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経営判断原則と関連会社への支援融資が違法とされるべきとき

関連会社に対する経営支援と経営判断原則

弁護士 藤原 武士

藤原 武士(ふじわら・たけし)
 弁護士。森田和明法律事務所所属。東北大学法学部卒。2008年11月司法試験合格。2010年10月弁護士登録(大阪弁護士会)。

 第1 経営支援と経営判断原則 

 昨今の厳しい経済状況から、経営不振に陥っている関連会社に対し、経営支援を目的にして、投融資、債務保証、債権放棄が多く行われている。

 それに伴い、投資の回収が不可能になる等、経営支援した会社の取締役が、その経営判断に対する責任を追及される場面も多くなり、取締役の責任追及のために、株主代表訴訟が提起された事例も少なくない。

 もともと支援先の会社が経営不振に陥っている以上、支援先の倒産等により、経営支援に投じた費用が回収不能となるリスクは、経営支援の実行時から高い。そのため、多くの裁判例で、経営判断原則を意識し、取締役の経営判断の決定過程と内容の合理性について、検討されている。

 第2 経営判断原則

 経営判断の原則とは、取締役等の経営者の経営上の判断について、経営者の経営上の裁量を認め、経営者の責任に対する司法審査について制約を認める原則である。

 そもそも、会社の経営にはリスクがあり、冒険的な判断も不可避である。にもかかわらず、経営者の経営上の失敗について、事後的司法審査により、経営者の責任を厳格に追及すれば、経営者が萎縮し、冒険的な判断を避け、株主の利益を損ねることになりかねない。こうした事態を避けるため、経営者の経営上の判断を尊重し、裁量を認める考え方として、経営判断の原則は生まれた。アメリカの判例法上、発展した法理(business judgment rule)であり、日本の裁判所でも採用されている法理である。

 経営判断原則が適用される要件について、最高裁判例または下級審裁判例において、統一的な基準と認められる適用要件は明らかではないが、経営判断の決定過程の合理性と内容の合理性が経営判断原則の適用に必要とされると考えられる。参考になる裁判例として、アパマンショップホールディングス事件(東京高判平成20年10月29日)が挙げられ、以下、判決文を引用する。

 「株式会社の取締役の経営上の判断は、将来の企業経営の見通しや経済情勢に対する予測に基づく判断を含み、かつ、その予測は、事柄の性質上、不確実なものであって、企業を取り巻く情勢の変化等により、事前の予測を超える事態が発生することは不可避であることに照らすと、経営者としての裁量的な判断であるというベきであるから、取締役としての善管注意義務に違反するかどうかは、このような経営上の判断の特質に照らすと、その判断の前提となった事実の調査及び検討について特に不注意な点がなく、その意思決定の過程及び内容がその業界における通常の経営者の経営上の判断として特に不合理又は不適切な点がなかったかどうかを基準とし、経営者としての裁量の範囲を逸脱しているかどうかによって決するのが相当である。」 

 第3 経営支援の目的と分類

 一口に経営支援といっても、支援の目的によって大きく二つに分類できる。被支援会社の再建を目的にして支援を行う再建型経営支援と、被支援会社の清算を目的にして支援を行う清算型経営支援である。

 清算型経営支援の事例として、コスモ証券株主代表訴訟事件(大阪地決平成14.2.20)が挙げられる。本論文では、主に再建型経営支援について、論じる予定だが、清算型経営支援がイメージしにくいため、簡単にコスモ証券株主代表訴訟について紹介する。

 コスモ証券株主代表訴訟事件では、コスモ証券株式会社(以下「A社」とする。)の子会社であるコスモ産業株式会社(以下「B社」とする。)を任意整理の方法によって清算するにあたり、A社がB社に対し、160億円を資金提供し、この資金提供がA社の利益に反し、B社の唯一の債権者である大和銀行(A社株の約57%を保有、以下「C銀行」とする。)の利益を図るものだとして、A社株主が取締役の善管注意義務違反、忠実義務違反を主張し、株主代表訴訟を提起した事件である。

 これに対し、裁判所は、B社がA社の連結決算の対象となり多額の繰越損失を計上することが見込まれ連結から外さなければ市場におけるA社の信用が著しく低下し会社の存続自体が危うくなる可能性があったこと、清算手続きとしてB社の破産を選択すればA社の企業体力に対する市場の疑念・信用不安を招くという重大な結果を生じる恐れがあること、B社の任意整理のためにはC銀行の協力を必要とすること、160億円がA社の当期未処分利益の範囲内の額であることから、A社取締役の経営判断は裁量の範囲を逸脱するものではないとして、取締役の責任を否定した。

 この裁判所の判断に対する意見は後述する。 

 第4 経営支援の必要性と経営判断原則

 破綻のリスクの高い会社に対して経営支援する以上、経営判断の合理性が認められるためには、リスクに対応した利益を要する。

 経営不振に陥っている会社に対し経営支援を行う利益として、グループ全体の信用の失墜の回避、取引銀行との関係悪化の回避、今までの投資が回収不能になることの回避、社名にグループ名を冠した場合のグループ会社全体のイメージの悪化と取引機会喪失の回避が考えられる。

