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オリンパス問題:グローバル企業が日本型資本主義でスポンサー選び

Stephen Givens

オリンパス社はなぜ競り売りされていないのか?

 

外国法事務弁護士・米NY州弁護士
スティーブン・ギブンズ(Stephen Givens)

Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以降は東京を拠点として活動している。京都大学法学部大学院留学後、ハーバード・ロースクール修了。
 日本企業に関わる国際間取引の組成や交渉に長年従事している。

 オリンパス社はなぜ競り売りされていないのか? 単純にいえば、競り売りは日本型資本主義に馴染まない治療薬であるからだ。

 もし仮にオリンパスの役員が欧米人であったとすれば、競売における事業の売却は当然な仕様になる。ところが、オリンパスはそれをしようとしない。グローバルスタンダードではなく、日本型資本主義の「漢方薬」を通じて健康を取り戻そうと努めている。会計粉飾スキャンダルを経て、コーポレートガバナンスをグローバルスタンダードに合わせようしているはずのオリンパスが日本型資本主義の「漢方薬」を通じて健康を取り戻そうとしている姿は皮肉だ。

 オリンパスは第三者の援助が必要だと認識している。そのため、ソニー、テルモ、その他の「スポンサー」候補と「お見合い」をしてきた。しかし、オリンパスとその経営陣の取引後の独立が守られることが交渉の大前提だ。噂によると、相手が外国企業でないことも暗黙のルールだ。

 スポンサー案には3本の柱がある。まず、スポンサーは約500億円を出資する。現在の市場株価で済めば、スポンサーは約11%の筆頭株主になる。次に、資本提供と同時にスポンサーはオリンパスと何らかの事業提携を締結することになっている。そして最後に、スポンサーとオリンパスの本格的な合併が将来あるかもしれないと予測されているが、そのタイミングと具体的な経済条件の決定は先送りされる。

 これは日本企業の間によくある典型的な「資本・事業提携」であり、オリンパスのステークホルダーの利害関係から考えて、オリンパスの多くのステークホルダーにとって、この案の魅力は明確だ。しかしオリンパスの一般株主にとってはそうではない。一般株主の立場から考えると、スポンサー案の利得は見えにくい。解釈によっては、一般株主以外のステークホルダーが一般株主を食い物にして私腹を肥やしているようにも見える。

 日本型資本主義の主要「ステークホルダー」であるオリンパス経営陣と従業員にとってのスポンサー案の利点は分かりやすい。企業買収、合併と違って彼らの独立性が守られ、戦国時代に敗戦した大名の運命を避けることができる。腰を低くして、スポンサーやメインバンクにお伺いをたてる必要はまだ当分の間あるだろうが、これは本格的な吸収合併に伴ういじめに比べれば、軽く、耐えられるものだ。メインバンクが会社売却を求めない御恩に対し、オリンパス経営陣の奉公はこれから重くのしかかってくるだろう。日本型資本主義は未だに「会社」=「藩」から出発する。

 メインバンク、その他の融資先にとってもスポンサー案は有利だ。2012年3月の時点でオリンパスの長期借入金の4,400億円に対して純資産はたった480億だった。スポンサーが500億円をバランスシートに投入してくれれば、純資産は倍になり、銀行のローン回収リスクも大きく減る。オリンパスが仮に第三者に完全に売却されたら、新しいオーナーが(恩を感じる現役経営陣と違って)銀行を敵に回して債務を減額するよう働きかけるかもしれない。

 スポンサーにとってもなかなか好ましい案だ。わずか500億円を投資して、オリンパスを完全に買収した場合と似たような事態を確保できるからだ。「事業提携」の内容は公表されていないが、オリンパスの業績好調の医療機器分野の技術提携、共同研究開発、共同物品調達、共同販売等は含まれているはずだ。おまけに、スポンサーが筆頭株主としての影響力を利用してオリンパスとの有利な契約関係・経済条件を取得する立場にある。しかも、これだけではない。株の11%をすでに持っていれば、オリンパスの第3者への売却を遮ることができる。オリンパスを吸収合併でモノにする時期が来たら、安く、邪魔されることなくそれを遂行することも可能になる。

 最後に、オリンパスがスキャンダル後に設けた「過半数を独立性の高い社外取締役とする」取締役会にとってもスポンサー案は受け入れやすい。現役の経営陣並びにメインバンクに向けて対立的な姿勢をとる必要のない、円満な解決案である。加えて、オリンパスの企業価値を数字で計算して、面倒臭くその評価を正式に正当化することを要しない、批判を防ぐ案でもある。

 その結果、スポンサー候補の選択はお金で勝負する客観的なプロセスでなくなり、スポンサー候補の主観的且つ不透明なビューティコンテストになっている。勝ち負けの基準が不透明である以上、テルモが候補として無視されないようオリンパスを提訴したことも理解できる。お金が通用しない決め方であれば、当事者は別の通貨、材料を探して利用する。

 一般株主以外のステークホルダーにとってのスポンサー案の利点は分かりやすいが、その利点をひっくり返すと、一般株主にとっての難点が浮き彫りになる。一番悔しい難点は企業売却に伴うプレミアムを入手するチャンスが消えることだ。第三者を交えた競売を行えば、ふつう、競争によって株価はつり上がる。株の11%を保有するスポンサーは最初からそうした事態を拒否するだろう。

 一般株主の利害関係を掘り崩す傾向はスポンサー案の構造の他の側面にも表れる。例えば、スポンサーとの事業提携の条件がオリンパスにとって本当に有利かは疑問が残る。結納金(つまり、完全な企業買収価格)を払わずに、同棲していい、という響きを感じる。銀行及び現役の経営陣を守る案はなぜ一般株主にとって有利なのか? ウォーレン・バフェットがオリンパスの取締役であれば、「会社をなぜ競り売りしないの?」と聞くだろう。

 オリンパス株主の35%は外国投資、売上の55%は海外向けである。グローバル企業であることの象徴として外国人を社長にした。しかしその外国人社長がスキャンダルを晒して以降、オリンパスとそのステークホルダーはお互いの関係と価値観が如何にドメスティックであるかを世間に見せつけ、今も見せつけようとしている。

 

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 Stephen Givens(スティーブン・ギブンズ)
 外国法事務弁護士、米ニューヨーク州弁護士。ギブンズ外国法事務弁護士事務所(東京都港区赤坂)所属。
 東京育ちで、1987年以

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