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多様性の国シンガポール 一日本人弁護士として働いてみると

多様性の国シンガポール:一日本人弁護士として働いてみると

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 佐藤かおり

 1.はじめに

佐藤 かおり(さとう・かおり)
 2003年3月、東京大学文学部卒業。2003年4月から 2006年3月まで警察庁科学警察研究所勤務。2009年3月、東京大学法科大学院修了(法務博士 (専門職))。2010年12月、司法修習(63期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2011年1月、当事務所入所。2012年8月からシンガポールのOon & Bazul法律事務所で勤務中。

 シンガポールの現地法律事務所に赴任して早6カ月、出向期間も無事折返し地点を過ぎた。みなさんもお気づきの通り、2012年末から続く円安の威力は凄まじく、私は、座して給与(シンガポールドル建)が15%増えたような気がしてとても嬉しかったのだが、心理的にお金が使いにくくなる(「この前まで620円位だったランチセットが720円に」)という弊害に苦しんでいる。

 前段はさておき、残り半年のラストスパートを切ったシンガポール生活を振り返って、これまでの6ヶ月間を通して感じたシンガポールの雰囲気をお伝えできればと思う。

 2.多様性の国、シンガポール

 フードコートに行けば、ベジタリアンや宗教的な食事制限がある人にも対応した各種各国料理が並んでいる。例えば、職場の目の前にあるラオ・パサというフードコートには、百軒近くの様々なお店が、ずらりと並んで覇を競っている。フードコートの料理は、比較的すぐ出てくるし、2シンガポールドル代からと安価なので手軽に楽しめる。また、当初は一人暮らしをしていたが、残り半年はシェアをしてみようと家探しをしたところ、大家さんもシンガポール人から台湾人、中国人、日本人と様々で、シェアメイトもアジアのみならず、世界各国からの学生、会社員と多様性に富んでいる。結局、私もこの2月から、香港人の会計士、アメリカ人のデザイナー、オーストラリア人の金融会社勤務の人と4部屋、4バスルームのフラットに住むことにした。通勤時間が少し短くなり、日本食品を多く売っている某ショッピングセンターに近くなるので、今からとても楽しみである。

 事務所では、中国人女性弁護士(律師)と机を並べており、マレーシア人弁護士、イギリス人弁護士(バリスタ)も働いている。もちろん主力はシンガポール人弁護士だが、シンガポール人も中華系、インド系、マレー系と様々なためか、会議においてもいろいろな訛りの英語が入り乱れており、ここでは発音も少しくらい違ってもいいのかも、と感じることができる。中国人女性弁護士は、既に3年以上シンガポールで働いていて、その前は上海の某法律事務所に勤めていたそうだ。最近になって、家を上海で買うべきか、ご両親の住む中国の某地方都市で買うべきか、はたまたシンガポールで買うのもいいけれど、外国人に対する印紙税制度の改正(外国人にとっては改悪)が問題かなあと悩んでいる姿には、国境をあまり気にしない中華系の人々のたくましさを感じる。

 なお、私の英語も少しずつ無国籍になっているようで、シンガポール赴任当初は、タクシーの運転手からも、靴の修理屋からも「日本人でしょ?」と言われたが、最近では、空港からタクシーで市内に入るとき、「うーん、君はどこから来たのかわからないな」と言われることがしばしばだ。全くの個人的見解だが、日本人だと見破られないコツは、ちょっとせっかちな感じで早口でしゃべること、恥ずかしがらないことだと思う。

