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国際カルテルなどの社内調査、企業が関係社員聴取で留意すべきこと

仁平 隆文

 米国のFCPA(海外腐敗行為防止法)違反やカルテルに問われた日本企業から社内調査を依頼された米国の弁護士が、従業員に対するヒアリングに際して必ず行うのが「アップジョン警告」だ。弁護士と依頼者間の会話は秘匿されるという特権に関する注意告知だが、この特権はあくまで会社に帰属し、必ずしも従業員の利益と一致しない。日本にはない法制度ゆえ日本の企業関係者の間ではとまどいもあるようだ。仁平隆文弁護士が制度の背景や意味ついて詳しく解説する。

 

社内調査における従業員等への告知に関する米国の実務

西村あさひ法律事務所
弁護士 仁平 隆文

仁平 隆文(にへい・たかふみ)
 2001年早稲田大学法学部卒業、2003年弁護士登録。2010年シカゴ大学ロースクール卒業(LL.M.)、2011年ニューヨーク州弁護士登録。2010年~2011年Hughes Hubbard & Reed法律事務所(ニューヨーク)勤務。不正調査、当局対応を始めとする危機管理・企業不祥事案件、国内外のM&A案件を中心に、企業法務全般にわたる各社へのアドバイスに従事。

はじめに

 国際カルテルやFCPA(外国公務員に対する贈賄等を禁じた米国の海外腐敗行為防止法)違反等の不祥事に関連して、社内調査の一環として米国の弁護士によって実施された、役員及び従業員等(以下、「従業員等」という。)に対するインタビューの記録を目にすると、その冒頭に弁護士・依頼者間の秘匿特権に関する告知が行われた旨が記載されていることが多いことに気付く。

 これは、Upjohn Warnings(以下、「アップジョン警告」という。)又はCorporate Mirandaと呼ばれているもので、米国では定着した実務となっている。告知すべき内容は具体的な状況によって異なり得るが、米国法曹協会のホワイトカラー犯罪委員会の2009年7月17日付けの報告書においてベストプラクティスとして推奨されている告知の内容は、以下の通りである(注1)

 私は、A社の弁護士です。私は、A社のみを代理しており、あなた個人を代理していません。

 私は、A社に法的助言を提供することを目的として事実を収集するために、このインタビューを行います。このインタビューは、A社に対して最善の対応を助言するために、Xという事項に関する事実や状況を判断するための調査の一部です。

 あなたと私とのコミュニケーションは、弁護士・依頼者間の秘匿特権によって保護されます。但し、この弁護士・依頼者間の秘匿特権はA社にのみ帰属し、あなたに帰属するものではありません。これは、A社のみが弁護士・依頼者間の秘匿特権を放棄して、我々の会話を第三者に開示することを選択できることを意味します。A社のみが、単独の裁量により、あなたに通知することなく、秘匿特権を放棄してこの会話を連邦当局や州当局のような第三者に対して開示することができます。

 この会話が秘匿特権の対象となるためには、秘密が保持されなければいけません。つまり、あなた自身の弁護士を例外として、あなたはこのインタビューの内容を、他の従業員や社外の者を含む、いかなる第三者にも開示してはいけません。あなたは、何が起こったかという事実について話すことはできますが、この会話について話すことはできません。

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 米国でなぜこのような告知を行う実務が定着するに至ったのか、このような告知には実務上、どのような意義があると考えられているのか、その概要を紹介する。

Upjohn判決の内容

 アップジョン警告の由来となった、Upjohn Co. v. United States, 449 U.S. 383 (1981)の概要は、以下の通りである。

 Upjohn社は、海外子会社の監査中に外国公務員に対する不適切な支払いを発見した独立監査人からの情報提供を契機として、疑義ある支払いについての社内調査を行うこととした。同社のジェネラルカウンセル及び社外弁護士は、書面質問を一定の範囲の従業員に送付して回答を求めるとともに、役員及び従業員に対するインタビューを実施した。

 その後、Upjohn社は、内国歳入庁から、税務調査の一環として、同社の従業員に送付された書面質問並びに役員及び従業員に対するインタビューの記録を含む社内調査に関する資料の提出を要求されたが、弁護士・依頼者間の秘匿特権を理由として提出を拒否したため、内国歳入庁によって証拠の提出を求める訴えが提起された。

