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事業会社がハイブリッド証券を発行するメリットと留意点

濃川 耕平

 劣後債や優先出資証券など事業会社の資金調達手段として注目を集めているハイブリッド証券。事業会社にとっては、公募増資が困難な場合などに利用可能な便利な資金調達手段とされるが、発行の目的や市場環境等に応じた適切な商品設計が必要との指摘もある。濃川耕平弁護士が代表的なハイブリッド証券の概要を紹介し、その実務について解説する。

事業会社のハイブリッド証券について

西村あさひ法律事務所
弁護士 濃川 耕平

濃川 耕平(こいかわ・こうへい)
2000年東京大学法学部卒業。2001年弁護士登録。2007年バージニア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2007年より1年間ロンドンのノートン・ローズ法律事務所勤務。キャピタル・マーケットその他の金融取引、金融商品取引業規制その他の金融関連規制への対応等を担当。

ハイブリッド証券とは何か?

 近時、特に事業会社の資金調達手段としてハイブリッド証券が注目を集めているが、ハイブリッド証券とはどのような資金調達手段なのであろうか。

 ハイブリッド証券については法律上は明確な定義はなく、一般的に、デッド(社債又はローン)とエクイティ(株式)との中間的な性質を有する有価証券がハイブリッド証券と呼ばれている。典型的なハイブリッド証券としては、劣後債や優先出資証券が挙げられるが、優先株式も含めてハイブリッド証券と呼ばれる場合もある。

 これらの有価証券のうち、優先株式については金融機関・事業会社いずれについても従前より多数の発行事例があり、実務の蓄積もあるのに対して、劣後債及び優先出資証券については、伝統的には規制資本対応証券として金融機関が発行する事例が多く、事業会社による発行事例は相対的に少数であった。ところが、近年、特に2006年にイオンの劣後債(2006年9月)及び新日本製鐵の優先出資証券(2006年11月)が発行されて以降は事業会社による発行事例が増えてきており、今後も発行事例が増える可能性が指摘されている。

 そこで、今回のリーガル・アウトルックでは、劣後債及び優先出資証券を中心に、事業会社の視点から見たハイブリッド証券について取り上げたい。

劣後債の概要

 劣後債とは、その保有者に対する支払いの順序が発行体に対する一般債権(普通社債を含む)の債権者に対する支払いよりも劣後する債券をいう。具体的には、倒産手続開始等の一定の事由が生じた場合において、上位債権である一般債権の債権者に対する弁済が完了することを停止条件にして劣後債の債権者に対する支払義務が生じる旨の条項を入れることにより、劣後性が確保されている。上記のイオン以外にも、日新製鋼(2009年10月)やサントリーホールディングス(2011年6月)等の事業会社が劣後債を発行しており、また、JFEホールディングス(2008年3月)のように新株予約権付社債の形態にした事例や、東芝(2009年6月)のように劣後債と公募増資とを組み合わせた事例もある。

 同様の条項は社債要項だけではなくローン契約においても規定することが可能であり、この場合には劣後ローンと呼ばれることになるが、例えば、近時では本年3月12日に鹿島建設が劣後ローンによる資金調達を公表している。また、マツダ(2012年3月)のように劣後ローンと公募増資とを組み合わせたり、東京建物(2012年9月)のように劣後ローンと劣後債を組み合わせた事例もある。

 劣後債の法的性質はあくまでも債権であり、株式会社の社員の地位を表象する株式とは法的性質が異なるが、一般債権者に劣後するという意味においては劣後債権者の地位と株主の地位の間には一定の類似点が認められ、経済的な実態としてもいわゆる社債型の優先株式に近い性質を有することになる。

優先出資証券の概要

 優先出資証券とは、直接的には英国領ケイマン諸島等において設立された発行体の海外子会社が発行するエクイティ性証券であり、ハイブリッド証券として発行される場合には、当該海外子会社が保有する日本国内の発行体の発行した劣後債券又は当該発行体に対する劣後ローンを裏付け資産として発行される形態が一般的である。具体的には、発行体が連結子会社であるSPC(特別目的会社)を海外で設立し、当該SPCが優先出資証券を発行することにより投資家から得る手取金を当該発行体の発行する劣後債券の払い込み又は当該発行会社向け劣後ローンに充当する。クーポン及び元本の支払いの際には金銭の流れが上記と逆になり、発行体が支払った劣後債券又は劣後ローンの利息又は元本相当額が、優先出資証券に係る配当金又は償還金に充当されることになる(なお、かかる配当金等の支払いについては発行体の提供する劣後保証が付されることにより発行体による信用補完が行われるケースが一般的である)。

 オーソドックスなスキームによる発行事例としては東洋紡績(2009年2月)の例が挙げられるが、新日本製鐵(2006年11月)や東武鉄道(2008年10月)等のように、裏付け資産を新株予約権付劣後債とすることにより、SPCが発行する優先出資証券に本体の株式への交換権(優先出資証券を発行体の普通株式と交換する権利)を付した例も多い。

 このようなストラクチャーを組むことにより、発行体単体としては劣後債券又は劣後ローンについて支払利息の損金算入等の税務上のメリットを享受することができると共に、発行体の連結レベルでは外部からエクイティの形で資金調達をしている形になることから、資本増強の目的を達成することができることになる。

