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けんかの仲裁と調停、訴訟、国際商事仲裁

喧嘩の仲裁と国際商事仲裁


アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 古田 啓昌

古田 啓昌(ふるた・よしまさ)
 アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。
 88年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、自治省入省。司法修習(43期)を経て91年4月に弁護士登録(第二東京弁護士会)。95年6月、米ハーバード大学法科大学院(LL.M.)修了。96年1月、ニューヨーク州弁護士登録。2011年3月、社団法人日本仲裁人協会理事。2011年9月、文部科学省原子力損害賠償紛争審査会特別委員。

 胴乱の幸助

 2007年10月から翌年3月にかけて、朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」が放映された。貫地谷しほり演じる主人公(福井県小浜市の塗り箸職人の娘)が、大阪の徒然亭一門に入門して、落語家を目指すストーリーである。そこで披露された上方落語に、「胴乱の幸助」というのがある。割り木屋(今で言う燃料店ですかね)の幸助さんは喧嘩の仲裁が大好きで、往来で喧嘩を見つけると頼まれもしないのに間に割って入り、喧嘩の両当事者を近くの料理屋に連れ込んで、こんこんと説教したうえ、酒と料理をご馳走して、仲直りさせる。日本語の日常的な用法では、「仲裁」とは「争いの間に入って取りなし、両方を仲直りさせること」を意味するから、幸助さんがやっていることは、正に喧嘩の「仲裁」である。

 スズキとフォルクスワーゲン

 日本の自動車会社スズキは、2011年11月24日、ドイツの自動車会社フォルクスワーゲンとの資本・業務提携の解消をめぐって、国際商業会議所国際仲裁裁判所におけるロンドンでの「仲裁」を開始したと発表した。ということは、スズキは、幸助さんもとい国際仲裁裁判所に間に入ってもらって、近くの料理屋で酒と料理をご馳走してもらうつもりなのだろうか。いや、そんな訳はない。

 スズキのプレスリリースによれば、「今回の仲裁の申し立ては、スズキとフォルクスワーゲンAGとの2011年11月18日付の提携終了に伴うものであり、同社がスズキの要請にもかかわらず、その保有する当社株式を当社又は当社の指定する第三者へ処分することに応じないために行われたものです。」とのことである。どうやらスズキが「仲裁」に求めていることは、フォルクスワーゲンをスズキの要請に従わせることであり、争いの間に入って取りなしてもらうことや、仲直りさせてもらうことを求めているのではないらしい。幸助さんがやっている「仲裁」と、スズキが求めている「仲裁」とは、かなりイメージが違うようである。

 仲裁(法律用語)と仲裁(日常用語)

 2004年3月1日に施行された仲裁法(平成15年法律第138号)という法律がある。1890年に制定された民事訴訟法(明治23年法律第29号)に含まれていた「仲裁」に関する規定を近代化して、単行法にしたものである。仲裁法では、「民事上の紛争の全部又は一部の解決を一人又は二人以上の仲裁人にゆだね、かつ、その判断(以下、「仲裁判断」という。)に服する旨の合意」を「仲裁合意」と呼び(仲裁法2条1項)、仲裁人の判断(仲裁判断)は裁判所の確定判決と同一の効力を有するものとされている(仲裁法45条1項)。つまり、仲裁法が想定する「仲裁」においては、仲裁人は、紛争当事者の間に入って取りなしたり、両方を仲直りさせたりするわけではない。仲裁人は、紛争当事者どちらの言い分が正しいか最終的な判断を行い、当事者は仲裁人の判断に従わなければならないのである。法律用語としての「仲裁」は、日常用語としての「仲裁」とは意味が違う。

 仲裁(法律用語)と調停(法律用語)

 「争いの間に入って取りなし、両方を仲直りさせる」ことを目的とする手続は、法律用語では「調停」とか「和解あっせん」などと呼ばれている。どちらも、公正な第三者が当事者双方の言い分を聞き、場合によっては解決案(和解案)を当事者に提案することによって、紛争解決の仲介をする紛争解決手段である。例えば、裁判所が提供する調停サービスとして、「民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とする」(民事調停法1条)民事調停、「家庭に関する事件について調停を行う」(家事審判法17条)家事調停がある。各地の弁護士会が設立した仲裁センターや和解あっせんセンターでも、弁護士が中心となって、和解あっせんサービスを提供している。最近の話題で言えば、東京電力福島第一原発事故に伴い文部科学省に設置された原子力損害賠償紛争審査会は、「原子力損害の賠償に関する紛争について和解の仲介を行う」(原子力損害の賠償に関する法律18条2項1号)役割も担っており、その下部組織である原子力損害賠償紛争解決センターが実際の和解仲介業務を行っている。

 和解あっせん・調停は、公正な第三者が仲介することによって、紛争当事者間の誤解や見解の相違を解決し、最終的には話合いによる紛争解決を図る制度である。したがって、紛争当事者の一方又は双方が解決案に納得しない場合には、手続は不調(つまり失敗)に終わることになる。和解あっせん・調停は、公正な第三者が当事者の紛争に介入する点では仲裁と同一であるが、第三者が最終的な紛争解決のための判断を行うわけではない点で仲裁とは異なるのである。

