2012年06月16日
新たな法分野の探求
~動物法~
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 三木 康史
Veganって何の肉??
ロサンゼルスに住み始めてちょうど一年が経とうとしている。ロサンゼルスは、アメリカ合衆国の中でも人種が多様な地域であり、いわゆる欧米系からアジア系、ヒスパニック系、アフリカ系、と幅広い人種が住んでおり、食文化も多様である。
中には、宗教上の理由から、一定の食物を食べない人々もいる。例えば、インド出身のヒンドゥー教徒である友人は牛を食べないため、ハンバーガー屋ではチキンバーガーを食べる。
私は特に好き嫌いなく何でも食べる方であるが、渡米後ほどなくして食に関するカルチャーショックを受けることになる。
それは、ロースクールの入学セレモニーでの出来事であった。カリフォルニアの大学らしく、青空の下、広い芝生の上で食事をしながら、新入生に対する歓迎セレモニーが行われた。
その際、テーブルに置かれた数種類のサンドイッチから各々が選ぶのであるが、山積みになったサンドイッチの箱には、それぞれ左から順に以下のラベルが貼ってあった。
[1]Roast Beef [2]Chicken [3]Turkey [4]Vegan
[1]、[2]、[3]、と順に見ていった私は、[4]の前で立ち止まった。
英語のボキャブラリーが貧困であった私は、[1]~[3]から消去法で推測し、[4]は豚肉であると確信した。
「最近ハンバーガーやフライドチキンばっかり食べているから、久しぶりに豚肉を食べるか」ということで、“Vegan”のラベルの貼ってある箱を手に取った。
芝生に座り、箱を開ける。
一つ目を食べたところ、入っているのは野菜と豆ばかりだ。肝心の豚肉が入っていない。
「端っこだからか・・・。」そう思い、二つ目を食べる。
やはり、豚肉は入っていない。
「気づかなかったのかな・・・。」さらに、三つ目を食べる。
肉はない。
「おいおい、外れか・・・?」
結局、箱の中に豚肉は見つからなかった。
横を見ると、同じ箱を取った南米出身の友達が悲しそうに豆を食べている。「俺のサンドイッチ、肉入ってなかったよ・・・。」
「俺のも・・・。」
ご存知の方も多いと思うが、Veganとは、完全菜食主義者のことをいう。日本でも馴染みのあるVegetarianの中には卵や乳製品を食べる者もいるが、Veganは一切の動物性食品を摂取しない。主に「動物の殺生を嫌う」という倫理的な理由や、健康上の理由からだ。
恥ずかしながら私は、Veganという存在を知らなかった。30年以上日本で暮らしてきて、Vegetarianには出会ったことがあるもののVeganには出会ったことがなかったのだ。
アメリカではVeganは誰もが知る存在であり、大抵のレストランではVegan用のメニューが用意されているし、スーパーに行ってもVeganフードのコーナーがある。もちろん、私の通う大学のカフェテリアにもVegan用レストランが入っている。
Animal Lawとの出会い
ところで、私は、弁護士として実務に携わって以降、ファイナンスやコーポレートといった企業法務案件を担当することがほとんどであった。また、約2年間、証券会社に出向していたこともあり、留学中は、「アメリカ証券法」、「コーポレート・ファイナンス」、「M&A」といった、今後の実務に直接生かせるであろう科目を中心に履修した。
そんな中、最終学期の履修登録をするに当たり、ちょうど空いているコマにAnimal Lawという科目があった。Vegan事件以降、「動物」に対する関心が高まっていた私は、興味本位で登録してみることにした。
日本においても、いわゆる動物愛護法など動物に関連する法令はいくつも存在する。虐待の痕跡のある動物が発見され、動物愛護法違反の事件がニュースになることもある。
しかし、動物問題を「専門」に扱う弁護士は少ないように思われる。
他方、Animal Lawの教授曰く、アメリカにおいては、動物問題を「専門」とする弁護士が少なからず存在し、大規模ローファームにも他の案件の傍らで動物法を扱う弁護士がいるそうである。
Animal Lawを受講する生徒は20人弱であったが、その多くは動物問題を「専門」とする弁護士を目指していた。
そのクラスで、一人のアメリカ人と仲良くなった。
彼は、高校生の時にVeganになり、それ以来10年以上、動物性の食品を口にしていないという。
その彼が日本に数か月滞在したことがあるというので、聞いてみた。
「日本はアメリカに比べて野菜中心の食生活だから、過ごしやすかったんじゃない?」
ところが、彼から返ってきた答えは、予想に反するものだった。
