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相手は何を見て何を考えているかを理解する

自転車と異文化コミュニケーション

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 近藤 純一

近藤 純一(こんどう・じゅんいち)
1992年3月、東京大学法学部卒業。司法修習(46期)を経て、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。1999年6月、米国Stanford Law School(J.S.M)。1999年9月から2000年8月まで米国ニューヨークのMilbank, Tweed, Hadley & McCloy法律事務所勤務。2000年、ニューヨーク州弁護士登録。2000年9月、当事務所復帰。2003年1月、当事務所パートナー就任。

 1. 自転車を始めたきっかけ

 以前、同僚が自転車の話を書いていたが、私も最近自転車通勤を始めた。もっとも、最初から自転車通勤をしようと思ったわけではなく、夏に自転車を買い換える際にふとスポーツ自転車を買った。取り立てて凝った物ではない、入門用のものだったのだが、実際に乗ってみると、これは、今まで思っていた自転車とは別の乗り物だ、ということに気付いた。最初に感じたのは、何気なく横断歩道を渡ったときの振動だった。春に自動車のタイヤをスタッドレスから夏タイヤに履き替えると、路面のペイントを踏んだ感触をはっきり感じてはっとすることがあるが、それどころではない、まるで1本1本の白線がキャッツアイになったような振動だった。歩道と車道の境目の段差のショックに気を付ける必要があるとは聞いていたが、路面のペイントの段差で揺さぶられるとは、正直、困った物を買ってしまった、と思った。

 不思議なもので、乗り心地の悪さにはすぐに慣れた。入門用の自転車に最初についているタイヤは一番安い物なので履き替えた方が良いという話も聞いて、タイヤを履き替えたら乗り心地が随分改善した、ということもある。乗り心地の悪さに慣れると、すぐに夢中になった。スキーの疾走感・浮遊感には適わない気もするが(というか、転んだらアスファルトが待っている状況で極細のタイヤ2本を信頼して完全に身を委ねる根性が、私にはない)、やはりスピード感が違う。自動車の100km/hには特に何も感じないが、自転車の40km/hは、完全に「風になれる。」

 また、これほど自由な乗り物はないと思える。すっかり忘れていたが、大学に入って自動車運転免許を取った頃の感覚を思い出した。自動車を運転するようになって、終電の時間も気にせずに、好きなときに好きなところに移動できるということに、いささか大袈裟、というよりは卑小であるが、「自由」を実感した。大人になったのだという実感は、酒よりも、高校までの制服や時間割がなくなったことよりも、運転を始めたことにあったような気がする。今、自転車に乗って大人になったとはさすがに実感しないが、都内の自転車は、自動車よりも更に自由だ。一方通行の心配も無く、気になる店があればすぐにスピードも落とせて、何より駐車場所の心配が要らない。

 2.自転車通勤を始めて

 自転車を買ってしばらくは、週末や、帰宅後に乗ったりもしていたのだが、如何せん週末は子供達の相手をしなければならず、帰宅はいつも深夜だ。微妙に欲求不満を感じていたところに思い付いた。これで通勤してしまえばいい。距離は6~7km程度なので少し物足りないくらいだが、負担にはならない。何より、深夜のタクシーは少しでも早く家に帰れるまでに仕方なく過ごす時間だが、自転車での帰り道は、一日の仕事を終えたご褒美になる。

 もっとも、期待通りにはならなかった点もある。普段は地下鉄での通勤で、タクシーでも車窓からぼうっと外を眺める程度なので、自転車ならばふと気が向いて寄り道をしたり、雑誌ではないが「街の中に新しい発見」でもできるのではないか、と思っていた。もとより朝はそんな余裕はなく、帰りも街が活動しているような時間ではない。しかし、例えば松浦寿輝が「駅まで」に書いているような、「余丁町から舟町へ、砂土原町から袋町へ、神楽坂から鶴巻町へ」といった散歩が楽しめたら、素養のない身には異界までは覗けないにしても、東京の街が少しばかりは違う顔を見せてくれるのではないか、などという期待はあった。実際に乗ってみると、しかし自転車はずっと散文的な乗り物であった。もっと速く、もっと速く走れ、と常に駆り立てられる気になって、ついつい車道を脇目も振らずに漕ぐことになっている。

