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業績連動型の役員報酬、どう設計するか 米国最新動向

松尾 拓也

 企業の役員報酬に対する株主の目が厳しくなっている。それに伴い、今後、日本でも、米国で先行している業績連動型の役員報酬制度を導入する企業が増えるとみられる。松尾拓也弁護士が、業績連動型報酬を導入する企業が「業績」を測る物差しの選択などで注意すべき点を、米国における動向も踏まえて解説する。

 

 

   業績連動型報酬を設計する際に何に気を付けるべきか   
  ~米国における近時の動向を踏まえて~  

 西村あさひ法律事務所  
 弁護士・ニューヨーク州弁護士  
 松 尾 拓 也

松尾 拓也(まつお・たくや)
 2002年東京大学法学部卒業。2003年弁護士登録。2011年バージニア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2012年ニューヨーク州弁護士登録。2011年から2012年にかけて、ニューヨークのSimpson Thacher & Bartlett 法律事務所に勤務。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。国内外のM&A案件を含め、会社法、金融商品取引法などビジネス・ロー全般を主要な業務分野とする。

 ■ はじめに

 米国の上場会社は、いわゆるドッド=フランク法に基づく改正により、2011年の総会シーズンから、経営者報酬に関する勧告的決議(いわゆる”say-on-pay” vote)を少なくとも3年に1度は取得することが義務付けられた。これにより、米国における経営者報酬に対する株主の関心はいっそうの高まりを見せているが、とりわけ、「報酬」と「業績」が適切に連動しているかが、経営者報酬議案への賛否の検討における最重要要素として注目されている。シティグループのCEOに対する報酬案が本年4月の同社株主総会で否決されたことは記憶に新しいが、それも、業界水準の業績を達成してこなかった同社が、CEOに高額報酬を支払うことに対する株主の不満が表出したものだと報道されている。

 他方、わが国でも、2010年に有価証券報告書における役員報酬の個別開示(但し、報酬額が1億円以上の者に限られる)が義務付けられたことに伴って、役員報酬に対する株主の監視が強まっている。米国における近時の動向等も踏まえると、わが国においても、役員報酬が業績と適切に連動しているかが今後ますます注目され、業績連動型報酬(株価連動型報酬を含む。以下同じ)の割合の増加及びその内容の適正化を求める株主の声が高まってくることが予想される。

 ただ、わが国では、業績連動型報酬の実例の蓄積やその分析が必ずしも十分とは言えない。そこで、本稿では、米国における近時の動向も踏まえ、業績連動型報酬における「業績」を測定する指標の選択に関する留意点等を整理する。

 なお、業績連動型報酬の設計に際しては、「業績」を測定する指標の選択のみならず、当該指標の具体的算出方法や当該指標と報酬との連動のさせ方(目標値や上限値、下限値をどのように定めるかや、連動の強度をどの程度にするか等を含む)等、様々な要素の検討が必要となるが、それらについては、本稿では取り上げない。

 ■ 「業績」を測定する指標の選択に関する一般的な視点

 そもそも、上場会社の株主が役員報酬と業績の適切な連動を求める背景には、いわゆる「エージェンシー問題」への懸念がある。上場会社においては、通常、株主としての利益と役員としての利益は合致しないうえ、株主は役員の行動を逐一監視できないし、仮に監視できたとしてもその適否を十分に判断できない。そのため、株主の立場からは、(経営介入能力のある大株主が存在する場合でもない限り、)(株主の代理人=エージェントである)役員が、株主の利益に反して自身の利益を優先した機会主義的な行動をとってしまうことが懸念されるのである。従って、株主は、役員報酬と業績との連動性を高めることで役員と株主の利益の方向性を合致させ、それによって、役員に株主の利益にそった行動をとるインセンティブを付与することで、この問題が解消されることを期待していると考えられる。

 株主が期待しているそのような効果が適切に発揮される業績連動型報酬を設計するには、「業績」を測定する指標が、

(1)  役員のコントロール外の事由によって影響される度合いが低いものであるか(視点(1))

(2)  株主としての利益を適切に、漏れなく反映したものであるか(視点(2))