「日本では、食べ物に困ったよ。」
なんと、決め手は「ダシ」であった。
そう、多くの日本食は、肉であれ野菜であれ、ダシを使って調理されており、そのダシの多くは、鶏ガラ・豚骨・魚などをベースに作られたれっきとした動物由来の食材なのだ。
先に述べたとおり、Veganは動物由来の食材は一切口にしない。したがって、彼らにとっては、野菜の煮物であっても、野菜を煮込むダシ汁に「鶏ガラ」が使われていればNGであるし、「鰹ダシ」を使ったワカメの味噌汁もNGなのだ。
彼が日本で最初に覚えた言葉は、「ダシ、ナニツカッテマスカ?」だという。
それはさておき、肝心のAnimal Lawの授業内容についてご紹介したい。
大きな柱は2つであった。
1つ目は、動物保護を目的とした刑事法がテーマであり、2つ目は、動物に対する所有権といった民事法がテーマである。
アメリカにはアメリカ全土に適用される連邦法と、各州に適用される州法が存在するが、動物に関する刑事法についても連邦法と州法が存在する。まず、連邦法レベルで動物福祉法(Animal Welfare Act)を制定し、ちょうど日本の金融商品取引法が証券会社や投資運用会社を規制するように、[1]許認可制度、[2]ルール整備、[3]検査・罰則を通して、「動物卸販売業者」、「動物園」、「動物実験を行う研究機関」といった業者を規制している。これに加え、州法レベルで各州独自の動物虐待禁止法(Anti-Cruelty Laws)を制定し、業者から一般家庭の個人に至るまで、動物に対する虐待を禁止している。
次に、民事法であるが、動物に関する民事法は州法レベルで定められており(または州レベルの裁判例に依拠する)、その内容は州ごとに異なる。学んだ内容は、「動物に対する所有権の発生・移転・消滅」から「動物の価値算定方法」まで多岐に渡る。紙面の関係上、その内容を逐一記載することはできないが、一例として「ペットが他人に殺害された場合の法律問題」をとりあげてみたい。
ペットが他人に殺害された場合、その所有者から侵害者に対して所有権に基づく損害賠償請求が認められる。そして、その損害額の算定に際しては、その動物の「市場価格」が基準となり、一定の「間接損害(治療費等)」も賠償の範囲に含まれうる。
ここまでは、日本の民法の考え方からも、違和感はない。
これに加え、争いはあるものの、[1]懲罰的損害賠償、[2]「殺害時」に受けた飼主の精神的苦痛、[3]「今後」飼主が覚える喪失感、[4]ペットの非経済的・非感情的価値などについても考慮されうる。[4]については、「ペットを飼うことによりストレスが低減し、心臓・循環器系疾患が抑制される」という研究結果に基づいている。すなわち、「ペットの有していた『ストレス低減効果』が消滅したので、その分も賠償せよ」という主張であり、非常に興味深い。
日本におけるAnimal Lawの展望
私は、「社会正義の実現」は弁護士の使命であり、常々社会に貢献できる弁護士でありたいと考えている。もちろん企業法務も社会に役立っていることは間違いないが、「企業法務を通じた社会正義の実現」というのは間接的であり、少々わかりづらい。
他方、Animal Lawは、「社会正義の実現」に直接貢献できるツールになりうると考えている。
例えば、アメリカでは、「受刑者に動物の世話をさせる更生プログラム」を導入する刑務所がいくつも存在する。これらの刑務所では再犯率の低下が実証されており、動物の持つ「非経済的・非感情的価値」の一つであると考えられている。日本でも似たような取り組みをする刑務所があるが、全国的な取り組みには至っていないようである。もしAnimal Lawの発展を通じて日本の犯罪発生率を引き下げることができるとしたら、すばらしいことではないか。
また、「動物に対する虐待から始まり、人間に対する凶悪犯罪に至る」ケースがあることも知られている。動物虐待を防止することにより、人間に対する凶悪犯罪を水際で防止することができるかもしれない。
上記はほんの一例であるが、Animal Lawは社会に直接利益をもたらす可能性を秘めた分野である。
Animal Law先進国に学んだ機会を生かし、日本におけるAnimal Lawの発展を通じ、社会に貢献できればと思う。
三木 康史(みき・やすふみ)
2003年3月、東京大学法学部卒業。2005年10月、司法修習(58期)を経て、弁護士登録(第一東京弁護士会)、当事務所入所。2011年8月から米国UCLA(University of California, Los Angeles)留学中。
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