 連邦第6巡回区控訴裁判所は、弁護士・依頼者間の秘匿特権の対象となるのは、会社が弁護士の助言を受けている事項について決定権限を有する者とのコミュニケーションに限られる、とするコントロールグループテストを採用して、弁護士・依頼者間の秘匿特権を認めなかったことから、Upjohn社による上告がなされた。

 最高裁は、弁護士・依頼者間の秘匿特権の目的は、弁護士と依頼者の間の完全かつ率直なコミュニケーションを促進することにあり、それによって法令の遵守と司法の運営という広義の公益が促進される、という一般論を述べた上で、弁護士による助言を可能とするためには弁護士に情報が提供される必要があり、会社に対する法的助言を提供するに際して必要となる情報を下位の従業員のみが保有していることもあり得るところ、コントロールグループテストを採用すると、会社に対して法的助言を行う弁護士と従業員との間の関連する情報のコミュニケーションを阻害し、弁護士・依頼者間の秘匿特権の目的を没却する、と判示した。

 最高裁は、秘匿特権の認定はケースバイケースで行われるべきとする連邦証拠規則501条の趣旨に照らし、弁護士・依頼者間の秘匿特権に関する判断基準を明示することは避けたが、以下の事項を指摘した上で、本件で問題となったコミュニケーションは、弁護士・依頼者間の秘匿特権の対象となると判示した。

  1.  コミュニケーションは、上司の指示に基づいて、Upjohn社の従業員によって、同社の弁護士として行動している弁護士に対して、会社が法的助言を受けるために行われたこと。
  2.  会社が法的助言を受けるためには、Upjohn社の上層部からは入手することができない情報が必要とされていたこと。
  3.  コミュニケーションは、従業員の職務上の義務の範囲内であったこと。
  4.  従業員は、調査の目的は会社が法的助言を受けることであることを認識していたこと。
  5.  コミュニケーションは秘密のものとされており、会社によって秘密が保持されたこと。

アップジョン警告の発展と定着

 Upjohn判決によって、社内調査を行う弁護士と調査対象となった従業員等の間のコミュニケーションが弁護士・依頼者間の秘匿特権によって保護を受ける範囲が広がったが、かかる秘匿特権は会社に帰属するものであることから、従業員等の個人的な利益との調整のため、その後、社内調査の一環として従業員等にインタビューを実施するに際してアップジョン警告を行う実務が定着していった。

アップジョン警告の実施方法

 アップジョン警告の実施方法は、インタビューを行う前に、対象となる従業員等に対して口頭で告知し、告知した内容をインタビューの記録に記載しておくことが望ましいとされている。

 従業員等との間で後日に紛争が発生するリスクを減らすためには、文書による告知を行った上で、従業員等の署名を求めることが望ましいとする見解も存在するが、従業員等による情報提供に対して萎縮的な効果を及ぼし、事実調査というインタビューの目的を没却する懸念があることから、弁護士と従業員等個人との間に代理関係が存在する等の特段の理由がない限り、口頭による告知に留めることが一般的とされている。

アップジョン警告の意義

 Upjohn判決で問題になったように、社内調査の対象となった事項に関連して後日に当局から証拠の提出を要求された場合も、弁護士・依頼者間の秘匿特権を主張することによって、証拠の提出を拒み得る。また、社内調査の対象となった事項に関連して民事訴訟が提起された場合、社内調査において作成された資料もディスカバリーの対象となり得るが、弁護士・依頼者間の秘匿特権を主張することによって、開示を拒み得る。

 したがって、社内調査において、従業員等に対してインタビューを行う場合、その記録が弁護士・依頼者間の秘匿特権による保護を受けられるように予め配慮することが望ましい。アップジョン警告を行うことにより、従業員等に対して、調査の目的は会社が法的助言を受けることであること及び秘密保持の必要性を明確化させることで、インタビューが弁護士・依頼者間の秘匿特権による保護を受けるための要件の一部を満たすことができることになる。

 また、弁護士・依頼者間の秘匿特権を主張する者は、秘匿特権の成立についての立証責任を負っているところ、インタビューの議事録等により、インタビューに先立ってアップジョン警告が行われ、従業員等が警告を了解した上でインタビューに応じたことを記録化することは、秘匿特権の成立を立証する上で有用であると考えられる。

 さらに、会社は、社内調査の対象となった事項について、弁護士・依頼者間の秘匿特権を放棄して当局に情報を提供することで、処罰の軽減を図ることがあり得る。その場合に、弁護士と従業員等個人との間に弁護士・依頼者間の秘匿特権が成立しているとの主張に基づいて、会社による当局に対する情報提供について従業員等個人から異議を唱えられ、紛争となるリスクがあるが、アップジョン警告を行うことにより、このようなリスクを減らすことができると考えられる。

