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募集株券等の配分に係る「親引け」規制の見直し

石津 卓

 株式の公募増資などで引受けを行った証券会社が発行会社の指定する者に売付ける「親引け」。株式の持合いを助長したり、特定の者に対する利益供与に用いられる恐れがあるとして原則禁止されてきたが、市場環境の変化や画一的な運用の弊害も指摘され、規制が緩和されることになった。石津卓弁護士が、親引け規制の歴史や新たなルールについて詳しく解説する。

募集株券等の配分に係る規制の見直しについて
~いわゆる「親引け」規制の見直しを中心として~

西村あさひ法律事務所
弁護士 石津  卓

石津 卓(いしず・たく)
弁護士。1995年東京大学法学部卒業、1998年弁護士登録。2003年ボストン大学ロースクールLL.M.修了。2007年より慶應義塾大学法科大学院非常勤講師。キャピタル・マーケッツ、買収ファイナンス、投資ファンド組成、バンキング、国際取引法務を主な業務分野とする。

 ■はじめに

 日本証券業協会(以下「日証協」という)が2011年7月19日に公表した「自主規制規則の見直しに関する検討計画について」において、「有価証券の引受けを行う際の親引けに関する制限及び公平な配分に関するルールのあり方の見直し」が「規制の見直しの検討に着手する事項」に掲げられ、この点を検討するために、2011年8月に、「募集株券等の配分に係る規制のあり方に関する検討分科会」(以下「検討分科会」という)が設置された。検討分科会においては、親引けをはじめとする配分に関する規制の経緯及び現状、国内及び海外における配分をめぐる規制や状況等について議論がなされ、その検討結果は2012年1月12日に「配分ルールのあり方について」と題する報告書で取り纏められている。この報告書を踏まえ、日証協は、2012年6月20日に「株券等の募集等の引受け等に係る顧客への配分に関する規則」(以下「配分規則」という)、「有価証券の引受け等に関する規則」(以下「引受規則」という)及び「「有価証券の引受け等に関する規則」に関する細則」の一部改正案を公表し(併せて「親引けガイドライン」及び「配分先情報の提供に関するガイドライン」の案も公表された)、パブリック・コメントを経て(その結果は2012年7月17日に公表されている)、2012年7月17日に改正後の上記の規則・細則及び新設のガイドラインを公表した。なお、これらの改正については、2012年10月1日から施行されている。

 以下では、今回の改正に含まれる「親引け」規制について、従前の状況、経緯及び改正の内容等を概観する。

 ■親引け規制の目的・沿革

 いわゆる「親引け」とは、証券会社が株式等の募集又は売出しの引受けを行うに当たって、発行会社が指定する販売先への売付けを行うこと(販売先を示唆する等実質的に類似する行為を含む。)をいう。親引けが自由に認められると、発行会社による株主や支配権の所在の恣意的な選択を許すことになったり、株式の持合いを助長したり、また、特定の者に対する利益供与に用いられる恐れがあるため、このような弊害を防止するために、改正前引受規則では、親引けは原則として禁止されていた。

 従前の株式等の発行において、時価発行増資の場合に公募価格が時価から大幅にディスカウントされて決定され、また、証券会社が引受けを行い公募増資が行われる銘柄は株価が上昇する傾向が広く見られていたため、特定の株主や投資家に利益を享受させる結果となる親引けに強い批判が寄せられ、1972年(昭和47年)の自主調整ルールの制定を嚆矢とし、1983年(昭和58年)の「時価発行増資に関する考え方」において、親引けが原則として禁止されるに至った。

 ■改正前の親引け規制の概要

 改正前の親引け規制は以下のとおりである。

 引受証券会社は、株式等の募集又は売出しの引受けを行うに当たっては、原則として親引けを行うことが禁止されていた。

 但し、下記に掲げる例外的許容事由に該当する場合には、例外的に親引けを行うことが認められており、その場合には、親引け先、例外的許容事由に該当する理由、親引けの対象となる株式等の数等の一定の事項について、発行会社が公表しなければならないとされていた。

 例外的に親引けを行うことが認められる事由として、大要、以下の場合が定められていた。即ち、

(1) 連結関係又は持分法適用関係にある支配株主がその関係を維持するために必要な場合

(2) 企業グループ全体での持株比率を維持するために必要な場合

(3) 業務提携関係にある株主がその持株比率を維持するため又は業務提携関係を形成しようとする者が一定の株式を保有するために必要な場合

(4) 持株会等を対象とする場合

(5) 発行会社の役員、従業員等にストックオプションの目的で新株予約権を配分する場合

 

