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弁護士の学会と「ネットワーキング」

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士  中野 雄介

拡大中野 雄介(なかの・ゆうすけ)
 1994年3月、東京大学法学部卒業。司法修習(49期)を経て97年4月に弁護士登録(第二東京弁護士会)。2001年6月、米ハーバード大学法科大学院(LL.M.)修了。02年5月、ニューヨーク州弁護士登録。06年6月、内閣官房法令外国語訳専門家会議構成員(09年3月まで)。一橋大学法科大学院で教鞭をとる。

 弁護士の学会

 読者各位は、弁護士が主な参加者となる学会と聞いてどのようなものを想像されるだろうか。日弁連が主催する「人権擁護大会・シンポジウム」(通称「人権大会」)というイベントをお聞きになったこともあるかもしれない。全国各地から弁護士が集まり、様々な人権問題についての基調講演・報告やパネルディスカッションが行われている。(登壇するのは、必ずしも弁護士だけではなく、学者や政官界等からのスピーカーも含まれる。)今回話題とするのは、その国際版である。なお、独占禁止法は、米国では「反トラスト法」という名称であり、他の多くの国では「競争法」と呼ばれることも多いが、ここでは日本で浸透している「独占禁止法」で統一する。

 国際化する独占禁止法

 法律にも様々な分野があるが、その中には、海事運送のように、国際的な統一化が相当進んでいる分野もあれば、親族・相続法のように、文化・伝統・宗教等との関連からバラバラな分野もある。独占禁止法は、統一化がまずまず進んでいる分野といえる。

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 その代表例と言えるのが、「価格カルテル」への規制である(日本では、「不当な取引制限」として規制されている)。製品Aについて、合計で世界シェアの8割を占める日米欧の有力企業があるとして、この「8割」の合計シェアが仮に世界全ての国で同じだったと仮定する。それらの有力企業が一同に会して、「再来月から3%の値上げをしよう」と合意したとすると、独占禁止法を有するほとんどの国で違反とされる可能性が高い。その場合において、「コストは10%も上がっており、慢性的な赤字であるから、生き残りに必要な止むを得ない転嫁である」といった反論が受け付けられない可能性が高いのも、かなりの国に共通する。国際的な独占禁止法違反が見つかり、当事者企業が少なからぬ国において独占禁止法の執行を受けることはよく見られる。

 もっとも、価格カルテルの例で言えば、共通化が進んでいるのは、主に違反かどうかの判断基準についてであり、違反に対するペナルティーの種類・内容、法執行が実際になされるリスクの大小、法執行における刑事・行政・民事の手続や、事件処理のスピードについては、あまり共通化が進んでいない。かくして、価格カルテルの疑いを発見した企業の法務担当者は、よほどの知識がある場合を除き、「かなりの国で独占禁止法違反とされそうである。しかし、本件では実際にどの国で法的措置がとられる可能性が高く、どのような時系列で手続が進むのか?どう対応していくべきなのか?」と混乱する。

 「違反かどうか」の判断基準の共通化が進んでおり、一方でペナルティーや手続についてはそれほど共通化が進んでいない、という現状は、「一国における問題」の存在が、「複数の国をまたぐ複雑な問題」の存在を意味する可能性を高めている。これが、独占禁止法分野において国際学会が必要とされ、また「ネットワーキング」の効用が生じる基盤である。

 外国法律事務所との連携

 ところで、独占禁止法を専門とする日本の弁護士にはいくつかのタイプがある。例えば、(1)公正取引委員会での勤務経験を生かす(あるいは売り物としている)タイプ。(2)独占禁止法ブティックと呼ばれる事務所で、数多くの経験を積んでいくタイプ。(3)他国の独占禁止法の内容や執行状況に通じ、英語を使用して国際案件を処理することを得意とするタイプ。無論、これらに限られるものではないし、複数に該当する弁護士もいるが、筆者は、(3)の面が強い。

 (3)のタイプの日本の弁護士が特に有益なのは、国際的な独占禁止法違反事件である。近年では、独占禁止当局同士が協調して事件処理にあたることが増えており、日米欧でほぼ同時に立入検査がなされる場合もある。日本での事件対応以外に、典型的な国際事件の進行を頭に入れた上で当該事件の特徴も踏まえた対応方針を外国法律事務所と共同で立案するのはもちろんのこと、日本語でインタビューして英語のインタビュー記録を作成すること、日本語の書類を精査して同様に英語で概要をまとめること、日本のマネジメントへの説明、等々の作業が必要となる。これらを、日本語で処理ができることを生かして、日本企業と同じタイムゾーンで、各国の法律事務所と連携して行い、(僭越な例えではあるが)「コントロールタワー」の役割を果たすのである。