法曹倫理との関係

 会社と従業員等との間で利益相反が生じる可能性がある場合には、米国法曹協会の法律家職務模範規則の1.13(f)及び4.3との関係で、法曹倫理の観点からも、アップジョン警告を行うことが望ましいと考えられている。

 1.13(f) 組織の取締役、役員、従業員、成員、株主その他の構成員と対応するに際して、組織の利益と法律家が対応する構成員の利益とが対立することを、法律家が知り又は合理的に知るべきときは、法律家は、誰が依頼者であるかを説明しなければならない。

 4.3 法律家は、依頼者のために、法律家によって代理されていない者と対応する場合、利害関係がないと表明し又は示唆してはならない。法律家は、法律家によって代理されていない者が、当該事件における法律家の役割を誤解していることを知り又は合理的に知るべきときは、その誤解を解くために合理的な努力をしなければならない。法律家は、法律家によって代理されていない者の利害が依頼者の利害と相反し若しくは相反する合理的な可能性があることを、知り又は合理的に知るべきときは、法律家によって代理されていない者に対して、法律家に依頼すべきとの助言以外の法的助言を与えてはならない。

 従業員等は、社内調査のために会社によって選任された弁護士について、個人についても代理される、との期待を抱きがちであることから、弁護士の役割を明確化して誤解を避けるため、インタビューの実施前に適切な警告を行うことが望ましいと考えられている。

アップジョン警告が問題となった裁判例

 アップジョン警告の重要性について理解を深めるため、アップジョン警告の有無及び内容等が問題となった裁判例を紹介する。

In re Grand Jury Subpoena: Under Seal, 415 F.3d 334 (2005)

 AOL社は、PurchasePro社との取引に関して、2001年3月に社外弁護士を起用してジェネラルカウンセルとともに社内調査を開始し、その一環として従業員に対するインタビューを実施した。インタビューに際して行われた警告の一例は、「我々は会社を代理しています。この会話は秘匿特権の対象ですが、秘匿特権は会社に帰属しており、会社が秘匿特権を放棄するか否かを決定します。利益相反が生じた場合、弁護士・依頼者間の秘匿特権は会社に帰属します。我々は、利益相反が生じない限り、あなたを代理することができます。」というものであった。

 2004年2月にヴァージニア州東部地区の大陪審が、AOL社の弁護士によって実施されたインタビューの記録を求めるサピーナを発出したところ、AOL社は弁護士・依頼者間の秘匿特権を放棄して書類を提出することに同意したが、インタビューの対象となった3名の従業員は、社内調査を行った弁護士と従業員個人との間にも弁護士・依頼者の関係が成立しているためインタビューは従業員個人の秘匿特権の対象となっており、かかる従業員個人の秘匿特権は放棄されていないとして、サピーナの却下を求める訴えを提起した。

 連邦第4巡回区控訴裁判所は、インタビューに際して従業員に対して告知された「あなたを代理することができます。」という文言は「あなたを代理しています。」という文言とは区別されるべきであり、当該状況において、従業員はインタビューの内容が会社の裁量で開示され得ることを理解していたとして、会社のために社内調査を実施している弁護士が従業員個人を代理していると合理的に信じたとの主張を排斥し、社内調査を行った弁護士と従業員個人との間の弁護士・依頼者の関係を否定した。但し、この認定に続いて、この判決は、AOL社の弁護士が行ったような薄められたアップジョン警告が容認されたことを示唆していると読まれるべきではなく、それは潜在的な法的及び倫理的地雷原である、との指摘がなされている。

 なお、AOL社は、同社の従業員がPurchasePro社による証券詐欺を幇助したことに関して、2004年12月に、ヴァージニア州東部地区連邦検事局及び司法省との間で、投資家への損害賠償のための基金への拠出金150,000,000ドル、制裁金として財務省に対する60,000,000ドルの支払い等を含む訴追延期合意を締結している(注2)

U.S. v. Nicholas, 606 F.Supp.2d 1109 (2009)

 Broadcom社は、2006年5月に、ストックオプションのバックデートに関連して社内調査を行うこととして外部弁護士を起用したが、当該弁護士は、ストックオプションのバックデートに関連して提起された民事訴訟において、会社とCFOであったRuehle氏個人の双方を代理していた。その後、Broadcom社は、同社の弁護士に指示して、Ruehle氏の同意を得ることなく、社内調査の結果を同社の外部監査人であるErnst & Young、証券取引委員会及び連邦検事局に開示させた。

