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法律事務所から金融庁に出向して得られたもの

山田 貴彦

出向がもたらしてくれるもの

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 山田 貴彦

山田 貴彦(やまだ・たかひこ)
 2004年3月、慶應義塾大学法学部卒。2006年10月、司法修習(59期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2009年7月から2012年2月まで金融庁総務企画局市場課に出向。

 弁護士が出向?

 先日、銀座を歩いていたら、学生時代の友人を偶然見かけた。社会人になってから初めての再会だった。お互いの仕事の話になった。

 私 :「今は霞が関で働いているよ。」

 友人:「じゃあ、公務員になったんだね。意外だなぁ。」

 私 :「一応、公務員だけど、弁護士なんだ。出向しているんだよ。」

 友人:「???」

 私は、2009年7月からこの春まで、およそ3年間、任期付公務員として金融庁に出向した。その間、久しぶりに会った人や、初対面の人に自分の職業を説明して、何度か同じような場面に遭遇した。弁護士から「出向しています。」と言われても、ピンと来ない人が少なくないようだ。弁護士に対するイメージは人それぞれだと思うが、組織に属さない業種というのが一般的なイメージであるとすれば、確かに、組織から組織に異動する「出向」という言葉は、弁護士という言葉からは連想し難いのかもしれない。私自身も、弁護士を志した頃は、弁護士=独立した業種というイメージを持っていたし、自分が将来弁護士として出向することになるとは考えもしなかった。だから、ピンと来ない人の気持ちがよく分かるのだが、弁護士が、その所属する法律事務所からクライアント企業の法務部や省庁へ出向する例は、年々増加しているように思われる。

 (注)弁護士の「出向」といっても、明確な基準があるわけではなく、その態様は様々である。したがって、企業間で一般的に行われている従業員の「出向」とは、必ずしも合致しない場合があり得るものの、便宜的に「出向」という言葉が広く用いられている。

 

 弁護士による出向の意義

 そもそも、弁護士が企業や省庁に出向する意義は、どこにあるのだろうか。

 企業からすれば、社内に法律事務所の出張所ができるようなものであるから、電話やEメールよりも気軽に弁護士の知識、経験を活用することができる点が挙げられると思う。この点は、省庁においても同様であろう。特に省庁では、企業とは異なり、基本的には、法律事務所に法令の解釈等について相談することはないだろうから、内部に法律事務所出身の弁護士が常勤していることは重要になってくる。例えば、法令の解釈、適用が問題となる場面では、該当する法令の意義、適用範囲、問題となる事実関係等を正確に理解し、事実の当てはめを行うことが求められるし、また、制度改正を行おうとする場面では、実務への影響や、他の法令への影響等を踏まえた慎重な検討が求められる。これらの場面において、法律事務所出身の弁護士の知識、経験が活きてくるのである。また、法律事務所に相談するとなると、弁護士費用を意識しなければならないが、内部にいる出向者に相談するのであれば、(当事者間の契約内容にもよるので、一概には言えないものの、)基本的には固定給の枠内で処理されるのではないかと思われる。

 他方、弁護士又は法律事務所にとっても、出向先が企業であれば、当該企業との関係を密にできるし、出向先が省庁であれば、省庁特有の視点、考え方を学ぶことができる。また、法律事務所としてのプレゼンスを高めることにもつながると思う。これまで組織に属したことがない弁護士にとっては、出向によって組織に属することは、組織内の意思決定のプロセスや、役割分担等を見ることができる良い機会にもなる。そのほか、出向先が特定の業種や省庁であれば、弁護士としての専門性も高まるのではないかと思う。

 金融庁への出向

 私の場合も、金融庁に出向して、様々な知識、経験を得ることができた。そもそも、私が金融庁に出向することになったきっかけは、所属する法律事務所のボスの「金融庁への出向に興味はないか?」という一言であった。当時、金融庁が所管する法令や金融機関が絡む仕事が多かったことや、大学卒業以降、法曹界以外の世界を知らず、外の世界、特に組織内で働くことに漠然とした興味があったことなどから、私は金融庁へ出向することを決意した。

