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鉄道時刻表をバイブルに旅する醍醐味

米国の旅はアムトラックで


アンダーソン・毛利・友常法律事務所
 弁護士 舩越 輝 


舩越 輝弁護士舩越 輝(ふなこし・かがやき)
 2001年3月、東京大学法学部卒業。2003年10月、司法修習(56期)を経て、弁護士登録(第一東京弁護士会)、現事務所入所。2009年6月、米国Harvard Law School(LL.M.)。2009年9月から2010年5月まで米国ニューヨークのShearman & Sterling法律事務所勤務。2010年2月、ニューヨーク州弁護士登録。2011年8月、現事務所復帰。2013年1月、現事務所パートナー就任。
 ある分野の根幹をなす書物をバイブルに喩えることがある。弁護士のバイブルといえば、まず六法であろう。法令の文言がわからなければ、クライアントへの助言も裁判所への主張もできない。司法試験の会場で六法のみ参照が許されるのは、その特別な地位を象徴している。

 一口に六法といっても、ポケットサイズのものから分厚い百科事典のようなもの、特定の専門分野を集中的に網羅するものまで、掲載される法令の数や分野によって様々なものが刊行されている。当然のことながら、例えば民法の内容がA六法とB六法とで異なるはずはなく、各六法の違いは編集の違いだけである。細かい規則になると特定の専門分野に関する六法にしか掲載されていないため、仕事をする上では、証券六法、金融六法など、専門的な六法が欠かせないことになる。

 もう一つのバイブル

 弁護士たるもの、六法を唯一のバイブルと信じるべきかもしれないが、私にはもう一つのバイブルとして、時刻表がある。私は、幼い頃に家にたまたま置いてあった大型の時刻表をめくって、いかに日本が広く、多くの列車が走っているかということに感動した(のだと思う)。中学生の時分、初めて泊まりがけで一人旅をしたとき、はるばる鈍行で行ったのは男鹿線(秋田県)の「船越」駅であった。そうこうしているうちに、JR全線の完乗まで残り一線区というところまできてしまったが、最近では乗りに行く機会が減った一方、乗った線区が次々に廃止されていくのは残念なことである。

 そうした鉄道乗り歩きに時刻表は欠かせないものである。その時刻表も、六法と同じように、ポケットサイズのものから分厚いものまで、また全国版から特定の地域・路線のみを詳細に記載するものまで、編集次第で多種多様である。その中で、私は専ら大型のJTB時刻表を常用しているが、近鉄に乗るときは近鉄時刻表、北海道に行くときは道内時刻表があったほうがよい。鉄道旅行を満喫するためには、時刻表を何時間も読み込んで、乗り継ぎの良さ、途中下車のタイミング、景色の良いところを明るい時間帯に通過するかどうか、さらには運賃料金等、様々な観点から旅程を仕上げていく必要がある。もちろん、旅先で気が変わることもよくあるから、時刻表がいくら嵩張っても、必ず携行している。

 乗り鉄と少し撮り鉄

 本稿を公表することに若干の躊躇があるのは、鉄道マニアは総じて蔑視されていると思うからである。私も、趣味を尋ねられると自衛本能から「旅行」と答えるのであるが、すぐに列車に乗ってばかりの旅行の内実を見破られ、しまいには「鉄ちゃん」という称号をいただくのである。さらに、最近では誰が言い出したのか、「乗り鉄」「撮り鉄」などという分類が普及しているようで、必ず「何鉄ですか」と問われる。仕事で専門を聞かれれば、「資本市場やM&Aを中心に、企業法務全般を…」と答えられるが、自ら「乗り鉄と少し撮り鉄です」などとは格好が悪過ぎるように思うし、元々そんな認識もない。乗るのが主目的ではあるが、乗りに行けば少しは写真も撮るものである。もっとも、相手としては何鉄でも構わないのに社交辞令で聞いてくれているのであろうから、有難いと思わなければならない。

 弁護士業務で国際取引を取り扱うのと同じように、私の鉄道趣味もまた、日本のみならず海外も対象としている。しかし、日本には、日本の鉄道に関する論稿は溢れているが、海外とりわけヨーロッパ以外の鉄道に関する資料は驚くほど少ない。折角の機会なので、米国の鉄道を宣伝したい。

