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ビッグ・データビジネスと個人情報保護

 スマートフォンやソーシャル・ネットワーキング・サービスの利用者の情報を使った「ビッグ・データビジネス」が企業の関心を集めている。しかし、一方で、電気通信事業法の通信の秘密や個人情報保護法などに抵触する恐れを指摘する声も根強い。石川智也弁護士が、無料メールの中身を機械的に解析して関連広告をつけるヤフーの広告手法を例に、電気通信事業法の規定や行政当局の運用実態を解説し、今後のビッグ・データビジネスのあり方を展望する。

インタレストマッチ広告と「通信の秘密」

西村あさひ法律事務所
弁護士 石川 智也

石川 智也(いしかわ・のりや)
 2005年東京大学法学部卒業、2006年弁護士登録(司法修習59期)、現在西村あさひ法律事務所。M&A案件、株式買取請求などM&Aに関する紛争案件、インターネットビジネスに対する法的アドバイスを含め、企業法務全般にわたる各社へのアドバイスに従事。

 ■ はじめに 

 最近、ヤフーのWebメールサービスを開くと、トップページに次のような表示がなされるようになった。

2012年9月19日より、メール内容に関連した広告を表示されやすくするために、お客様のメールのタイトルと本文が機械的に解析されます。お客様が個々のメールを読まれる時点で、表示画面オートカテゴライズ技術を用いてあらかじめ選んだ単語と同じ単語が含まれているかどうかを機械的に解析するもので、個人情報を認識するなどプライバシーに触れるような形で単語を識別・収集することができない仕組みになっています。送信者や受信者の氏名等は解析されません。また解析結果が第三者に提供されることもありません。
表示方法の変更を希望されない場合は、こちらのページより解析および解析結果の利用を中止できます。取得されるデータとその利用方法については新しいプライバシーポリシーをご確認ください。

 このように、個人の趣向に合わせて、メール内容に関連した広告が表示されやすくなるサービスは、インタレストマッチ広告といわれる。広告主の側からみれば、自らが宣伝する物やサービスに関心を有している人に効率良く広告を配信できる点で、歓迎すべきものであるように思われる。また、広告会社の側からみれば、技術の革新に伴って、このような競争力のある広告サービスが可能になった以上は、できるだけ、そのような広告サービスを提供したいと考えるのは当然のことであろう。

 他方で、Webメールの利用者の側の受け止め方は、必ずしも一様ではないように思われる。すなわち、メール上に表れる、自らが関心を有している事項に関連する広告が表示されやすくなるのは便利であり、歓迎すべきであると考える者も存在する一方で、単語に連動した広告が表示されることを不快と受け取る者も存在するように思われる。

 ■ 電気通信事業法上の通信の秘密

 1 原則:電気通信事業法4条1項

 ヤフーが、この広告サービスを開始する旨を公表したところ、多くのメディアがこれを取り上げ、ある法律上の論点について、議論がなされることとなった。それは、電気通信事業法により保護されている「通信の秘密」との関係である。

 電気通信事業法4条1項は、通信の秘密について、次のように規定している。

 電気通信事業者の取扱中に係る(1)通信の秘密は、(2)侵してはならない

 〔注:()数字と下線は執筆者による。〕

 まず、ここでいう(1)「通信の秘密」とは、通信内容のほか、通信の日時、場所、通信当事者の氏名、住所・居所、電話番号などの当事者の識別符号、通信回数等これらの事項を知られることによって通信の意味内容が推知されるような事項全てが含まれると解されている。冒頭に記載した、機械的な検索の対象であるメールのタイトルと本文は、「通信内容」を構成するものであると考えられることから、「通信の秘密」に該当すると解される。

 また、(2)通信の秘密を侵害する行為は、通信当事者以外の第三者が積極的意思を持って知得しようとすることのほか、第三者にとどまっている秘密をその者が漏えいすること(他人が知り得る状態にしておくこと)及び窃用すること(本人の意思に反して自己又は他人の利益のために用いること)も、それぞれ独立して通信の秘密を侵害する行為に該当すると考えられている。この点については、通信当事者ではない者がメールのタイトルと本文を解析する行為が「知得」に、メールに含まれている単語の有無を解析して、メール内容に関連した広告を表示されやすくする行為が「窃用」にそれぞれ該当し、条文上は、通信の秘密を侵害する行為に該当するように思われる。

 2 通信の秘密の例外

 もっとも、(1)利用者本人の同意がある場合には、例外的に「通信の秘密」の侵害に当たらないと考えられているほか、(2)「通信の秘密」を侵害する行為が正当な業務行為である場合についても、違法性がないことから、例外的に許される余地があると考えられている。

 これらのうち、(1)「利用者本人の同意」については、通信の秘密が重大な事項についての同意であることから、その意味を正確に理解した上で真意に基づいて同意したといえなければ、有効な同意があるということはできないと考えられている。

 また、(2)正当な業務行為であるか否かは、その行為が法秩序全体の見地から見て社会的に相当と認められるか否か次第であると考えられており、その判断は、具体的・実質的になされることになる。

