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カバード・ボンド法導入をめぐる日韓の現状と方向

有吉 尚哉

 銀行などの金融機関が保有する多数の住宅ローンや自治体への貸付などの債権を束ねてひとかまりにしたものを担保にして発行する債券の一種「カバード・ボンド」に注目が集まっている。これまで主に欧州の金融機関が発行し、民間債券のなかでは比較的、安全とされている。お隣の韓国も、金融危機などが起きた際の安定的な資金調達手段としてカバード・ボンド導入に向け立法化に乗り出した。有吉尚哉弁護士が韓国の法案の概要を紹介し、日本でのカバード・ボンド法制化に向けた動きや導入への期待を語る。

日本版カバード・ボンド法への期待
- 韓国カバード・ボンド立法の日本法への示唆 -

西村あさひ法律事務所
弁護士 有吉 尚哉

有吉 尚哉(ありよし・なおや)
 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課出向。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融商品取引業その他の金融関連規制への対応等を担当。

 ■ はじめに

 銀行などによる資金調達の手法として、「カバード・ボンド(covered bond)」という手法がある。カバード・ボンドとは、担保付債券の一種で、質の高い債権(典型的には住宅ローン債権や国・地方公共団体向け債権など)のプール(カバープール:cover pool)を担保とし、投資家は資金調達を行う者の信用力と担保となるカバープールの信用力に二重に(かつ倒産手続による制約を受けることなく)遡及することができるものである。カバープールを担保とする分、投資家にとっては債券が保全される可能性が高くなり、他方、資金調達を行う者にとって通常の債券よりも有利な条件での長期の資金調達が可能となりうる。欧州を中心に海外では広く利用されている資金調達手法である。

 一般に、カバード・ボンドのスキームには、特別の法制度に基づくものと、特別の法制度を前提とせず資産流動化的な手法を用いるもの(「ストラクチャード・カバード・ボンド」と呼ばれる)に大別される。我が国には「カバード・ボンド法」のような特別法は存在しないが、欧州を中心に、海外にはカバード・ボンドのための特別法が制定されている国もあり、米国でもカバード・ボンドを規律するための法案が上程され、法制化を目指す動きがある。

 アジアでもカバード・ボンドの取組みが進んでおり、特に韓国では過去にストラクチャード・カバード・ボンドの発行事例が存在するほか、2011年6月には、銀行がカバード・ボンドを発行する際のガイドラインが金融委員会と金融監督院から公表された。さらに、今般、カバード・ボンドに関する特別法の法案(「金融会社のカバード・ボンド発行に関する法律案」。以下「韓国カバード・ボンド法案」という)が国会に提出され、法制化の手続が進められることとなった。

 本稿では韓国カバード・ボンド法案の概要を紹介した上で、同法案の示唆する事項も含めて、我が国におけるカバード・ボンドに関する特別法の法制化について考察することとする。

 ■ 韓国カバード・ボンド法案の背景

 韓国カバード・ボンド法案は20箇条の条文(および1箇条の附則)によって構成されている。韓国金融委員会によるプレスリリースでは、韓国カバード・ボンド法案が提案された背景として、今般の金融危機以降、金融機関の安定的な資金調達や金融市場の安定性を確保するために、カバード・ボンドを発行するための法的フレームワークの必要性が高まっていることを指摘している。そして、カバード・ボンドへの期待として、(1)金融機関の資金調達コストを削減し、金融危機が発生した際の安定的な資金調達手段として機能することと、(2)金融機関に長期・固定の融資の原資を提供することにより、家計への資金供給を促進することの2点を掲げている。

 ■ 韓国カバード・ボンド法案の概要

 韓国カバード・ボンド法案において、カバード・ボンドは、発行体が担保として提供する資産のカバープールによって担保される債券と位置付けられており、発行体が破産に至った場合に、カバード・ボンドの投資家は、カバープールに対して優先的な権利を保有し、かつ、発行体の他の資産に対しても重畳的に遡及することが認められるものとされている。韓国カバード・ボンド法案には、カバード・ボンドを発行するための要件・手続、カバード・ボンドの投資家の優先権、投資家保護のためのカバープールの管理体制・情報開示などが定められており、その概要は次のとおりである。

