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女性弁護士と企業法務
 ~ある弁護士の独り言~


アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 今津 幸子

拡大今津 幸子(いまづ・ゆきこ)
 1991年3月、慶應義塾大学法学部卒業。司法修習(48期)を経て、96年4月、弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。2005年1月、当事務所パートナー就任。2007年4月-2010年3月、慶應義塾大学法科大学院准教授。

 私が所属するアンダーソン・毛利・友常法律事務所には、私を含めて現在70名ほどの女性弁護士が所属しており、事務所の全所属弁護士の2割を超えている。私の事務所だけでなく、企業法務を多く扱っている日本の他の大手法律事務所も、総じて、女性弁護士が事務所の所属弁護士の2割前後を占めている。この数字を、多いととらえるか、少ないととらえるかは意見の分かれるところなのかもしれないが、ここ数年の新司法試験の女性合格者の全合格者に占める割合が3割弱で推移していることからすれば、まあ、妥当な数字なのだろうか。それでも、私が司法修習を修了して弁護士となった1996年当時、現在の事務所の前身であるアンダーソン・毛利法律事務所には、私を含めても女性弁護士は片手で収まるくらいの人数しかいなかったことを考えれば、それから15年経った現在の事務所の女性弁護士の人数にしても、女性弁護士の割合にしても、隔世の感がある。

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 とりわけ、企業法務において、弁護士に求められる資質は、まさに弁護士としてのそれであって、男女の性差はほとんど関係しないと私は思っている。私が弁護士になった1996年は、弁護士業界も、まだ「保守的な」雰囲気が残っていたと思うが、それでも、M&A、金融案件、知財、税務、独禁など、企業法務の多くの分野では、男女の性差は関係していなかったと思うし、私自身、企業法務を目指した理由はそこにあった。さらに、今はますます、企業側の担当者として女性が出てくるケースが増えている。管理職として頑張っている女性担当者と案件でご一緒すると、不思議と連帯感が生まれることが多く、私自身も、もうちょっと頑張ろうという気持ちになれる。

 労働案件は少し違う?

 しかし、たぶん、その、「男女の性差は関係しない」企業法務の例外であろう分野の1つが、現在、私が主な業務としている労働案件である。企業法務における労働案件であるから、顧客は、会社、すなわち雇用主であり、私達は、雇用主である会社に対して助言したり、会社の代理人を務めたりすることとなる。

 労働案件において、雇用主である会社側を弁護する弁護士なんて、鬼なんじゃないか、と思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、弁護士として果たすべき職責が法令遵守にある、という意味では、労働者側につこうが、雇用主側につこうが、弁護士として目指すものは変わらないはずである。むしろ、雇用主である会社へ弁護士が助言することにより、法令違反を未然に防ぐことにつながったり、トラブルが大きくなる前に解決できたり、ひいては、より良い職場環境を整えることができたりするわけで、大きく見れば、雇用主側のみならず、労働者側のためにもなっていると自負している。

 ところで、企業法務の中でも、労働分野はやや特殊である。それは、他の分野と異なり、交渉の相手が、「会社」ではなく、「労働者」、すなわち、感情をもった人間である、という点だ。とりわけ、労働紛争案件では、相手となる労働者は、自分の人生や生活をかけて会社と対峙することが少なくない。会社を相手に交渉するときのように、ビジネスとしての合理性を追求する、というわけにはいかないのだ。

 女性の悩みと苦しみを理解できる

 話を戻して、私は、労働案件は、女性弁護士が女性であることをむしろ特性として生かすことのできる、おそらく企業法務の中では唯一の分野であろうと思っている。

 その理由の1つ目は、労働問題では、男女の性差が端的に問題となることが少なくないからである。たとえば、セクシュアル・ハラスメントでは、今も被害者の多くは女性であるが、被害者の本当の気持ちは、実際、男性にはなかなか理解してもらえない。また、ワーク・ライフ・バランスが叫ばれ、家庭と仕事の両立が重要視されているが、実際には、両立は決して簡単なものではない。そして、仕事に没頭できる立場の人には、育児と仕事の両立に苦労する労働者(これも、残念ながら、その大半は女性である。)の事情はなかなか理解できないであろう。働いていることで女性が抱える悩みや苦しみは、弁護士であろうと、会社員であろうと、公務員であろうと、自営業者であろうと変わらないわけで、女性が働く実態や現実を理解している女性弁護士が雇用主である会社側に助言することは、女性労働者の職場環境をよりよくしていくことに役立つと思う。