(3)  株主にとって客観的に観察及び検証可能であり、役員による恣意的な操作の余地が小さいものであるか(視点(3))

 

 といった点を、事前に慎重に検討する必要がある。

 これらについてであるが、まず、視点(1)は、役員のコントロール外の事由によって影響される度合いが高い指標を採用してしまうと、役員には当該指標を改善するために積極的に行動する十分なモチベーションが生じず、偶発的に当該指標が改善されて報酬が増加するのをただ待つだけとなるおそれがあるという観点を示したものである(なお、通常、役員個人は会社自体と比べてリスク回避的=risk averseであるため、役員個人と会社自体との間のリスク分担という観点からも、役員のコントロール外の事由による業績変動のリスクはなるべく役員には負担させない方が、その分、会社が不必要なリスク・プレミアムを役員に支払う必要がなくなるため、望ましいと考えられる)。

 視点(2)は、株主としての利益を適切に、漏れなく反映する指標を採用しなければ、役員が業績連動型報酬において用いられている指標を改善させることに真に注力したとしても、それが株主の利益につながらないおそれがあるという観点を示したものである。

 視点(3)は、「業績」を測定する指標が、株主から客観的に観察及び検証可能でなく、役員による恣意的な操作の余地が大きいものであれば、役員が、当該指標を真に改善させるのではなく、恣意的な操作によって当該指標を一時的又は表面的に改善させる方向に向かってしまうおそれがあるという観点を示したものである。

 ■ 「業績」を測定する指標の分類と各分類ごとの特徴

 米国において「業績」を測定するために用いられている指標は実に多様であるが、代表的な指標については、大別すると、例えば以下のような切り口で分類できる。

  絶対的指標(ある項目に関する自社の数値を指標とするもの)と相対的指標(ある項目に関する、自社と比較対象企業群の数値の相対比較の結果を指標とするもの)

  市場ベース指標(例えば、株価を基準とする指標)と財務ベース指標(例えば、純利益を基準とする指標)

  (業績を測定する期間について)短期的な指標と長期的な指標

 

 以下では、今後の日本企業による業績連動型報酬の設計の参考となるよう、上述の視点(1)~(3)を軸として、上記のそれぞれの切り口ごとの特徴を整理する。

 1  絶対的指標と相対的指標

 絶対的指標と相対的指標とを比較すると、視点(1)の観点からは、一般的に、相対的指標の方が優れている。相対的指標を採用すれば、当該会社と比較対象企業群に同様に影響する事由(例えば、マクロ経済環境やマーケット全体の動向等)による業績の変動を報酬額の決定要因から除外することができるため、役員のコントロール外の事由による影響を一定程度排除できるからである。このようなメリットは、当該会社と比較対象企業群の類似性が高ければ高いほど、 より 適切に発揮される。

 他方、視点(2)の観点からは、通常、絶対的指標の方が優れている。相対的指標は、自社の株主の利益とは直接的には関係しない「比較対象企業群の業績」との比較という要素を含んでいるからである。そのため、自社と比較対象企業群に同様に影響する事由に関して、(たとえ役員のコントロールがある程度及び得る事由であったとしても、)それを自社にとって望ましい方向に改善するインセンティブを役員に適切に付与できないおそれがある。例えば、比較対象企業群を自社と同業種の企業から抽出した場合を想定すると、当該業種に属する企業全体にとって同様にプラスとなる事由(例えば、当該業種の事業機会の拡大につながるような規制緩和)を促進したり、同様にマイナスとなる事由(例えば、当該業種の事業機会を制限するような法改正)を回避することに役員が尽力しても、当該役員の報酬向上には直接的には結びつかないため、(たとえそれが自社の株主の利益の最大化につながると考えられる場合でも、)そのような努力を行うインセンティブを役員に適切に付与できないおそれがある。

 視点(3)の観点からも、一般的に、絶対的指標の方が優れている。相対的指標の場合には、比較対象企業群の抽出の時点で、役員側の恣意的な判断が入り込む余地があるからである。米国とは異なり、わが国では比較対象企業群の具体的開示は通常行われないため、株主が、比較対象企業群の抽出に関する役員側の恣意的な判断を監視し、是正を求めることも通常、困難である。