 カバード・ボンドを発行できる主体は、銀行、韓国住宅金融公社、韓国金融公社などの一定の金融機関に限定されており、かつ、資本金が1,000億ウォン以上であること、自己資本比率が10%以上であること、適切な資金調達、オペレーションおよびリスクマネジメントが達成可能であることなどの適格要件を満たすことが必要とされる。

 カバード・ボンドを担保するカバープールは、カバー資産、流動資産およびその他の資産から構成されることが想定されており、105%以上という最低カバー率が適用される。カバー資産には、住宅ローン債権、政府その他の公共団体向け債権および公債が含まれ、これに現金などの流動資産とカバー資産からの回収金その他の価値代替物などからなるその他の資産が合わさって、カバープールが構成されることになる。

 カバード・ボンドを発行しようとする場合に、発行体は、発行計画およびカバープールに関する情報を韓国金融委員会に提出しなければならない。発行計画には、カバード・ボンドの金利、満期、発行期日、発行額などの発行条件が記載される。また、カバープールに関する情報として、資産の種類、合計額、担保比率、カバープールの管理体制、管理者などの情報を提出することが求められる。

 登録を完了した発行体は、直前の会計年度末の総資産額に対する一定の割合を上限に、カバード・ボンドを発行することが認められる。この上限の値は、法令上、8%以内とされており、当初は暫定的に4%となるようである。

 カバード・ボンドの発行体は、カバープールに含まれる資産を他の資産から分別して管理しなければならず、分別した貸借対照表を作成しなくてはならない。発行体は、資産の追加・入換えによって、担保率とカバープールの適格性を維持しなければならず、カバープールに対する独立した監査・監督を達成するための監査人を選任しなければならない。

 上記の登録を行った発行体の発行したカバード・ボンドの投資家は、発行体が破産に至った場合においても、カバープールに対する優先的な権利を取得する。当該投資家が、カバープールに対する優先権を行使できない場合、発行体のその他の財産に対しても、非担保・非劣後の他の債権者と同順位の権利が得られる。

 発行体は、カバード・ボンドの発行・償還に関するリスク管理体制を構築し、少なくとも四半期ごとにカバープールの時価評価を行うための体制を整備することが求められる。そして、その結果を自らのウェブサイトに掲示しなければならない。

 韓国金融委員会は、投資家保護のため、発行体に対してカバード・ボンドに関する資料の提出を求め、調査その他の適切な措置を執ることを命じる権限を有する。

 ■ 我が国におけるカバード・ボンドへの取組み

 前述のとおり、我が国にはカバード・ボンドのための特別法は存在せず(担保付社債信託法が存在し、同法に基づく担保付社債を発行することは可能であるが、発行体に倒産手続が開始した場合、担保付社債の投資家の権利は、倒産手続によって制限・縮減される可能性がある)、現時点で我が国の金融機関などがカバード・ボンドによって資金調達を行おうとする場合には、ストラクチャード・カバード・ボンドの手法によらざるを得ないことになる。

 公表されている実例としては、2008年に新生銀行がストラクチャード・カバード・ボンドを発行するために有価証券届出書を提出した事例(株式会社新生銀行第1回無担保社債(合同会社アイビーアイ保証 保証付))が存在するが、社債の発行には至らなかったようである。また、実務家による論文等の中で、特別目的会社(SPC)や自己信託を利用することによるストラクチャード・カバード・ボンドのスキームなども提案されているが、本稿の執筆時点において(筆者の認識している限り)ストラクチャード・カバード・ボンドの発行事例は存在しない。ストラクチャード・カバード・ボンドのスキームの主たる課題の一つは、発行体に倒産手続が開始した場合に、投資家のカバープールに対する優先権が倒産手続に制約されることなく確保されるか(より正確には、かかる優先権が確保されることについて、ストラクチャード・カバード・ボンドの発行の時点で確証が持てるか)ということであり、現時点では、実務的に確立したと言える程の「解」は得られていないものと思われる(このほか、発行体が他の契約においてネガティブプレッジ(担保制限条項)を合意している場合にカバード・ボンドの発行が当該条項に抵触しないかが、実務上、主たる論点となりうるものとして指摘されている。また、カバープールの管理や情報開示のあり方なども重要な論点といえよう)。

