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今回の金融商品取引法等改正案が目指すもの

有吉 尚哉

 証券会社のトップが辞任に追い込まれた公募増資をめぐるインサイダー取引事件や企業年金資産を消失させたAIJ事件。その再発防止のため、政府はインサイダー取引の規制を強め、投資運用会社がうその報告をした場合の罰則を強化する金融商品取引法などの改正案を国会に提出した。同時に、国際的な規制動向にも合わせた金融機関の破綻処理制度の整備やJ-REITなどで利用される投資法人法制の見直しなどの改正も提案されている。改正の狙いやポイントについて有吉尚哉弁護士が詳細に解説する。

平成25年金融商品取引法等改正法案の概要とその背景

西村あさひ法律事務所
弁護士 有吉 尚哉

有吉 尚哉(ありよし・なおや)
 2001年東京大学法学部卒業。2002年弁護士登録。2010年~2011年金融庁総務企画局企業開示課出向。現在、西村あさひ法律事務所弁護士。金融法委員会委員。資産流動化取引その他の金融取引、信託取引、金融商品取引業その他の金融関連規制への対応等を担当。

 ■ はじめに

 毎年の恒例行事となっている感のある金融商品取引法(以下「金商法」という)などの金融規制法の改正であるが、平成25年通常国会においても、平成25年4月16日に「金融商品取引法等の一部を改正する法律案」(平成25年閣法第59号。以下「金商法等一括改正法案」という)が提出されている。本稿の執筆時点においては、まだ金商法等一括改正法案の国会審議は始まっていないが、順調に国会審議が進めば、6月ころには改正法として成立することが予想される。ただし、本年は7月に参議院議員選挙が予定されているため、大幅な会期の延長ができないスケジュールとなっており、国会審議が難航すると通常国会での改正法の成立が果たせない可能性もあると思われる。

 金商法等一括改正法案の提出理由は、「金融システムの信頼性及び安定性を高めるため、情報伝達行為に対する規制の導入等のインサイダー取引規制の強化、投資一任業者等による運用報告書等の虚偽記載等に係る制裁の強化、投資法人の資本政策手段の多様化、大口信用供与等規制の強化、金融危機に際して金融機関等の資産及び負債の秩序ある処理を行う措置の創設等の措置を講ずる必要がある」とされている。金商法等一括改正法案の主な内容は、(1)「公募増資インサイダー取引事案等を踏まえた対応」、(2)「AIJ事案を踏まえた資産運用規制の見直し」、(3)「金融機関の秩序ある処理の枠組み」、(4)「銀行等による資本性資金の供給強化等」、(5)「投資法人の資金調達・資本政策手段の多様化等」の5項目であり、その他にも各種の規制の改正が提案されている。

 金商法等一括改正法案に含まれる内容は金商法の改正に留まらず、預金保険法、銀行法、投資信託及び投資法人に関する法律などについての比較的大きな改正も含まれていることに留意が必要である。また、今回の金商法等一括改正法案には、例年以上に多種多様な内容が含まれている印象である。

 以下、金商法等一括改正法案に含まれる各改正項目が立案された経緯とそれぞれの概要について解説を行う。

 ■ 公募増資インサイダー取引事案等を踏まえた対応

 近年、上場会社の公募増資に際し、引受証券会社の営業職員による情報伝達に基づいたインサイダー取引に係る課徴金勧告・刑事告発事案が頻出したことなどを踏まえ、平成24年7月4日に開催された第28回金融審議会総会において「情報伝達行為への対応、課徴金額の計算方法その他近年の違反事案の傾向や金融・企業実務の実態に鑑み必要となるインサイダー取引規制の見直し」を検討することについての諮問がなされた。これを受けて、「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」(座長:神田秀樹東京大学教授)において同年7月から12月まで7回にわたって情報伝達・取引推奨行為への対応や課徴金額の計算方法などの論点について審議が行われた。同ワーキング・グループでの審議の結果は、同年12月25日に報告書「近年の違反事案及び金融・企業実務を踏まえたインサイダー取引規制をめぐる制度整備について」として取りまとめられ、公表された。

 金商法等一括改正法案では、当該報告書の内容を踏まえて、インサイダー取引規制に関して(1)情報伝達・取引推奨行為に対する規制の導入、(2)「他人の計算」による違反行為に対する課徴金の引上げ、(3)近年の金融・企業実務を踏まえた規制の見直しが図られている。具体的には、次のような改正を行うこととされている。

