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地方公共団体の倒産と再生 デトロイト市の事例と日本

柴原 多

 世界の自動車産業の中心地だったデトロイト市の財政破綻は、日本の多くの地方自治体にとって対岸の火事ではない。北海道夕張市が財政再建団体になっているほか、自治体が債務保証する土地公社などの借金は総額で数兆円にも上るとされ、各自治体の重荷になっている。柴原多弁護士が日米の倒産法制の違いを解説し、自治体再建の道筋を考える。

 

地方公共団体の再生
~デトロイト市の「倒産」を機縁として~

西村あさひ法律事務所
弁護士 柴原  多

柴原多弁護士柴原 多(しばはら・まさる)
 1996年、慶應義塾大学法学部卒業。司法修習を経て99年に弁護士登録(東京弁護士会)。事業再生・倒産事件(民事再生・会社更生・私的整理事件を中心)、第三セクターの再建、国内企業間のM&A等に関する各社へのアドバイス、法廷活動等に従事。西村あさひ法律事務所パートナー。

はじめに

 日本では、財政再建中の地方公共団体として夕張市の事例が有名であるが、本年7月に米国のデトロイト市が連邦倒産法第9章(報道ではよく「第●条」と記載されるが、倒産法制は一つの条文で終わるほど単純でなく、「章」が正しい)の適用を申請した。

 両市の「倒産」と「再生」が同じようなプロセスをたどることにはならない。日本と米国では、地方公共団体を取り巻く法制度が大きく異なっているからだ。

 そこで、本稿では、何故日米では法制度が異なり、それが日本の地方公共団体の再生にどのような影響を与えるかについて検討していくものとする。

日米における倒産法の差異

 1 米国倒産法の影響

 日本の倒産法が米国の連邦倒産法を参考に幾度かの法改正がなされていることは有名である。

 例えば、会社更生法は、第二次世界大戦後に連邦倒産法を参考に設立された制度であるし、民事再生法におけるDIP制度(債務者の経営陣が経営権を維持したまま倒産手続を進められる制度)も、連邦倒産法第11章を参考に導入された制度である。

 2 地方公共団体の破産能力

 しかしながら、日本においては、連邦倒産法第9章のように地方公共団体に倒産手続の選択をなし得る能力を付与する制度は採用されていないと解されている。

 例えば、伊藤眞教授の『破産法・民事再生法(第2版)』においても「地方自治体などについては、破産清算の結果、法人格が消滅することを法秩序上是認しえないから、破産能力は否定される」(60頁)と規定されている(厳密には、連邦倒産法第9章も法人格の消滅を企図しているわけではないが、日本においては民事再生手続が廃止に至る場合には、破産手続に移行することが想定されている)。

 3 日本における債務調整法制化の動き

 もっとも、日本においても、地方公共団体の債務調整を法制化しようとする動きが皆無なわけではなく、「新しい地方財政再生制度研究会」等において議論がなされているが、法制化には至っていない。

 この点につき、積極的な意見としては、地方公共団体の財務内容の改善は重要であり、貸し手責任の観点からも債務調整の制度を導入すべきとの主張も存在する。

 しかしながら、まず、(ア)日本の倒産制度が米国の倒産制度を参考にしている部分が多いといっても文化的な差異や地方公共団体の債務構造に差異があることを看過できない。

 例えば、米国では連邦倒産法第11章を複数回申請する企業も存在するが、日本においてはそのような行為は敬遠されるし、そもそも法的倒産制度の活用自体に消極的な意見が多い。

 また、そのような感情論を除いたとしても、返済原資の限定されているレベニュー債の発行や地方債の市場化が進んでいる米国と日本とでは、金融機関の地方債に対する返済の信用性は異なるものがある。

 それに加えて、(イ)仮にそのような債務調整制度を導入すれば、信用力に問題のある地方公共団体の発行する地方債の金利が高騰し、却って地方公共団体の資金調達に影響する可能性が高いこと、及び(ウ)地方公共団体の大口債権者は日本国であり、債務調整は日本国の債権にも影響を与えることも看過できないとの消極説からの主張も存在する(以上につき、前澤貴子「地方自治体の財政問題と再建法制」10頁参照のこと)。