 なお、投資法人の投資証券等の募集又は売出しの引受けを行うに当たっての親引けについては、実務上の要請から、株式等の場合とは異なる例外的許容事由が定められていた。

 上記に加えて、実務上は、上記の例外的許容事由に直接該当はしないものの、親引けを認める取扱いがなされた事案も存在していた。例えば、2010年の第一生命保険株式会社の株式新規公開時における株式の売出しに際しては、株式会社への組織変更と同時に極めて多数の零細株主が発生し、株式公開前に第三者割当増資等の方法により指定先に株式を発行することもできないことから、株式公開に際して発行会社の指定する先に株式を売付けなければ株主総会における定足数の確保が困難になる等の問題が生じることが予想されることを理由に、発行会社の指定する先に対する割当てが認められた。

 さらに、引受証券会社が引受けを行う株式等の募集又は売出しと並行して、証券会社による引受けを伴わずに同一の銘柄の株式等の募集、私募又は売出しが行われる場合には、引受証券会社は、発行会社に対して、同一の銘柄の株式等の割当先を上記に掲げた者に限定するように要請しなければならないとされていた。これは、このような「並行第三者割当増資」が行われる場合に、証券会社による引受けが介在しない発行会社による行為であるとはいえ、割当先を自由としたのでは、証券会社が引受けを行う場合に親引け規制が適用されることと整合性がとれないことを理由とする。

 ■改正前の親引け規制に対する問題意識

 検討分科会においては、改正前の親引け規制に対して以下のような問題意識が示された。

 まず、証券会社による配分が不公正なものとなってはならないことは当然であり、親引け規制がその目的とする弊害の防止は現在においても正当なものである。

 しかし、改正前の親引け規制が形成された時代と現在とでは市場環境等が異なっている。即ち、時価発行増資の場合に公募価格は時価に近い価格となっており、また、証券会社の引受けを伴う公募増資を行う銘柄の株価が上昇するという前提は一般的ではなくなっている。

 また、改正前の親引け規制においては、前述のとおり、親引けを行うことが認められる例外的許容事由が詳細に規定され、これらの例外的許容事由に該当する場合の親引けが不公正な配分には該当しないことが明らかとなっており基準が明確であるという利点はあるものの、他方、例外的許容事由に該当しない親引けであっても実質的には不公正ではないといえるものも存在し得るため、例外的許容事由に該当しない親引けを原則として一律に禁止することについては疑問がある。さらに、改正前の親引け規制によれば、例えば、特定の者の持株比率の維持が親引け禁止の例外として許容される一方、業務提携以外の場合における持株比率を上昇させる配分や比較的長期の安定的な保有が期待できる投資家への優先的な配分は禁じられることになるが、許容される場合と禁止される場合との差異が必ずしも合理的に説明できるものではない。

 このような認識に基づき、検討分科会においては、(1)親引けの原則禁止は維持しつつも、親引けの例外的許容事由を個別具体的に列挙するのではなく、引受証券会社が適正と判断する場合について親引けを許容するという、より柔軟な規制の枠組みに改める、(2)規制の柔軟化は、あくまで配分が公正に行われることや市場の信認低下につながるような行為が排除されることが前提であり、この前提を担保するために、親引けが行われる場合には、一定の情報開示や当事者間における取決めを求める枠組みを導入することが適切である、との親引け規制の改正の方向性が示された。上記(2)の担保のための枠組みとして、具体的には、親引けについて情報開示を求めるとともに、親引けにより配分された株式等の一定期間内の売却を禁じるロックアップの要請等を制度化することが適当であるとの意見が検討分科会で示された。

 また、改正前の親引け規制のように親引けが例外的に許容される事由を個別具体的に規定しないことが、不公正な親引けの横行や、第三者割当てに係る情報開示等の規制の潜脱手段としての親引けの利用につながることがないよう、一般的な考え方を自主規制規則に規定し、画一的な取扱いを行わないことを前提としたガイドラインを日証協が定める等の手当てを講じることが必要である旨についても、検討分科会で確認された。

 なお、並行第三者割当増資については、検討分科会において、引受証券会社は発行会社に対して上記の自主規制規則やガイドラインを尊重するように要請する必要があるとともに、発行会社に対してロックアップの要請等を行う必要があるのではないかという指摘がなされた。

 ■改正後の親引け規制の概要

 検討分科会における議論等を受け、2012年7月17日に公表された配分規則(以下「改正後配分規則」という)において、親引けの原則的禁止を維持しつつ、親引けが例外的に許容される要件が、大要、以下のように規定された(改正後配分規則2条2項)(改正前の親引け規制は前述のとおり引受規則中で規定されていたが、改正後においては、配分規則中で規定されている)。