 他方、我が国においてカバード・ボンドの法制化を目指す動きも存在する。主なものとしては、2009年に経済産業省の委託調査として「カバードボンド検討会」が「カバードボンドに関する欧米事例と我が国における導入可能性の検討」と題する報告書を取りまとめた例や、2011年に日本政策投資銀行が立ち上げた「カバード・ボンド研究会」が「わが国へのカバード・ボンド導入に向けた実務者の認識の整理と課題の抽出」と題する報告書を取りまとめた例がある。また、2012年7月に政府より公表された「日本再生戦略」の中では、金融戦略の項目の一つとして、「カバードボンドの導入の検討」が掲げられている。もっとも、本稿の執筆時点では、具体的な法制度の検討にまでは至っていないものと思われる。

 ■ 資金調達手段としてのカバード・ボンドのニーズ

 個人の金融資産が預金に集中している我が国の現状においては、銀行にとってカバード・ボンドによる資金調達のニーズは必ずしも高くないとも言われており、前述の「カバード・ボンド研究会」の報告書においても「カバード・ボンドに対するニーズについて、主要な発行体として想定される銀行の参加者からは、資金需要の低迷と預金中心の調達構造による資金余剰の状況、既存の社債発行が相応に順調であることを踏まえると、カバード・ボンドの導入は総じて喫緊に必要なものではないとの認識が示された」と言及されている。

 もっとも、近時、邦銀による海外企業向け貸付けが増加し、外貨調達ニーズが高まっている中、外貨調達の手段としてカバード・ボンドを活用することが考えられる。また、バーゼルIIIにおいて流動性規制が導入されることも踏まえて、今後、銀行による長期資金の調達ニーズが高まることも予想される。

 ■ カバード・ボンドに対する投資への親和性

 前述のとおり、我が国において「カバード・ボンド」として債券が発行された事例は見あたらない。もっとも、我が国の証券化商品の中で最大の割合を占める住宅金融支援機構債券は、会社更生手続が適用されないという住宅金融支援機構の特性を活かし、住宅ローン債権のプールを担保として住宅金融支援機構が発行する債券であり、発行体である住宅金融支援機構の信用力と住宅ローン債権のプールの信用力に二重に遡及することができるという点で、カバード・ボンド的な性質を有するものと評価することができる。従って、我が国の投資家にとって、カバード・ボンド(的な金融商品)に対する投資への親和性も一定程度存在するといえるのではないかと考えられる。

 また、前述の韓国のほかにも、アジア地域でのカバード・ボンドの発行事例は散見される。アジア地域におけるカバード・ボンドの取組みが進んでいることは、アジア地域に属する我が国においてカバード・ボンドが発行された場合にも、海外投資家を呼び込みやすくする要因の一つと評価することができよう。

 ■ 日本版カバード・ボンド法への期待

 カバード・ボンドに関する特別法が存在しない現行法制度の下でも、ストラクチャード・カバード・ボンドを発行できる可能性はあり、具体的な事例によっては、発行体と投資家双方のニーズを満たすストラクチャード・カバード・ボンドのスキームを組成することも十分に可能であろう。もっとも、法的安定性が高いと評価できるような、一般的・汎用的なストラクチャード・カバード・ボンドのスキームを現時点で構築し切ることは難しいと考えられる。そのため、我が国においても立法的な対応によって法的に安定したカバード・ボンドを利用可能とすることが検討されるべきである。

 我が国においてカバード・ボンドに関する特別法を制定しようとする場合、カバード・ボンドの投資家のカバープールに対する優先権やカバープールの管理、情報開示などの投資家保護に関する規定を盛り込むことが想定される。

 ここで、特に発行体の倒産時においてカバード・ボンドの投資家のカバープールに対する優先権を認める場合、反射的に発行体の他の債権者の権利を弱めることとなるため、債権者間の公平・平等を命

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