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「渉外」弁護士も「室内」から外へ:アウトバウンド、震災とPFI

弁護士も外へ出る時代

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 山口 大介

山口 大介(やまぐち・だいすけ)
 日本及び米国ニューヨーク州弁護士、アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。
 1992年3月、東京大学法学部卒業。1992年4月-1998年11月、株式会社長銀総合研究所勤務。司法修習(54期)を経て、2001年10月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2007年5月、米バージニア大学法科大学院(LL.M.)修了。米国法律事務所で勤務後、2008年3月に当事務所復帰、2010年1月パートナー就任。

 オフィスから出ない「渉外」弁護士生活

 私は、大学卒業後、銀行系のシンクタンクで研究員として約6年半勤務し、その後司法試験を経て法曹界に転身し、弁護士になって今年で11年目になる。シンクタンク勤務時代は、地域開発・地域振興や市町村合併の案件に主として携わっていたことから、頻繁に全国各地へ出張しており、出張先で仕事を終えた後、地元の美味い料理や酒を味わうことが、ささやかな楽しみであった。

 私が入所した法律事務所も、業界ではいわゆる「渉外法律事務所」と呼ばれており、国際的な企業法務案件を中心に取り扱っており海外のクライアントも非常に多い、という触れ込みであったから(もちろんそれは事実であるが)、入所前は、国際的な仕事が多いのであるから海外出張なども非常に多いのであろう、と単純に想像し、ひそかに楽しみにしていたのである。

 しかし、法律事務所に入所してすぐに判明したのは、新人弁護士が実際にやる仕事というのは、ひたすら対象会社の書類を読み込み法的問題点の有無をチェックする、いわゆる法務デュー・ディリジェンスと呼ばれる(非常に重要であるがあまり面白いとは言えない)仕事や、パートナーの指示に従って自分の部屋でひたすら判例や文献を調査するリサーチ業務が中心である、という現実であった。したがって、入所後しばらくの間は、出張どころか、昼間は窓の無い会議室に閉じ込められて契約書を読みふけり、夜に事務所にもどって判例のリサーチをするといった、どこが「渉外」なのか全くわからない「室内」弁護士の毎日が続いたのであった。

 入所して何年かたつと、会議などでクライアントとお会いする機会などが次第に増加してくるが、国内のクライアントの大部分は東京所在であるので、訴訟をあまりやらない私にとって、国内出張という機会はそれほど多くない。また、弁護士が参加する会議というのは、その主たるテーマは契約書の文言や法律の解釈なので、事前にメール等で書類をやり取りしておけば、必ずしもフェイス・トゥ・フェイスで会議をしなくてもある程度充実した意見交換が行えるという性質がある。このため、海外のクライアントとの会議でも、電話会議やビデオ会議で済ませることが多く、日常の業務に忙殺されていたこともあり、やはりそれほど海外出張する機会もないまま、現在に至っている。

 もちろん、国内・海外を飛び回りながら華々しく活躍している先輩弁護士もたくさん知っているが、私のような「従来型」の弁護士も、未だに数多く存在していることは事実であろう。しかしながら、最近の日本の景気の低迷や、法科大学院制度の導入による弁護士数の飛躍的な増加などから、弁護士業界全体としても、法律事務所としても、また私個人としても、(出張の有無といったレベルにとどまらず)様々な意味で積極的に「外へ出る」必要性が、これまでになく高まっているように思われる。

 企業内弁護士の数は着実に増加しつつあり、政治の世界でも弁護士の存在感が高まっている。また、企業不祥事の際には弁護士を中心として構成される第三者委員会によって調査を行うことが一般的となるなど、様々な領域で弁護士の活動範囲は広まってきているが、以下、私の専門分野であるM&A(企業買収)とPFI(民間資本による社会資本整備)に関して「外へ出る」ことの意義を少し考えてみたい。

 アウトバウンドM&Aへの対応

 高齢化に伴う国内市場の縮小や歴史的な円高などを背景として、日本企業の海外進出・国内空洞化の動きが加速していると報じられている。それだけでなく、ジャパン・パッシングという言葉があるように、外国から見た投資対象としての日本の魅力も減退していると考えられ、いずれも大きな問題である。M&Aの世界においても、中国など一部の例外を除き、海外企業による対日M&Aは減少傾向が見られ、国内企業間のM&Aも伸び悩んでいる。これに対し、日本企業による海外企業に対するM&A(アウトバウンドM&A)は、ここ数年、金額・件数ともに大きな伸びを見せている。

 このアウトバウンドM&Aに関する法律業務は、世界的なネットワークを有する英米の巨大法律事務所が従来から強みを有している分野であるが、このような最近の日本企業の動きを受けて、日本の大手法律事務所でも、特に日本企業のアジア進出をサポートする体制を近年強化しつつあり、それぞれ戦略の違いはあるが、中国・インド・東南アジア等のネットワーク構築及び強化を図ってきている。