 米国でも快適、でも途中下車に難

 米国で長距離旅客列車を運行しているのは、アムトラック(全米鉄道旅客公社)という半官半民の会社である。旅客鉄道の米国における認知度は低く、ビジネス客が利用する北東回廊線(ボストン-ニューヨーク-ワシントンD.C.)等一部の幹線を除き、よほど物好きな旅行者しか利用しないようである。例えば、シカゴから西海岸のエメリビル(サンフランシスコ近郊)まで、カリフォルニア・ゼファーという素晴らしい列車が走っていて、日本の旅行ガイドブックでも紹介されているが、米国人の友人・同僚にその存在を知る人はいなかった。

 鉄道そのものの認知度が低いため、人種のるつぼの米国といえども、鉄道マニアという人種は認知されていない。鉄道が趣味とはどういうことかがわかってもらえず、「私は電車に乗るのが好きです」と英語で言うといかにも幼稚な感じがして、国境を越えてもこの趣味を名乗るのはバツが悪いのである。かの国では鉄道マニアよりも弁護士の方が格段に多数派であろう。

 誤解されやすいが、米国に鉄道がないわけではない。むしろ、米国は世界最長規模の営業キロを誇る鉄道大国である。しかし、その輸送力はほとんど貨物輸送に利用され、旅客輸送はごく一部でしかない。米国で目にした唯一の鉄道雑誌であるその名も「Trains」は、毎月100ページくらいの紙面のうちわずか2~3ページを旅客列車に充て、その他はすべて貨物列車の記事で構成されていた。長さ1マイルにもなる列車を五重連の機関車が牽引する姿は勇壮であり、趣味の対象となり得ることは理解できるが、いかんせん見るだけで乗れはしない。

 アムトラックも、自社所有の北東回廊線などを除けば、貨物鉄道会社から線路を賃借して走っているにすぎない。信号を管理するのは貨物鉄道会社であるから、当然のように列車の運行では貨物列車が優先され、アムトラックの列車は遅延が常態化していた。これに対して、さすが米国というべきか、アムトラックの列車に優先権を与える義務を定めた法律が整備され、近年では遅延は減少している。

 私にとっては、米国でも列車は乗る対象であるため、大陸横断列車(厳密にはシカゴと西海岸を結んでいるため、横断にはならないが)だけでも三度乗車したが、寝台車を奮発すれば、昼間は展望車で外を眺め、食堂車の食事は選び放題、夜は横になって寝られて快適この上ない。しかし、日本流の途中下車の旅をしようとすると、やや難儀である。大きな町の駅でも1日1回しか列車が来ないところが多いため、最低限の設備しかなく、周辺を観光するためには列車から降りて、空港までタクシーで行き、そこでレンタカーを借りて…、となり、空港でレンタカー屋に乗り付ける私にタクシーの運転手も怪訝な顔をする。駅に戻るときも空港回りである。列車が時刻通り運行されるとも限らないから、夜中に着いてレンタカー屋が閉まっていたらどうしようとか、様々なケースを想定して、日本よりもはるかに綿密な事前調査が必要となる。

 紙ならではの醍醐味

 なぜそこまでして列車に乗るのか、という問いには「人が旅をするのは到着するためではなく、旅をするためである」というゲーテの言葉を借りるしかない。観光名所を見て回るよりも、そこに至るまでの景色の方が思い出に残ったりするものである。アムトラックの旅は、目的地までの道のりを適度な速さで、労力をかけずに(運転する必要もないし、寝ている間も進んでくれるのである)楽しませてくれる。

 最近では、六法も時刻表も、インターネットの検索で簡単に代用できるようになった。しかし、紙と格闘するうちに、偶然目に入ったページで思わぬ発見をする醍醐味は、捨てがたいものである。この点、アムトラックは、ウェブサイト上で時刻表のPDFファイルを公表し、同じものを駅でも無料配布するという素晴らしい環境を整えている(但し、日本語版はない)。日本の時刻表とは比較にならないほど薄いので、米国を旅行される方は、ぜひこれを印刷して眺めながら、アムトラックの旅をご検討いただきたい。

 舩越 輝(ふなこし・かがやき)
 2001年3月、東京大学法学部卒業。2003年10月、司法修習(56期)を経て、弁護士登録(第一東京弁護士会)、現事務所入所。2009年6月、米国Harvard Law School(LL.M.)。2009年9月から2010年5月まで米国ニューヨークのShearman & Sterling法律事務所勤務。2010年2月、ニューヨーク州弁護士登録。2011年8月、現事務所復帰。2013年1月、現事務所パートナー就任。
 共著に「金融商品取引法の諸問題」(商事法務、2012年)。論文に「活用可能性が高まった新株予約権付社債」(「ビジネス法務」 2006年11月号)、「"Mergers & Acquisitions" (Japan Chapter) (European Lawyer Reference 2012年)(共著)。