 人生の選択に悩んだ経験から

 理由の2つ目は、私の偏見も多分にあると思うが、同世代の男性と女性を比べてみたときに、どちらかというと、女性の方が苦労も悩みも抱えつつ人生を送っていると思うからである。

 労働案件における雇用主側の弁護士の役割は、法令遵守の観点から、単に法律上の問題点や解決策を指摘するだけではない。労働者に、どういう言葉で、どうコミュニケーションをとっていくか、具体的なアドバイスを求められることも多い。とりわけ、労務トラブルや紛争の局面においては、会社側は、労働者という生身の人間と、直接向き合っていかなければならない。そのときに、会社側のメッセージをどのように労働者に伝えていくかによって、トラブルが解決する場合もあれば、火に油を注ぐ結果となってトラブルがますます大きくなる場合もある。このような場面で、雇用主側の弁護士が、雇用主である会社に対して、どれだけ実践的な助言ができるかは、その弁護士のそれまでの人生経験も大きく左右すると思う。失敗や挫折を経験している人でなければ、苦しい立場に置かれた労働者の受け止め方を踏まえたアドバイスはできないであろう。女性は、仕事、結婚、出産、育児、介護と、それぞれの人生のステージで様々な選択肢が与えられる分、悩みも多い。この点でも、女性弁護士はいくらかは有利なのではないかと思っている。

 原点に戻って企業法務に携わる

 ところで、女性弁護士の増加に伴い、育児をしながら働き続ける女性弁護士も増えてきた。私が弁護士になった頃は、企業法務で活躍する女性弁護士は子供を持たない方が多かったように思うが、今は、子供がいることは全く珍しくない。現に、私も1児の母であるし、同僚には、2人、3人と出産して働き続ける女性弁護士が少なくない。しかし、子供を持って働き続けることがいわば当たり前となった今、私を含めて、女性弁護士は、弁護士として生きていくのであれば、原点に戻って、自分が弁護士としてどうキャリアを築いていくのか、真剣に考えなければならないと思う。育児は、次世代を担う人材をきちんと育てていく大仕事ではある。しかし、一方で、バリバリと仕事をこなしていた女性弁護士が出産した途端に、仕事に対する熱意が弱まってしまう例を、寂しい思いで少なからず見てきたからである。

 企業法務に携わる女性弁護士の置かれた環境は、一見、昔より良くなったように思えるが、ビジネスのスピードがどんどん速くなり、また弁護士の人数が増えて、競争がますます激しくなっていることを考えれば、昔とは違った意味で、厳しくなったと感じる。そんな中でも、企業法務に携わろうと思うガッツのある女性弁護士が一人でも増えていくことを願いつつ、私自身も地道にコツコツやっていこうと思う。

 今津 幸子(いまづ・ゆきこ)
 1991年3月、慶應義塾大学法学部卒業。司法修習(48期)を経て、96年4月、弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。1999年1-6月、外資系金融機関に出向。2002年4月-2003年3月、政府系金融機関へ出向(非常勤嘱託弁護士)。2005年1月、当事務所パートナー就任。2007年4月-2010年3月、慶應義塾大学法科大学院准教授。2010年2月、財団法人石橋財団監事。
 著書に「日本ビジネス法実務」(アンダーソン・毛利・友常法律事務所編著、法律出版社(中国)、2009年5月)、「現代 労務管理要覧」(労務管理実務研究会編 新日本法規出版 2010年2月)(共著)など。

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