 2008年6月になって、カリフォルニア州中部地区の大陪審は、Ruehle氏を証券詐欺等で起訴したが、社内調査におけるBroadcom社の弁護士に対する供述が証拠とされていることを知ったRuehle氏は、弁護士・依頼者間の秘匿特権を主張し、これに対して政府は、秘匿特権の適用に関する証拠審理を申し立てた。

 Ruehle氏はアップジョン警告を受けていたため、同氏に秘匿特権は成立していない、との政府の主張に対して、カリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所は、Ruehle氏に警告を受けた記憶がなく、インタビューを行った弁護士の手控えにもアップジョン警告に関する記載が存在しないことから、Ruehle氏に対してアップジョン警告が行われたかは疑わしく、また、アップジョン警告は弁護士の依頼者ではない従業員に対して行われるものであることから、Ruehle氏が依頼者である本件では、口頭によるアップジョン警告では足りず、書面による利益相反の放棄が必要であるとして、Broadcom社の弁護士に対するRuehle氏の証言は同氏の秘匿特権の対象であると判示した。

 さらに、(1)民事訴訟でRuehle氏個人を代理すると同時にBroadcom社の社内調査を受任することについて、Ruehle氏から書面による同意を取得しなかったこと、(2)利益相反に関する書面による同意なしに、Broadcom社の利益のために、依頼者であるRuehle氏を尋問することによって、Ruehle氏に対する忠実義務に違反したこと、(3)Ruehle氏の同意なしに、Ruehle氏の秘密情報をBroadcom社の外部監査人であるErnst & Young及び政府に開示したことから、Broadcom社の弁護士はカリフォルニア州の倫理規定に違反しており、懲戒に付されるべきであると付言した。

U.S. v. Ruehle, 583 F.3d 600 (2009)

 上記U.S. v. Nicholasに対して政府側が控訴したものである。連邦第9巡回区控訴裁判所は、連邦法に関する裁判においては弁護士・依頼者間の秘匿特権についても連邦コモンローが適用されるべきであり、弁護士と依頼者の間のコミュニケーションは秘密になされたものと推測するカリフォルニア州証拠法971(a)を適用した原審の判断には法律上の誤りがあり、秘匿特権の要件の一つである、コミュニケーションが秘密のまま行われたこと、についてもRuehle氏が立証責任を負うと判示した。

 本件では、(1)Ruehle氏はBroadcom社の単なる従業員ではなく、上場会社である同社のCFOであったこと、(2)Ruehle氏は、上場会社に一般的に課せられる、外部監査人への開示義務及び証券取引委員会への報告の必要性について知っていたと考えられること、(3)Ruehle氏はストックオプションのバックデートに関連する社内調査に当初から関与していたこと、(4)Broadcom社が外部監査人及び証券取引委員会に全面的に協力する意向であることは、同社の経営幹部の間で広く知られていたこと、(5)Ruehle氏は、Broadcom社の弁護士によるインタビューを受ける際に、事実関係に関する情報が外部監査人に開示されることを認識していたこと、(6)Broadcom社の監査委員会が同社の弁護士に対して社内調査の結果の外部監査人への開示を指示した会議にはRuehle氏も出席していたが、開示に異議を述べなかったこと等から、Broadcom社の弁護士に対する証言全般が弁護士・依頼者間の秘匿特権を対象とするRuehle氏の主張は排斥され、秘匿特権を認めた原審は破棄差戻しとなった。

 また、Broadcom社の弁護士によるカリフォルニア州法律家職務規則違反の主張については、同社の弁護士による倫理義務違反と政府が無関係の本件では、それだけで証拠の排除を基礎づけるものではないとされている。

終わりに

 アップジョン警告は、米国における実務に基づいて発展してきたものであり、日本企業が社内調査の一環として従業員等をインタビューする場合、必ずしも、アップジョン警告をそのまま行う必要はないと考えられる。もっとも、社内調査の対象が国際的要素を含むもの(国際カルテルやFCPA違反が典型的であるが、これに限らない。)である場合、日本企業としても、弁護士・依頼者間の秘匿特権の問題を意識せざるを得ないことから、アップジョン警告についても配慮が必要となる。

 国際カルテルやFCPA違反により日本企業が

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