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独禁法弁護士とオペラ指揮者の意外な接点

現場指揮官に求められる職人的リーダーシップ

  

 アンダーソン・毛利・友常法律事務所  
弁護士 山島 達夫

山島 達夫(やましま・たつお)
 2002年3月、東京大学教養学部総合社会科学科卒。2004年3月、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。司法修習(58期)を経て、2005年10月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2011年7月から12月まで、ベルギー、ブリュッセルのNorton Rose法律事務所にて勤務。

 唐突ではあるが、私は二つの顔をもつ。一つは「独禁法弁護士」としての顔、もう一つは「オペラ指揮者」としての顔である。一見すると正反対とも思える二つの職責は、私の中では「現場指揮官」というキーワードにより、統一的に理解される。

 本コラムでは、クロスボーダーな広がりを有する独禁法分野を専門とする弁護士に求められる「職人的リーダーシップ」について、オペラという異分野と比較しながら、若干の考察を試みる。

 1  独禁法弁護士としての顔

 私の専門とする独占禁止法関連業務のうち、業務量の多くを占めるのは、国際カルテル事件への対応である。

 (1) 目まぐるしく変容する国際カルテルの潮流

 ここ数年、国際カルテル事件をめぐっては、「摘発ドミノ」とも呼ぶべき独禁法違反の摘発連鎖が続いており、多くの日本企業がその波に巻き込まれている。

 違反が認定されると、会社は、各国・地域で非常に高額な罰金・制裁金・課徴金等を負わされることに加え、米国等では、役員・従業員が禁錮刑(実刑)に処される事態にも直面させられるため、まさに会社経営の根幹を揺るがす一大事といえる。

 しかも、リーニエンシー(課徴金減免制度)の普及した今日では、ひとたび当局から摘発を受けると、事件対応は、一分一秒を争う「時間との闘い」の様相を呈する。当局への自主申請の席次によって、予定される制裁の重さに天と地ほどの差が生ずるからだ。

 (2) 求められるのは瞬時の的確な判断力

 このような国際カルテル事件対応で、第一に求められるのは、瞬時の的確な判断力である。

 上述のとおり、当局による調査開始直後は「時間との闘い」であり、現場を観察しつつ、肝となる情報に直ちにアクセスし、採るべき戦略を決定する必要がある。また、調査開始から一か月間ほどは、非常時対応であり、日々明らかになってゆく事件の全容を前に、次の一手を打ち続けなければならない。もちろん、当局との交渉力も必須である。

 (3) 様々な利害対立を踏まえた経営へのアドバイス

 また、国際カルテル事件の場合、個々の役員・従業員との関係では、禁錮刑(実刑)に処されるリスクのみならず、社内処分の対象となるリスクや、株主代表訴訟を提起されるリスクをも生ずる。それゆえ、事態に直面した会社内では、様々な利害対立が先鋭化する。

 経営としては、そうした利害対立を前提に、前向きな落としどころを見つけ出さなければならない。ねじれを紐解き、会社の進む方向を示唆することも、独禁法弁護士の重要な職責の一つである。

 (4) グローバルな拡がりとプロジェクト管理能力

 加えて、近時の傾向として、一つの違反事実につき、多くの国・地域の競争当局が同時に(あるいは多少遅れて)捜査ないし調査に着手するケースが急増している。

 事件対応は数年越しの長期戦であり、世界各地で同時並行的に進行する。独禁法弁護士は、ゴールを見据えたプロジェクト管理能力も問われる。

 2  オペラ指揮者としての顔

 ところで、前述のとおり、私にはもう一つの顔がある。それは、オペラ指揮者としての顔だ。

 (1) イタリアオペラの大作曲家ヴェルディの世界と向き合って

 現在、私は、イタリアオペラの大作曲家ヴェルディの作品上演に特化したアマチュアオペラ団体を主宰しており、2013年3月3日に所沢MUSEにて第二回公演「仮面舞踏会」を予定している。そこには、日本を代表するプロの歌手や演奏家から、私のようなアマチュア音楽家まで、幅広い層が集う。

 左の写真は、2011年1月に実施したアーリドラーテ歌劇団第一回公演「椿姫」のカーテンコールの模様であるが、ご覧いただければお分かりのとおり、舞台装置やオーケストラも伴う大がかりな企画である。

 (2) コンサート指揮者との違い

 オペラ指揮者の立ち位置は、「のだめカンタービレ」などから想起される芸術家としてのコンサート指揮者とは、だいぶ趣が異なる。

 オーケストラピットの中で指揮をしていると、歌手の動き、舞台装置の設定、オーケストラの演奏など、時々刻々と変化し、想定外の事態が次々に発生する。一つひとつはわずかなズレでも、それがトリガーとなって全体が崩壊するリスクを常に孕む。

 それゆえ、オペラ指揮者は、そうした兆候を察知し、あるいは事前に予知し、瞬時の判断で的確な合図を出し続けなければならない。舞台上や客席の空気の動向を機敏に捉え、その日の上演全体の方向性を、身体の動きを通じて、メッセージとして発してゆくことも重要だ。

 加えて、一つの公演に先立っては、一年以上にわたる準備期間を要する。それゆえ、プロジェクトとして成功させるための戦略立案も不可欠である。

 3  現場指揮官としての職人的リーダーシップ

 法律と芸術は、分野としては対極に位置するように見える。しかし、個々のプロジェクトに携わる実務家という観点からは、独禁法弁護士とオペラ指揮者は、同じ思考回路を有する。少なくとも、私はそう感じる。いわば「職人的リーダーシップ」が求められる領域である。