 2  市場ベース指標と財務ベース指標

 市場ベース指標と財務ベース指標を比較すると、視点(1)の観点からは、通常、財務ベース指標の方が優れている。市場ベース指標は、マクロ経済環境やマーケット全体の動向、個別の投資家の動向等の役員のコントロール外の事由に影響される度合いが、財務ベース指標よりも大きいことが多いためである。

 他方、視点(2)の観点からは、市場ベース指標の方が優れている。株主としての経済的利益は、通常、株価の上昇額(キャピタル・ゲイン)と配当額(インカム・ゲイン)との合計に集約されるところ、市場ベース指標の方が、そのような株主としての利益を より 直截に反映していると考えられるからである。その結果、当該指標の改善のための役員の努力が株主の利益に合致しない方向に向かってしまう可能性が、相対的に低いと考えられるのである。例えば、仮に、財務ベース指標の一種である売上高を指標として採用したとすると、役員がとにかく売上高を維持及び増加させることに注力し、その結果、たとえ赤字事業であっても敢えて縮小しない等といった、株主の利益に合致しない方向に会社が向かってしまうおそれが生じ得る。

 また、視点(3)に関しても、市場ベース指標の方が優れている。後述4のとおり、財務ベース指標のうち、特に「純利益」といった、損益計算書の下段に位置する項目をベースとする指標は、役員側の恣意的な操作の余地が相対的に大きいためである。

 3  市場ベース指標のバリエーション

 市場ベース指標としては、例えば、株価やTotal Shareholder Return(株価の上昇額と配当額の合計を当初株価で割ったもの。以下、「TSR」という)が挙げられる。

 この2つを比較すると、視点(2)の観点からは、TSRの方が優れている。株価の上昇のみならず配当も株主にとっての利益となるため、単純な株価と比べ、TSRの方が株主としての利益を より 網羅的に反映しているからである。仮に、株価の上昇額 のみ を指標する報酬(例えば、一般的なストック・オプション)を採用したとすると、配当の実施は株価下落要因となるため、(たとえ、配当の方法により株主還元を行うことが株主の利益にとって最善であると判断される場面があったとしても、)役員が配当の実施を敬遠してしまう可能性も考えられる。

 4  財務ベース指標のバリエーション

 米国では様々な財務ベース指標が用いられているが、代表的なものは、純利益、営業利益、税引前利益、EPS(1株あたり利益)、ROE(株主資本利益率)、ROA(総資産利益率)、ROI(投資利益率)、ROS(売上高利益率)、EVA(経済的付加価値)、売上げ、売上成長率、キャッシュフロー、キャッシュフロー成長率等である。

 これらの指標を比較すると、視点(2)の観点からは、一般的に、「純利益」といった、損益計算書の下段に位置する項目をベースとする指標の方が優れている。そのような指標は通常、「売上高」のような損益計算書の上段に位置する項目をベースとする指標に比べて、株主の利益との連動性が高いため、当該指標を改善するための役員の努力が、株主の利益にもつながる可能性が相対的に高いからである。

 他方、視点(3)の観点からは、通常、「売上高」のような損益計算書の上段に位置する項目をベースとする指標の方が優れている。「純利益」といった、損益計算書の下段に位置する項目をベースとする指標は、役員側の恣意的な操作の余地が相対的に大きいと考えられるからである。例えば、純利益をベースとする指標を採用した場合には、特別損益や費用関連項目の計上につながる行為を実施するタイミングを、役員側が恣意的に操作するインセンティブが生じてしまうおそれがある。

 5  短期的な指標と長期的な指標

 短期的な指標と長期的な指標とを比較すると、視点(1)の観点からは、短期的な指標の方が優れている面と、長期的な指標の方が優れている面の両方があると思われる。まず、長期的な指標を用いると、将来における不確定要素によって影響を受ける割合が相対的に高まるため、役員が業績向上のモチベーションを維持しにくい面があると思われる。他方、長期的な指標は、短期的な指標と比べ、役員のコントロール外の事由による 一時的な 影響が発生した場合に、その影響が緩和されやすいという長所もあると思われる。