 まず、情報伝達・取引推奨行為に対する規制として、会社関係者であって重要事実(インサイダー情報)を知ったものは、他人に対し、当該重要事実の公表前に取引をさせることにより利益を得させ、または損失の発生を回避させる目的をもって、当該重要事実を伝達し、または取引を勧めてはならないという規制を設けることとされている。また、公開買付者等関係者であって公開買付け等事実を知ったものについても、同様の規制を設けることとされている。そして、これらの規制に違反した場合において、重要事実の伝達・取引の推奨を受けた者が、当該公表事実の公表前に取引を行った場合には、情報伝達・取引推奨行為を行った者に課徴金や刑事罰が適用される。

 規制の枠組みを整理すると、行為規範として、「重要事実の公表前に取引をさせることにより利益を得させ、または損失の発生を回避させる目的」という目的要件を満たした情報伝達・取引推奨行為が禁止されており、さらに、情報の伝達・取引の推奨を受けた者が重要事実の公表前に取引を行うという取引要件も満たされた場合には、情報伝達・取引推奨行為を行った者が課徴金・刑事罰の対象となるという内容となっている。

 次に、運用対象財産の運用として、自己以外の者の計算においてインサイダー取引規制などの不公正取引規制に抵触した場合について、「運用報酬(1か月分)を運用財産全体に占める違反行為の対象銘柄の割合で按分した金額」を基準として課徴金の金額を計算している現行の制度を見直し、「3か月分の運用報酬全体」を基準として課徴金の金額を計算するものとされている。資産運用業者が投資家から預かった運用資産によってインサイダー取引などの不公正取引を行った場合の課徴金を引き上げ、不公正取引規制の実効性を高める改正であると考えられる。課徴金制度については、このほか、課徴金調査などの実効性を高めるための制度整備として、(a)課徴金調査において、物件提出を命じることを可能とすること、(b)課徴金調査などに関して官公署へ照会して報告を求めることができるようにすることなどの見直しが盛り込まれている。

 さらに、近年の金融・企業実務を踏まえた規制の見直しとして、(a)会社関係者または会社関係者からの情報受領者の間のみならず、当該情報受領者と重要事実を知っている者との間における市場外の取引については、インサイダー取引規制を適用しないこと(いわゆるクロクロ取引による適用除外の拡張)、(b)(現行規制上、公開買付者との間で特段の契約がない場合には、公開買付者等関係者には該当しない)公開買付けの被買付企業やその役職員について、公開買付者等関係者の対象とし、インサイダー取引規制の対象とすること、(c)公開買付け情報の伝達を受けた情報受領者について、自ら公開買付けを行う際に公開買付届出書等に伝達を受けた情報を記載した場合(情報の周知)、または伝達を受けた日から6か月が経過している場合(情報の陳腐化)には、インサイダー取引規制を適用しないことが提案されている。

 インサイダー取引規制については、これらの見直しのほかに、後述のとおり上場投資法人の投資口の取引をインサイダー取引規制の対象とすることも提案されている。

 なお、前述のワーキング・グループの報告書では、いわゆる知る前契約・計画に係る適用除外の範囲の見直しなども提案されていたが、そのような見直しは今後、内閣府令などの改正により実施されるものと予想される。

 ■ AIJ事案を踏まえた資産運用規制の見直し

 AIJ投資顧問が投資運用を受託していた企業年金の資産の大部分を消失させ、顧客に虚偽の報告を行っていたとされるいわゆるAIJ事件を踏まえ、同種事件の再発を防止するため、金融庁は平成24年9月4日に「AIJ投資顧問株式会社事案を踏まえた資産運用に係る規制・監督等の見直し(案)」を公表し、意見募集を行った。同見直し案で提案されていた再発防止策については、既に同年12月13日に行われた内閣府令・監督指針の改正などを通じて実施されているものが多いが、法改正が必要となるものについては、今回の金商法等一括改正法案によって改正が提案されている。

 具体的には、(1)不正行為(運用報告書などの虚偽記載、投資一任契約の締結の勧誘の際の虚偽告知、投資一任契約の締結に関する偽計)に対する罰則の強化、(2)運用実績連動型保険契約に関する生命保険会社による運用報告書の交付の義務付け、(3)顧客が年金基金である場合などを念頭に置いた信託会社・信託銀行の信託財産状況報告書の交付頻度の引上げ、(4)厚生年金基金が特定投資家(プロ)になるための要件の限定などの見直しが提案されている。

