性はない」(検察幹部)というわけだ。

不透明な印象ぬぐえぬ捜査・調査結果

 佐久間元部長らに対する処分は概ね、妥当といえる。しかし、田代検事に対する検察当局の事実認定や処分には疑問が残る。

 田代検事は、特捜部の小沢捜査班では、「小沢起訴消極派」とされていた。実際、石川議員が5月17日の取り調べの一部始終を隠し録音したやりとりでも、田代検事には「やる気」があまり見えない。ところが、報告書の石川議員との一問一答では、田代検事が勾留中に供述を渋る石川議員を説得し、小沢議員への報告・了承を認めさせた経緯を、石川議員が生々しく振り返る発言を記載していた。

 田代検事が「独自の判断」でそうしたとしたら、どういう心境の変化があったのか。

 小沢議員と石川議員の共謀の有無の立証は、小沢議員に対する捜査の最大のポイントだった。検事は、自分が担当した重大事件の被疑者、参考人の供述内容や供述した場面を詳細に記憶しているものだ。田代検事は「そのため、勾留中に聞いた話の記憶が5月17日の取り調べ時の記憶に混入した」という。果たしてそうだろうか。

 我々記者も、メモをとらずに取材相手から聞き取った話を、後刻、問答形式で記憶を呼び起こして記録することがある。その方法を使うと、相手とのやりとりがかなり正確に蘇るものだ。事態が刻々変わる事件取材では、取材対象のちょっとしたものの言い方、事実に対する認識の変化などが重要で、そこを意識して聞きとる。それは検事が被疑者らを取り調べるときも同じだろう。そうした経験からいうと、同じ人から、数日前と数カ月前に同じ事実について説明を受けた場合でも、問答形式で記憶をたどっていけば、それを取り違える可能性は小さくなるものだ。

 もちろん、人によって、また状況によって、その方法を採ると、逆に記憶が混同することがあるという説明を否定するものではないが、それで納得しろ、といわれても受け入れるのは難しい。多くの市民が、腑に落ちないとの思いを持っているのではないだろうか。

不透明の背景を疑う検察OB

 検察は、石川議員の隠し録音の反訳書を11年1月に入手し、田代検事の捜査報告書との齟齬に気づいた。東京地検特捜部の副部長が田代検事を聴取し、「記憶の混同」との田代検事の説明を受けて「犯罪は成立しない」とする報告を、当時の堺徹特捜部長名で最高検首脳にまであげていた。

 検察は、その3カ月前に起きた大阪地検特捜部の証拠改竄・犯人隠避事件で、大坪弘道元特捜部長ら2人について、前田恒彦検事から改竄という犯罪の告白を聞きながら、上司の大阪地検検事正や次席検事に「改竄の疑いがあると公判検事が騒いだが、問題はない」との虚偽の報告をして犯罪を隠した、として起訴し、当時の大阪地検検事正、次席検事についても、その時点で捜査・調査をしなかった「不作為」の責任を問い、減給の懲戒処分にしていた。

 もし田代検事の報告書作成が犯罪ということになると、東京地検特捜部長をはじめ検察上層部は「犯罪の疑いがあったのに捜査・調査権を発動せず、放置し、結果として偽証までさせた」として行政上の責任を問われ人事上の処分を受ける可能性もあった。

 大阪の事件では、最高検も当時の次長検事まで監督責任を問われた。11年1月当時の次長検事は、検事総長への昇格が内定した小津博司現東京高検検事長だった。刑事責任はともかく、処分を受ければ、検事総長への就任は難しかったとみられる。

 元特捜検事の弁護士はいう。

 「自分の経験からいって、田代検事が記憶を混同したという説明は納得できない。しかし、検察がそう認定すると、11年1月時点で田代検事に対し、捜査、調査をしなかったことが問題になる。そういう事態を避けるため、検察にとって、田代検事を嫌疑不十分で不起訴にする以外の結論はなかったのではないか」

 田代検事らを告発した市民団体は、不起訴処分を不満として検察審査会に審査を申し立てることを明らかにした。捜査報告書事件はまだ終わらない。

徹底捜査を怠った検察

 内心の思いである「故意」の証明は難しい。身内が捜査対象になれば、ただでさえ、「手心を加えたのではないか」との色眼鏡で見られがちだ。それを払拭するためにも、検察は、徹底した捜査、調査を行う必要があった。

 10年9月に発覚した大阪地検の証拠改竄事件では、最高検が発覚当日に改竄した検事を逮捕し、捜索などあらゆる捜査手法を駆使して、事実解明に当たり、さらに不祥事の原因究明のため外部の弁護士ら3人を入れた調査委員会で情報を共有しながら調査を進めた。

 それに対し、今回は、大阪の事件を担当した最高検の担当検事ら同じメンバーに捜査させたが、11年12月に告発が出されたのに、捜査が本格的に動き出したのは12年2月下旬になってから。しかも、関係者の自宅や職場の捜索をしなかった。監察指導部の参与の弁護士2人に対する説明も、方針を決めてからの「事後報告」だった。

 検察のモットーは、捜査の「厳正・公正」「不偏・不党」だ。

 検察は、最低でも、田代検事の自宅や職場は捜索

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