2012年08月20日
■社外取締役
今年4月18日に開かれた19回目の部会。議論は最終盤を迎えていた。冒頭の議題は、最大の対立軸となった社外取締役の義務づけだった。
3人の経済界出身の委員が次々と反対意見を述べた。経団連推薦委員でNTT法務室長の杉村豊誠氏は「経済界としては反対。一律に形式的にルール化することは、企業にとって、規模や業種、業態に最適なガバナンス体制の追求を制約するという意味で弊害につながる」と一歩も譲らない構えを見せた。中小企業を代表する形の照明器具メーカー「オーデリック」社長、伊藤雅人委員らも「社外取締役の導入がコーポレート・ガバナンスの強化に役立つか、確実な効果の実証があるわけではない」などと反対論を崩さなかった。
これに対し、大学の教授らは不快感を示した。早大教授の上村達男委員が「『経済界として』というが、どういう過程を経たうえでの発言なのか」といぶかる場面もあった。強硬に義務づけを訴えてきた東京証券取引所常務執行役員の静正樹委員も「何度も上場ルールで義務づけにチャレンジしてきたが、実現していない。法律でやった方が国際的にもわかりやすい」と迫った。
最後まで、取締役会の監督機能の強化を目的に義務づけを求める大学教授らと、規制を嫌って義務づけに反対し続ける経済界との溝が埋まることはなかった。このため、東大教授の岩原紳作部会長と事務局の法務省民事局は、6月13日の21回目の会議で、最初の妥協案を提示した。すなわち、「義務づけはしないが、原則1人以上選任する。選任しない場合はその理由を開示する」あるいは「証券取引所の規則で義務づける」という折衷案だった。
これでも双方は、満足したわけではない。東証の静委員は「理由の開示で社外取締役が普及していくとは思えない」「(証券取引所の規則による義務づけは)取引所にとっては荷が重いことで、会社法による解決を」と訴えた。京都大の前田雅弘教授も「(社外取締役不選任の理由の)開示によって会社法が最善の手を尽くしたことになるのか」と疑問を呈した。
賛否は最終的に拮抗したようだ。オリンパスの事件が発覚するまでは、義務づけ反対派が多勢だった観があった。この日の会議では、法政大教授の荒谷裕子委員が「これまでは社外取締役の導入に否定的な意見を言ってきたが、社会で大きな関心を呼んでおり、とりあえず1名義務づけてもいいと思うようになった」と述べ、注目を浴びた。委員は15人で、「最終的には、賛成・反対がほぼ同数だったのでは」(委員の一人)というほどだった。
最終案として、事務局が7月18日の23回目の部会で提示したのが、義務づけを断念する代わりに、社外取締役の導入を努力目標として明確にする案だった。そして、義務づけ派の大学教授らにも納得してもらうため、二つの工夫をした。
一つは、社外取締役を置かない会社(有価証券報告書提出会社)について、株主総会に提出する事業報告の中で「社外取締役を置くことが相当ではない理由」を盛り込むよう求めることにした点だ。6月段階では、「置かない理由」だったが、これを「置くことが相当ではない」と一歩踏み込んだ説明を企業側に求めることにした。「置かない企業にとって、嫌みたっぷりな言い回し方で皮肉が効いている」と、意外にも義務づけ派の大学教授から評判がよかった。法務省民事局の坂本三郎参事官は「各社それぞれの事情に応じて、開示してもらう。開示内容については、投資家が評価し、判断することだ」と最終的には市場に判断を委ねる考えを強調する。注目されるのは、「各社の事情に応じて」と坂本参事官が述べていることだ。事業報告書では、ひな型通りの形式的な言い回し方が多いが、社外取締役不選任の理由の関する開示については、通り一遍の説明にならないよう配慮を求めたものだといえる。
もう一つは、会社法制部会の附帯決議という手法で「金融商品取引所の規則において,上場会社は取締役である独立役員を一人以上確保するよう努める旨の規律を設ける必要がある」と提言した点だ。努力義務ではあるが、東証ルールで社外取締役を1人以上確保するよう定めるべきことを会社法制部会の意思として明確化したものだといえる。さらに念押しで、この決議の最後に「関係各位の真摯な協力がされることを要望する」との一文も加えた。法務省幹部は「義務づけに反対していた経済界もしっかり協力してください、との意味」と解説する。京大教授の前田委員は、新たな開示制度と東証ルールについて「原則、社外取締役を入れるべきだという趣旨になっている。いない会社にとってはつらい制度。普及に向けて大きな力になる」と説明している。
■多重株主代表訴訟
新設される多重代表訴訟の制度についても経済界が反対し、社外取締役と同じ構図だった。子会社で不祥事などがあった場合、その子会社の取締役に対し、親会社の株主による代表訴訟を可能にするのが多重代表訴訟の制度だ。
1997年に持ち株会社が解禁されて以来、持ち株会社は着実に増えている。三菱UFJ、みずほ、三井住友とメガバンクはいずれもこの制度を活用している。鉄鋼大手のJFE、NTTなど様々な業種に広がっている。このため、実質的に業務を行っている銀行や事業会社の役員らが事実上、代表訴訟の枠外に置かれている現状を問題視したものだ。経済界は反発した。「乱訴になりかねない」「親会社の取締役を訴えればいいことで、制度をわざわざつくる必要はない」と主張した。フランスなど先進国のほとんどで、この制度が使われていないことも強調した。わざわざ多重代表訴訟に絞ったシンポジウムも開催し、制度の創設阻止に動いた。
経済界が指摘するように、直接、子会社の監督を怠ったとして親会社の役員を訴えることも考えられるが、「立証は困難」との指摘もあり、法制審会社法制部会の事務局は、導入に動いた。そして、経済界を説得するために事務局が切り札としたのが、1%基準だ。もともとの案でも、完全子会社だけを対象にし、かつ、資産が親会社の5分の1を超える子会社と対象を絞っていたが、これに加え、株主側にも1%以上の保有という規制をかけ、基本的に大株主に絞るという案が事務局の法務省民事局から出されたのだ。
事実上、個人株主による多重代表訴訟の道を閉ざす案だといえる。これまで数多くの株主代表訴訟を起こしてきた市民団体株主オンブズマン代表の森岡孝二・関西大教授は「今までにはなかった制度。ここまで経済界に配慮しなければいけないのか」と憤る。ただ、導入を求めてきた大学教授の委員の中には、「経済界の反発が強く、今回は見送られるのではないかと思っていた。条件付きではあるが、入れることが大切だ。使いづらいかもしれないが、象徴的な意味合いもある。制度としてできたことは大きい」と評価する声も出ている。
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