 3.親日の国、シンガポール

 もちろん、日本人と見破られても特に問題はない。むしろ、シンガポール人の多くはかなり親日だと思う。ボスの一人であるバズール(シンガポール人)は、「日本人みたいにきっちりした秘書をぜひ雇いたいよ!」といつも言っており、イギリスで教育を受けているのに、なぜか紅茶ではなく、毎朝お急須で入れた日本茶を飲んでいる。また、寿司も大人気で、「テレビで特集を見て、妻が行きたいって言うんだけど、トーキョーの××って寿司屋の予約、取れるかなぁ」などと言われることもある。現地には数多くの日本料理屋があるので、日本語が飛び交うお店に入り、郷愁にひたることもできる。なお、シンガポール人の同僚弁護士に言わせると、「日本料理屋に行ったけど、日本人もたくさんいたよ!」というのは、「おいしい日本料理屋に行ったよ!」という意味だそうだ。なるほどなあと思うが、ローカライズされたものでなく、日本風の日本料理が好まれる、という点は驚きである。また、前記の靴屋では、修理に持っていった靴について、「この靴日本製だろ?ウーム、やっぱり日本製は縫製が違うよね!!」と褒められた。後から靴底を見たら中国製だったのだけれど…。日本人⇔日本製品⇔Good!!というような思考回路が出来ている様子で、日本企業をはじめとする先人の方々の努力のおかげだなあと、ありがたく思う毎日である。

 4.シンガポールでの訴訟/仲裁

出向先事務所の上司、同僚とともに。左がチームのボスであるスレッシュ弁護士。

 シンガポール政府・シンガポール法曹界は、今、強力にシンガポールにおける仲裁を推進している。これは、国土が狭く人が財産であるシンガポールにとって、産業育成策の意味もあると思うが、他方、東南アジア各国では、裁判所における紛争解決に時間がかかる場合があること、裁判所においてさえ汚職のある国もままあること等から、現地裁判所での紛争解決を避け、クリーンで公正な判断が見込める第三国、シンガポールで紛争解決をしたいという需要に支えられている。また、仲裁地間の競争に関しても、東南アジアのハブという点で地理的にロンドンや香港より優位であること、ロンドンよりはアジアの文化的な背景に理解があること(例えば、日本語の「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。」の意味について等)もアジア各国企業にシンガポール仲裁をお勧めする理由になりえると思う。最近、英国のとある法廷弁護士(バリスタ)事務所がシンガポールブランチをオープンするなど、シンガポールの仲裁地としての地位は徐々に高まっていると言えるだろう。

 5.シンガポールの労働環境

 これまで見聞きしてきた範囲では、概してシンガポールの労働環境は流動的である。弁護士業界についてはまだよくわからないが、一般の労働関係の紛争などでは、転職に際しての機密情報の持出しや、転職後の競業禁止義務違反、顧客勧誘禁止義務違反について争われることも多い。また、身近な例では、事務所のスタッフで、「9月から通信でロンドン大学のローディグリーを取ることに専念するわ」とか「台湾の大学の法学部に留学するよ!」と辞めていく人も少なくない。日本の労働法制からすると驚愕だが、シンガポールは基本的に解雇が自由である。だからこそ、先手をうってスキルアップのために大学に通い直す、良い条件があればどんどん転職するという風土なのかもしれない。

 6.まとめ

 シンガポールは、面積も東京23区ほどと小さく、人口も約530万人と少なく(シンガポール政府統計局2012年中間推計による。シンガポール国民と永住権取得者の合計だと約380万人。)、資源もなく、人が財産の国と言われる。与えられた条件は決して良くないにもかかわらず、近年、格差問題が取り沙汰されながらも、人口あたりGDPにおいてアジア首位の地位を守っている。この理由は、一言では言えないが、国営放送がチャンネルニューズアジアと銘打っていたり、徹底して産業誘致・育成に努めていたり、とそれぞれの場所から感じとれるところがあると思われる。機会があったら、ぜひシンガポールに休暇や仕事で滞在してみると、この国の、また、大げさではあるけれど、東南アジアのハブ国の躍動感をきっと感じることだろう。

 佐藤 かおり(さとう・かおり)
 2003年3月、東京大学文学部卒業。2003年4月から 2006年3月まで警察庁科学警察研究所勤務。2009年3月、東京大学法科大学院修了(法務博士 (専門職))。2010年12月、司法修習(63期)を経て弁護士登録(第二東京弁護士会)。2011年1月、当事務所入所。2012年8月からシンガポールのOon & Bazul法律事務所で勤務中。
 共著に「シンガポール雇用法について」(シンガポール日本商工会議所月報 2012年12月号)がある。