 次に、視点(2)の観点からは、通常、短期的な業績 のみ を指標とするのは妥当ではなく、長期的な業績も指標として採用すべきである。短期的な業績を向上させる施策と長期的な業績の向上させる施策とは常に一致するわけではないところ、(継続保有する株主が想定されている以上、)短期的な業績を向上させる施策のみならず、長期的な業績を向上させる施策も、株主利益の最大化につながるものとして重視されるべきと考えられるからである。仮に短期的な指標 のみ を採用したとすると、例えば、役員が研究開発費やアフター・サービスに関する費用の削減によって短期的なコスト削減を実現することに注力し、その結果、長期的には却って会社を弱体化させてしまい、長期的な株主の利益にそぐわない結果となってしまうおそれも考えられるのである。

 また、視点(3)の観点からは、長期的な指標の方が優れていると考えられる。単年度の業績が基準である場合には、数年間の平均値を基準とするような場合と比較して、計上のタイミングを若干ずらす等の恣意的な操作によって、一時的又は表面的に当該指標を改善させることが容易であると考えられるからである。

 6  まとめ

 以上のとおり、それぞれの切り口に従って業績を測定するための「指標」を見てみると、視点を変えるごとにどちら側のメリットが大きくなるかが異なってくるため、それぞれの切り口のうちでどちらに力点を置いた指標を採用すべきかは、(以上で述べたようなそれぞれの「指標」ごとの特徴を勘案のうえ、)業績連動型報酬を導入する各社の置かれている環境に応じて個別に検討していく必要がある。

 例えば、自社と比較対象企業群の業績に同様に影響する重要な事由であって、かつ、役員のコントロールが(ある程度)及び得るようなものは、(少なくとも今後数年間においては)現実的には生じないと考えられる会社を想定してみよう。その場合には、比較対象企業を、自社と客観的に類似性の高い企業から複数抽出した上で、それを具体的に開示することを条件とすれば、比較対象企業群の長期間におけるTSRと自社のそれとの相対比較の結果をベースとする指標(例えば、同程度の規模の同業他社10社の5年間におけるTSRと、自社のそれとを比較し、自社の数値が同業他社をどの程度上回っているかに応じて業績連動型報酬の額が決定される、といった指標)が最適な指標の1つとなり得るであろう。何故なら、そのような場合には、(自社と比較対象企業群に同様に影響する事由に関して適切なインセンティブを役員に付与できないおそれがあること、及び、比較対象企業群の抽出の時点で役員側の恣意的な判断が入り込む余地があること、という)相対的指標であることによるデメリット(上述1参照)が問題となる可能性が相対的に低く、また、(役員のコントロール外の事由に影響される度合いが大きいという)市場ベース指標であることによるデメリット(上述2参照)も、長期間におけるTSRを比較対象企業群との相対比較という形で用いることで、相当程度緩和されると考えられるからである。すなわち、比較対象企業群との相対比較という形をとることで、自社と比較対象企業群に同様に影響する役員のコントロール外の事由(例えば、マクロ経済環境やマーケット全体の動向等)による業績の変動を、報酬額の決定要因から除外することができ(上述1参照)、また、長期間におけるTSRを用いることで、役員のコントロール外の事由による 一時的な 影響が緩和されやすくなる(上述5参照)ため、(役員のコントロール外の事由に影響される度合いが大きいという)市場ベース指標であることによるデメリットが、ある程度緩和されると考えられるのである。

 また、場合によっては、複数の指標を併用することで各指標の短所をうまくカバーすることも検討すべきであろう。例えば、(i)比較対象企業群の長期間におけるTSRと自社のそれとの相対比較の結果をベースとする指標(上述1、2及び5の切り口に従って整理すれば、「相対的」・「市場ベース」・「長期的」な指標といえる)と、(ii)自社の短期間における純利益の数値をベースとする指標(例えば、自社の当期純利益の○%、といった指標。上述1、2及び5の切り口に従って整理すれば、「絶対的」・「財務ベース」・「短期的」な指標といえる)を、各々50%ずつ併用するといった具合である。なお、2011年には、S&P500登載企業のうちの大手250社で導入されている長期インセンティブ・プランの過半において、業績を測定する指標が2つ以上併用されていたと報告されている。

