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カルテルと企業役員の責任 三菱商事株主代表訴訟判決に考える

カルテルと役員の責任

 

弁護士 三浦高敬

 

三浦 高敬(みうらたかひろ)
 慶應義塾大学法学部法律学科卒業。平成16年11月司法試験合格。平成18年10月大阪弁護士会登録。あさひ・三浦法律事務所パートナー弁護士。現在、株主の権利弁護団で活動中。

 第1 カルテルの法的規制について

  独占禁止法(以下、「独禁法」という。)2条6項及び3条は、不当な取引制限を禁止している。この不当な取引制限にあたる代表的な行為としては、カルテルがある。カルテルとは、競争関係にある事業者同士が連絡を取り合って、商品の価格等を共同で取り決める行為である。

  カルテルは、商品の価格等を不当につり上げる(高止まりさせる)とともに、非効率な事業者の淘汰を阻害し経済を停滞させるため、世界各国で厳しく規制されている。

  日本でも、カルテルは、課徴金賦課の対象となる(独禁法7条2項)ほか、独禁法違反に係る罪の中で最も重い法定刑が規定されている(独禁法89条、95条)。

   カルテルの中でも価格について取り決めをする「価格カルテル」については、ほとんど常に市場支配力の形成、強化、維持につながり、独禁法上最も悪性が強いとか、市場メカニズムに対し直接的に影響を及ぼし競争制限効果が直接的であるなどと言われている(注1)。カルテルによる商品等の価格のつり上げは、その商品を購入する事業者や最終的にはその商品等を使用した製品を購入する消費者へ、つり上げられた価格の負担が転嫁されるため、最も悪性が強いと言われるのは当然と言えよう。

 

 第2 価格カルテルの摘発状況について

  各国の独禁当局が、カルテルの摘発を強めている。公正取引委員会によると、2011年(平成23年)に欧米で日本企業が処分を受けたカルテル事件は6件であり、2007年(平成19年)と並び、この10年間で最多となっている。

  日本でも、公正取引委員会が、2011年度(平成23年度)に、[1]エアセパレートガスの製造業者及び販売業者による価格カルテル事件、[2]LPガス容器業者らによる価格カルテル事件、[3]VVFケーブルの製造業者及び販売業者による価格カルテル事件、[4]LPガス供給機器の製造業者による価格カルテル事件、[5]新潟市等に所在するタクシー業者による価格カルテル事件――の5件について法的措置をとった(下記表1参照(注2))。

  また、最近のニュースとして、公正取引委員会は、2012年(平成24年)6月14日、ベアリング(軸受)製造販売業者による価格カルテルについて、日本精工株式会社、NTN株式会社、株式会社不二越の3社と当時の軸受の販売に関する業務に従事していた7名を告発した(注3)

  そして、東京地検特捜部は、同日、この3社を起訴、7名を在宅起訴した。

  このように公正取引委員会によるカルテルの摘発が増加傾向にあるのは、不正を自己申告した企業に適用する課徴金減免制度(リーニエンシー(注4))により、自己申告した企業の属する業界のカルテルが「芋づる式」に発覚しているとみられるためではないかと言われている(注5)

 表1

 年月日事件の内容法的措置の内容課徴金総額
1 H23.5.26 エアセパレートガスの販売価格について、現行価格より10パーセントを目安に引き上げることを合意していた事件 排除措置命令及び課徴金納付命令 141億485万円
2 H23.6.24 鋼材等の購入価格の変動に対応してLPガス容器の需要者向け販売価格の改定を行う旨を合意していた事件 排除措置命令及び課徴金納付命令 14億9022万円
3 H23.7.22 VVFケーブルの販売価格を決定していく旨を合意していた事件 排除措置命令及び課徴金納付命令 62億2286万円
4 H23.12.20 LPガス供給機器の販売価格について、現行の販売価格より10パーセント程度引き上げることを合意していた事件 排除措置命令及び課徴金納付命令 8億7521万円
5 H23.12.21 新潟交通圏におけるタクシー運賃を新自動車認可運賃における一定の運賃区分とする旨等を合意していた事件 排除措置命令及び課徴金納付命令 2億3175万円

 

 第3 独禁法と株主代表訴訟について

 1 株主代表訴訟に関する裁判例は数多く存在するが、このうち独禁法に関係する事件はあまり見られない。代表的なものとしては、野村證券事件(最判平成12・7・7民集54巻6号1767頁)、三菱商事黒鉛電極カルテル株主代表訴訟(東京地判平成16・5・20判時1871号125頁)、五洋建設株主代表訴訟(2008年(平成20年)5月30日訴訟上の和解成立(注6))などが挙げられる。

