2012年11月05日
北京タクシー事情
アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 濱本 浩平
1 北京の生活はタクシーが中心
私は東京で2年間弁護士をしたあと、上海での半年間の中国語研修を経て、2012年2月から北京で生活をしている。中国はお隣の国であるとはいえ北京での暮らしは東京と大きく違う。例えば、通勤や買い物など、日々の生活の中で使う乗り物が違う。
東京での生活では、終電を逃すことが無ければ普通は地下鉄や電車を使うことが多かった。たくさんの路線が網の目のように走っていてとても便利である。
一方で、ここ北京にももちろん地下鉄やバスがあるが、やはりタクシーが一番である。
北京は歴史ある都だけあって街全体が四角く、その街を東西南北に幹線道路が走っている。
地下鉄はたいてい幹線道路の下を走っているため、街を斜めに横切るのに面倒である。
バスは約700の路線があるものの、バス停に路線図や地図がないことが多く地理に不案内な外国人にとっては難易度が高い。
タクシーは初乗りが10元(130円弱)と安価なこともあり、北京市民の足である。日本ではタクシーで通勤すると聞くと少し驚くが、こちらでは違和感はない。私も移動にはほぼタクシーを使っている。
2 多様な運転手
北京のタクシーの特徴は運転手の種類の豊富さだと感じている。私は中国語で「微博(weibo)」というミニブログに書き込みをしているが、彼らはしばしばつぶやきのネタを提供してくれる。
例えば、私は次のようなタイプの運転手に出会ったことがある。
(1) 初心者系
運転手を始めて間もない人たちである。
行き先を告げると、たとえ有名な場所であっても、それはどこか?とか、道を知っているか?と聞き返してくる。私が自分から道案内をしなければならず、かつ運転技術が拙いことも多いのではらはらさせられる。「自分は今日から運転手を始めたので道が分からない。それでも大丈夫か」などと初心者であることを自ら切り出す人であればこちらの心の準備もできるが、時に知ったかぶりをして右折すべきところを左折してしまう人もいる。
(2) 好奇心旺盛系
とにかく質問をする人たちである。質問の内容は、国籍、年齢、職業、中国に何年いるのかといった比較的一般的な事項から、年収、既婚/未婚、彼女の有無など、プライバシーの核心を突くものまで幅広い。
私ははじめ「どの国の人か」という質問に正直に「日本人だ」と答えていたが、それではおもしろくないため逆に「何人だと思うか」と質問するようにしている。彼らの回答は7割方がシンガポール人、マレーシア人など東南アジア系で、2割が韓国人、正解者はたったの1割である。私はどう見ても日本人だと自負しているので、驚いている。
(3) 熱弁系
北京の運転手の最大の特徴は語りが熱いことである。特に記憶に残った例を3つあげる。
i 政治談義
北京人は一般的に政治談義が大好きと言われているが、それは運転手も同じである。ある運転手は、私が日本人だと分かると「中国と日本は協力してアメリカの脅威に立ち向かわなければならない」という持論を到着までの約10分間、止まることなく話し続けた。
彼と出会ったのは尖閣問題で日中関係が悪化する以前であったため、現在も彼が自説を維持しているかは定かでない。
ii テレサ・テン
春の涼しい夜にタクシーに乗車すると、オーディオからテレサ・テンの「月亮代表我的心」が流れていた(中国語学習者は大抵習う曲である。)。その日の空気に合っていていい曲だと褒めると、彼はテレサ・テンの良さについて語り始めた。曰く、メロディーが良い、歌い方が良い、声質が良いなどの長所があるそうである。私は彼に感化されて時々テレサ・テンを聞くようになった。
iii 結婚の意義
これまでで最長だったのが運転手による結婚の意義についての演説である。
空港に向かうためのタクシーで例によって「結婚しているか」と聞かれ、これに「未婚である」と答えた。すると、なぜ結婚しないのか、自分は結婚していて大変幸せであり、男は25歳までに結婚するべきだ、という話が始まった。
当時、私の自宅から首都国際空港まで所要時間は約40分、その間、仕事を終え帰宅したときに誰かが家庭で待っていることが如何に幸福であるか、家庭を持ち子供を育てることが社会にとって如何に重要であるか、などと話が続いた。ただし、私は現在も未婚である。
3 運転手の収入