 ■ 金融機関の秩序ある処理の枠組み

 平成24年4月11日に開催された第27回金融審議会総会において「金融システム安定等に資する銀行規制等の在り方についての検討」に関する諮問がなされたことを受けて、「金融システム安定等に資する銀行規制等の在り方に関するワーキング・グループ」(座長:岩原紳作東京大学教授)が設置された。同ワーキング・グループでの検討項目の一つは、リーマン・ブラザーズの破綻等に端を発する先般の国際的な金融危機の経験やその後の金融機関の実効的な破綻処理に関する新たな枠組みの構築についての国際合意を踏まえた、市場等を通じて伝播するような危機に対応するための金融機関の秩序ある処理に関する枠組みの整備であった。その他の検討項目も含めて同ワーキング・グループでは同年5月から平成25年1月まで14回にわたって審議が行われ、同年1月25日に報告書「金融システム安定等に資する銀行規制等の見直しについて」が取りまとめられ、同月28日に公表された。

 金商法等一括改正法案では、当該報告書で提案された「金融機関の秩序ある処理の枠組み」の内容を踏まえて、金融システムの安定を図るための金融機関の資産および負債の秩序ある処理に関する制度を整備することを内容とする預金保険法の改正が図られている。

 制度の概括的な内容は、破綻の危機に瀕した金融機関に対して、預金保険機構による監視と流動性供給・資金援助等の措置を執ることにより、金融システムの安定を図るために不可欠な債務等の履行・継続を確保しながら、市場取引等の縮小・解消を図り、市場の著しい混乱を回避しつつ、金融機関の秩序ある処理の実現を目指すというものである。

 具体的には、債務超過などの状態に至っていない金融機関を対象として、預金保険機構による監視および資金の貸付け・株式の引受けなどを内容とする「特定第一号措置」と、債務超過、支払停止またはこれらのおそれがある金融機関を対象として、預金保険機構による監視および資金援助などを内容とする「特定第二号措置」が設けられている。この制度の対象となる金融機関には、銀行などの預金取扱金融機関だけでなく、保険会社、証券会社、これらの持株会社なども含まれる。内閣総理大臣は、これらの措置が講ぜられなければ、我が国の金融市場その他の金融システムの著しい混乱が生ずるおそれがあると認めるときは、金融危機対応会議の議を経て、当該措置を講ずる必要がある旨の認定を行うことができるとされている。

 ■ 銀行等による資本性資金の供給強化等

 「金融システム安定等に資する銀行規制等の在り方に関するワーキング・グループ」では、我が国経済・金融業の一層の発展を図る観点から、金融機関による中小企業等への資本性資金の供給促進や、我が国企業の海外進出の支援など、我が国金融業の更なる機能強化に向け積極的な取組みを行うことなども審議の対象となった。そして、前述の報告書「金融システム安定等に資する銀行規制等の見直しについて」では、「外国銀行支店に対する規制」、「大口信用供与等規制」および「我が国金融業の更なる機能強化のための方策」の検討結果についても取りまとめられている。これらの提案を踏まえ、金商法等一括改正法案では、銀行法などの改正が提案されている。

 まず、外国銀行支店に対する規制の見直しが図られている。現行規制上、我が国への外国銀行の参入は、支店形態・現地法人形態のいずれの形態も認められており、参入形態の違いによる業務範囲規制は課されていない。もっとも、外国銀行支店に対しては、資本金に対応する規制が存在せず、金融機関等の更生手続の特例等に関する法律(以下「更生特例法」という)の適用対象となっていないなど、現地法人形態での参入の場合との整合性がとれていない側面がある。そこで、外国銀行支店に対する規制について、(1)免許付与の審査基準・日常の監督における着眼点の明確化、(2)国内銀行の最低資本金(20億円)に相当する金額の国内積立ての義務付け、(3)預金保険制度の対象外であることの説明の義務付け、(4)更生特例法の適用、(5)資産の国内保有命令違反に対する罰則の引上げなどの規制の強化を行うこととされている。

 次に、大口信用供与等規制について、規制の実効性を確保する観点や国際基準に合わせる観点からの見直しを行うこととされている。見直しの具体的な内容は今後公表される政令・内閣府令において定められるものと予想されるが、金融庁から公表されている説明資料によると、(1)現行法上、大口信用供与等規制の対象外とされているコールローンなどの銀行間取引、コミットメントライン、デリバティブ取引、公募社債などを原則として規制対象とすること、(2)特定の企業グループに対する信用供与等の限度額を、現行規制上の銀行(グループ)の自己資本の40%から25%に改めること、(3)受信側のグループの範囲について、現行規制では議決権50%超という形式的支配関係で判断をしているところ、議決権による支配関係のほか、経済的な相互関連性(実質支配力基準)に基づき判断することなどの見直しが予定されているようである。

