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民主主義の帝王学

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士  阪田 雅裕

拡大阪田 雅裕(さかた・まさひろ)
 弁護士、元内閣法制局長官
 1966年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、大蔵省入省。銀行局保険部保険第一課長、国税庁直税部所得税課長、国税庁長官官房総務課長、大蔵省大臣官房審議官などを歴任。1992年12月に内閣法制局の総務主幹となり、第三部長、第一部長、内閣法制次長を経て、2004年8月から2006年9月まで内閣法制局長官。
 2006年11月に弁護士登録(第一東京弁護士会)。2006年12月に当事務所顧問就任。

 所属している第一東京弁護士会の企画で、ときどき都内の中学校に「憲法」の出張授業に出かける。

 今の憲法が明治憲法と違うところはどこでしょう?

 3年生の生徒からは、ほぼ例外なく「国民主権」という答が返ってくる。中学生でも知っている憲法の基本原理であるが、その主権者の一人であった私たちがその責任を果たしてきたかどうか、疑問を禁じえない。

 納税者が減税に反対したカリフォルニア州

 ずいぶん以前にロスアンゼルスで勤務していた頃、「納税者の反乱」として話題になった出来事があった。アメリカ各州には、市民自らが法案を立案し、有権者の一定割合の署名を集めると、国政選挙の際に住民に直接その法案の賛否を問うことができる制度がある。1978年にカリフォルニア州で投票に付されたプロポジション13は、固定資産税率を一律2分の一に軽減しようというもので、州や市当局による懸命のネガティブキャンペーンにもかかわらず、圧倒的多数の支持を得て成立した。全米の注目を集めたが、世に減税を望まない納税者などいるはずがなく、至極当然の結果ではないかと、何だか馬鹿らしくも思えたものである。

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 ところがこれに続編があった。プロポジション13の成功に味を占めた提案者が、翌々年、州の所得税率を半分に引き下げる住民提案をしたところ、今度は逆に3分の2以上もの住民が反対票を投じたのである。減税に納税者が反対するというのは、当時の筆者には想像を絶することであり、アメリカ国民の主権者としての誇りを垣間見た気がした。

 ゴマスリと諫言

 わが国財政の国債頼みは止まるところを知らず、今や一般会計の歳入の半ば近くが借金で賄われる状態になっている。国・地方の長期債務残高はGDPの2倍近くにもなり、他の先進諸国を断然引き離している。これが主権者である私たちの統治の結果なのである。

 故山本七平氏は、日本の財政が現在よりははるかに健全だった30年以上も前に、その著「帝王学」の中で、唐の史書であり、家康らも愛読したといわれる貞観政要を引用して次のように警鐘を鳴らしている。

 唐の建国の祖、太宗皇帝は、権力者の周りには常に阿諛追従の徒、つまりゴマスリが群れる結果、真の情報が入らなくなることをおそれた。そこで、もっぱら皇帝に諫言することだけを職務とする官を設けて人材を充て、終生その直言に謙虚に耳を傾けて、治世に誤りなきを期した。現在の権力者は主権者たる国民にほかならない。国民は自らが持つ権力に対して阿諛追従が起こりがちなことを自戒しなければならない。

 自覚を持てない権力者

 考えてみると、2千年に及ぶわが国の歴史の中では、国民が主権者になったのは、ごく最近のこと、それも自らの発意ではなく、GHQに主導されてのことである。日本国憲法が施行された1947年まで、この国は、ほぼ一貫してお上によって統治されてきた。民の暮らしを考えるのはお上の仕事であって自分達の責任ではない。まして、ゴマをすられるような統治の権力者になったという自覚が持てないのは当然ともいえよう。自らを振り返っても、学校などで主権者としての心構えといったことを教わった記憶はない。

 経済を活性化させて税収を増やすことにより増税なき財政再建が可能、歳出のムダの削減により増税をすることなく子供手当てその他サービスの拡充に必要な財源が捻出できる等々、政治のメッセージは私たちの耳に快く響いた。その一方で消費税を導入したりすると、「山が動いた」りする。

 将来の国民の人権を現在の国民が侵害

 積もり積もった国や地方の債務、これはとりもなおさず、私たちの世代が、いうならば分不相応な飲み食いを続けた挙句のつけである。親の借金なら相続放棄という手があるが、国の借金は、後の世代が免れるすべがない。それでなくとも社会の高齢化はますます進み、社会保障関係費の負担は増す一方である。現役世代(20歳以上64歳以下)の人口を高齢者(65歳以上)一人当たりで見ると、1965年に9.1人もいたのに、1990年は5.1人、2010年には2.6人、そして2050年になると1.2人にまで減ると予想される。将来の国民は、大勢のお年寄りを抱えながら、父祖が残した莫大な借金の返済に追われることになる。

 憲法は基本的人権を、侵すことのできない永久の権利として、現在の国民だけではなく将来の国民に対しても等しく保障している(第11条、第97条)。このままだともたらされるであろう著しい世代間の不公平は、現在の国民による将来の国民の基本的人権の侵害以外の何ものでもあるまい。

 すでに担いきれないほどに重くなっている後世の負担を多少なりとも軽減することは、私たち現在の主権者の憲法上の責務である。一刻も早く、20兆円にも及ぶ基礎的財政収支の不均衡を是正し、公債残高の累増を止めなければならない。

 忠臣の諫言に耳を傾けよ

 先に政府と与党とが合意した「社会保障と税の一体改革」は、こうした決意の表明であろうが、消費税率を10%にまで引き上げるのは、なお数年も先のこと、しかも景気の好転を条件とするなど、現在の主権者に気をつかったとしか思えない内容となっている。もし景気が好転しなければ、わが国が破滅への道を歩むのを漫然と眺めているのだろうか。

 かつての忠臣は、死を怖れることなく主君に諫言を呈したという。現在の主君は主権者たる国民であり、その一票はときに政治家の死命を制する。それでも、私利私益や党利党略を超えて、国家百年の計を案じ、国民に率直に真実を語って必要な負担を求める勇気を持つことこそ、国民の忠臣たるべき政治家の責務であるし、主君である国民に、これら忠臣の諫言に真摯に耳を傾ける姿勢がなければ、この国はいつか裸の王様となって、世界に恥をさらすことになろう。

 

 阪田 雅裕(さかた・まさひろ)
 1966年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、大蔵省入省。
 通産省重工業局電子政策課企画係長、苫小牧税務署長、武蔵府中税務署長、在ロスアンゼルス総領事館領事、内閣法制局参事官(第一部)などを歴任した後、1986年7月に大蔵省銀行局保険部保険第二課長。1987年7月に保険第一課長。1988年6月に国税庁直税部所得税課長、89年6月に国税庁長官官房総務課長。1990年9月、大蔵省大臣官房参事官。1992年6月、大蔵省大臣官房審議官。
 1992年12月に内閣法制局の総務主幹、1993年7月に内閣法制局第三部長、1999年8月に第一部長、2002年8月に内閣法制次長。2004年8月から2006年9月まで内閣法制局長官。
 2006年11月に弁護士登録(第一東京弁護士会)。2006年12月に当事務所顧問就任。
 2007年4月に明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科特別招聘教授に就任。
 著書に「証券取引等監視委員会」(大蔵財務協会, 1993年)など。

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