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改名ブーム!?占い好きな台湾人の「改命」事情

アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 若林 耕

拡大若林 耕(わかやばし・こう)
 1999年3月、一橋大学法学部卒。2001年3月、一橋大学大学院法学研究科中退。司法修習(55期)を経て、2002年10月、弁護士登録(東京弁護士会)。2004年9月から2005年3月まで 北京語言文化大学にて中国語研修。2005年3月から2005年5月までアンダーソン・毛利・友常法律事務所 北京事務所勤務。2005年6月から2005年11月まで台湾・台北のLee & Li(理律)法律事務所勤務。2012年1月、当事務所パートナー就任。

 私は、2005年に1年ほど、台北のローカル法律事務所で勤務した経験がある。台湾での生活や台湾人との付き合いの中で、特に印象深かったのは、日本やおそらく他の国と比べても、「改名」(苗字の変更ではなく、名の変更)をする人の割合が高いということである。元の名とは全く別の漢字(別名)に変更する例も多く、複数回変更している人もいる。聞いたところでは、親族全員が一斉に「改名」したという例もあるらしい。

 実際、私の経験でも名刺交換をした際に、相手から「我改名了!」(名前を変えたよ!)と告げられたことが何回かある(ちなみに、「改名」した場合、挨拶状を送るなどして周囲に正式に告知するほどの習慣はないようである。)。台湾では多くの人が通称やあだ名を持ち、外国人の多い職場ではイングリッシュネームで呼び合うことも一般的なので、最初は、通称の類の変更のことかと表面的に考えていたが、よくよく聞くと、戸籍上の名を、きちんと法律的な手続を経て変更したのだという。

 「姓名条例」の改正と改名ブーム

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 調べたところ、台湾では、2003年に「姓名条例」が大幅に修正され、改名に対する制限が緩和された。近年は台湾では「改名ブーム」といっていいほど改名者が増加している。台湾内政部は正確な統計を公表していないものの、「姓名条例」に基づく改名申請者は、2010年時点で1年間に11万人から12万人にも上り、10年前に比べると、その数は2倍、3倍にも増加しているとの報道もなされている。

 「姓名条例」によれば、以下の事由がある場合、改名申請ができる(同条例第7条)。

(1) 同時に、一つの機関、機構、団体又は学校において、姓名が完全に同一の人がいる場合

(2) 三親等以内の直系尊属と名が完全に同一の場合

(3) 同時に、一つの直轄市、県(市)に6ヶ月以上居住し、姓名が完全に同一の人がいる場合

(4) 公務員への任用時に姓名が完全に同一であることが発覚し、任用機関から通知を受けた場合

(5) 指名手配犯と姓名が完全に同一の場合

(6) 命名文字の字義が低俗・下品又はその他の特殊な原因がある場合

 

 ちなみに、日本ではどうかというと、戸籍上の本名の改名(漢字の変更)には、申請者が「正当な理由」を立証したうえで、家庭裁判所の許可を得て届け出ることにより初めて認められる(戸籍法第107条の2)。「正当な理由」とは、名の変更をしないとその人の社会生活において支障を来す場合をいい、一般的には珍奇・難解など、社会生活上、著しい支障があるとか、長い間、通称名として使ってきた等の事由が挙げられる。単なる個人的趣味、感情、信仰上の希望等のみでは足りないとされており、これらの事由について家庭裁判所を納得させるのは困難なことが多く、実務上の難易度は高い。

 一方、台湾では手続としては裁判所等の許可までは不要であるため、実務上の難易度は比較的低い。それに加えて、改名ブームとなっている背景には、台湾特有の以下のような「事情」があると思われる。

 同姓同名者の増加 -「菜市名」という現象-

 台湾の改名申請において、当該人の日常生活圏内に同姓同名者がいることが理由とされるケースが多いのが特徴的である。

 法律上は、戸籍の姓名には、台湾教育部編成にかかる国語辞典(通用辞典)中の文字が用いられなければならない。通用辞典中の文字には約1万2000字ものバリエーションがあるので、一見すると困るほどの選択肢があるようだが、実際には、名として選択される漢字はその響きやイメージ等から、日本以上に限定的な傾向がある。例えば、男性であれば、「俊」「雄」「志」「信」等の男性らしい文字が使用されることが多く、女性であれば、「淑」「美」「華」「鳳」等の女性らしい文字が使用されることが多い。限定的な選択肢の中からより響きや字画のよい組合せが固定化された結果、俗に言う「菜市名」という現象が発生している。「菜市」というのは、中国語で「食材市場」のことであり、食材市場でその名を呼べば大勢が振り向くほど多いと形容された大衆的な名のことを意味している。台湾では、毎年大学合格者名等のデータから「菜市名」ランキングが報道を賑わすこともある。