 3.自転車と自動車の相克

 自転車通勤を始めたというと、しかし、「怖くない?」と聞かれることが多い。確かに、車道を走るのは少し敷居が高いし、怖い思いをすることもあるのだが、今のところは自動車を相手に怖い思いをしたことはない。自動車はスピードも速いしこちらより遙かに大きいので、ぶつかれば大変なことになるのはもちろんだが、自動車の挙動は大抵予測できるし、こちらも運転歴は長いので、自動車にとって嫌なバイクや自転車の挙動は大体分かる、ような気がする。怖い思いする相手は、むしろ自転車であることが多く、夜中に無灯火で道路の右側を逆走してくる自転車などは本当に怖い。

 もっとも、自転車に乗るようになって、自転車側の気持ちもかなり分かるようになった気がする。自転車は自動車のような大きなエンジンを積んでいるわけではないので、一度スピードを落としてしまうと再び加速するのは結構大変で、だから一度スピードにのったらできるだけスピードを落としたくない、という心理はどうしても働く。

 最近は自転車もかなり市民権を得ていると言われ、しかしその一方で自転車の事故が注目されてもいるようだ。事故を防ぐには、もちろん、自転車が安心して車道を走れるためのインフラ整備であるとか、サイクリストへの交通ルールの徹底などが重要なのだとは思うが、もっと単純に、ドライバーとサイクリストはそれぞれ何を見て何を考えているのかがお互いにもう少し分かれば、事故は劇的に減らせるように思う。

 そして、そのことは私たちが普段関わっているクロスボーダーの取引や国内での契約交渉にも通じるように思う。全てがたちどころにうまくいくような秘訣は存在しない。地道に相手のバックグラウンドを理解しようとし、相手が求めているものを、相手の身になって考えることで、双方が折り合える場所を探す、というアプローチは、こんなところでも共通しているように思う。

 近藤 純一(こんどう・じゅんいち)
 1992年3月、東京大学法学部卒業。司法修習(46期)を経て、弁護士登録(第二東京弁護士会)、当事務所入所。1999年6月、米国Stanford Law School(J.S.M)。1999年9月から2000年8月まで米国ニューヨークのMilbank, Tweed, Hadley & McCloy法律事務所勤務。2000年、ニューヨーク州弁護士登録。2000年9月、当事務所復帰。2003年1月、当事務所パートナー就任。
 著書・論文に「新民事訴訟法の解説」(新日本法規 1997年)(共著)、「CAFC最新判決ウォッチング セイコーエプソン株式会社対Nu-Kote International, Inc.事件」(国際法務戦略 、1999年)、「委員会設置会社vs.監査役強化会社」(中央経済社 2003年)(共著)、「<連載>事業再生支援をめぐる実務上の留意点 (第1回)事業再生のための種々の手続」(金融法務事情 2003年12月25日 1694号)(共著)、「新会社法の読み方 条文からみる新しい会社制度の要点」(社団法人金融財政事情研究会 2005年)(共著)、「会社法大系2」(青林書院 2008年)(共著)、「生かせ内部通報制度(上)(中)(下)」(日刊工業新聞 2009年3月3日・10日・17日)、「ANALYSIS 公開買付け」(商事法務 2009年)(共著)、"Japan: The best approach" (The 2010 guide to Mergers and Acquisitions (Edited by IFLR)) (共著)、Life Sciences 2011 (Japan Chapter) (Getting the Deal Through, Law Business Research Limited) (共著)、"Introduction to Japanese Business Law & Practice" (LexisNexis Hong Kong 2012年)(共著)などがある。