 (1) 現場叩き上げで培われる能力

 独禁法弁護士とオペラ指揮者の共通点として、まず挙げられるのは、現場叩き上げという点である。

 よく言われるように、独禁法の概念は多義的であり、その解釈や運用には、経済法としての特徴が強く反映される。紋切型の条文解釈では説明がつかない部分も多い。それゆえ、独禁法弁護士は、生の事件の一つひとつに接する中で、一見すると不可思議なバランスの上に成り立つ独禁法秩序を肌で感じ取ってゆく。

 これと似た状況は、オペラの世界にもある。オペラは、音楽に台詞と舞台が結合した総合芸術であるが、絶対音楽とは異なり、物事が楽譜通りに進まないことが多い。それゆえ、間合いと息づかいを身体で覚えることがオペラ指揮者への第一歩となる。

 (2) 創造の源泉は現場にあり

 実際、個々のプロジェクトを前にして、最初に直視すべきは「現場」である。これは、独禁法弁護士もオペラ指揮者も異ならない。

 例えば、国際カルテル事件の場合であれば、投じられた一石を契機として社内に広がった様々な波紋や、その背後にある複雑な事実関係を前提に、事件やそれにまつわる諸問題を、独禁法という枠組みに則って、実務的に解決していく必要がある。経営の観点からは、上手くまとめることが第一であり、解釈や理屈の理論的秀逸性は二の次といってもよい。

 その一方で、現場に渦巻くセンシティブな問題を取り扱うため、現場の声に敏感になる必要がある。全ての解決の糸口は現場にあり、事件対応において、現場から得られる「創造」を超える道標は存在しないと断言してもよい。

 (3) 創造を支える日々の研鑽と職人的なこだわり

 もっとも、「現場」から「創造」を得るには、十分な素養が備わっていなければならない。それゆえ、座学の蓄積は当然の前提となる。また、現場に立ち続けることで、実践感覚を研ぎ澄ませ、経験値を積み増すことも必要だ。

 この職人的なこだわりこそが、実務家としてのクオリティを支え、そして新たなパワーとエネルギーを生み出す。日々の学習や経験を重ねる過程で、自らを支える強い信念がさらに具現化され、確固たるものへと変貌してゆくのであろう。

 独禁法弁護士もオペラ指揮者も、それぞれの専門領域に特化するケースが多いが、その専門性とは、本来的には、職人魂の裏返しであり、経営者的なスタンスとは一線を画するものと私は考える。

 (4) 多様性の中に身を委ねる

 独禁法弁護士もオペラ指揮者も、プロジェクトの現場では、様々な価値観の狭間で、微妙な舵取りを求められる。

 そもそも「解」は存在しないから、各立場の意見に耳を傾け、調和点を探り出すほかはない。ただ、理論的な観点から誤解と判断できる意見については、荒波を立てないようにうまくチューニングをし、全体としての内容の純度と水準を高めることも必要だ。相手の気持ちを上手に察することができるかが鍵を握ることもしばしばある。

 また、国際カルテル事件の場合、海外の弁護士との連携も必要となる。国や地域が異なれば、物事の考え方や感じ方、さらには仕事のやり方や生活スタイルに至るまで、千差万別である。カオスのような状況下で、一つのチームとしてコーディネートをしていかなければならない。日本人としての自信と誇りを持つことの大切さを痛感する。

 なお、私自身は、こうした多様性の中に身を投げることは、実は結構好きである。なぜなら、多様性の中には、新たな創造の源が隠れているからだ。

 私が2011年7月から半年間のブリュッセル研修中に、肌で感じ、そして学んだことは、文化的な多様性を前提とした共存の知恵である。ゼロから新しいものを築き上げるよりも、既存の叡智を組み合わせる方が、プロジェクトの成功には近道といえる。

 4  おわりに

 現場指揮官に求められる職人的リーダーシップについて、独禁法弁護士として、またオペラ指揮者としての観点から、私の想うところを綴ってみた。

 ちなみに、独禁法とオペラという本質的には正反対の分野に携わることは、私自身の中でのバランス感覚の醸成に役立っている。あるときは感情移入をし、そして、あるときは理知的に立ち振る舞う。

 陽の当たる裏方のようなポジションでの活躍の場が与えられていること、しかも自分に素直に伸び伸びと活動できる機会に恵まれていることは、実に幸せなことだとつくづく感じる。

 私の独禁法弁護士として、またオペラ指揮者としての挑戦は、四幕仕立てのオペラ作品でいえば、まだ第二幕の序盤に差し掛かったにすぎない。

 既成の価値観のみに捕らわれず、社会的・文化的営みの中で、自由な発想により創造的地平を切り拓き、その結果として実現したものを社会に還元する「現場指揮官」であり続けたいと願う。

 山島 達夫(やましま・たつお)
 2002年3月、東京大学教養学部総合社会科学科卒。2004年3月、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。司法修習(58期)を経て、2005年10月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。2011年7月から12月まで、ベルギー、ブリュッセルのNorton Rose法律事務所にて勤務。
 国内外の独禁法・競争法分野の案件を専門とし、課徴金減免申請(リーニエンシー)について、豊富な経験を有する。「国際カルテル事件はこうして発覚する」 (「月刊 ザ・ローヤーズ」2012年10月号)、「The Merger Control Review, Third Edition」(日本関連部)(「Law Business Research」2012年版(共著))など、独禁法・競争法分野を中心に論稿、記事多数。