 2 本稿では、カルテルと役員の責任を検討するため、このテーマに関連する「三菱商事黒鉛電極カルテル株主代表訴訟」を取り上げて、検討する(注7)

 (1) 事案の概要  

 判決文に基づく事案の概要は、次のとおりである。三菱商事株式会社(以下、「M社」という)は、商社として黒鉛電極の販売仲介業務に携わってきた。1992年(平成4年)3月ころから1997年(平成9年)6月ころにかけて、黒鉛電極の国際市場において、世界各国の黒鉛電極メーカーが、黒鉛電極の価格の引上げ、地域ごとの供給割合の固定及び供給量の制限に関するカルテルを行った(以下、「本件カルテル」という)。実際にカルテルに参画していたのは、M社からM社の子会社に出向していた従業員Aであるとされる。2000年(平成12年)1月19日、M社は本件カルテルを教唆・幇助したとして起訴され、有罪の評決が下された。M社は、米国司法省との間で量刑合意を行い、連邦地裁はM社に対して、1億3400万ドルの罰金刑を命ずる判決を下した。また、M社は、黒鉛電極の購入業者である電気炉メーカー数社から米国において、損害賠償請求訴訟を提起されていたが、和解が成立し、4500万ドルを支払った。

   M社の株主Xらは、同社に対して、取締役及び監査役に善管注意義務違反があったことを理由として、本件カルテル期間内に取締役あるいは監査役であった者及びその相続人ら(以下、「Yら」という)を被告として、上記カルテルに係る罰金、和解金及び弁護士費用の合計1億9900万ドルの賠償を求める訴えを提起するように求めた。同社が提訴請求に応じなかったため、Xらは、Yらを相手にカルテルによりM社が被った損害の賠償を求める株主代表訴訟を東京地裁に提起した。M社はYらに補助参加している。

 (2)東京地裁の判決内容

 本件訴訟の争点は、(I)M社による本件カルテルへの組織的関与の有無、(II)Yらの監督義務違反の有無、(III)M社の法令遵守体制構築義務違反の有無の3つである。

   東京地裁は、(I)については、「補助参加人(M社)による本件カルテルの組織的関与を認めるに足りる証拠はない」とした。(II)については、「当裁判所が再三にわたり、Yらの善管注意義務違反の内容を、その根拠となる違法行為の予見可能性及び回避可能性を具体的に特定して主張するように釈明したにもかかわらず、これに応じようとしないことから、Yらの大多数及びその相続人らとの関係では、そもそも主張自体が失当である」とし、本件カルテルに関与したAの直属の上司Y1及びY2の2名の監督責任ついては、「Y1及びY2において、本件カルテルの存在及びAの関与を認識することが可能であったと認めるに足りる証拠はないというべきであって、同被告らに対する善管注意義務違反の主張も理由がない」とした。(III)については、「補助参加人は、[1]各種業務マニュアルの制定、[2]法務部門の充実、[3]従業員に対する法令遵守教育の実施など、北米に進出する企業として、独占禁止法の遵守を含めた法令遵守体制をひととおり構築していたことが認められる」とし、「Xらは、……、[1]補助参加人の法令遵守体制についての具体的な不備、[2]本来構築されるべき体制の具体的な内容、[3]これを構築することによる本件結果(Aによる本件カルテルの関与)の回避可能性について何らの具体的主張を行わないから、Xらの主張はそもそも主張自体失当であると評価し得る」ものであり、「Xらの法令遵守体制構築義務違反の主張は理由がない」とした。

 (3) 判決に対する評価 

   本件訴訟では、原告が善管注意義務違反の内容等の特定を行わなかったため、判決の結論はやむを得ない。

 もっとも、株主側が取締役等の善管義務違反の内容等を具体的に特定することは非常に困難な場合がある。特に、その会社の状況次第で善管注意義務の内容等が変化するものであるから、当該会社からの情報開示も必要である。

 法令遵守体制を含む内部統制システムについては(IIIの争点)、会社の業種や規模に応じて構築されるべきものであり、経験の蓄積、研究の進展により充実していくものであることから、どのような内部統制システムを構築するかは、その時の取締役の経営判断に委ねられている(注8)

