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弁護士、自転車に乗る

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 渋谷 武宏

拡大渋谷 武宏(しぶや・たけひろ)
 1995年3月、東京大学経済学部卒。1995年4月-1997年10月、野村證券勤務。2003年10月、司法修習(56期)を経て弁護士登録(東京弁護士会)。2006年1月-2008年12月、財務省関東財務局 証券取引等監視官部門に証券検査官として勤務。2009年1月、当事務所入所・弁護士再登録(第一東京弁護士会)。

 健康診断と「ガバナンス」

 健康診断の時期になると、決まってダイエットが話題になり憂鬱になる。特に仕事柄デスクワークや会議が多く、一日中座っていることが多い生活のため、気を抜くと太るのはあっという間である。メタボと指摘されても決して想定外とはいえない。食べる量を減らしつつ、友人とマラソン大会に出たり、スポーツジムに入会して水泳をしたりして体を動かしているが、いずれも効果は限定的であった。弁護士は体を壊したら終わりである。他人様に対して法令遵守、ガバナンスなどを説明しておきながら、自分のお腹周りのガバナンスは機能不全の可能性が否定できないことに危機感を覚えた。

 自転車購入

 そこで数年前のことであるが、ふと新聞を読んでいると自転車がブームであるとの記事が目に留まった。子供のころ、仲のよい友人達と自転車で学区を超えて遠くまで走った日のことを思い出した。風を切って走る爽快感と未知の土地を走る好奇心、自力で走るという達成感。ネットで調べてみると、10万円程度から本格的なスポーツサイクルが買えるという。専門の自転車店に足を運んで手にしてみると、見た目より非常に軽い。試しに乗って走ってみる。ペダルを一踏みするたびにぐんぐん進み、自転車通学をしていた高校時代に乗っていた普通の自転車とは似て非なるものと実感した。タイヤが細く、サドルの位置が高く前傾姿勢をとるので、不安定かと思ったが走ってみるとそれほどでもなく、それを上回る魅力があった。大人になって自転車を買うとは思ってもみなかったが、ためらわず購入を決めた。

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 ツール・ド・関東?

 以来、様々な場所を走ってきた。市街地もあれば郊外もあるが、なんといっても気持ちがよいのは川沿いに大規模に整備されたサイクリングロードである。関東地方を例にとると、多摩川、荒川、江戸川、利根川など主要な河川にはサイクリングロードが整備されており、ロングライドを楽しめる。夏の暑い日に走っても、常に風を受けているのでそれほど苦にならない。新緑の時期、秋晴れの日に走るのは爽快である。巡航速度は時速20キロ以下に抑え、長く走る。もちろんヘルメットもかぶり、風除け機能が強化されたサングラスを装着すれば、気分はツール・ド・フランスの選手である。スポーツサイクルは車輪の着脱が容易のため、遠くまで走って夕暮れになったら、分解して袋に入れ電車に乗って帰ってくるという楽しみ方もできる。また、携帯電話のGPS機能を利用して走行ルート、走行距離などを記録しながら、自分の励みにすることもできる。記録に残すことは、コンプライアンスのための基礎的な動作の一つでもある。1日の走行距離が100キロを超えだしたころには、自然とダイエットを気にする必要はなくなっていた。

 道路交通法

 走り出して気が付いたのは、自転車は歩行者からは加害者になり得る者として危険な存在と見られ、自動車からも被害者になり得る者として危険な存在と見られ、案外居場所がないことである。調べてみると、法令上の位置づけは明確であるが、現実の交通状況に応じて個別判断を要する点で不明確であることが分かった。道路交通法では、自転車は「軽車両」として定義され(同法第2条第11号)、軽車両は自動車とともに「車両」に含まれ、車両は、歩道又は路側帯(併せて「歩道等」)と車道の区別のある道路においては、原則として車道を通行しなければならない(同法第17条第1項)。この原則には5つの例外があるところ、自転車は免許制度がなくルールを見る機会が少ないと思うので、自転車に乗る読者のご参考までにこの5つの例外を紹介したい。

 [1] 道路外の施設又は場所に出入するためやむを得ない場合において歩道等を横断するとき(同条同項)。[2] 法律の規定により歩道等で停車し、もしくは駐車するため必要な限度において歩道等を通行するとき(同条同項)。[3] 道路標識等により普通自転車が当該歩道を通行することができることとされているとき(同法第63条の4第1項第1号)。[4] 当該普通自転車の運転者が、児童、幼児その他の普通自転車により車道を通行することが危険であると認められるものとして政令で定める者であるとき(同項第2号)。[5] 車道又は交通の状況に照らして当該普通自転車の通行の安全を確保するため当該普通自転車が歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき(同項第3号)。

 「やむをえない」とは?

 自転車に乗って走る立場からすれば、歩行者優先の観点から原則として車道を走ることには異論はないが、かといって車道を走るのは、場所によっては非常に危険を感じることが多い。歩道を通行するには、上述の[1]から[5]の例外のうち、[5]が規定する「歩道を通行することがやむを得ないと認められるとき」の解釈が最も重要となる。これは社会通念に照らして相当かどうか個別事情に照らして判断せよ、ということであり、いわゆるケースバイケースである。交通状況に応じて判断を要し、見る人によって結論が異なるという不明確さがある。

 企業法務においても頻出の課題

  私は金融商品取引法という証券会社や上場企業に関係する法律を主な業務分野として仕事をしているが、この法律は一方では詳細な技術的規定を設けるが、他方でケースバイケースといえる抽象的な規定も存在する。企業法務の中で企業が外部の弁護士に意見を聞くことの多い論点の一つは、このような抽象的な規定が、企図しているビジネスに適用されるか否かである。ご相談を受けた場合の判断に際しては、過去の適用例との比較検討や学説の状況の分析が欠かせない。