事業会社から見たハイブリッド証券のメリット

 ハイブリッド証券のメリットについては、まずは規制資本対応という観点から説明をすることができる。すなわち、金融機関、特に銀行及び保険会社等は、銀行法上の自己資本比率規制及び保険業法上のソルベンシーマージン比率規制等の一定の資本規制に服しており、法令上、一定の資本を維持する必要があるところ、ハイブリッド証券は一定の条件の下、かかる資本規制との関係で資本として取り扱うことが認められてきた。従来、ハイブリッド証券の発行が金融機関を中心に行われてきたのはこの点が大きく影響しているものと思われる。

 他方、事業会社の観点からハイブリッド証券のメリットを考えるにあたっては、普通株式及び普通社債との対比という視点から捉えるのが分かり易いであろう。

 まず、普通株式と比較した場合のハイブリッド証券の大きな特色としては、発行体の既存株主との関係で、公募増資や第三者割当増資の際に問題となるようなダイリューションが起こりにくいという点が挙げられる。劣後債及び優先出資証券の場合、いずれの発行形態においても、発行会社が調達する資金は法律上の性質としてはあくまでも負債であることから、既存株主との関係で議決権保有割合を減少させるものではなく、1株あたりの価値の希薄化が起こりにくいといえる。また、普通株式については、理論上、配当の支払いの有無及び金額を発行体の裁量で決定することができる反面、支払利息の損金算入が認められないことなどから、普通株式はハイブリッド証券に比べて資本調達コストが高くなる(裏を返せば、ハイブリッド証券は資本調達コストが普通株式と比べて相対的に低くなる)といわれることがある。

 また、普通社債と比較した場合のハイブリッド証券の大きな特色としては、格付機関からのエクイティ・クレジットの付与が挙げられる。エクイティ・クレジットとは、格付機関が発行体の信用評価を行うに際してハイブリッド証券を資本と評価するか又は負債と評価するかという点についての指標であり、具体的には、各格付機関がハイブリッド証券全体のうちどの程度の割合について資本と評価することができるかという観点から一定の水準に従った分類を行っている。例えば、ムーディーズの場合には、エクイティ・クレジットの水準として、バスケット分類と呼ばれる分類を採用しており、バスケットAについては0%、バスケットBについては25%、バスケットCについては50%、バスケットDについては75%、バスケットEについては100%の資本性評価を行う旨を公表しているが、発行体としては、発行するハイブリッド証券について高いエクイティ・クレジットを取得することにより、少なくとも格付機関との関係においては資本増強を図ることができることになる。他方で、資本調達コストという観点からは、ハイブリッド証券は発行体レベルで見た場合の支払順位が普通社債よりも劣後することになることから、相対的にクーポンが高く設定されることになり、資本調達コストとしては普通社債に比べて相対的に高くなると共に、格付けも普通社債に比べて相対的に低くなる点には留意が必要である。

事業会社におけるハイブリッド証券のニーズ

 上記のような点を前提に、事業会社にとってのハイブリッド証券のニーズを考えてみるに、市場環境に鑑みて公募増資を実施することが困難な状況にある事業会社や、大株主との間で一定の資本関係を維持する必要性及びその他ダイリューションの懸念等を有する一方で、一定の資本増強を必要としている事業会社にとってはハイブリッド証券は1つの大きな選択肢になるものと思われる。上記のようなニーズを有する事業会社にとっては、格付機関の定めるエクイティ・クレジットの要件を充足するような形で商品設計されたハイブリッド証券を発行することにより、普通株式を発行することなく格付機関との関係において資本増強という目的を達成することができる点は魅力的であろう。

 また、ハイブリッド証券は海外市場での発行も可能であることから、既存株主その他のエクイティ投資家や、国内社債の投資家といった従来からの投資家とは異なる投資家層から資金調達を行うことができ、資金調達手段の多様化という観点からも一定の意義を有するものと思われる。

ハイブリッド証券の商品設計の留意点

 上記のとおり、事業会社がハイブリッド証券を発行するに際しては、エクイティ・クレジットの取得が大きな目的となることから、実際の商品設計に際しては当該事業会社が目標とするエクイティ・クレジットを取得するために必要な条件を充足することが非常に重要なファクターとなる。一般的に、ハイブリッド証券の経済的な実態がエクイティに近くなればなるほど高いエクイティ・クレジットを取得することができるが、その場合には、商品内容をエクイティ、特に優先株式に近づける努力が必要となる。

 具体的には、ハイブリッド証券の償還期限を60年等の超長期又は無期限(永久劣後債等)にする、発行体が任意で利息の支払いの繰り延べができる旨の条項を設ける、支払順位について通常の劣後債よりも更に劣後し又は実質的に優先株式と同順位となるようにする等の工夫をすることにより、ハイブリッド証券の経済的な実態を優先株式に近づける工夫が必要となる他、商品内容の詳細の決定に際しては、実際にエクイティ・クレジットを付与することになる格付機関との議論も重要になる。

 また、特に優先出資証券については税務上のインパクトについても留意する必要がある。例えば、平成22年度税制改正により民間国外債の利子の支払いに係る源泉徴収義務の免除の制度(租税特別措置法第6条)の対象から発行体との間で一定の資本関係を有する特殊関係者が除外されることとなったことに伴い、優先出資証券を組成するに際して、発行体レベルで従前と同様のキャッシュフローを維持するためにはストラクチャリング上、一定の配慮をすることが必要となった。この点については、ソフトバンクが2011年9月に発行した優先出資証券のように、従来なかったようなストラクチャー上の工夫を行ったと思われる発行事例も見られるようになってきている。

最後に

 昨年末の衆議院選挙以降

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