 必要書類を準備し、二度の面接を経て無事に出向することとなった金融庁での生活は、法律事務所のそれとは全く異なるものであったが(有給休暇があることに感動した!)、想像以上に面白く、また実りの多いものであった。私がお世話になった金融庁総務企画局市場課は、取り扱う法令こそ、金融商品取引法や、投資信託及び投資法人に関する法律など、それまで日常的に取り扱ってきたものが中心で、目新しいものは少なかったものの、その業務内容は、これらの金融規制法の企画、立案という、およそ法律事務所では経験することができないものであった。必然的に私の仕事も金融規制法の改正作業が中心となっていき、金融機関や各業界団体へのヒアリング、海外法制のリサーチ、条文案の作成など、勉強になるものばかりであった。中でも、特に、金融庁におけるものの見方、考え方や、意思決定のプロセスを間近で見ることができたことは、貴重な経験であった。

 法律事務所に復帰した後、金融庁の考え方が論点となる事案に関与する機会があり、早速、出向で得られた経験を活かすことができた。今でもそういう類の仕事は多く、金融庁で得た知識、経験を業務に活かすことができる私は、本当に恵まれていると思う。

 本当の意義

 このように、金融庁に出向することで得られた知識、経験は、弁護士としての業務にも良い影響を及ぼしているのであるが、私は、それらの知識、経験よりも、もっと貴重なものを得ていた。

 私がお世話になった市場課では、基本的にチームごとに業務が行われていたのであるが、私が所属していたチームは、優秀で人柄も良い方々ばかりで、何度も支えていただくことがあった。今でも、連絡をとる機会や、食事を共にする機会も多い。金融庁に出向したことで得ることができた、こうした人々との出会いは、私にとって本当に大切な財産だと思う。金融庁の職員の方々に限らず、私と同じように法律事務所から出向してきた方々や、他省庁の方々との出会いもあった。金融庁に出向して2年ほど経過したある日、高校、大学時代の同級生の弁護士が、某大手法律事務所から金融庁に出向し、偶然、私の隣のデスクに配属されるという珍しい出来事もあった。お互い金融庁に出向することがなければ、この先何年も会うことはなかったかもしれない(彼は、大変優秀で尊敬できる弁護士であるが、非常にユニークな男で、夏場は緑に黒のボーダーのスイカのような色合いのポロシャツを着て、冬場は黒い目出し帽を被って、自転車で金融庁に現れる。)。

 金融庁への出向が決まったとき、私は、多くの人々と出会うことを目的としては考えていなかった。恥ずかしながら、出向により多くの人々と出会い、それが自分自身の財産になるとは、想像もしていなかったというのが正直なところである。それが、出向が始まり、徐々に多くの人々、それも出向しなければ一生出会うことがなかったかもしれない人々と出会う機会が増えて、互いに助け合い、支え合う経験を経て、初めて、出向によって得られる人々との出会いの大切さが分かった気がした。もちろん、何を大切と考えるかは人それぞれであるから、私の考えが唯一の正解ではないだろう。けれども、出向の本当の意義は、そこで得られる知識や経験も然ることながら、人々との出会いにあるのだと、私は考えるようになった。金融庁への出向は、私を、弁護士としてだけではなく、人としても成長させてくれた。

 機会を増やすために

 ここまで弁護士が出向することの良さを偉そうに述べてきたものの、残念ながら、弁護士の誰もが出向の機会に恵まれているわけではないのが現実である。金融庁に出向することができた私は、本当に運が良かったのだと思う。だからといって、「運良く機会があればどうぞ」と言って傍観しているつもりもないので、弁護士の出向の機会が少しでも増えるよう、まずはコツコツと説明することから始めている。

 私 :「・・・ということで、弁護士でも出向する例は多いんだ。」

 友人:「なるほど。今まで考えたこともなかったよ。」

 弁護士の出向の機会が増えるということは、それだけ弁護士の活躍の場が増えるということでもある。きょうも偶然誰かに出会ったら、出向の話をしようかと思う。

 山田 貴彦(やまだ・たかひこ)
 2004年3月、慶應義塾大学法学部卒。2006年10月、司法修習(59期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2009年7月から2012年2月まで金融庁総務企画局市場課に出向。2012年3月、当事務所復帰。
 共著に『逐条解説 2011年金融商品取引法改正』(商事法務 2011年11月)、『逐条解説 投資法人法』(金融財政事情研究会 2012年8月)。共著論文に「平成23年改正金商法政府令の解説(4・完)資金供給・資産活用に向けた見直し」(旬刊「商事法務」No.1963 2012年4月25日号)などがある。