 判断にスピードが求められると・・

 企業がビジネスを遂行する上でスピード感は重要であり、相談を受けた弁護士の側においても分析に時間を掛け過ぎることはできない。それは自転車も同じである。スポーツサイクルに乗ると、国道を走る際に時速30キロは容易にでるため瞬間的な判断が求められ悠長に考えている暇はない。自動車と異なり生身の人間が何の防御もない状態で走っているのであり、たとえば後ろからかなりのスピードで大型トラックが近づいてくるときや、路上駐車をしている自動車がいてその車道側を通過するのが困難なときなど、歩道を通行する必要性は直ちに生じる。そのような際に瞬間的な判断に依拠して歩道を走行することが許容されるであろうか。主観的にみて「やむをえない」のと、客観的に見て「やむをえない」の間には往々にして差異があり、主観的に見てやむをえない事情を他人に理解してもらうことが容易ではない。しかし、仮に結果が好ましくない場合に結果論だけで判断されたら納得がいかない。神ならぬ人間には、想定できることとできないことがあるが、そのような時は安全側に寄った判断をして停車してやり過ごすのが正解なのであろう。健康のために自転車に乗っているのに怪我や事故を起こしては本末転倒である。道路管理者による自転車専用道路の指定(道路法第48条の13)が進むことを切に期待したいと感じる。弁護士の基本的な心情として、いかなる事象に対しても社会のルールを考える傾向があり、これは仕事とプライベートで分けることはできないと思う。

 帰宅困難者

 2011年3月11日の東日本大震災の日は、通勤に使っている電車が翌朝まで動かず職場で一夜を明かした。事務所のあるビルの窓からは、数珠つなぎになりピクリともしない車の大渋滞と、時折緊急車両らしき車が通るだけの首都高速、歩道を歩く人の列が延々と続いているのが見えた。今回は幸いにも家族の無事を確認できたため職場に留まったが、もし万難を排して帰宅する必要があればどうなっていただろうか。首都圏直下型地震への備えが叫ばれている昨今、自転車で帰宅ルートを走り、調査・確認することにした。

 想定外の克服

 そこでまず、休日を使い自宅から職場まで約20キロの道のりを往復してみることにした。地図上で最短ルートを確認し、自治体が公表している災害時の帰宅支援施設や、災害時に火災の危険が指摘される木造住宅密集地域などの危険個所を見て回る。最短ルートのほかに、通勤途中で地震が起きて電車が止まり歩いて帰宅する場合のルート、あるいは街に買い物に出かけていた場合の帰宅ルートも調べていく。想定外の事態を一つ一つ潰していくのは、案外手間ひまのかかる作業であり、限られた休日の中で見るべき範囲は狭くない。何百年に一度の地震なら調査範囲は狭くてもよいかもしれないが、いつ起きてもおかしくないといわれると決して手抜きはできない。費用対効果の関係で優先順位をつけた結果、自分の行動パターンから、非日常的な場所であるほど対策を講じる順位を下げて調査範囲を絞る。調査は、歩いて調査すると時間がかかりすぎ「費用」が大きく、他方、車で走っただけでは景色が流れてしまい、土地毎の既視感が醸成されず、地震の際の予行演習としての「効果」が小さい。そのため、自転車に乗って走るのが最も効率的かつ効果的と感じる。自分ひとりが行うだけでなく、もっと地域の住民がグループでサイクリングの会として催したら、楽しいイベントにもなると思う。実際に歩いて帰る事態にはならないように祈るばかりであるが、地震とは自然の摂理であり虚心に備えて最善を尽くすほかない。自転車で走り回るのは、地震への備えを行いつつ、ダイエットも図れて一石二鳥の効果がある。

 最後に

 最後になるが、最近は仕事に忙しく自転車で走る時間がなかなか取れないのが悩みである。子供の幼稚園の授業参観があるというので、さっそうと自転車に乗って幼稚園に乗り付け、ママチャリの集団の中で異彩を放つ程度だ。走る時間が減るのはもう一つ理由があり、毎年7月はツール・ド・フランスだからである。この原稿を書いている本日(7月22日)、今年のツール・ド・フランスがパリのシャンゼリゼ大通りで栄光のフィナーレを迎え、ブラドリー・ウィギンズが英国勢として初の総合優勝を果たした。3週間で3480キロを走り、平均の巡航速度は時速50キロを超えるという。フィナーレといえども寂しく感じる必要はない。今年はそう、ロンドンオリンピックが次に控えている。ツール・ド・フランスに日本人として参加した新城選手が、ロンドンオリンピックの自転車競技でも引き続き活躍するのが楽しみである。ビールを飲みながらテレビで応援するつもりであるが、秋の健康診断がまた憂鬱になりそうだ。

 渋谷 武宏(しぶや・たけひろ)
 1995年3月、東京大学経済学部卒。1995年4月-1997年10月、野村證券勤務。2003年10月、司法修習(56期)を経て弁護士登録(東京弁護士会)。2006年1月-2008年12月、財務省関東財務局 証券取引等監視官部門に証券検査官として勤務。2009年1月、当事務所入所・弁護士再登録(第一東京弁護士会)。
 共著に「最新 金融商品取引法ガイドブック」(新日本法規出版、2009年)、「金融商品取引法違反への実務対応-虚偽記載・インサイダ-取引を中心として」(商事法務、2011年)がある。

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