(1) 親引けを行ったとしても前項の規定に反する配分にならないと引受証券会社が判断したこと。

(2) 発行会社が、親引けについて、親引け先の状況(親引け先の概要、発行会社との関係、選定理由、対象となる株式等の数、保有方針、払込みに要する資金等の状況、親引け先の実態)、対象となる株式等の譲渡制限、発行条件に関する事項、親引け後の大株主の状況、株式併合等の予定の有無及び内容、その他参考になる事項を、有価証券届出書又は発行登録書の提出後において適切に公表すること。

(3) 募集に係る払込期日若しくは払込期間の最終日又は売出しに係る受渡期日から180日を経過する日まで継続して所有することの確約を、主幹事証券会社が親引け先から書面により取り付けること。

 

 上記(1)の要件中、「前項の規定に反する配分」とは、引受証券会社は、市場の実勢、投資需要の動向等を十分に勘案した上で、募集等の引受け等に係る株式等の配分が、公正を旨とし、合理的な理由なく特定の投資家に偏ることのないよう努めなければならない(改正後配分規則2条1項)ところ、これに反する配分を指している。

 このように、改正後の親引け規制は、検討分科会での議論等を受け、公正な配分に反さない範囲で、引受証券会社の判断によって柔軟に親引けを認め得る規制となっている。そして、改正後配分規則と同日に公表された親引けガイドラインにおいては、親引けの必要性及び内容について、当該親引けにより配分を受ける投資家による中長期的かつ安定的な保有の見込みも勘案しながら、例えば、投資家による発行会社の経営に対する一定の関与の有無、親引けによる発行会社の企業価値向上の可能性の有無、親引けの背景における支配権争いの要素の有無等の観点で、改正後配分規則の趣旨との整合性を確認すべきであることが定められている。また、親引けガイドラインにおいては、改正前の親引け規制の例外的許容事由が引受証券会社による判断に当たって参考になり得るとしている。従って、引受証券会社は、親引けガイドラインに列挙された事由や改正前に認められていた例外的許容事由等を勘案しつつ、個別具体的な事案に即して実質的に親引けの必要性とその内容について判断していくことになろう。

 また、検討分科会での議論等を受け、公正な配分や市場の信認を害する行為の排除を実効的に実現する観点から、親引けが例外的に許容される要件として、一定の情報開示とロックアップについての要件があわせて定められている。上記(2)が情報開示に関する要件を定め、上記(3)がロックアップに関する要件を定めている。

 情報開示については、発行会社により行われることが予定されており、また、有価証券届出書等の提出後において適切に公表することが要求されている。従って、例えば、通常の株式の公募のケースにおいて親引けがなされる場合には、発行会社による証券取引所の規則に基づくローンチ時の適時開示において、親引けに関する情報の開示がなされることになるのではないかと思われる。また、情報開示は発行会社により行われることが想定されているため、引受証券会社はその旨をあらかじめ発行会社に説明しておく必要があろう。なお、上記(2)の要件において「発行条件に関する事項」についての情報開示が求められているが、「募集株券等の配分に係る規制の見直しのための『株券等の募集等の引受け等に係る顧客への配分に関する規則』等の一部改正(案)に対するパブリック・コメントの結果について」(以下「パブコメ」という)回答4番では、企業内容等の開示に関する内閣府令第二号様式の記載上の注意(23-5)において第三者割当てについて記載が求められている事項をいうとされている。親引けについては親引け先に第三者割当てが行われるのと実質的に同様であるため、第三者割当てがなされる場合と同程度の開示を行うべきとの判断に基づくものであると思われる。従って、通常の株式等の公募においては求められていない、発行価格の算定根拠、発行条件の合理性に関する考え方、有利発行に該当するものと判断した場合又は該当しないものと判断した場合におけるその理由及び判断の過程等の開示が必要となる。

 いわゆるロックアップ(処分禁止)については、180日間のロックアップ期間が必要とされている。現在の株式の公募等における発行会社や大株主に対するロックアップの実務に照らすと、妥当な期間と考えられる。もっとも、親引け規制との関係で必要とされるロックアップの対象は親引けにより配分される株式等のみである(パブコメ回答7番)。現在の実務に鑑みると、親引け先が大株主であるようなケースにおいては、より広い対象、例えば、保有株式すべてがロックアップの対象とされることもあろう。また、親引け先にはロックアップ期間中の継続所有を確約させる必要があるため、単純な譲渡が禁止されるだけでなく、現在

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