 日本の弁護士を単なる「日本法の専門家」にすぎないと定義すれば、海外でのM&A業務は厳密に言えば業務範囲外ということになりそうであるが、各国の法制度の許す範囲内において、企業法務を中心とする日本の法律事務所も、いわば「日本企業に対する法務ソリューション・プロバイダ」として、外国の法律事務所とも連携しつつ日本企業の世界進出への対応を強化していかなければ生き残っていくことが難しい時代になりつつある、という実感がある。このアウトバウンド業務においては、海外ネットワークが極めて重要であり、現地の法律事務所との連携・協力が鍵になることから、私個人としても今後はアジアを中心とする海外出張が増えそうな予感がある。

 PFIと震災復興

 また、地理的に外へ出るアウトバウンドM&Aとは別の視点で、PFIのような新たな業務分野へ進出するという意味での「外へ出る」動きもある。PFIとは、Private Finance Initiativeの略で、元々は英国で生まれた概念であるが、簡単に言えば、公共と民間が対等な立場で締結する事業契約をベースに、民間の資金・ノウハウを活用して質の高い公共サービスを提供するための手法であり、日本では1999年7月に公布されたPFI法(民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律)に基づいて、国及び地方公共団体等におけるスポーツ施設、病院、刑務所などを含む様々な公共施設の整備・運営などに活用されている。

 日本における従来型の公共事業の契約は、基本的には公共工事建設請負契約約款などの定められた様式に基づいてなされる。また民間のノウハウなどを契約に盛り込む必要性も存在しなかった。こうした事情から、PFIの導入前は、事後的に紛争が生じたような場合を除き、弁護士の関与は限定的であった。これに対して、PFIにおいては、公共と民間の役割分担や権利義務関係をすべて事業契約に盛り込む必要があることから、契約書が複雑化し、またその内容も案件ごとに異なるため完全な標準化が難しいという特徴がある。したがって、契約書のドラフト段階からその後の事業者選定手続や契約交渉等も含め、弁護士が全面的に関与する点に大きな特徴があり、10年前にはほとんど存在しなかった弁護士の新たな業務分野となっており、私も入所以来多くの案件に携わってきた。

 PFIについては、これまでのところ箱モノ整備に偏っているという実態があり、無駄な公共事業を助長している、といった批判もあるが、必要な公共サービスを民間のノウハウを活用して効率的に提供する、という理念自体に誤りはないと考えている。本年6月には改正PFI法が公布され、「公共施設等運営権」という概念(権利)が新たに導入されることになった。この公共施設等運営権を民間事業者に付与することによって、従来は難しかった上下水道、港湾、鉄道などの幅広い分野のインフラ事業において独立採算型のPFI事業の導入が可能になるため、箱モノ整備以外の様々な公共サービス分野への活用が期待される。

 現在、東日本大震災の復興費用についてどの程度の増税が必要かといった議論がなされているが、膨大な資金を要する復興事業をすべて公共資金で賄うということは現実的ではなく、民間資金を活用したPFI事業を、インフラ整備を含む震災復興事業に積極的に活用することによって、国の財政負担の軽減及び効果的な復興事業の実施に資することができると考えられる。本年7月に公表された政府の「東日本大震災からの復興の基本方針」においても、民間の力が最大限に発揮されるよう、PFI等の積極的活用を図る旨が示されている。

 しかしながら、PFIは複雑な手法であることから、ノウハウを持たない被災エリアの地方自治体がすぐに導入することは実務的に難しいこと、事業者選定に時間を要するため緊急を要する事業には向かないこと、といった問題点があり、残念ながら現時点においては震災復興にあまり活用されていない状況のようである。私としても、震災復興へのPFIの活用を促進するため、ノウハウの地方自治体等への提供や、震災復興事業に使い易い制度とするための法改正の支援など、法律家としてできることに継続的に取り組んでいければと考えている。

 山口 大介(やまぐち・だいすけ)
 日本及び米国ニューヨーク州弁護士、アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。
 1992年3月、東京大学法学部卒業。1992年4月-1998年11月、株式会社長銀総合研究所勤務。司法修習(54期)を経て、2001年10月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2007年5月、米バージニア大学法科大学院(LL.M.)修了。米国法律事務所で勤務後、2008年3月に当事務所復帰、2010年1月パートナー就任。
 M&Aを中心とする会社法務を中心に、PFI(民間資金を活用した社会資本整備)案件やベトナム等のアジア関連業務も手がける。
 著書に「PFI実務のエッセンス」(共著、有斐閣、2004年)、「新会社法の読み方−条文からみる新しい会社制度の要点−」(共著、社団法人金融財政事情研究会、2005年)、論文に「金融庁『公開買付けQ&A』の実務上の留意点」(「旬刊経理情報」No.1254、2010年)、「非公開化取引の最新動向とバイアウト実務への影響」(共著、日本バイアウト市場年鑑-2011年上半期版-)など。