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最新グローバル企業法務のキーワード集

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 川村 明(国際法曹協会会長)

拡大川村 明(かわむら・あきら)
 国際法曹協会IBA現会長、アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。
 1965年3月、京都大学法学部卒業。司法修習(19期)を経て1967年4月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。1971~1972年、オーストラリアUniversity of Sydney(LL.M.1979)留学。
 1985年、第二東京弁護士会副会長。1986年、日本弁護士連合会常務理事。

 カタカナだらけのポストGFC

 リーマン倒産がきっかけの世界金融危機。これは「グローバル・ファイナンシャル・クライシス」、今や略して「GFC」と呼ばれている。そのGFCの法律的後始末は大体片が付いたというのに、その後遺症とも言うべき「ポストGFC」の財政危機は世界各地で未だに収束していない。

 GFCの舞台となった国際的なキャピタル・マーケット。GFCは、グローバル・スタンダードの金融法制の下、国際化した弁護士や会計士の「グローバル・プロフェッション」なしには起こらなかった。そのもっとも強力な担い手であった英米の「グローバル・メガファーム」も、リーマン倒産までの数年間は急成長していたが、GFCの渦中にあっては売上急減速の地獄を経験した。売上30%減、弁護士のレイオフ15%から20%などはあたりまえ。これらグローバル・メガファームは、景気変動にもまれる大企業と同じ運命を辿った。もっとも、打撃を蒙ったメガファームも合理化を目指し、自ら金融市場から資金を調達して経営を立て直すようになり、一層大企業化した。イギリスやオーストラリアでは、法律事務所を株式会社化し、IPO、即ち株式の上場に進むところも出てきた。

拡大

 GFCは法律事務所の国際大企業化だけではなく、「パーマネント・パワーシフト・フロム・ウェスト・ツー・イースト」と呼ばれる変化をもたらした。GFCまでは英米のマーケットが世界を主導していたが、その英米のマーケットが崩壊して世界経済成長の中心は東へ、即ち、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)のような新興地域に移ったというのだ。大企業は国際統括本部をシンガポールや香港に移し、メガファームも新興国に支店を開設したり、人材を配置換えしたりしている。

 こういうプロフェッショナル・サービス業界のパラダイム・シフトも、これがあたりまえになったと言う意味で「ニューノーマル」と呼ばれている。ポストGFCの世界はカタカナだらけだ。

 グローバル・ローヤー:

 GFCで存在感を強めたのがグローバル・プロフェッションだ。全世界のマーケットで均一の金融商品を売りさばくシステムを構築してGFCの原因を作ったのはグローバル・プロフェッションだが、GFCを驚くような短期間で法律的に整理したのもグローバル・プロフェッションだった。たとえば、リーマンの全世界にわたる債務総額70兆ドル、史上最大の倒産、これも弁護士・会計士の世界的なネットワークで一年とたたずに法的整理が完了した。各国財政当局がいかなる政策を打ち出し、巨額の政府資金を投入しようとしても、債権債務が迅速かつ一元的に法的整理されていなければ何もできない。危機の原因を作り出したのがグローバル・プロフェッションだったとしても、それを迅速に整理して解決の道筋をつけたのもグローバル・プロフェッションだったのだ。

 西から東へのパワーシフトの時代、国際投資や企業進出の仕向け地は多様化している。それが、BRICsであれ、その他の新興国であれ、いずれも英米に比べれば法律制度もプロフェッショナル・サービスもニュー・フロンティアだ。そこへ先進国の企業や投資が殺到している。このニュー・フロンティアへのナビゲーターたるべき企業法務、インハウス・ローヤーの役割は今までになく重要になっている。

 リーマン倒産の場合でも、アメリカ連邦政府の救済なしという見通しになったその日、まだ正式発表もないうちにリーマン法務部は全世界にわたる資産や債権債務保全の大作戦に取り掛かった。外部カウンセルには大手のアメリカのメガファームが起用されたが、その時点で既に一億ドル(当時約100億円相当)の弁護士費用が想定されていたという。リーマンの法的整理の成否は、リーマンだけではなく、世界経済の帰趨もかかる大事業だった。たとえ一国でも無秩序な取り付け騒ぎになってしまっては、世界中が取り返しのつかない混乱になる。世界中の弁護士を相手に、この大事業の作戦をたて、弁護士を選択し、指示を与え、進行状況を管理する巨大な仕事が、ある日、突然、リーマンのインハウス・ローヤーたちの肩に覆いかぶさってきたのだ。