 さらに一点補足するならば、議決権行使助言会社の最大手であるISSが、「業績」を測定する基準としてTSRを重視していることにも、一応、留意すべきであろう。ISSは、「報酬」と「業績」の連動性を事後的に検証するための基準として掲げている量的指標の中で、「業績」を測定する基準としてTSRを用いており、また、「TSRは客観的で透明性があり、ISSが『報酬』と『業績』の連動性を評価するに際して用いる最も重要な指標である」旨述べている。海外機関投資家に対するISSの影響力の大きさに鑑みると、とりわけ海外機関投資家の持株比率の高い上場会社にあっては、業績連動型報酬の設計に際し、TSRに基づく指標を何らかの形で取り入れることを前向きに検討すべきように思われる。因みに、2011年には、S&P500登載企業のうちの大手250社で導入されている長期インセンティブ・プランのうちの約4割において、TSRが指標(の一部)として用いられており、更にそのうちの9割以上において、比較対象企業群におけるTSRとの相対比較という形でTSRが用いられたといわれている。例えば、開示書類によれば、インテルは、2011年度において、比較対象企業群として、テクノロジー分野の企業15社(アップル、デル、グーグル、ヒューレッド・パッカード、IBM、マイクロソフト等)とS&P100に含まれている(テクノロジー分野以外の)大企業10社(AT&T、ダウ・ケミカル、ジョンソン・エンド・ジョンソン、ファイザー等)を比較対象企業群として抽出し、自社のTSRとそれらの比較対象企業群のTSRとの相対比較の結果を、「業績」を測定する指標の1つとして採用していた。

 ■ クローバック(過払い報酬取戻し)規定の必要性

 業績連動型報酬を導入した場合、不正行為によって数値を恣意的に操作することで自らの報酬額を増加させようとする者が出てくるおそれも、残念ながら否定はできない。実際、業績連動型報酬を導入した企業の中には、そういった不正行為が発覚したものも存在する。例えば、米国では、2000年代初頭に、(市場ベース指標を用いた業績連動型報酬の代表例である)ストック・オプション報酬を採用していたエンロンやワールドコムにおいて不正会計が発覚し、過大なストック・オプション報酬の存在が不正会計の温床になったとも批判された。わが国でも、例えば2006年に、業績連動型報酬を採用していた日興コーディアルグループにおいて(利益を水増しする)不正会計が発覚している。そのような状況を踏まえると、業績連動型報酬を導入するに際しては、いわゆるクローバック(過払い報酬取戻し)規定の導入もあわせて検討すべきであろう。

 クローバック規定とは、一定の不正行為や過年度決算の誤り等が発覚した場合に、会社が役員に対し、その発覚前に支払っていた報酬額のうち当該不正行為や過年度決算の誤りのために過大に支払っていたこととなる部分を、会社に対して返還するように求めることができる旨の規定である。米国では、ドッド=フランク法に基づく改正により、クローバックに関する一定のポリシーを設けることを上場会社に義務付けるルールを米国SECが設定することが予定されているが、当該ルールは未だ設けられていない。しかし、米国では、2010年時点で既に、フォーチュン100登載企業のうち約84%において任意にクローバック規定が採用されていたと言われており、その豊富な実例は日本企業にとっても参考となり得る。わが国の企業でも、例えば、野村ホールディングスが既にクローバック規定を導入している。

 クローバック規定の設計の際に留意すべき事項は多々存在するので、ここでは詳述しないが、例えば、(a)何をトリガー事由とするか(役員側の不正行為や帰責事由の存在を要件とするか、それとも、財務諸表や業績指標における重要な誤りが発覚したこと自体をトリガー事由とするか等)、(b)回収対象となる報酬の範囲はどうするか(何年分遡るか、支払済みの報酬のうち不正行為や数値の誤りに起因する部分をどのように計算するか等)、(c)どの役職員を対象とするか、(d)クローバック規定の発動に関する判断に裁量の余地がある場合、誰が最終的な判断者となるか、といった点は、少なくとも明確に定めておくべきであろう。

 ■ 終わりに ~継続的な検証の必要性~

 以上に見てきたとおり、業績連動型報酬を

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