 日本でも、時代に応じて比較的多い名は存在するが、姓の種類が多いこともあって、日常生活上特段の支障が生じることは少ない。一方、台湾の場合、姓の種類が少ないことに加えて、上述のような漢字の組合せの固定化が進んでいることから、同名者、更には同姓同名者の割合は非常に高い。特に時代ごとに「菜市名」ランキングの移り変わりが激しいのも台湾の特徴の一つで、名を見ればどの年代の人物かおよその推測ができる場合もあるらしい。

 台湾の「菜市名」が日常生活にもたらす不便さは想像以上であるようだ。例えば、同じ学級内に同名者又は同姓同名者が何人もいるということが日常的に存在する。同名者を区別するために、例えば身長差によって、「大」「小」で呼び分けるというような際どい扱いもある。冒頭で、台湾では、職場や学校においても通称やあだ名で呼び合うことが一般的と申し上げたが、その背景の一つに「菜市名」という原因があるのではないか。

 「改名」イコール「改命」?

 話は変わるが、私が台湾での生活を通じて感じたのは、占い(中国語で「算命」という。)や風水が台湾人の日常生活に深く浸透しているということである。台湾を旅行された方であればご存知かもしれないが、台北の街中には至る所に占い館が存在し、観光地化された占い横丁なるものも存在する。

 日本でも、姓名判断は一般的であるが、台湾においても、主に子供の名前を決める際には姓名判断が非常に重要視されており、専門の占い師(「命理師」)に相談することが多い。台湾で特徴的なのは、大人になってからも、特に就職や結婚といった人生の岐路や、あるいは大病を患った際に姓名判断が利用されることがあり、しかも判断結果に従って改名が行われるケースが多いことである。改名の理由には、上記のように同姓同名が多いという物理的な事情があるが、台湾でも就職難や未婚率の上昇が社会問題となる中、改名を改運(改命)の契機としたいという切実な願いがその背景に存在するものと思われる。命理学において親族の運命は連帯関係にあるとされており、親族の誰かの病気治癒を祈願して兄弟家族全員で改名したというような例もあるそうである。

 以上のように、台湾人が「改名」する本当の理由には、実はちょっと複雑な「改命」事情が存在する可能性もある。今後改名した人と出会った際には、「響きのよい名前ですね」と純粋に褒めてあげると相手の人はとても喜ぶだろう。逆になぜ改名したのか、その理由には深く立ち入らないのが基本的なマナーであろう。

 なお、台湾の姓名判断は日本人でももちろん受けられる。万が一、改名を進められたとしても落ち込むことはない。改名が容易ではない日本人には、改名せずとも運勢が変えられる吉方位があるそうだ。

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筆者

若林 耕

若林 耕(わかばやし・こう) 

 1999年3月、一橋大学法学部卒。1999年4月、一橋大学大学院法学研究科入学。2001年3月、同研究科中退。2002年10月、司法修習(55期)を経て弁護士登録(東京弁護士会)、2002年10月から2005年12月まで小野総合法律事務所勤務。2004年9月から2005年3月まで北京語言文化大学にて中国語研修。2005年3月から2005年5月までアンダーソン・毛利・友常法律事務所 北京オフィス勤務。2005年6月から2005年11月まで台湾・台北のLee & Li(理律)法律事務所勤務。2006年1月、当事務所入所。2007年2月から2009年2月まで北京オフィス常駐代表。2009年3月、東京オフィス勤務開始。2012年1月、当事務所パートナー就任。2013年9月から2015年4月まで上海オフィス 常駐代表。2016年5月から北京オフィス 首席代表。
 著書に「アジア・新興国の会社法実務戦略Q&A」(商事法務 2013年)(共著)。論文に「中国新会社法における中国現地法人の戦略的機関構成とコーポレート・ガバナンス(上)(下)」(「Lexis 企業法務」(2006年12月号・2007年1月号)(共著))、「中国ビジネス法務Q&A「中国におけるインサイダー取引規制」〜「万科門事件」の顛末とともに〜」(「Business Law Journal」 2008年7月号(共著))、「中国ビジネス法務Q&A 「外商投資企業による中国A株市場上場」〜中国国内資本市場での人民元資金調達の可能性〜」(「Business Law Journal」 2008年10月号 (共著))、「中国ビジネス法務Q&A 「中国の贈収賄規制〜中国ビジネスにおける「袖の下」〜」(「Business Law Journal」 2009年3月号 (共著))、「中国進出・外商投資企業のコーポレートガバナンス」(「M&A Review」 2010年9月号 (共著))などがある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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