 したがって、法令遵守体制(内部統制システム)構築義務違反の判断にあたっては、当該違法行為当時の法令遵守体制が、企業経営組織の水準に照らして不適切であったかどうかという観点から検討すべきものである。具体的には、会社の業種、規模、会社が営む業種の市場規模、同業他社の数、市場における会社や他社のシェア(例えば市場規模が大きく、数社で市場の8割から9割のシェアがある場合、価格カルテルを行ったときの効果は大きく、価格カルテルが行われやすい土壌があるため、厳格な内部統制システムが要求されると考えるべきである)、その業種において過去にカルテル等の違法行為が行われたか、会社が過去にカルテル等の違法行為を行った事実があるか(例えば、会社が過去にカルテル等の違法行為を行った事実がある場合、その経験、分析等を踏まえた内部統制システムを迅速に構築すべきであり、構築した内部統制システムが機能しているか検証すべきであろう)などの諸要素を総合考慮して判断されるべきものと思料する。

 なお、内部統制システムの構築にあたっては、経済産業省が、2011年(平成23年)1月に公表した「競争法コンプライアンス体制に関する研究会報告書」が参考になる(注9)

 同報告書では、競争法コンプライアンス体制を実効性のあるものとするため、[1]明確なカルテルの防止のみではなく、カルテルを疑われないようにするという観点から、幅広く競合他社との接触等を制限し、競争法違反を未然に防ぐ「予防」の観点だけではなく、[2]完全に競争法違反のリスクを無くすことはできないという問題意識の下、いち早く「違反の発見」をし、[3]迅速に「発覚後の対応」に繋げる、という観点から体制を構築する必要がある――と3つの視点を示している。

 

 第4 株主の権利弁護団によるカルテルについての株主代表訴訟について

 1 現在、株主の権利弁護団(以下、「権利弁護団」という)は、光ファイバーケーブル製品等の販売に関するカルテルにつき、排除措置命令及び課徴金67億6272万円の課徴金納付命令を受けた住友電気工業株式会社の取締役らに対して、上記課徴金相当額の損害賠償を求める株主代表訴訟を大阪地方裁判所に提起している。本件訴訟では、(I)上記カルテルに関与又は黙認した過失、(II)カルテル防止に関する内部統制システム構築義務違反の責任を追及するだけでなく、(III)課徴金減免制度(リーニエンシー)に関する内部統制システム構築義務違反、(IV) 実際にリーニエンシーを利用しなかった過失の責任を追及している点で注目される(注10)

 2 また、権利弁護団は、同じく住友電気工業株式会社に対して、自動車用ワイヤーハーネス及び同関連製品等の販売に関するカルテルにつき、課徴金合計21億0222万円の課徴金納付命令を受けたことについて、2012年(平成24年)5月8日付で提訴通知をしている(注11)

 3 住友電気工業株式会社は、カルテルについて2010年(平成22年)5月21日に公正取引委員会から法的措置を受けた後、2年も経たない2012年(平成24年)4月19日にまたも法的措置を受けた。同社の場合、先のカルテルの発覚後迅速に適正な内部統制システムを構築できなかったか、内部統制システムが構築されていたとすれば十分に機能していないものであったのではないかと思われる。

   権利弁護団は、今後の裁判を通じて、同社の内部統制システムについて、徹底的に解明すべきものと考える。

 

 第5 終わりに

  公正取引委員会が2012年(平成24年)6月に告発したベアリングカルテル事件(前述第2参照)は、カルテルの対象となったベアリングの市場規模が約4000億~5000億円とも言われ、公正取引委員会の告発としては過去最大級のものである。そのため、課徴金の総額も、数百億円規模になる可能性があるとも推測されている。公正取引委員会が告発した3社(日本精工株式会社、NTN株式会社、株式会社不二越)とリーニエンシーにより課徴金の免除を受けた株式会社ジェイテクトの4社によるベアリングの市場占有率は、8割とも9割とも言われる。ベアリングは自動車や家電製品等の多くの機械の回転部分に使われる部品であるため、最終的には自動車や家電製品等を購入する消費者が、つり上げられた価格の負担を転嫁されるため、国民生活への影響は極めて大きい。さらに、同事件は、本来であれば、従業員や他の取締役の違法行為を監視する立場にある役員も告発、起訴されており、極めて悪質な事件と評価せざるを得ない。今後、株主による上記3社の役員らに対する法的責任の追及にも注目したい。

 

 注1 金井貴嗣 川濱昇 泉文雄編『独占禁止法(第3版)』41頁

 注2 公正

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