 訴訟と仲裁

 訴訟は、裁判所という公的機関が当事者の主張を聞き、問題となっている紛争について判断するという紛争解決手段である。紛争の終局的な解決を、紛争当事者の意思にではなく、第三者の判断に委ねる点で、仲裁法にいう「仲裁」は、裁判所における「訴訟」と似ていることになる。ただし、訴訟では裁判官(我が国では国家公務員であり、当事者が自由に人選することはできない)が判断を行うのに対し、仲裁では仲裁人(通常は私人であり、当事者が自由に人選できる)が判断を行う点が大きく異なっている。裁判所という第三者が当事者の紛争に介入し、紛争解決のための判断を下すという点、またその判断が最終的な紛争解決となる点では仲裁と同一であるが、手続が原則として一般に公開される点、訴訟制度を利用するのに当事者間の合意が不要な点、当事者が自由に裁判官を選ぶことはできない点などが仲裁と異なる。

 国際的なビジネス紛争を訴訟で解決しようとする場合には、いずれかの国の裁判所に訴訟を提起することになる。裁判所における手続のルールは通常その国の法令で画一的に決められており、当事者が自由に決めることは難しい(たとえば、日本の裁判所における訴訟を、当事者の合意によって英語で行うことはできない。)。また、国によって司法制度に対する信頼が必ずしも高くない場合もある。加えて、訴訟の審理判断は、裁判所という公的機関によってされることから、その作用は国家主権(民事裁判権)の発動を伴うことになり、国際裁判管轄や国際送達などの問題が顕在化することもある。

 これに対して、仲裁においては、当事者が自由にルールを決めることができ(たとえばロンドンにおける仲裁を日本語で行うこともできる。)、また国際裁判管轄や国際送達といった問題にとらわれることなく、迅速かつ効果的な紛争処理も可能となる。そのため、欧米では、国際的なビジネス紛争を解決する手段として、古くから仲裁が利用されてきた。

 仲裁条項の薦め

 我が国では、例えば建築工事の請負契約に関する紛争について建設工事紛争審査会による仲裁が、海事関係の紛争については日本海運集会所による仲裁が、かなり広く利用されている。しかし、一般的なビジネス紛争については、仲裁の利用状況は低調である。その理由は色々考えられるが、「喧嘩の仲裁」のイメージが強くて、紛争の終局的な解決手段と機能することが、実はあまり知られていないのかもしれない。実際、スズキのプレスリリースに関して、「スズキがフォルクスワーゲンに対して調停を申し立てた」とする報道も少なからず見受けられた。法律家の目からすると「仲裁」と「調停」は全くの別物であるが、世間では同義だと思われていることの表れであろう。

 法律用語としての「仲裁」は、日常用語としての「仲裁」や法律用語としての「調停」とは全く別物である。仲裁人の判断は裁判所の確定判決と同一の効力を有し、紛争を終局的に解決することができる。ビジネス紛争(とりわけ国際的なビジネス紛争)を解決する上で、仲裁には様々なメリットがある。我が国でも、司法制度改革の一環として2004年3月に新しい仲裁法が施行されるなど、仲裁を利用するための整備が徐々に整ってきている。しかし、仲裁により紛争を解決する旨の当事者間の合意(仲裁法2条にいう「仲裁合意」)がなければ、その紛争について仲裁手続を利用することはできない。ビジネスに関する契約書を作成する際に、将来発生するかもしれないビジネス紛争に備えて裁判管轄条項を入れ、紛争が生じた場合に訴訟する裁判所を予め選んでおくことも珍しくないが、その際には、裁判管轄条項に代えて仲裁条項を入れることも、是非とも考慮したいものである。

 古田 啓昌(ふるた・よしまさ)
 アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。専門は、国際訴訟、商事仲裁その他のビジネス紛争処理。
 1984年3月、岐阜県立大垣北高等学校卒業。88年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、自治省入省。司法修習(43期)を経て91年4月に弁護士登録(第二東京弁護士会)。95年6月、米ハーバード大学法科大学院(LL.M.)修了。米ニューヨークのWhitman Breed Abbott & Morgan法律事務所(現事務所名Winston & Strawn)に勤務。96年1月、ニューヨーク州弁護士登録。96年9月、当事務所復帰。2004年4月から2011年3月まで成蹊大学法科大学院教授。2008年10月から2010年3月まで法務省法制審議会幹事(国際裁判管轄法制部会)。2011年3月、社団法人日本仲裁人協会理事。2011年9月、文部科学省原子力損害賠償紛争審査会特別委員。
 著書に「国際民事訴訟法入門」(日本評論社・近刊)、「新しい国際裁判管轄法制 - 実務家の視点から」(商事法務・2012年)(執筆分担)、「実例解説 行政関係事件訴訟」(青林書院・2009年)(執筆分担)、「国際知的財産侵害訴訟の基礎理論」(経済産業調査会・2003年)(執筆分担)、「詳解金融商品販売法の解説」(新日本法規・2001年)(執筆分担)、「新民事訴訟法実務マニュアル」(新版・判例タイムズ社・2001年)(執筆分担)、「国際訴訟競合」(信山社・1997年)など。