 従って、このような消極説からの主張等も踏まえると、債務調整制度の導入にはまだまだ議論が必要であろう。

 なお、日本においても「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」が制定されているが、同法は地方公共団体に対して、財政健全化計画の実施状況の報告義務等は規定しているものの、金融機関等との債務調整を直接に規定しているものではない。

第三セクター改革推進債の延長

 1 はじめに

 もっとも日本において地方公共団体の債務調整に関する法制化がなされていないことと、日本の地方公共団体において財務上の問題が存在していないかどうかは別の問題である。

 平成25年8月現在、にわかに新聞報道に表れてきているのが第三セクター改革推進債の延長問題である。以下、この問題を順を追って説明することとする。

 2 問題の所在

 第一に、第三セクターとは官民が共同して出資する法人のことを指すが、(1)総務省の平成24年調査によると、第三セクター等(第三セクターに加えて土地供給公社等の公社が含まれている)の40%余りが赤字であるとされる。

 これに加えて、(2)同調査によると、第三セクター等の債務について、地方公共団体が金融機関に対し損失補償を行っているケースが存在する(地方公共団体以外からの借入の約5.7兆円に付されているとされる)ことから、その処理の行く末が問題となる。

 第二に、このような損失補償が有効かどうかが裁判で争われることもあったが、安曇野事件において最高裁平成23年10月27日判決は、原則としてこれを有効と判断している(但し、「当該契約の締結に係る公益上の必要性に関する当該地方公共団体の執行機関の判断にその裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があったか否かによって決せられるべきものと解するのが相当である。」との留保を付している)。

 第三に、損失補償が有効であるとすると、地方公共団体はその返済財源の確保を図らなければならないが、その財源確保の方策として採用された制度が「第三セクター改革推進債」である。

 この第三セクター改革推進債は、地方公共団体が(第三セクターの処理に必要な)地方債を発行することにつき一定のメリットを付与している反面、その発行については平成25年度中までという期間制限が存在する。

 この発行期限の延長について、行政で検討している又は延長の嘆願を行っている地方公共団体が存在するというのが、冒頭の延長問題である。

 このことは、兎にも角にも、第三セクター等の処理が終わっていない、つまり地方公共団体における財務リスクが今も残存しているということに他ならない。

今後の地方公共団体の再生

 1 はじめに

 では、債務調整の制度も存在せず、第三セクター等の処理も十分に終わっていない地方公共団体においては、どうやって負債等を返済し、財務内容を改善していくのであろうか。

 2 収入の減少問題

 まず、人口や地域の経済活動が右肩上がりであり、地方公共団体の収入が順調であれば、そのような心配は杞憂に終わるであろう。また、発展的な地域経済政策が実現できれば、地方公共団体の収入が増加する可能性も存在する。

 もっとも、実際には多くの地方公共団体において人口や経済活動が停滞気味であり、それは、結局のところ、地方公共団体の収入が減少傾向に成りかねないということにつながる。

 3 コストの削減問題

 次に、収入が減少傾向にある地域においては、コストの削減なくして財務内容を改善することは困難であろう。

 しかしながら、一方で、地方公共団体におけるコストの削減は、地域住民へのサービス低下にもつながりかねないことに留意が必要である(実際問題、デトロイトは連邦倒産法第9章申請以前から公共サービスの質の低下が指摘されている)。それはかえって、移住などの形による住民の当該地方公共団体離れを助長し、場合によっては地方公共団体の収入にも影響しかねない。

 また、地方公共団体におけるコストの削減というと、地方公務員の人件費の削減が目につきやすい(なおデトロイトにおいても、年金等のレガシーコストの問題が指摘されている)が、人件費の削減は、短期的にはともかく、長期的には公務員の士気の低下を招き、住民へのサービスの更なる低下につながりかねない。

 このようなジレンマをどのように解決するか、ここに地方公共団体の再生の難しさが存在するように思える。

 4 小 括

 以上述べたように、地方

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