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中国・赤信号は気をつけて渡れ、青信号でも気をつけて渡れ

中川 裕茂

中国・赤信号は気をつけて渡れ、青信号でも気をつけて渡れ

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 中川 裕茂

中川 裕茂(なかがわ・ひろしげ)
 日本及び米国ニューヨーク州弁護士。アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー・北京事務所首席代表。日本企業の中国及び台湾への直接投資、各種ライセンス、中国及び台湾におけるM&A、アンチダンピング、中国企業の日本向け投資案件その他中国関係法務を取り扱う。

 赤信号は気をつけて渡れ?

 私は2003年の北京留学を経て現在北京に駐在をしているが、北京に当初来たときに一番苦労したのが道路の渡り方である。

 青信号だと思って横断歩道を渡り始めると、いきなり左側から車が突っ込んでくる。右折をしようとするその車はまるで歩行者が目に入っていないかのようなスピードだ。横断歩道を渡り終えようとするとき、今度は対面から車が現れ、ブーブーとクラクションを鳴らしながら、私の体すれすれを通り過ぎていく。まるで、青信号で渡っている私が悪いかのような態度のその車も右折しようとしている。

 ここは中国である。歩行者よりも車が優先されるのだ。青信号での横断時でも車にひかれそうになったら、歩行者が車の運転手から「気をつけろ」と罵られるのである。

 そんな私も今では成長し、青信号でも気をつけて渡るだけのノウハウがしっかりと身についた。それでもまだ分からないのが、赤信号での横断である。多くの中国人は場所によっては赤信号でも左右の目視による確認を行い堂々と渡りきる。要は車が来なければ青信号、車が来たら赤信号ということなのだろう。常に黄色信号という表現もできる。厳密には信号は機能しており、青→黄→赤という3つの色で歩行者が要する注意の程度(裏を返せば車に合理的に期待できる歩行者に対する注意の程度)を表現しているという意味かもしれない。

 中国での企業活動と「赤信号」の法則

 では、この「赤信号は気をつけて渡れ」の法則は企業の行動にどこまで応用可能か。

 2010年9月の尖閣島沖衝突事件の後、某日本企業の社員が軍事管理区域と気付かずに同地域に入り、写真撮影したことで身柄拘束された(その後釈放)。同事件の後、少なくとも北京ではどこで「江戸の仇」を討たれるか分からないということで自粛ムードが強まったようにおもわれる。

 中国の法律には、一つの大きな特徴がある。それは、法規制の対象行為が抽象的で、違法性の一次的な判断が当局の裁量に大きく委ねられるという点である。

 この点、日本では大きく取り上げられていないが欧米では注目されている判決がある。北京市第一級人民法裁(地方裁判所)が2010年7月5日中国系米国人の地質学者シュエ・フォン氏に対し懲役8年を宣告した判決である(3人の中国人も共同行為により有罪)。これは、シュエ氏が、中国の石油産業のデータを不正に入手して売却したとの罪で起訴された刑事事件であり、国家秘密に該当するとされたデータは、一部報道によればペトロ・チャイナの保有する3万箇所以上の石油・ガス井に関する地理情報とのことである。シュエ氏は2007年に逮捕されて以来、身柄拘束が続いていたが、2009年にオバマ大統領が胡国家主席に対して直接釈放を求めるなど米中間の政治問題に発展した。また、裁判が非公開であることもあり、先進国との異質性が浮き彫りにされた事件であった。

 この事件で提起された問題点のうち最も厄介な点は、国家秘密の定義の曖昧さである。国家秘密に関しては、国家機密保護法に禁止行為が規定されており、例えば、不正な取得・保有、国外への送付、不正な複製などが禁止されている。国家秘密はといえば、「国家安全及び利益に関係し、法定の手続きによって確定する、一定期間内に一定範囲の者が知る事項」とされ、その重要性に応じて絶対秘密級・機密級・秘密級等の分類がある。そして、報道によれば、当該情報は国家秘密であるかどうかの認定は困難であり、情報の交付時点では当該データベースは市販すらされていたとのことである。

 「国家秘密」なんて公務員でもなければ気にする必要がないという認識は明らかに間違いである。国家機密の入手と利用は赤信号で横断歩道を渡るようなものである。「ここだけの情報だけど、国の内部通達が出ているから転送しておくよ。でも情報の取扱に気をつけてね。」「この調査会社は公安OBが作っている会社だから、どんなルートか知らないが、かなりきわどい情報まで取ってくれる。」ということはよく耳にする話である。国有企業が産業の一つの基軸となっている中国では、国家の方向性を示す文書として対外的に公布されない内部通達はよく利用されているし、どんな会社の財務諸表だって基本的には2日あれば(私であっても)調べられるのがこの国の特徴であり、秘密情報でも金を払えば手に入れられることが多い。自然資源の情報、地理情報、価格に関する国家政策、人事情報など、そうしたものの枚挙に暇がない。知らないうちに国家秘密を手にしていることは多いはずだ。

 摘発のきっかけは?

 問題は、普段は摘発されることがなくとも、いろいろなきっかけ(国家間の政治問題、第三者による告発、内部者による告発)によっていつ摘発にいたるか分からず、当局・第三者や内部者によって会社の違法行為が「利用」されるかわからないという点である。

 とすれば、「赤信号は気をつけて渡れ」の法則の適用を見直す必要がありそうだ。私も一応中国当局のお許しを得て中国で勤務する弁護士である。明日から人の群れにまぎれて赤信号で横断歩道を渡ろうかどうか悩みそうである。

 企業法務の窓辺
 このシリーズ「企業法務の窓辺」では、アンダーソン・毛利・友常法律事務所で企業法務に携わる弁護士たちが身の回りの出来事や日々のニュースに感じたことを法律家の視点でつづります。

 中川 裕茂(なかがわ・ひろしげ)
 日本及び米国ニューヨーク州弁護士。アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー・北京事務所首席代表。
 日本企業の中国及び台湾への直接投資、各種ライセンス、中国及び台湾におけるM&A、アンチダンピング、中国企業の日本向け投資案件その他中国関係法務を取り扱う。