 なお、(1)「利用者本人の同意」については、「その意味を正確に理解した上で真意に基づいて同意した」ことが要件とされているところ、時代の流れに伴い、通信の秘密やプライバシーに対する考え方が変化することによって、有効な同意があると判断される前提が変化することがあり得るものと考えられる。また、(2)正当な業務行為であるか否かの判断における、社会的に相当と認められるための判断要素としては、被侵害法益の実質的欠缺又は軽微性、目的の正当性や手段の相当性といった諸要素が挙げられ、それらの総合的評価によって社会的に相当と認められるか否かが判断されるところ、時代の流れに伴い、各人の通信の秘密やプライバシーに対する考え方が変化すれば、何を以て社会的に相当といえるかの判断も変化することがあり得るものと考えられる。その意味で、通信の秘密の例外は、時代の流れとともに、問題となる場面が変わり得る上に(これまでも、電報から電話に、電話からインターネットにと変わってきた)、法律に適用した場合の考え方も異なり得るものであるとすらいえる。

 3 インタレストマッチ広告について

 総務省は、平成24年9月27日に、「ヤフー株式会社における新広告サービスについて」と題して、以下のコメントを総務省のウェブサイトに掲載している。

 第1に、本件新広告サービスを利用することに伴い同意することとなる、本サービスにおけるメール解析という通信の秘密の侵害の意味・内容を利用者が正しく理解できるための情報として、例えば解析の目的、方法、時期、対象範囲、第三者提供をしないこと等が利用者においてあらかじめ明確に認識できるよう、メールトップページのスクロールせずに見ることができる位置に分かりやすく表示されること。

 第2に、メール本文等の解析を望まない利用者への対応として、いつでも解析を中止することができる旨及びその方法について、メールトップページのスクロールせずに見ることができる位置及びそのリンク先に分かりやすく表示されること。

 第3に、サービス利用開始後もいつでも本サービスの存在を認識し、解析を中止することができるよう、2度目以降も、トップページや受信箱ページにおいて、メール本文とタイトルが解析される旨及びいつでも解析を中止することができる旨及びその方法が、分かり易い位置に表示されること。

 第4に、メールの本文等の解析自体は、受信箱ページ等に並んだ個々のメールの件名等をクリックする行為に基づいて開始され、それまでは解析はなされないこと。

 これらのコメントによれば、ヤフーが提供しているインタレストマッチ広告は、(1)利用者本人の同意があることを前提に、電気通信事業法上の通信の秘密を侵害しないものとして整理がなされているようである。そして、冒頭に挙げた、ヤフーのWebメールサービスのトップページの記載は、電気通信事業法上の通信の秘密の侵害に当たらないために必要な、真意に基づく利用者本人の同意を取得するためのものであると考えられる。

 ■ 他の同種のサービスへの影響

 このインタレストマッチ広告については、上記のとおり、利用者本人の同意があることを前提に、電気通信事業法上の通信の秘密を侵害しないものとして整理がなされているものと考えられる。もっとも、前記のとおり、「利用者本人の同意」があるといえるためには、その意味を正確に理解した上で、真意に基づいて同意したといえることが必要であると解されていることからすれば、他の同種のサービスについて検討する際には、このインタレストマッチ広告の事例を参考にしつつも、結局のところは、個別具体的な当該サービスの内容を前提に、どのような仕組みであれば、利用者本人が正しく同意の意味を理解して、真意に基づく同意を行うことができるのかといったことを具体的に検討する必要があるものと考えられる。但し、利用者本人の同意取得の態様を過度に厳しく要求すると(例えば、前述のインタレストマッチ広告の件では、メールを開くたびに同意のボタンを押すことを要求するなど)、事業者が想定し、あるいは利用者が待ち望むサービスの提供が事実上不可能になり、あるいは著しく阻害されることがあり得るという側面には留意する必要があろう。

 更に、海外に拠点を有する事業者が日本でインタレストマッチ広告を実施する場合には、日本の電気通信事業法が適用されないようであるが、これが国内の事業者の競争力を不当に制限する結果となっていないかについても、今後議論がなされて然るべきではないかとも思われる。

 ■ 今後の展望

 インタレストマッチ広告が解析の対象としているのは、メールの送受信元の情報とは切り離された、直ちには個人識別性を有さない情報であるが、その他にも、最近では、スマートフォンの流通などにより、GPSにより把握された位置情報、ウェブサイトの閲覧履歴、購買・決済履歴など、直ちには個人識別性を有さない情報があふれ、このような大量・多様な「ビッグ・データ」と呼ばれる情報を分析し、商品開発や新ビジネスの創出に向けて有効活用する気運が高まっている。各事業者は、個人情報保護法や、個人のプライバシーとの関係に留意するほか、これらの点が直ちには問題にならない場合であっても、プライバシー情報の取扱いにつき、情報の取得元の納得が得られるよう適切な配慮を行うことが望ましい。

 海外では、個人のプライバシー情報に係るデータについて、様々なフレームワーク改定の動きが相次いでいる。例えば、EUにおいては、平成24年1月に、(1)明示的な同意の取得などを内容とする個人データ保護の権利強化や、(2)域外適用を含め、グローバル環境でのデータ保護ルールの詳細化などを内容とするEUデータ保護規則案が公表され、各国で立法化の動きが進んでいる。域外事業者も、規則に違反した場合には、最大で100万ユーロ又は事業者の全世界での売上高の2%相当額

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