 その際、優秀な外国の法律事務所と協働するのが重要なことはいうまでもないが、事件は往々にして急に起こるものであるから、そのあてがない企業も少なくなく、その場合には紹介を求められる。また、普段付き合いのある外国の法律事務所があっても、既に同一事件に関与する他の企業に「取られている」こともあり、この場合にもやはり紹介を依頼されることが多い。

 逆に、外国企業が日本における独占禁止対応を必要とする場合、自国の法律事務所に紹介を依頼することが多いものと思われる。

 「ネットワーキング」の実像

 独占禁止法分野は、国際学会を通じた弁護士間の交流が盛んである。最大のイベントであるアメリカ法曹協会(American Bar Association)の反トラスト法部会の春季大会では、2千名を超える参加者がワシントンに集う。独占禁止当局の職員、社内弁護士や学者も参加しているが、大半は法律事務所に所属する弁護士である。一つの法律分野でこれだけの人数を、しかも、ワシントンからは極めて遠いオセアニアやアフリカを含む世界の各国から集めるというのは、相当な動員力である。この種の学会では、有益な講演やパネルディスカッションが多数行われており、筆者も、勉強して最新の知識を仕入れる場としている。独占禁止法分野において影響力の大きい国(例えば米国)のガイドラインが改訂されると、同方向での改訂が他国にも波及する可能性が相当あるため、その種の問題を扱うセッションは人気である。ただ、筆者を含め、多くの弁護士の主たる参加目的は、「ネットワーキング(networking)」(ネットワーク作り)である。要するに、筆者を含めて、みな「我が国の案件があればぜひウチにください」という思いでネットワーキングにいそしむ。大きな学会になると、夕食の時間帯に様々な(主に欧米の)法律事務所がホテルのバンケットルームやレストランを借りて無料のレセプションを開いたり、それは熱心である。筆者もレセプションにはなるべく顔を出すようにしている。みな忙しいため、時には、食事はおろか、同じレセプションで合流しようとしてもかなわず「では10分だけご一緒してコーヒーでも飲みましょう」といった約束を入れることもある。

 では、この種のネットワーキングにどれほどの営業成果があるか、と言えば、そもそも定量化は不可能だし、感覚としてもやや心許ない。そもそも、人と会って話をするだけで仕事がもらえれば、これほど楽なことはない。それでも、多くの弁護士が移動だけでも長時間を費やして国際学会に参加し、ネットワーキングにいそしむのはなぜであろうか。弁護士や法律事務所の業績やランキング、関与案件などは、独占禁止法の英文専門メディアを見れば、相当程度追いかけることができる。それらを参照すれば紹介時に必要な情報はある程度入手できるし、逆に掲載されればある程度名前が浸透することを考えると、学会でのネットワーキングなど効率の悪い投資にも思える。しかし、企業法務中心の弁護士業務といえども、コミュニケーションをするのは生身の人間同士であるから、結局は対人関係に依拠する。個々の弁護士や所属法律事務所の実績や評判、特に活字限定のものは、必ずしもあてにならないのであり、お互いに会ってみて初めて、人となりや判断傾向を知ることができる。あるいは、注目案件の背景事情などを守秘義務に反しない範囲で聞くことができる。自らが紹介する側であればミスマッチの可能性を小さくすることができるし、笑顔で握手することにより紹介を受けるチャンスを大きくすることができるのであろう(少なくとも、みなそう信じている)。だからこそ、国際学会は盛況なのだろう。

 最後に

 年に何度か海外に行くことや、レセプションといった面に着目して、「独占禁止法分野は外遊できて良いですね。」などと言われることもある。筆者自身がそれらを苦にせず、むしろ楽しんでいることは否定できないが、国際的な独占禁止法分野を選んだがために、負担がある面もある。筆者は、毎日、少なからぬ時間を割いて、日本語のものに限らず、独占禁止法関連の各種英文記事にも目を通している。また、小さな娘がいるにもかかわらず、自宅を結構留守にせざるを得ないのは、個人的にはつらいところである。家族の理解を得られていることに心から感謝しつつ、そろそろ迫ってきた次の学会の参加予定者リストを眺めて、会いたい弁護士に連絡を取ってみることとしよう。

 

 中野 雄介(なかの・ゆうすけ)
 アンダーソン・毛利・友常法律事務所パートナー。
 1994年3月、東京大学法学部卒業。司法修習(49期)を経て97年4月に弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2001年6月、米ハーバード大学法科大学院(LL.M.)修了。01年9月から02年7月まで米ニューヨークのSkadden, Arps, Slate, Meagher & Flom法律事務所に勤務。02年5月、ニューヨーク州弁護士登録。05年1月、当事務所パートナー就任。06年6月-09年3月、内閣官房法令外国語訳専門家会議構成員。一橋大学法科大学院で教鞭をとる。
 著書に「実務解説独禁法Q&A」(青林書院、2007年)(共著)、「判例 米国・EU競争法」(商事法務、2011年3月)(共編著)など。

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