 倒産だけはまっぴらごめんだが、このような地球規模の大型企業法務案件、海外投資やM&Aの攻防、海外でのコンプライアンス事件など、リーガル・マネージメントという仕事は、日本の企業法務にも全く新しい資質を求めている。

 インハウス・ローヤー:

 ポストGFCは、インハウス・ローヤーの時代だ。これもニューノーマル。

 リーガル・サービスの世界でインハウス・ローヤーの支配力が決定的になったのは、なんといってもポストGFCの不況が主因だ。聖域なき経費削減の波は、当然、企業法務にも及ぶ。他方、事件は大型化し、管轄地は地球規模に広がる。それにも関わらずリーガル・コスト合理化圧力。それは法律知識より、マネージメント能力を問われる仕事だ。しかも、それをグローバル・ベースで。

 そこで、「ニュー・ビリング」と呼ばれる弁護士報酬削減の手法が広がっている。見積もりやディスカウントは当然のこと、入札方式やパネル方式、シーリング方式などはまだわかる。担当弁護士を指名し、その仕事や時間をインハウスが直接管理する方式まで現れた。これでは外部の独立したリーガル・サービスを受けたことになるのかどうか疑問だ。

 そこに見えてきたのは、広大な世界のリーガル・マーケットから、問題に最適なサービスを最も経済的なコストで調達するという、インハウスのリーガル・サービス調達機能だ。今や、インハウスは、世界中の法律知識よりも、世界中のリーガル・マーケットに通じていることが求められるようになった。プロフェショナル・ネットワーキング。グローバル・リーガル・サービス調達のマネージメント、グローバル・ローヤリングのスキルが求められている。

 依頼者の問題に最適の弁護士のチームを編成して、最適の価格で提供する仕事は、今までローファームのシニア・パートナーの差配するところだったが、今や、これを企業のインハウス・ローヤーが取り仕切るようになったのだ。

 アクゾ・ノーベル事件判決:

 昨年、ヨーロッパ共同体の裁判所、ルクセンブルグにある欧州司法裁判所(「ヨーロピアン・コート・オブ・ジャスティス」)がインハウス・ローヤーの弁護士特権について興味ある判決を出した。

 アクゾ・ノーベル社はノーベル賞のノーベル創立にかかるオランダの化学工業国際企業だが、カルテルの嫌疑をかけられ、欧州委員会の立ち入り捜査、いわゆる「ドウン・レイド(暁の急襲)」を受けた。その際、欧州委員会はロンドンにあったアクゾ社法務本部のオランダ人インハウスのデスクから多数のメモを押収していった。これに対して、アクゾ社はもちろん、欧州各国の弁護士会や企業内弁護士連盟、それに現在私が会長を務めている国際法曹協会などが訴訟参加して、弁護士守秘特権を主張して激しく争った。私も法廷に出て陣頭指揮をとったこともある。残念ながら裁判所は、インハウス・ローヤーにも外国弁護士にも特権を認めなかったが、その保守的な姿勢は強い批判を受けている。

 このアクゾ・ノーベル事件が明らかにしたのは、弁護士のインハウス化、多国籍化の現実だ。弁護士が国際的転職によってキャリアアップし、多様な職場で職責を果たしている現実だ。そのような国際弁護士が弁護士としての特権を認められなければその職責をはたせない。欧州司法裁判所はこの問題に対して前向きになれなかった。グローバル時代の弁護士のキャリア・マネージメント最適環境はまだ整っていないと言わざるを得ないが、私たちは、この判決はいずれ覆されるとみている。そして、インハウス・ローヤーの立場が国際的にますます強化されていくことは間違いないと断言できる。

 

 川村 明(かわむら・あきら)
 国際法曹協会IBA現会長、アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。
 1965年3月、京都大学法学部卒業。司法修習(19期)を経て1967年4月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。
 1971~1972年、オーストラリアUniversity of Sydney(LL.M.1979)留学。1972年、オーストラリア・シドニーのAllen Allen & Hemsley(現事務所名Allen Arthur Robinson)法律事務所勤務。1976年、当事務所パートナー就任。
 1985年、第二東京弁護士会副会長。1986年、日本弁護士連合会常務理事。1996~1998年、日本弁護士連合会外国弁護士及び国際法律業務委員会委員長。1998年、日弁連の国際活動に関する協議会座長。
 2002年、日本マクドナルドホールディングス株式会社 社外取締役。2003年、日本仲裁人協会常務理事。
 2005年、国際法曹協会(IBA)常務理事。2007~2008年、国際法曹協会(IBA)事務総長。2011年から国際法曹協会(IBA)会長。

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