運転手のふるう熱弁の中には、彼らの生活に関する話もある。働いても一向に生活が楽にならないという話である。彼らの言う理由の一つは労働時間である。彼らはおおむね1日おきに仕事をし、1日だいたい15時間にわたって座りっぱなしで運転をしているので疲労がたまりやすいとのこと。
そして、もう一つの原因がタクシー会社への上納金である。
彼らの話や報道によれば、タクシー運転手はおおむね次のような条件で働いているようである。
(1) タクシー会社と労働契約を結ぶ。運転手は固定給(約7,000円/月)を得る。
(2) 売上(平均約150,000円/月)は運転手の収入になる。固定給と合わせて約157,000円の収入である。
(3) ガソリン代(平均約47,000円/月)は運転手の負担である。ただ、政府と会社から一定の補助(約18,000円)が出る。収入からガソリン代を差し引くと約128,000円。
(4) ここからタクシー会社への上納金(約67,000円)が差し引かれる。そのため、最終的には約61,000円の収入となる。北京市民の月収は平均で約60,000円と言われているので、これをかろうじて上回る程度である。
この上納金は、タクシー会社との車の管理サービス契約に基づいて払われている。運転手は会社が所有する車を使っているので、会社に対して車の管理費を払うという建付けである。
ウェブ上で見かけたある契約には、毎月の管理費だけでなく、車の修理・保険などの費用や事故の場合の責任をすべて運転手が負担すること、管理費の不払いがあった場合にはタクシー会社が直ちに契約を解除できることなどが規定されていた。
これは運転手にとって厳しい条件である。タクシー会社の経営には政府の認可が必要で、会社間の競争が働きにくいことを考えると、やはり交渉力の差から運転手に負担が強いられているのではないかとも思う。もちろんタクシー会社はコストの正当な回収だというのであろうが。
時には、行き先を告げても返事をせず行き先が分かっているのかどうか分からないような運転手、初乗り区間で降車するのに燃料費(北京では初乗りを超えて乗る場合に2~3元の燃料費がかかる。)を上乗せして請求してくる運転手などに出会うこともある。時には腹立たしいこともあるが、彼らの言動も日々の生活の苦しさがなせる業ではないかとも思うのである。
なお、北京には正規のタクシー以外にも多くの無免許のタクシー(いわゆる白タク。なお中国語では逆に「黒車」という。)がいる。彼らが話す白タクをする理由は、北京戸籍がなければ北京で運転手になれないということのほか、やはり上納金の負担を挙げる人が多い。
4 おわりに
日中関係が悪化してから、中国各地で日本人に対する乗車拒否や暴言が発生しているという情報を聞いている。北京も例外ではないが、幸い(東南アジア系に見えるためか)私はそれらの被害には遭っていない。
私は運転手たちと話すのが好きで、きっかけがあれば彼らとの会話を楽しむようにしている。ただ、不快な目に遭いたくないという気持ちから今は車内での会話に積極的になれないのも事実である。
日々の生活の中のちょっとした楽しみが早く戻って来ることを北京にて祈るものである。
濱本 浩平(はまもと・こうへい)
2008年3月、東京大学法学部卒。司法修習(62期)を経て、2009年9月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、現事務所入所。
2011年9月から2012年1月まで華東師範大学(中国・上海市)にて語学研修。2012年4月から2012年6月まで君合律師事務所(中国・北京市)勤務。2012年7月から現事務所に復帰して北京事務所常駐代表。
共著・論文に『銀行が商事留置権の目的物である手形を再生手続開始後に換価した場合にその換価金を再生債務者に対する債権の弁済に充当することが認められなかった事例』(民事研修No. 638(2010年6月号)(共同執筆))、「事業主倒産時の確定給付企業年金の取扱い」(NBL No. 951 2011年4月15日号)(共同執筆)、「The International Comparative Legal Guide to: Corporate Recovery & Insolvency 2011」(日本関連部分)(Global Legal Group 2011年7月)(共同執筆)、「日本M&A法実務」(中国政法大学出版社、2011年)(共同執筆)。
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