 また、現行規制上、銀行とその子会社が国内の一般事業会社の議決権を合算して5%を超えて保有することは原則として禁止されるという「5%ルール」が定められているが、企業再生や地域経済の再活性化に資する効果が見込める場合において、銀行による資本性資金の供給をより柔軟に行い得るようにするため、銀行の投資専門子会社は、地域の活性化に資すると認められる事業を行う会社について5%を超える議決権を保有することができることとされている。

 このほか、銀行法の見直しとしては、(1)銀行の監査役などに一定の適格性を求めること、(2)銀行の業務範囲規制を緩和し、銀行が買収した海外の金融機関の子会社である一般事業会社について、原則として5年に限り保有を認めること、(3)銀行の業務の再委託先について報告徴求・立入検査の対象先に加えること、(4)銀行の会計監査人に対して解任を命じることができるようにすることなどが提案されている。

 ■ 投資法人の資金調達・資本政策手段の多様化等

 平成24年1月27日に開催された第26回金融審議会総会において、(1)「投資信託については、国際的な規制の動向や経済社会情勢の変化に応じた規制の柔軟化や一般投資家を念頭に置いた適切な商品供給の確保等」の観点から、(2)「投資法人については、資金調達手段の多様化を含めた財務基盤の安定性の向上や投資家からより信頼されるための運営や取引の透明性の確保等」の観点からそれぞれ見直しをすることを目的とする投資信託・投資法人法制の見直しの検討に関する諮問がなされたことを受けて、「投資信託・投資法人法制の見直しに関するワーキング・グループ」(座長:神田秀樹東京大学教授)が設置された。同ワーキング・グループでは同年3月から12月まで13回にわたって審議が行われ、同年12月7日に最終報告が取りまとめられ、同月12日に公表された。

 金商法等一括改正法案では、当該最終報告の内容を踏まえて、投資信託法制・投資法人法制それぞれの見直しが行われている。

 まず、投資信託法制については、(1)小規模の投資信託の併合に係る書面決議を不要とし、手続を簡素化すること、(2)運用報告書の利便性を高めるため、各投資家に必ず交付される「交付運用報告書」と、詳しく内容を知りたい投資家からの求めに応じて交付される「運用報告書(本体)」とに二段階化すること、(3)有価証券の売買などの決済に関連して用いられる一定の投資信託(MRFなど)については、その元本に生じた損失を運用会社が補塡することを禁止行為から除外することなどの改正が提案されている。

 次に、投資法人法制については、(1)自己投資口の取得、投資主への割当増資(ライツ・オファリング)の導入などの資金調達・資本政策手段の多様化を図ること、(2)ガバナンスの強化のため、投資法人が利害関係者から投資物件を取得する場合に、投資法人の役員会の事前同意を義務付けること、(3)上場投資法人の投資口の取引をインサイダー取引規制の対象とすること、(4)投資法人による特別目的会社を通じた国外不動産の間接取得を認めることなどの改正が提案されている。

 なお、前述のワーキング・グループの最終報告では、以上の法改正の内容以外にも、投資信託法制・投資法人法制に関する多様な見直しが提言されているが、そのような見直しは今後、政令・内閣府令の改正などにより実施されるものと予想される。

 ■ その他の改正事項

 ここまでに説明したもののほか、金商法等一括改正法案には、主なものとして次のような改正内容が含まれている。

 ・協同組織金融機関の資本準備金などの取扱い

 信用金庫、信用組合などの協同組織金融機関などの資本準備金または法定準備金について、銀行と同様、その剰余金への振替えを認め、優先出資の消却を可能とすることとされている。

 ・公開買付制度の一部緩和

 現行の金商法では、市場内取引や企業グループ内での取引などは原則として公開買付けの対象とされていないが、これらの取引を2つ以上組み合わせて行った結果、一連の取引を公開買付けによることが必要となる場合がある。そのような場合において公開買付けを不要とするための一定の緩和措置を講ずることとされている。

 ・大量保有報告制度の一部緩和

 現行の金商法では、保有割合の1%以上の減少を提出事由とする変更報告書を提出した場合であって、かつ、保有割合が5%以下である場合に限り、その後の変更報告書の提出義務が免除されているところ、前者の要件を撤廃し変更報告書の提出要件を緩和することとされている。

 ■ 施行時期

 金商法等一括改正法案が成立した場合の施行日については、(1)(a)AIJ事案を踏まえた資産運用規制の見直しのうち不正行為に対する罰則の強化と(b)大口信用供与等規制の見直しのう

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