 多くの裁判例でも、この経営支援の利益が取締役の責任を緩和する方向の要素として考えられている。

 例えば、東京都観光汽船株主代表訴訟事件(東京高判平成8年12月11日)、京浜急行株主代表訴訟事件(東京地判平成13年9月27日)、ロイヤルホテル株主代表訴訟事件(大阪地判平成14.1.30)においても、前述の関連会社に対する経営支援の必要性から、取締役の裁量を広く認め、「支援先企業が倒産し、債権回収が不能となる危険が具体的に予見できる状況にあったなどの特段の事情が認められない限り、取締役としての裁量権の範囲内にある行為として、会社に対する善管注意義務・忠実義務に違反するものではない」(京浜急行株主代表訴訟事件)とし、取締役の責任が認められる場合を限定しているように考えられる。(但し、東京都観光汽船株主代表訴訟事件では、取締役の責任が肯定されている。)

 第5 親子会社の特殊性

 関連会社の中でも、親子会社のような支配従属関係が認められる場合において、先ほどの裁判例と同様な判断が妥当するのかは疑問である。

 親子会社においては、親会社が子会社の人事面及び事業計画においても実権を掌握しており、子会社の経営の自主性は制約されていることが多い。また、子会社に裁量が認められていたとしても、子会社が親会社の命令を拒否することは困難である。

 このように、親子会社においては、子会社の事業計画、事業内容について、親会社が強い影響力を有することから、株主代表訴訟において、支援決定過程と内容の合理性に対して責任を追及するにとどまらず、子会社の支援が必要になった原因についても、親会社の取締役の責任が追及されなくてはならないと考える。

 清算型経営支援の場合、被支援会社が債務超過となった原因を検討せずに、融資決定の合理性のみを捉えて、支援の必要性から、支援会社の取締役の責任を軽減させることは、支援会社と被支援会社の支配従属関係を無視したものであり、適切な判断とはいえない。新山雄三専修大学教授は前述のコスモ証券株主代表訴訟事件の論評において、コスモ証券株式会社がバブル期の放漫経営のツケをコスモ産業株式会社に押しつけてきた事情を指摘し、このような事情を無視し、「義務違反もなく責任もないとすることは、結果的には、本来責任を問われるべき、バブルに踊ったA社取締役等を二重に免責することになってはいないのであろうか。」(判例タイムズ1153号92頁)と述べているが、論者も賛成である。

 また、再建型経営支援においても、親会社が子会社の事業計画、事業内容について、強い影響力を有している実情からすれば、融資等の支援決定時の判断過程だけではなく、子会社が経営支援を必要にするに至った事情、支援決定後、親会社の取締役が決定した子会社の事業計画、事業内容から、融資の回収が不可能となった原因を検討し、親会社の取締役の責任を追及しなければならないと考える。

 親子会社の支配従属関係を無視し、親子会社が法人格を異にするという形式面を重視し、融資決定時の判断にしか、親会社の取締役が責任を負わないとすれば、親会社の取締役は、親会社で行えば責任を追及されるようなハイリスクの取引を子会社を利用して行わせることで、責任を回避することが可能となってしまう。

 第6 銀行の関連会社の融資について

 銀行の関連会社であるリース会社、ノンバンクに対する経営支援について、裁判所は、経営支援決定を行った取締役の責任について、一般的な事業を営む会社と比べて、その裁量について、厳しく判断を行っている(長銀ノンバンク支援事件(東京地判平成16・3・25)、日債銀事件(東京地判平成16・5・25)、幸福銀行事件(大阪地判平成16・7・28))。

 その理由として、裁判所は、銀行業務が公共性を有し、その経営に健全性と安全性が求められている点を指摘する。すなわち、裁判所は「銀行は、その業務である預金等の受入れ及び貸付け等により資金仲介機能を果たしているなど経済活動において重要な役割を有しており、健全かつ適切な銀行業務の運営を行い、もって国民経済の健全な発展に資することが求められるというべきである(銀行法1条参照)。このような銀行業務の公共的性格からすると、銀行の取締役に認められる経営裁量は、純然たる私企業の場合と異なる制約を受けざるを得ない。」(日債銀事件判決)ことを指摘しているのである。

 論者も銀行業務の公共的性格から、銀行の取締役の裁量に制約を加えていることには、賛成である。

 しかし、取締役の融資時における経営判断の決定過程と内容の合理性のみではなく、その関連会社の経営に与えた影響についても検討し、融資が回収不能になった原因を明らかにした上で、銀行の取締役の責任を追及されるべきであったと考える。

 第7 結論

 厳しい経営環境にある現状においては、今後、更に企業間の経営支援が増えることは予想に難くない。

 論者も経営支援の必要性を否定するものではないが、融資等を実行する時点において、すでに経営不振になっている会社に融資等を行う以上、支援会社の取締役の責任については、厳格に考えるべきであり、融資等の支援決定時の過程のみならず、一歩踏み込んで、経営支援の必要性が生じた事情及び投資の回収が不可能になった事情をも考慮し厳格に取締役の責任を考えるべきであると考える。

 藤原 武士(ふじわらたけし)
 弁護士。森田和明法律事務所所属。
 東北大学法学部卒。2008年11月司法試験合格。2010年10月弁護士登録(大阪弁護士会)。